表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/96

第四話:門前にて

 馬車の扉を開いて、ティーチカの地へと降り立つ。


「キルク、代金はこれで十分かな」


 探偵は懐から一枚の金札を取り出し、御者へと手渡した。


「ん、十分……以上ですな。帰りも乗るってことですかい?」


 御者の言葉に、探偵は困ったように頭をかきながら口を開いた。


「遠くまで連れてきてすまないが、長丁場になる予定なんだ。帰りは別の馬車で帰るつもりだ」


「いやいや、気にせんでください。こんだけ色付けてもらえば十分ですよ」


 ぴらぴら、と御者の手で揺らされる金札は5000メント相当。


 グランブルトとティーチカを運ぶ代金としては多すぎるくらいだ。


「そいつはよかった。今度ともよろしく頼むよ」


「それはこっちのセリフでさあ。今後ともごひいきに」


 御者はにやり、と笑いながら手綱を軽く引く。


 馬のいななきと共に、馬車は遠ざかっていった。






 アーキライトの白い門を目指して、探偵と横並びでなだらかな丘を登る。


「家の前で降りなかったけど、理由があるのかい」


 探偵の言うとおり、馬車で門の前まで行く方が楽ではあっただろう。


「しかし、専属の御者が居るのに、その前で別の馬車を用いられては彼らもいい顔しないでしょう」


「ま、そりゃ道理だ」


 探偵はあごをさすりながら、うむ、と軽くうなずいた。


 ついでに言えば、なんとなくこの小高い丘から見える景色を眺めながら歩きたい気分だった、というのもある。


 普段歩く道でもないせいか、少しだけ風景も違って見える。


 ただ、耳に聞こえる鳥のさえずりは変わらない様な気がした。






「ロビン君、些細な疑問なんだがね」


 何を言うでもなく歩いていると、探偵が口を開いた。


「なんでしょうか」


「この世界、いやグランブルト近郊に限ったことかもしれないが、白い門が好きだよね」


 探偵はアーキライト家の白い門を眺めながらつぶやくように問いかけてきた。


「よく使われている、ということですか」


「そう。学校みたいな公共施設にも白い門が使われてるだろう。何か理由があるのかい?」


 探偵の言う通り、このグランブルト近郊には白い門が多い。


 公園とか、あるいは食堂のようなところでも見かけるし、門をつけられないような小さなところでも白い門の絵を飾っていたりする。


 その起源は僕が生まれるよりも少し前にさかのぼる。


「五十年以上前の話ですが、グランブルト近郊を含むディーナルス列島、いえ世界全土をも巻き込む大戦争があったんです」


「ああ、エティーニ大戦、といったっけ。全世界の大地のうち半分が戦場になった、とかいう」


 正直なところ、その大戦のことは一切実感がない。


 生まれる前の話だし、このディーナルス列島にはほとんど戦争の傷痕は残っていない。


 文献の中、あるいは物語の中の話となりつつある、というのが個人的な感覚である。


「そのとき、グランブルトの国土を防衛した英雄が好んで陣地にこの白い門を立てていたんです」


 白い門の下までたどり着き、それを見上げる。


 信仰が強いところでは、この門に白き英雄の紋章を刻んでいるところもあるらしい。


「陣地に白い門、というのも奇妙な話だね。門なんてポンポン建てられるようなものでもないだろうに」


「いえ、構造自体は単純ですし、誰にでも扱える程度のそう難しくない魔術ですよ」


 こんこん、と門をたたく。この門自体に特異な魔術は用いていないし、誰にでも扱いうる魔術の範疇でこの門は形成できる。


 隣に来た探偵も僕と同じようにこの白い門を見上げていた。


「これ、高さ10メートルはあるだろう」


「メートル?」


「ああ、エルに直すと17エルくらいかな」


 メートルというのは多分、彼の居た世界の単位だろう。聞く限りだと、少しエルよりも使いにくそうな単位な気もする。


「なんにせよ、魔術の使えない私にはできそうもない。こんな十メートル超の建造物を何もないところから作るのはね」


 ただし、錬金術の基礎があれば、という前提がある。探偵のように魔術の素養がない人間だと、少々難しいかもしれない。


「しかし、何に使っていたのか。自らの所在を示す旗代わりにでも利用していたのかな」


 彼は興味が出たのか、白い門を丹念に観察していた。


「トレードマーク、あるいは拠点の象徴として使われていた、という説が強いそうです。かの英雄が作った白い門より後ろに敵が越えていくことはなかった、とも言われています。現代ではその逸話から厄除けとして使われていますね」


