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第十話:閉口の意思

 屋敷の中にある、談話室の一角。


 執事のエイラムは、いつも通りの不愛想な表情で僕と探偵を出迎えた。


「……より事件の情報を集めるために、私のところに事件当時の話を聞きに来た、と」


「ええ。できる限り詳しく、特に事件前夜の話をお聞きしたい」


 探偵は人のよさそうな笑顔で話を切り出していた。エイラムの不愛想とは対照的だ。


「詳しく、と言われても困りますが。事件前日の四月二十七日から、エドワード様が倉庫で見つかるまでの間、私はいつも通りの生活をしていただけで、特異なことは何もしておりません」


「なら、そのいつも通りをお話しいただけませんか。それだけでもヒントになりうるので」


 ぎぃ、とエイラムの背もたれが軋む音がした。


「大まかなところで構いませんか」


「もちろん」


「17時から食事の準備、19時より旦那様方の食事の配膳、および片付け。諸々の雑務をひっくるめても21時ごろには終わりますので、後は次の日の朝四時までは自由時間。起床後は朝食にとりかかる。そんなところでしょうか」


 今の時間も21時。今日も似たような仕事時間だった、ということか。


「個人的な疑問ですが、聞く限りでは睡眠時間を含めても7時間しか自由な時間はないように聞こえます」


「実際に眠っている時間は五時間ほどでしょうか。趣味に当てたい時間もありますので」


 聞いている探偵の表情が、渋い物へと変化していた。


 エイラムの生活習慣がそれほど受け入れがたいのだろうか。


「……お休みは週に何日ほど?」


「ありません」


「……では、日中に休憩時間が?」


「そちらもありませんよ。不要ですから」


 感嘆とも困惑とも取れそうなため息が探偵から漏れた。


「……事も無げに言うものです。質実剛健とはまさにあなたのような方を指して言うのでしょうな」


「職務を全うしているだけです」


 エイラムは表情一つ変えないが、その言葉の端には自分の仕事への矜持を感じる。


 思えば、彼が仕事を休んでいるところは見たことがない。体調管理すらも彼にとっての職務の一つだったのか。


「エドワード氏の死亡推定時刻は夜分遅く。エイラムさんの自由時間の間になくなられたのは間違いありませんが、その間に変わったことはありませんでしたか」


「部外者などは見かけておりません。もっとも、私は夜に出回りませんし、そんな者がいれば門番のイラーミが気づくでしょう」


「ああいや、外から来た人間の話だけでなく。この屋敷で起きた妙な物音とか、そう言ったもので構わないのです」


 エイラムの目つきがわずかに鋭くなった。


「……答える理由はありませんね」


 常に冷静沈着で、とっさの瞬間でも判断を誤らない。


 それがエイラムの評として、この屋敷に住む人間の多くが抱くものだろう。


 だからこそ、少々怒りの籠ったような言い方は、普段のエイラムを知る僕からすると奇妙なものに見えた。


「答えられない理由を教えていただいても?」


「知れたことです。今の貴方の発言から察するに、疑いの目はこの屋敷の中に向けられている。自然、旦那さまや、ロビン様にも。そのような捜査の後押しをするわけにはまいりません」


 堅物である、とは以前から思っていたけど、エイラムはここまで固辞するような人間ではなかったと思う。少なくとも、多少の融通を利かせる男ではあったはずだ。


 その理由は、言えないことがあるからではないだろうか。


「もしや、ですが。エドワード氏の殺害に関して、疑わしい人間を知っておられるのではありませんか」


 探偵の口から出た言葉は、僕の抱いた疑念と近しいものだった。


 何も知らないのであれば、何を話してもいいだろう。


 けれど、何かを知っているのならば。この家の誰かが犯人と知っているのであれば。彼は話せない。


 嘘を堂々とつく男ではないし、また、アーキライト家の人間を売るような男でもない。


「……答えません」


「たとえ疑いの目があなた自身に向けられることになっても?」


「私を疑うのであればご自由に」


 探偵の小さなため息が聞こえてきた。


 落胆、というよりもあきらめという方が近いようにも感じる声だった。探偵はこれ以上の追求はしないつもりだろうか。


 けれども、重大な秘密を握っているのであれば、それは犯人を見つける手立てになるだろうし、知るための努力をすべきだろう。


「エイラム」


「なんでしょうか、ロビン様」


 エイラムの視線がこちらを向いた。


 その表情から怒りの色は消えていたものの、不愛想に変わりはなかった。


「どうしても答えてくれませんか」


「…………」


 エイラムは無表情とともに、その口を閉じた。


 それを見た探偵の口から、仕方ない、とつぶやかれた声が聞こえた。


「ロビン君、彼の義理堅さに免じてここはやめにしよう」


「……いいんですか、先生」


 エイラムの態度はあまりに思わせぶりだ。口を開かせれば、十二分に証拠が出てくるだろうに。


「いいんだ。ああ、それと、エイラムさん。最後に一つだけご質問をしても」


「答えられることであれば」


「貴方のご趣味。お聞かせいただけませんか」


「……ここ最近は裁縫に凝っていますが、それが何か」


「いえ、単に気になりまして」


 探偵は立ち上がると、エイラムに小さく礼をした。


「エイラムさん、貴重なお時間を割いていただきありがとうございました」


「いえ。この程度でよければ」


 そのまま、事件のことについては食い下がることもなく、ゆったりとした足取りで探偵はその場を後にした。


「ロビン様」


 その後ろを追おうとして、エイラムに呼び止められた。


 振り向けば、僕よりも頭二つほど高い背丈に見下ろされていた。


「どうしました、エイラム」


「ロビン様相手でも話せないことがあることをお詫びさせてください」


 言葉と共にエイラムの膝がつかれ、その頭は僕よりも低いところに降りていた。


 大したことでもないのだから、そこまで頭を下げる必要なんてないのに。この堅さがエイラムの良いところでもあるのだけれど。


「……いいんですよ、そんなの。エイラムが話すべきでない、と思ったのならそれはそれで正しいのでしょうから」


「ですが、不貞には変わりません」


 より一層、その頭が低くなる。


 本当に、この男は考えすぎなのである。


「顔をあげてください、エイラム」


 僕の言葉があってようやくエイラムの顔は見えた。けれど、地についた膝はそのままだった。


「むしろ、今回の件はエイラムの方が正しい。答えなんて出せず、エド兄さんの自殺で終わらせるべき、というのは分かっています」


 自殺でないのなら、この家にいる人間でなければ犯行は不可能に近い。


「それでも、やっぱり。見て見ぬふりはよくないと思うのです」


「――――」


 なぜか、もう一度だけエイラムに頭を下げられた。


「顔をそう何度も下げないでください、エイラム」


「下げたいから下げたのです」


 時折、エイラムは妙な行動にでる。


 長い付き合いである父によれば、習性の様なもの、ということらしい。


 しかし、そうだとしても意図の分からないことをされても困る。


「……謝罪の念をより色濃く表している、と考えればいいんですか」


「そのように考えていただければ」


 そう言われても、謝罪の念だけもらったところでいかんともしがたい。


「じゃあ、僕からも一つだけ質問をさせてください。答えられないのであれば構いません」


 エイラムの顔はこちらを向いた。僕の質問を聞いてはくれるらしい。


「エイラム。あなたが兄を手にかけた犯人ではない、と言うなら首を縦に振ってください」


「――――」


 逡巡もなく。


 エイラムは一度うなずいてくれた。


 それで回答は十分だ。



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