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終話:結末

 翌日。ボクは菓子選びをしている京二郎に付き合わされていた。何でも、フィンスター氏に贈る菓子にはボクの視点が欲しい、ということらしい。


 そんな理由で呼び出しておきながら、菓子選びなんて数分で終わり、それを届けるべく診療所まで歩いていた。


 診療所につくまでにはもう少し時間がある。であれば、事件の顛末をもう少しだけ詳しく知りたい。


「……なあ、昨日、いやおとといの事件についてなんだけど」


「気になるところが残っているんだろう。答えられるところは答えよう」


 京二郎の快諾を聞いて、彼は彼で語りたいところがあったのかもしれない、と感じた。


「じゃあ、一つ目。警察に連れ去られた後、シャーリーンは何か事件について語っていたのか?」


「どうやら、もう『時間遡行』が無謀になったせいか、自暴自棄にも近い状況で、まともな会話はできないらしい。ただ、動機の一部は聞き出せた」


「一部か」


「なんでも、マーエルグ氏の作るゴーレムがどこぞの知らない女の顔に変わっていく。そんなの、耐えられない。だから、それを作る彼を殺した。……ということらしい」


「……意味が分からないんだけど。彼の家のゴーレムはただの土くれだろう」


 少なくとも、ボクが特別興味を抱くような顔はしていなかった。彼女にだけ見えていた世界、ということなのだろうか。


「ティック刑事も困惑していたようだし、他の証言はもっと不思議だった。聞くかい?」


 京二郎の手元には手帳があった。そこに記されていた言葉の羅列は、一目見るだけでも混沌としていることが分かった。


「……やめとく」


 ボクの返事を聞いて、京二郎は手帳を再びしまい込んだ。


「他の証言でも、要領は得ないが、現代で成しえてない技術や領域の話がいくらか出ていた。もしかしたら、彼女は私たちが思っていたよりもずっと未来から来たのかもしれない」


「その遠い未来には土くれのゴーレムが人の顔になるまで、技術が成熟していた、とか?」


「想像の話さ。狂ってしまった彼女の心情をこれ以上探るのは難しいだろうから、答えは出ないだろうけどね」


「……そうだな」


 想像の話は嫌いではないが、これ以上語ったところで得られる結論は多分変わらない。


「彼女から得られた事件の情報はこれ以上ない、かな」


「それなら二つ目の質問をしようかな」


「どうぞ」


「容疑者への質問の時、キミはなんであんなに飲み物にこだわっていたんだ」


 今だってその飲み物に添えるお菓子を買っている。


「被害者へのケア、と言った気がするけど」


 確かにそうは言っていたが、それ以上に事件と同列視するような謎の追求もあったと思う。


「それにしてはこだわりすぎているように見えた」


「まあ、大したことではないけど、少し気になることもあってね」


「それは?」


「マーエルグ氏の戸棚に、大量のコーヒー豆と埃のかぶった紅茶があった、というのを覚えているかい?」


 確か最初にマーエルグ氏の住居に入った時に、人の家の飲み物を彼が勝手に入れようとしていたか。


「グランブルトでは紅茶が人気だというのに、どうして埃なんてかぶっているのか。そして、一人にしては多すぎるコーヒーの存在。客がたくさん来るとも思えない立地なのに。その二つが気になっていたんで、彼に親しい人間の嗜好から判断できないか、と思っていたんだ」


「ふうん。それは判断できたのか?」


「紅茶の方は別れたシャーリーン氏が好む、という話だから彼女に入れていたものだろう。未練がましく放置していたのかもしれない」


 割り切れない感情、というものだろうか。故人のことであるし、あくまで想像にしか過ぎないが。


「コーヒーの方はトヒガル氏が好んでいたし、毎週コーヒー豆が二人の家に届いていた。彼らの友人関係の一助となるアイテムだったのかもね」


 トヒガル氏の家を去る時の小さな背中は、死を悼んでいたから、だったのだろうか。


「ついでにいえば、シャーリーン氏の好むミドルティーがない、というのも恋仲であるのに不自然でもあった。ブーツの件がなければ、『今までの私』はそれを手掛かりにでもしていたかもしれないね」


 犯人、と言えば最後に気になることが一つ。


「もう一つ。シャーリーンが犯人と感づいたのはいつからだ」


「疑いはそれこそブーツを見た時。確信を持ったのは、彼女があの部屋に入ってきた時、かな」


 部屋に入ってきた時、というのは事件を解決するときに呼び出した時か。


「あれだけ理由を並べたてながら、そこまで確信を持てなかったのか」


「他の証拠は状況証拠、あるいは消去法でしかなかった。他の犯人がいたとしたら、という疑念は拭い去れなかった」


 慎重、というべきなのか、それとも彼にとってはその確証を得るまでが推理なのかもしれない。


「ちなみに、その確信を得た根拠は?」


「彼女、私の提案を二度断ったろう。『他の部屋にしましょう』、と『どうぞお座りください』の二つを。そうまでして棚に寄りかかって話を聞く、というならよほどの理由があるはずだ。彼女が必ず逃げられる『時間遡行』に必要な魔術結晶が置いてある、と信じていた置時計の近くにいるためとか、ね」