 古くから国、もしくは部隊の象徴を旗として掲げることで士気の高揚を図ることは事例として少なくない。


 その英雄にとって、白き門はそういった象徴となる物品の一つだったのかもしれない。


「たかだか五十年で各地に象徴が設置されるなんて、よほどその英雄殿は人気があったのだろう。いや、今もあるのかな」


 探偵は白い門を見上げながら感心したようにつぶやいた。


 感心してくれるのはいいのだが、数分経っても出迎えは出てこない。


 普段であれば門の隣の小屋から門番が出てくるのに、今日はそれがない。


 居眠りしている、ということはないだろうけれど、門番としての仕事はおろそかになっているのは間違いないだろう。


 数歩ほど門に歩み寄る。


「まあ、今も人気がなければ、語り継がれたりしませんよ」


 ついで、探偵への返事を少しばかり大きな声で返す。特に、物静かな見張り小屋へ聞こえるように。


 がたがた、と騒がしい物音がした後、門の隣にある見張り小屋から人影が飛び出した。


「ぼ、ぼっちゃま! おかえりなさいませ!」


 小屋から出てきた人物はひどく慌てた調子でこちらに走ってきた。


 飛び出したクセの強い髪と、飾り気のない服装の青年。


 門番のイラーミで間違いない。けれど、門番というには片手についた筋状の痕はおかしなものだ。多分、机に肘をつきっぱなしにしていた証拠だろう。


 となれば推測できるのはただ一つ。


「イラーミ、さてはまた本に夢中になっていましたね?」


「いやあ、アハハ。ちゃんと仕事はしてますよ」


 はあ、と僕の口からため息が漏れてしまったのも仕方ないと思う。


 本当はアーキライトの家の使用人としてはしっかりしてほしいが、書物に心奪われる気持ちは理解できる。


「……次からしっかりしてくれればいいです」


「ははー、寛大なロビン坊ちゃまに感謝を」


 わざとらしい礼にわざとらしい口調。


 からかわれている、と分かってもつい口が動く。


「坊ちゃまはやめてください」


「分かりました、ロビン坊ちゃま」


 やめろと言ったのに、いつまでたっても坊ちゃま呼びをやめやしない。


 反抗の意を示すために、しかめっ面を向けてみるが、まるで効果なし。どころか、イラーミの視線は僕から外れて、その後ろにいた探偵へと向けられていた。


「後ろの方が例の探偵さんでしょうか」


 僕が紹介しようとする前に、探偵が一歩踏み出した。


「自己紹介が遅れました。わたくし、京二郎と言います。職業はこの世界唯一の探偵。名前はこの世界の方には発音しにくいようですから、探偵、とお呼びください」


「これはどうもご丁寧に。私の名前はイラーミ=トゥクオール。アーキライト家で見張り番を担当しております」


 ぺこり、とイラーミも礼をする。


「自己紹介も十分でしょう。イラーミ、門の開錠をお願いします」


「了解しました。少々お待ちください」


 イラーミが門に触れると、鉄の扉が音を立てながらゆっくりと開く。


「ほう、手で触れただけで重そうな鉄の扉が開くとは。これも魔術か」


 関心を示した探偵を見て、イラーミの目がきらりと光った気がした。


「厳密には、閉じた状態が【固定(コックル)】の魔術をかけられた状態。そして、今は【固定(コックル)】されていたバネが元に戻る力を利用して扉が開けているのです」


 イラーミの補足にふんふん、と探偵がうなずいた。


「さらにいえば、自分の持つ魔力の波長を合わせることで物体の持つ特殊な波動と組み合わせることで、元の波長を知らない人間には【固定(コックル)】を解除できませんから、実質的な鍵の役割も持たせることができています。さらにさらに、強引に突破しようとすれば、魔導固有振動数を利用した防衛機構が――」


「イラーミ、熱を入れるのもいいですが本分も怠らないでくださいよ」


 いつまでもしゃべり続けそうなイラーミの頭をこづく。


 イラーミはこづかれた頭をさすりながら、あいまいに笑っていた。


「申し訳ありません。つい語りたくなってしまって。中にお二人が入ることも連絡しておきますね」


「ええ、お願いしますよ」


「それと、これを」


 背を向けようとしたところで、イラーミから一枚の紙を差し出された。




 ――ひどく、頭痛がした。




「……これ、見つかったんですか」


「ええ。例の件、思い出せそうですか?」


「……いいえ、残念ながら何も」


 中身を見ることなく、その紙の正体は知れている。


「もういいのかい?」


 探偵が興味深そうに聞いてくるが、わざわざ見せるようなものでもない。


 そっと懐にその紙をしまい込む。


「大丈夫です。ただの貸し付けの確認ですから。それより、まずはこの屋敷の主でもある父の所へ案内しますよ、先生」


 あはは、と笑いながら見送るイラーミを背に、屋敷へと歩き出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