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第六話:推論過程

 結局、翌日の朝は予定通り起きることはできた。朝食も軽く食べて、調子も悪くない。目的地に向ける足取りは一切問題ないのだが。


「結局、ティック刑事の調べでもあの四人以外の怪しい人間は見つからなかったそうだし、事件現場から新たな証拠は出なかった」


「――そうか」


「遺体の方も片づけたらしい。いくら【保存】とはいえ、故人をそのままにする、というのも忍びないし当然の判断だろう」


「――そうか」


 ――朝日がまぶしい。


 実際は目に入る日光も魔術で軽減しているのだから、そう大した明るさには感じてないはずなのだが、寝起きの頭にはとてもまぶしく感じる。


「クルビエは朝弱かったか」


 京二郎にも気取られるほど、外に出ていたらしい。


「……気にしないでほしい。もう『イレストリア』は目の前だ」


「ふむ。なんにせよ、少し長くなる予定だから、君は休みながら私の話を聞いておいてくれ」


 長くなる、と言ってもイレストリアに証言を聞くだけのはずだが。その疑問を口にする前に、京二郎は『イレストリア』の扉に手をかけていた。


「いらっしゃいませ! おや、探偵さん、そしてクルビエさん! 今日は朝早いですね!」


 扉を開くと、元気そのもの、といった様子のイレストリアに出迎えられた。朝からこの調子で疲れないのか、と思うが彼女はそれ以上に元気が余っているのかもしれない。


「ええ、少々お聞きしたいことがありまして。お時間よろしいでしょうか」


「ええ、ちょうどお客さんも帰ったところですから、お好きなだけどうぞ! あ、コーヒー要ります?」


「ええ。では、四人分お願いします」


 了解しました、とイレストリアはキッチンへとひっこんでいった。あわただしい、ともせわしない、ともいえそうな彼女を見送りつつ、京二郎とボクは椅子についた。


「しかし、四人、というとイレストリアさんを入れても数が合わないだろう」


「いや、もう一人話を聞きたい相手がいてね」


「……それは誰だい?」


「すぐにわかるさ。もうコーヒーも入れ終わったみたいだし」


 イレストリアがキッチンへと入ってから数分ほどだったと思うが、彼女はすぐにコーヒーを四人分携えて戻ってきた。


「お待たせしましたー!」


「ありがとう。それじゃあ、イレストリアさんも座ってください」


「はいはいー」


 京二郎に促されて、向かいにイレストリアが座った。


「では、ご質問を。昨日の15時ごろ、イレストリアさんはここで働いておられましたか?」


「ええ。間違いなく」


「では、こちらの女性に心当たりは?」


 京二郎が取り出した紙は、フィンスターとシャーリーンの顔が載っていた。


「……これ、どこで手に入れたんだ」


 他人の顔を気づかれずに写真を撮る、というのは現代の魔導亜光学記録機のサイズからして不可能だ。となれば、どこから手に入れるしかないが、彼女たちは一般人。写真が出回ることもないだろう。


