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第三話:ティーチカへの旅路

 窓の外には青い空と、緑の大地。そして、放牧された家畜がのんびりと草を食べている姿が視界のどこかには見える。


 僕にとって千回は見た、といってもいい光景だが、目の前にいる探偵にとってはそうでもないらしい。


 簡易的な昼食を飲み込みながら、彼は視線だけで穴でもあけそうな目つきで窓の外をにらみつけている。


「先生、そんなにこの風景は面白いですか?」


「いや、面白いというか奇妙だろう。ロビン君はアレを見て何も思わないのか」


 とんとん、と探偵は窓の外を指さす。


 その先にはティーチカでは珍しくない家畜がいるのみだ。


「ピリシですよ。先生は実物を見たことがないんでしたっけ」


「……あれがピリシか。ピリシの肉はよく食べていたが、実際に目にすると――ろくでもないな」


 ろくでもない、という評価は少々悲しい。


 ピリシはティーチカの名産品であり、マスコットの様なものである。


「僕からすると愛らしい、と思うのですが」


「ははは、冗談がうまいな、ロビン君」


「冗談のつもりはありませんけど」


「――君、ヒツジに一本ツノとこうもりみたいな翼とフカヒレらしきものが生えた上で、エビの胴体の様な尻尾をはやし、足をフラミンゴみたいにしている奴が、愛らしいと?」


 探偵がまくしたてるように言う。


 ヒツジ、というものは知らないが、他はおおむね探偵の表現はピリシの姿を描いていると言ってもいいだろう。


「ええ、まあ。愛らしいと思いますよ」


 それを理解したうえで、ボクとしてはピリシは愛らしい、と思う。


「――――――そうか」


「承知しがたい、とでも言いたげですが」


「いや、別にそんなことはないさ。文化はそれぞれだ、と思っただけだよ」


 探偵は呆けたように、あるいは諦観したように窓を眺めている。


 その姿はどうも、先ほどまでの若々しい探偵とはあまり似つかわしくないな、と感じた。


 それほどまでにピリシの姿は衝撃的だったのだろうか。


「先生の地元にはああいった動物はおられなかったのですか?」


 探偵は食い入るように見つめていた窓から顔を遠ざけると、椅子に深く座りなおした。


「……うーん、言われてみれば自然界の摂理に逆らったような生き物はいくらか居たかな」


 自然界の摂理に逆らう、というのはピリシをさしての言葉だろうか。


 確かに、彼らは陸上で生活し、空も飛べないのに、水かきはあるし、翼もある。


 よくよく考えてみれば、ほんの少しだけ奇妙な動物かもしれない。


 探偵の以前住んでいた世界にも、似たような動物はいたのだろうか。


「その摂理に逆らう、というのはどんな生き物だったんですか?」


「カモノハシ、というのだけど、こちらの世界にもいるかな?」


「さあ、聞き覚えはありません」


「彼らの特異性がこちらでも通じるかわからないが、カモノハシの剥製を見て『本物とは思えない』と言われたとか、ニセモノであると信じて切れ込みを入れられた、とか。伝説に事欠かない生き物の一種だよ」


「散々な言われようですね」


 そこまで妙な扱いをされる生き物は僕の記憶にない。


「ま、そんなの人間の、それも特定の地域に住む人々の言い分に過ぎなかったけどね。自然の摂理に逆らう、という言い草も私個人の感想で、彼らが自然界に存在している以上彼らの存在の方が私の論理よりも正しいんだ」


 窓の外を眺めながら探偵は語った。


 僕になんらかの答えを期待しているのかもしれない、と思って考えを巡らせてみるが、思わしい言葉は出なかった。


 がたん、と馬車が大きく揺れてそれっきり。


 しばらくの間、この馬車には馬の蹄と馬車の車輪が大地をかける音だけが残った。











「――こうも景色にふけっている場合でもないな」


 不意に、探偵の言葉が聞こえてきた。


 窓の外を向いていた彼の体がこちらへと向けられる。


「ロビン君。これから調査する事件について、事前に大まかなところを知っておきたい。聞かせてもらっても構わないだろうか」


 ぱらり、と手帳がひらかれる音がした。


 探偵が兄の死について聞きたいことがある、と言うなら僕に拒否する理由はない。


 彼を呼び出したのは、事件を暴いてもらうために他ならないのだから。


「どこから話すべきでしょうか」


「まずはその事件。君の兄が殺された、その発見時の経緯と状況を君の知る限りでいいから教えてほしい」


 探偵に言われて事件当時を思い起こす。


「……兄がいない、と気づいたのは今日から四日前の朝のことでした。誰が最初に気づいたかは覚えていませんが、とにかく朝食の前に兄がいないことを不思議がる話題が家族の中で上がったのは覚えています」


「四日前、と言うと四月二十八日の話か。気づいた時に探しに行ったのかい?」


「一応、メイドが兄の部屋を訪ねてはいます。その時には返事がなかった、とのことでした。早起きな兄にしては珍しい、と思いましたが、父と姉が寝かせておきなさい、というのでその日の朝食は兄抜きで済ませました」


