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第五話之二:調査2



 シャーリーンの住まいは小ぎれいな集合住宅の一室だった。


「夜分遅くに失礼します。シャーリーンさんはおられますか?」


 ドア越しに京二郎が語り掛けると、ドアの向こうからかつかつと甲高い足音が聞こえてきた。


 がちゃり、とドアが開くと長い脚が印象的な女性が現れた。


「ええと、あなたは?」


 出で立ちはいかにも仕事から帰ってきたばかり、という服装であった。ヒールの高い靴と、飾り気の少ない服装、そして自信のありげな瞳。仕事人間という表現が彼女以上に似合う人間もそうはいないだろう。


「私、探偵の京二郎と申します。こちらは相棒のクルビエ。どうぞよろしく」


 京二郎は自然な調子で右手をシャーリーンの前に差し出した。


 シャーリーンは少し戸惑ったようだが、それが握手の申し出と分かると、同様に手を差し出し握手を交わした。その手の甲には、傷があるようには見えなかった。


「どうも。それで、私に何か用かしら、といいたいところだけど。見当はついてます」


「もしや、もうお話は聞いていますか」


「ええ。マーエルグがなくなったんでしょう。さっき偶然刑事さんと会いまして。お話は聞いております」


「それは、立て続けで申し訳ありません。同時に、お悔やみ申し上げます」


「別に、気にしないでください。ただの恋人、ってだけでしたから」


 さばさばした様子のシャーリーンからは、彼女の感情は読み取れない。けれど、わずかに残る目元を拭った痕が残っていた。


「私はマーエルグ氏と生前に交友関係がありまして。その縁で、この事件の犯人を追っています」


「……そうでしたか」


「その犯人を捕まえるための情報を得たい、と考えております。ぶしつけですが、いくつかお聞きしてもよろしいですか」


「彼の無念を晴らせる、というのであればどうぞ。答えにくいことでなければ何でも答えます」


 シャーリーンはどこか意図的に感情を抑え込みながら話しているように見える。まだ彼女も事件について飲み込みきった、というわけではないらしい。


「では、今日の午後はどちらに?」


「私、近くの学校で教師をやっていまして、午後は授業とその準備でずっと学校に。いつごろ帰ってきたか、というのは正確には分かりませんけど、日が暮れてから帰ってきた、というのは覚えています」


「15時ころはどちらにいたか、というのは正確に覚えていますか?」


「その辺りはちょうど授業の準備中でしたから、学校で……いや、授業がかさんでいましたから、近くの喫茶店で遅めの昼食をとっていたころでした」


「その喫茶店はどちらでしょう?」


「……確か、『イレストリア』、という名前だったかと」


 先ほども聞いた喫茶店だ。客として訪ねた、ということなら店主であるイレストリアがシャーリーンを覚えていれば話は早いが。


「……その時の服装は?」


「今と変わりませんよ」


 彼女の服装は人混みの中でひときわ目立つ、と言うほどでもない。ちょうど、ボクたちが出る前に店が混みだしていたような記憶もあるから、もしかしたらイレストリアは覚えていないかもしれない。