「私が描いた」


「……まさか」


「疑うならよく見るといい」


 イレストリアとともに、その紙に書かれたシャーリーンを見る。よく見てみれば紙の上のシャーリーンは少々写真を現像したものよりも粗く見える。


「お上手ですねぇ」


 イレストリアも感心したように見ているが、実物を知るボクからしてもそっくりに描けていると思う。


「……キミ、多才だよな」


「本業には劣るがね」


「どこかで覚えたのか?」


「人探しには似顔絵というのは必要なんで自然とね。……それで、イレストリアさんはこの二人に見覚えはありませんか?」


 むむ、とイレストリアは何か思い出したように声を上げる。


「思い出しましたよ、確かこちらの方は15時過ぎに見たような気がします」


 指さされた似顔絵はシャーリーンの方だった。彼女の方がこの喫茶店に来ていた方、のはずだから当然だろうか。


「昨日はお二人が帰ってからお客さんも多かったのですが、その方は遅い時間にもかかわらずランチメニューを頼もうとしていたのでなんとなく覚えています」


 15時過ぎにランチメニューというのは珍しいか。少なくともそう数は多くないだろう。


「15時過ぎ、の正確な時間は覚えておいでですか?」


「ううん、16時までは回ってなかったような……、ああいや、コルちゃんなら覚えてるかも」


 首をかしげながらも、イレストリアは聞き覚えのない名前を口にした。


「コルちゃん?」


「ええ。クルビエさんにはまだ紹介してなかったかしら。ちょっと待っててくださいね。……おおい、コルちゃーん!」


 イレストリアはとたとたとキッチンの方へ戻ると、そのコルちゃんとやらを大声で呼び出し始めた。


「コルちゃん、って彼女の子供か?」


「……まあ、見ればわかる」


 京二郎はテーブルに置かれたコーヒーをずずず、と飲んでいた。


 そうあわてるな、ということだろうか。ボクも彼を見習ってコーヒーに口をつける。




 数分もしないうちにイレストリアがぱたた、と足早に戻ってきた。それを見て、ボクと恭二郎も自然に立ち上がる。


「お待たせしました。ほら、あいさつして、コルちゃん」


 その後ろから、どすんどすん、と重い足取りを響かせながら歩いてくる巨躯が見えてきた。


「初めまして、わたくしコルークと申します」


 コルークと名乗る巨躯の人間は、礼儀正しく体を曲げるところを見てなお、巨大であると感じた。平均よりもやや背の高い京二郎の、さらに1.5倍ほど。おそらく、と前置きをするまでもなく亜人種の一角である『巨人種(エルーゴ)』で間違いない。


 戦いを本能づけられている種族であるからか、市井で見かけることは少ない種族だが、長身であることを除けば普通の人間と変わりない。


「……ああ、よろしく、コルークさん」


 ……ただ、コルちゃん、などととは間違っても呼べない。二倍以上の身長から見下ろされる、というのはそれだけで威容がある。イレストリアにとっては愛らしく見えるのだろうか。


「そして、いつぞやぶりですね。探偵さん」


「コルークさんもお元気そうで何よりです」


 ペコリ、と礼をし合う二人。ティック刑事の時も思ったが、京二郎はボクの知らないところで妙に顔が広い。


「コルークさんには別に聞きたいこともありましたし、座ってお話をお聞かせください」


「ええ、かまいませんよ」


 ボクと京二郎に向かい合う形で、イレストリアとコルークが席に着く。ちょこん、と座るイレストリアと比べると、コルークの大きさは三倍くらいに見える。もはやスケール感が違う。


「それで、何の話でしたでしょうか」


「ほら、コルちゃん、記憶力がいいでしょ。探偵さんがこの二人のお客さんの来た時間を教えてほしいらしいんだけど、私が覚えてないことも覚えてるかな、って」


 コルークは大きな手でつまむようにイレストリアから写真を受け取り、嘗め回すように見る。


「ふむ。こちらの女医さんには覚えがありますよ。私が出前に出向きましたから」


 証人が見つかるなんてありがたい、と思うと同時、おかしな点に気づく。


「……コルーク氏は裏で時計屋をやっている、と聞いたけど、そっちはどうしてたんだ?」


「ははは、アレは道楽ですからな。お得意様でも来ない限りは気が向いたときにのみ開けております」


 そんなものでいいのか。あるいは、レフレクスのように別の収入を得る手段を確保しているのだろうか。


「では、もう一人、シャーリーン氏の方は覚えておられませんか?」


 京二郎の問いに対しては、コルークの表情は曇っていった。


「……ううむ。人並み以上の記憶力はあると自負していますが、見てもいないものを覚えてはいられません。申し訳ありませんな」


 思えば、ボクたちがこの喫茶店を訪れた時もコルークの姿はなかった。この喫茶店はイレストリアが一人で切り盛りしているようだし、彼が喫茶店の客の姿を知らなくても不思議はない。


「えっとね、このお客さんが来た時に皿を割っちゃったんだけど、その時間は覚えてない?」


 そう簡単に皿を割る物だろうか、と思ったが、容器によっては魔術での修復もたやすい。雑に扱ってしまってもおかしくはない、かもしれない。それにしてもおっちょこちょいとは思うが。