 兄は寡黙であるし、よくしゃべる姉のおかげもあってか、そう食卓がさみしいと感じることはなかった。


「ただ、昼近くになっても姿を見せないのは不思議だ、とメイドの一人が言いまして。それで姉が鍵を持って兄の部屋を開けました」


「メイドが直接開けたわけじゃあなかったんだね」


「ええ。僕たちの寝室の鍵は、執事長のエイラムを除いて、使用人は持ち合わせていません。マスターキーを所持している家族ならだれでも開けられますけど」


 とはいえ、緊急事態でもなければその鍵を使う機会はなかった。


 探偵は不思議そうに首をかしげる。


「使用人が鍵を持ってない、というのは、部屋の掃除とかが面倒だと思うんだけど」


「自分の部屋くらいなら自分で掃除しますよ」


「貴族の朝の身支度って手間がかかるイメージだけど、それも一人でやるのかい」


 ずいぶんと勝手なイメージもあった物だ。


 探偵はグランブルトを根城にしている。


 となれば、その想像図はグランブルトの貴族から成立したものだろう。彼らの豪華絢爛な装いから結びついた想像なのだろうか。


「どこから得た知識か知りませんけど、大事な会に出席、という場合でもなければ貴族の服装なんて簡素なものですよ」


 そういうものか、と探偵は納得したようにうなずいた。


「話を戻しましょう。扉を開けてみれば兄の姿はありませんでした。家の門番に聞いてみても兄が外に出ていった、ということはないらしく。家族の結論はどこかで倒れているのかもしれない、ということでした」


「それで家中を捜索した、とか?」


「ええ。幸い、そう広い土地でもありませんから使用人30人総出で探せば一時間ほどで、敷地をくまなく探しきれました」


 探偵はあきれたようにため息をついた。


「……30人もの人間が一時間も探しまわれるような土地はそう狭くないと思うけどね」


「貴族の住む土地としては、ということです」


 普通の家にすれば大きすぎる、ということくらいは僕でもわかっている。


「それで、その大捜索の末に君の兄は?」


「少なくとも兄が行きそうなところには足を運びましたが、その時点ではどこにもいなかった、ということでした」


「その時点では、ということは」


「ええ。全員が戻ってきた後に、一か所だけ探していない場所がある、と父が言い出したのです。そこは一族に代々受け継がれる宝物や武具を収納する倉庫でした」


「なんでまた、そこだけ調べなかったんだい」


「人が立ち入る機会がほとんどない場所なんです。一族の誰かが死んだときにその遺品を収納するくらいで、出す機会もほとんどない物ばかりなので鍵をかけっぱなし。誰も、そこに入ったとは思っていなかったんです」


「しかし、君の兄上はそこで見つかった、と」


「ええ。首を吊った姿で発見されました」


 息をつきながら、カバンの中の水筒を取り出し水分補給する。


「しかし、それならひっそりと自殺でもしたいと思ったんじゃないのかね」


 警察も自殺だろう、という答えを出していた。


 他殺とも事故とも言える根拠がないのだから自殺だろう、というのは自然な思考だ。


 けれど、僕には納得できない理由がある。


「遺書がなかったんです」


「遺書のない自殺、というのも少なくない。生に絶望したのではなく、死に救いを求めた人間はこの世に残す言葉なんてないからね」


「それだけじゃありません」


「ロビン君なりに確信に至る理由があると」


 探偵の言うとおりだ。僕なりに、あのエドワード=アーキライトが自殺などするはずがない、と考える理由がある。


「何よりも、あの傲岸不遜を地で行くような性格だったあの兄が、自殺なんてするとは思えないんです」


 いつの間にか、自分の膝にズボンのしわが強くよっていた。膝についた手が、意味もなく握りしめていたらしい。


 憤りであり、悲しみでもあるし、どちらでもない。ただ、兄が死んだ途端、その性格を生きた人間の都合のいいように置き換えられ、その死因をも偽造される、というのが耐えられないだけだった。


 顔をあげると、なるほど、と探偵がうなずく様子が見えた。


「自殺ってのはどんな事情があれ、逃げるために行われる。君にそこまで言わせる人物なら、ちょっと考えにくいかな」


 そして僕が自殺でないと思うもう一つの理由。


「これを見ていただけますか」


 一枚の写真を手渡す。


 それをみた探偵の顔は一気に怪訝に染まった。


「――なあ、ロビン君。この遺体、君のお兄さんの死因はなんだったかな」


「頚椎の骨折、と聞いています。」


 そうか、と呟く声。


「君が自殺ではない、と疑う理由も納得できる、というものだ」




 写真の遺体は、首を吊りながら、膝をついてうなだれていた。


 胸の前で手を組んでいれば、神への祈りにでも見えるかもしれない。




「不可能なことじゃあない」


 探偵はつぶやくように語りながら、二本の指を立てた。


「不可能じゃあないんだ。首吊りの死因は二つで、窒息か頸椎の骨折か。窒息なら足をつこうが膝をつこうができないこともないんだが、それにしたって宙づりの方が楽だ。警察はどこから死因を判断したんだ」


「警察の話では首にかかった縄の痕跡から頸椎の骨折と判断した、とのことでした」


 持ち上げられていた探偵の視線は再度遺体の写真へと向けられる。


「膝をついた首吊りで頸椎に負担をかけられるか、というと難しい、と答えざるを得ないな」


 探偵はさらさら、とペンを走らせた後、とんとん、と手帳の頭をペンで叩いた。


「二、三と言わず、根掘り葉掘り聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


 もちろんいくら聞かれても構わないのだが、長くなるだろう。


 そして、そろそろ時間のはずだ。


「答えるのは、とりあえず僕の家を案内してからにしましょうか」


 僕の声に探偵が窓の外へ顔を向ける。


 もうすでに、太陽は頂点を越えて下り坂。


「御者さん、このあたりで止めてください」


「あいよ、停止しやす」


 覗き窓から語り掛けると、馬車の揺れが止まる。


 遠目には見慣れた白い門。


 とんとん、と探偵がその奥を指さした。


「あの先に君の家があるのか」


「ええ。僕が生まれて育った、アーキライトの家はあの向こうです」


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