 その置時計はすでに破壊されていて、京二郎がレプリカに差し替えていたわけだが。


「しかし、どうして『魔術結晶』は破壊されたんだろう」


「……まあ、ここから先は想像だけど。あの【射弾】は最後の抵抗なんかじゃなく、遺言の一つ、だったのだと思う」


「遺言?」


「ああ。マーエルグ氏が殺された時、狂ったシャーリーン氏の様子か、あまりの手際の良さから推測したか。あるいは、彼自身が体験済み故に感づいたか。なんであれ、彼は死の間際の薄れゆく意識の中で、シャーリーン氏が『時間遡行』を繰り返していたことに気が付いてしまったのだろう」


 ない話、とは言えない。そもそもあの結晶の保有者はマーエルグ氏なのだから、何らかの方法で過去に『時間遡行』を試したことがあってもおかしくはない。


「そして、『時間遡行』を行える魔術結晶といえば彼の持つ結晶くらい。彼女の狂っていく姿に耐えられなかったマーエルグ氏は最後の最後に、破壊という結果を示した。それを狂う前のシャーリーン氏に伝えられれば、少しは変わったのかもしれないが」


 京二郎のつぶやきは宙へと消えた。


「ボクたちが出会ったころには、もう彼女の中身は狂っていたのだろう。この結末は覆せなかったよ」


「……君は優しいな」


 慰めたつもりなどない。ただ、慣例からなる事実に基づいただけだ。


「『時間遡行』の魔術が、なぜこれだけ広まっているのに、使うに至らない人間が多いのか。理由を話したかな」


「いいや。ただ、国宝級、などという貴重なものを使うからだ、と思っていたけど」


「それもあるが、結果が重要だ」


「結果?」


「『時間遡行』を利用して何かを成し遂げようとした人間は大なり小なり、一瞬か時間を経てかはともかく。必ず『狂気』に飲まれた。シャーリーンのように」


「……求めていい物かは知らないが、理由を聞きたいね」


「一人は繰り返しの果てに現実を捕らえられなくなった。一人は、過去に戻れる、という保証から過去に戻る程度では取り返しのつかない賭博、つまるところ命を賭け、死んだ。他の例もあるが、例外なく狂っていた」


 タガが外れるとか、ブレーキが利かないとか。言い方はいくらでもあるだろうが、ともあれ、常人にあるべき理性というやつがなくなっていた。


「強すぎる力が人格に影響を与える、と考えてもいいのかな」


「ああ。過去に戻る、というのは少し人間には刺激が強すぎる。そして、過ぎたる力は身を亡ぼす。万が一にも、その狂気を越えて何かを果たそうというなら、そいつは――――」











 ぐるり、ぐるり。


 視界が歪む。


 ほんの一瞬でありながら、数時間にも感じる世界。


 時計の針は、わずかに世界に逆らう。


 そして、歪んだ世界の奥底。


 おぞましいほどに紅い、視線だけで殺意を受けるような瞳がこちらを見ていた。













「強すぎる力が人格に影響を与え……どうした、クルビエ?」


 京二郎の声で、現実に戻ってきたことを認識した。


 ほんの、数秒だ。だが、確実に。


「『時間遡行』だ」


 その一言で京二郎は事態を察したらしい。


「……また? このグランブルトにはあの結晶以外の『時間遡行』に使える魔術結晶はないんだろう?」


「正確には、一日分の『時間遡行』に使用できる魔術結晶がない、というだけだ」


「まさか、彼女が?」


「シャーリーンではないだろう。これだけ過程が違うなら、その術式も大きく異なるはずだ」


 少なくとも、シャーリーンの時は『目が合う』なんて感覚はなかった。


「ごく短時間で、それもどこか遠いところだ。きっと、ボクらにはかかわりのないことだろう」


 でも、ここまで生きてきた中で『時間遡行』に巻き込まれた経験など片手で数えられる程度。


 そして、あの紅い瞳が『時間遡行』をした人間なら。


「だけど、万が一出会うことがあっても、あの紅い瞳の『アレ』は。決して敵に回してはいけない」


 ボクの忠告を聞いても、彼は驚くことも、興味を示すこともなかった。


「紅い瞳。ようやく、というところか」


 その眼はどこか決意に満ちていた。


「知っているのか、アレを」


「いいや。ただ、私が果たさなくてはならない使命、というだけさ」


「なんだ、それ」


「なに、遠い未来の話だよ」


 話題は終わり、というように京二郎は手元の紙袋を背負いなおす。


「それより、事件の真相を伝えに行こう。お菓子も悪くなるからね」


 その背中はすぐそこにあるはずなのに、とても遠くにあるように感じた。


 まるで、手の届かないところに行ってしまうかのような。


「……どうした?」


 ついてこないボクを不審に思ったか、先を歩く京二郎が振り向いた。


 その顔を見て、言いようのない焦燥感は霧散した。


「いいや、何でもないさ」


 京二郎の肩を、その実感を確かめるために叩いて、それから彼の横を歩く。


 彼は不思議そうな顔をするが、少しだけ口元に笑みを浮かべると、それ以上は何も言わなかった。




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