「それならよく覚えています」


「おお、じゃあ、出前に行った時間と皿が割れた時間の両方を教えて!」


「グランブルトの時刻で出前の方が14時42分12秒、皿の方が15時18分と28秒、だったと思います」


 それはつまり、フィンスターは15時より少し前。シャーリーンは15時より少し後のアリバイが確保されたことになる。


「んー! さっすがコルちゃん!」


「ははは、それほどでも」


 きゃっきゃ、と微笑み合う大きいのと小さいのが二人。仲睦まじいな、となごみそうになるが、そもそもおかしな点がある。


「……いや、ちょっとまて。どうして秒単位でそんなことが思い出せるんだ」


 ボクの疑問に、コルークは照れ臭そうに頭をかいた。


「どちらかというと、秒単位で覚えることで数字と記憶を結び付け、記憶をより確かなものににしているのですが。まあ、生まれつきの技能ですよ」


 ありえない、と否定するほどではない。魔術の中には【星見】と呼ばれる場所と時間を正確に把握するための魔術がある。コルークはそれを無意識で行える、ということなのかもしれない。


「ま、世の中いろいろ不思議な才能はある物さ」


 京二郎はよくあることだ、とでも思っているかのようで、特に驚きもしていない。以前にコルークとの面識はあったようだし、その記憶力はすでに経験済みだったのかもしれない。


「私の記憶力が役に立った、というのであればありがたいのですが」


「容疑者二人の目撃証言が得られた、ということになりますから。大変助かります」


「それはよかった。ほかにお聞きしたい、ということはございませんか?」


 コルークの問いに、京二郎はええ、と軽くうなずいた。


「もう一つ、こちらの方が本題なのですが」


 京二郎は一枚の写真をコルークへと差し出した。その写真には事件現場に残されていた、無残に破壊された時計が収められていた。


「コルークさんにお聞きしなければ、ということが一つありまして。この時計、ご存知ですか」


 ふうう、と唸る様にコルークはその写真を見つめる。


「……これは」


「お分かりですか」


「意匠からして時計技師マキナのものとは思われます。……ううむ、しかし」


 コルークの表情は苦渋に染まっていく。その表情を見て、京二郎の表情も少し陰る。


「……コルークさんでもここまで損傷が激しく、しかも写真越しでは鑑定は難しいですか」


「いえ、いえ。そうではなくてですね」


 コルークは目に手をあてながら、その写真から顔を背ける。


「このマキナの置時計、と言えば世界に百もない傑作。そのうちの一品がこうも無残に破壊されているのを見るだけで……心が痛むのです」


 それを見たイレストリアがよしよし、とコルークの肩を撫でる。


「……では、そのマキナの置時計とやらについてお聞きしたいことがあったのですが、やめておいたほうがよろしいでしょうか」


「いいえ、いいえ。これを破壊した犯人を裁く一助となれるなら、私は協力を惜しみませんとも」


 コルークの瞳にはうっすらと涙が浮かべられていた。ボクにはわからないが、彼にとってはそこまで感情をあらわにするほどの価値があの時計にはあったらしい。


「感謝します。まず、この時計がなぜそのような価値があるのか、ということを教えてもらってもよろしいですか」


「マキナ、という技師は時計史に残る技量の持ち主で、数多くの変わった時計、というのも作っています。この写真のものも変わった時計の一つで『柔軟なる時計』という異名がついています」


「柔軟なる?」


「時間を計る手段、というのは無数にあります。砂が落ちる、水が滴る、陽が回る。歯車の回転でも、とにかく規則性さえあればそれは時計に昇華しうる」


「砂時計、水時計、日時計。私の故郷にもそう言ったものはありました」


 古来より天体の移動法則は、時刻を指し示すために広く使われてきた。魔術においても時間を指定するものは少なくない。ゆえに、魔術でも多くの手法で時間を正確に示す方法が存在する。


「このマキナの時計は組み込める時計をすべて組み込むことで、どれか一つが故障しても、他の時計を参照し、自己修復し、元通りに稼働させる、という『柔軟さ』を持ち合わせていたのです」


「……それはつまり、なくなったものを他のもので代替することができる、ということですか」


「ええ。例えるなら、動物が一匹いなくなったくらいでは世界の『循環』に影響はないでしょう? そんな互いが互いを補う『世界』を時計の中に表現したのが『柔軟なる時計』なのです」


 コルークは興奮気味に『柔軟なる時計』を熱弁する。その熱意は、温和と感じていた彼の性格とは正反対と言っていいくらいたぎっている。


「時計一つに世界を代弁させる。そんな荒唐無稽を表現しきる猛者が、マキナという時計技師であり芸術家でもあったのです」


「しかし、それも壊れてしまった」


「ええ。土台ごと壊れてしまえば、どんな世界も崩れ落ちるのは道理です。動力部を穿たれていますから、マキナ以外にこの世界を復元することは叶わないでしょう」


 悲しげに語るコルークを見ていると、こちらまで少し心が揺れ動きそうになる。


「そのマキナ氏に修理を依頼する、というのは叶わないのか」


「私が生まれたころには、この世を離れていました」


「……そうか」


 もう二度と手に入らない。そんな伝説の一品であったのなら、コルークが熱く語るのも理解はできる。


「コルークさん、もう一つお聞きしたいことが。あなたは動力部を穿たれた、と言いましたが、『柔軟なる時計』の動力は魔術結晶で間違いありませんか」


「ええ。たとえ『国宝級』でも内包できるよう、私の手のひらほどの動力部が存在しています。この損傷からして、おそらくはその動力源ごと破壊されているでしょう」


「……なるほど。それなら大体理由もつく、か」


 コルークの言葉通りなら、置時計と魔術結晶は同時に破壊された、ということで間違いないだろう。


 京二郎は一度大きく頷くと、コルークのほうに向き直った。


「……最後に、コルークさんにお願いがあります」


「どうぞ、探偵さんの話であれば融通はきかせますよ」


「ありがたい。では少々、時計屋の方を見せてもらっても?」








 京二郎とコルークが喫茶店の裏にある、コルークの経営する時計屋に行って数分。京二郎が大きな袋を抱えて戻ってきた。その後ろにはにこにこと笑うコルーク。


「助かりました」


「いえいえ。余っていたものですから、探偵さんに買っていただけるなら何よりですよ」


 京二郎が軽く礼をすると、それに倣ってかコルークも礼をした。


「今後ともごひいきに」


「またきてくださいねー!」


 コルークとイレストリアに見送られて、喫茶店を後にした。


 京二郎の小脇に抱えられている紙袋にはコルーク時計店の文字が記入されていた。


「……何を買ってきたんだ」


「なに、後で見せるよ。あともう一人訪ねたい人物がいるから、彼を訪ねたら、だな」


「彼?」


「ああ。ここにいるはずだ」


 京二郎が指さしたところには、『ネクロシ配達所』と書かれた看板があった。






「えっと。俺になんのようですかね」


 探偵によって『ネクロシ配達所』から呼び出された青年は呼び出された理由がわからない、と言いたげな顔をしていた。


「昨日、マーエルグ氏の遺体を発見した件についてお聞きしたいことがありまして」


 京二郎の切り出しに、青年は眉をひそめた。


「その件なら話すことは全部話しましたよ」


「ええ。犯行時に鍵がかかっていなかったことも、遺体を見つけた時刻も、その状況も聞き及んでいます。それとは別に、あなたが犯人ではないか、と思われる一つの事件についてお聞きしたい」


「――あんた、俺がマーエルグさんを殺した、とでもいうのか」


 青年の声には、少なくない怒気が含まれていた。それをみて、京二郎はあわてて手を横に振る。


「ああ、いやいや。誤解を招いた、というのであれば謝らせてください。聞き方が悪かったかもしれないですね。こちらの商品についてです」


 京二郎が差し出した写真には、茶色い紙袋が映っていた。記憶が正しければ、トヒガル氏の住居に送られていたコーヒー豆の配達物によく似ている。


「……なんですか、これ」


 青年はそれを見てもピンとくるものはなかったらしい。


「昨日のいつ頃かは分かりませんが、とある宅配員がトヒガル=ニウス氏の住居に置いていった、と疑わしきものです」


「……いや、そんな犯罪みたいに言われても」


 呆れたような青年の声を聞いて、京二郎の表情は少し崩れたものになる。


「ま、言い方どうこうは置いておいて。この荷物に覚えはありませんか?」


 青年は写真を見ながら頭をぽりぽりとかく。


「まあ、このコーヒー豆の包装も、トヒガル=ニウスという名前も覚えがあります。俺が配達担当でしたし」


「玄関の中にありましたが、マーエルグ氏のときと同様に中に入ってお届けした、ということでしょうか」


「ええ、まあ。熱心に作業中だったんで、お邪魔しないように荷物だけ置いていったんですよ」


 その証言はトヒガル自身の証言とも合致する。


「その時刻に覚えは?」


「トヒガルさんのところに届けに行ったのは、15時くらいだったかと」


 犯行時刻ちょうど、の話だ。それが事実なら、トヒガルのアリバイは確立する。


「その時刻は正確ですか?」


「まあ、それなりに。トヒガルさんからぐるっとグランブルトを回ってマーエルグさんの家まで一時間くらいかけて宅配する、っていうのが週一回の習慣なんですよ。マーエルグさんの家に着いた時間から逆算してるから、正確だと思います」


 正確とは言うが、街の込み具合など日によって移り変わる。この青年が15時ちょうどにトヒガル氏の家に着いたかどうか、というのは少々疑問が残るかもしれない。


「事件当日にその習慣について変わった点は?」


「しいて言うならいつもより荷物は多かったですかね」


「配達に影響は?」


「配達前の仕分けの時間が少し増えたくらいで。少し毎週定期的に届けるコーヒー豆を、その日も変わらず宅配しましたよ」


「毎週、というのはトヒガル氏のお宅に?」


「そっちもですけど、マーエルグさんの方もです。コーヒー豆に始まりコーヒー豆に終わる、ってなんかキリがいいでしょう」


 ちょっとその感性は分からないが、彼にとっては思うところがあるのかもしれない。


「……ちなみに銘柄は?」


「さあ、そんなの覚えてませんよ。興味ないし」


「……なるほど。ご協力ありがとうございました」


「いえ、別に。そう思うならウチを使ってくれると助かりますがね」


 京二郎は考えるように顎に手を添えて、一拍ほど無言になる。


「なら、最後にお願いが二つ」


「なんでしょうか?」


「一つは『伝話』を貸していただきたい」


「構いませんけど。もう一つは?」


「これ、マーエルグさんの家まで届けてもらえます? ちょっとした条件付きで」


 京二郎が差し出したのは、先ほど時計屋で買った白い紙袋だった。











「今から届けに行く、とはね。なかなか足が速いじゃないか」


 通常の金額よりも少し色を付ける、というだけで配達人の青年は快く京二郎の依頼を受けていた。もしかしたら、配達業というのはあまり給料がよくないのかもしれない。


「それで、彼に聞いた甲斐はあったのか?」


「十分に。あとは最後の実験かな」


「実験?」


 何の話だ、と聞く前に京二郎は歩き出していた。


「さあ、事件現場に戻るとしよう」


 かつ、かつ、と歩き出す京二郎に追いつき、横から彼に話しかける。


「なんだ、もう聞き込みはいいのか」


「ああ。後は現場で最期の確信を得れば十分だ」


 その言葉を言う京二郎には、現場に行くまでもなく、すでに確信があるようにも見えた。







 真昼のイローダルは、天井からかすかに日差しが入り込んできていた。夜の時と比べてそう歩くのにも苦労せず、通り抜けられた。


 カンカンカン、と鉄の階段を上る音が辺りに響く。


「京二郎」


「なんだい、クルビエ」


「結局、犯人は分かったのか」


「ああ。さっき配達所で『伝話』を借りたろう。そのときに呼び出しておいた。十分もすれば来るだろう」


 そんなに、配達員との会話に確信に至る要素はあっただろうか。


 それを考える前に、ピリ、とした感覚が肌を撫でた。結界の証左であり、マーエルグの自宅の証でもある。


 そして、玄関のドアを開けると、京二郎が配達員に渡していた紙袋が置かれていた。


「……おお、ちゃんと届いてるな」


 京二郎は中身を検分しているが、特に問題はなかったようでうむうむ、とうなずいていた。


「そして、こちらも十分な結果が得られたか」


「何を見てるんだ?」


 京二郎が手にしていたのは小さな白い紙。


「ああ、配達員君にはここに来るまでの時間を測ってもらっていたんだ。結果として13分。荷物を持ちながらだし、急に言われたから、ということもある。もう少し詰めようはあるだろうが、十分な結果だろう」


「それが、キミが言っていた実験か」


「ああ。そして、情報も出そろった」


 京二郎と共に一室の扉を開く。


 そこは、昨日はマーエルグの死体が存在した場所。今は、すでにその死体は引き取られており、床の血だまりの痕だけが痕跡として残っていた。


「情報が出そろった、ということは。期待してもいいのかな」


 京二郎がにやり、と笑った。


「ああ。真相を解き明かすとしよう」


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