「ちなみに、授業の時間、というのは?」


「12時から14時までのものが一つ、16時半から17時半までのものが一つ、ですね」


「では、帰ってきたのは18時くらい、ということですか」


「まあ、そのくらいになります。その後はずっと一人で家にいましたよ」


 これも、犯行時刻の周辺のアリバイを保証するものではない。


「最後に一つ。マーエルグさんについて、最近何か変わった点をご存じではありませんか」


 シャーリーンはうつむくと、すぐに首を振った。


「さあ。最近、と言われても何も思いつきません」


「では、マーエルグ氏のゴーレムの制作状況、というのはご存知でしょうか」


 京二郎の問いに対して、シャーリーンは一瞬押し黙った。


「…………いいえ、何も。彼、秘密主義でしたので」


「そうですか。ありがとうございました」


「いいえ。真相がわかったら教えてください」


「もちろん。ああ、それと、念のためにもう一つだけ」


「どうぞ」


 こほん、と一拍おくように京二郎がせきをした。


「お好きな飲み物は?」


 この質問はフィンスターにも同様に行っていた。ケアがどうと言っていたが、急に聞かれたほうは突飛なものであるとしか感じられないと思う。


 京二郎の突飛な質問は、シャーリーンも困惑するところだったらしく、あっけにとられているようにも見える。


「……しいて言うなら、ミドルティーですけど」


「なるほど、ありがとうございます」


 京二郎は納得したのか、大きく礼をした。


「これで終わり、ということでいいのかしら」


「ええ。これにて失礼します。本日はありがとうございました」






 こつこつと足音を響かせながら、人通りの減ってきた通りを歩く。


 この時間帯になってくると、仕事帰りの人間も走り回る子供たちも、その姿はほとんど見えなくなる。


「彼女はどうだった?」


 ボクの質問に、京二郎はふむ、とあごをさすった。


「腑に落ちない点もないでもないが、犯人とは思いにくい、かな」


「その根拠は?」


「あのヒールの高いブーツで、キミも足を引っかけるようなイローダルを駆け抜ける、とは思えない。ヒールを簡単に取り外せるものにも見えなかったし」


 甲高い足音を鳴らす彼女の足音を思い出す。確かに、あの靴でイローダルの様な悪路は歩くことすらしたくない。


「まあ、あの手のブーツをわざわざ履き替える、というのも手間だ。キミの推論は正しいんじゃないか」


「そもそも、私の調べでは彼女は刃物を扱う経歴を持ち合わせてはいなかった」


「それなら、暗殺者まがいの仕事は難しいはずだ」


 遺体に残っていた鋭利な傷。それを残すだけの技量があれば、歩き方も少しは様になる、というものだがそれもなかった。ボクから見ても、彼女が冒険者、暗殺者としての経歴を持つとは考え難い。


「まあ、アリバイが固いものではない。そのあたりの調査はまた明日かな」


「腑に落ちない、というのはアリバイがないことかい?」


「いや、じつに大したことない疑問が一つあってね」


「言ってみなよ」


 言いづらいのか、京二郎は一度咳払いをしてからつぶやくように言った。


「……ミドルティーって何か、ということだ」


 シャーリーンが好きだ、と答えたお茶のことか。本当に大したことのない質問だった。


「大陸中部の方で生産、流通する茶葉を使うお茶だよ」


 グランブルトから船で数日かけてわたる必要のある大陸。その大陸の中部で生産されているから『ミドルティー』などという名前が付けられたらしい。


「こちらではメジャーなのか?」


「どうかな。グランブルトの生まれは紅茶が好きな連中が多いから、珍しいかもね」


「……なるほど」


「不満気だね」


「いや、お菓子選びに苦労しそうだ、と思ってね」


「そんなことに悩まなくても」


「重要なことなのさ。……ああ、だがそろそろ時間かな」


 京二郎は手元の懐中時計を見ながらつぶやいた。


「なんの時間だ」


「容疑者の一人、トヒガル=ニウス氏のご帰宅の時間だよ。最近の彼は忙しいらしくて、帰りの時間はこのくらいになるらしい」






 やや手狭、と思わせる一軒家。しかし、セントラルに居を構える、となれば、このくらいが手ごろ、とも思えるくらいの大きさでもある。


「……それで、あんたは何者で、こんな夜遅くに何の用だ」


 中から出てきたトヒガル=ニウスは無精ひげをさすりながら、不機嫌さを隠そうともせずに現れた。


「私は探偵の京二郎と言いまして、まあ警察のようなものだと思っていただければ」


「……ほう、警察」


 ぴくり、とトヒガルの眉が動いた。犯人扱いされることに憤りを感じている、とも思ったが少し違う。怒りをこらえている、というよりはその言葉に興味を惹かれるものがあった、ように見える。


「もうご存知かもしれませんが、マーエルグ=ネンリヒト氏の殺害の件について、お話を伺いに来ました」


「俺を犯人だと疑ってるわけか」


「容疑者の一人として、くらいには」


 京二郎の取り繕わない言葉に、トヒガルはこちらに背を向けた。


「……飲み物くらいなら入れてやるよ」


 トヒガルは後ろでにドアをあけ放つと、そのまま奥へと歩き去っていった。


「どうやら、歓迎されているらしい。ご同伴にあずかるとしようか」


 京二郎はそう言うと、トヒガルの後ろをすたすたとついていった。


 正直なところ、あの仏頂面からはそんな歓迎の意思は読み取れなかったが、家から追い出さない程度には、拒絶の意思も感じなかった。


 開けられたドアを後ろ手に閉めて、その後を追う。






 案内されたのは椅子と机がある小さな部屋だった。


 机に置いてあるナイフやフォークを入れるであろう箱からして、普段はこの机で食事をとっているのかもしれない。


「簡単なもので悪いな」


 どん、と見慣れない容器が人数分、机に置かれた。中に入っている飲み物は、色からしてコーヒーだろうか。湯気も出ていないし、おそらくは夏場であるから、と気を遣って冷やされたものだ。トヒガルは不愛想に見えるのだが、こうも細かいところまで気が回るのを見るとその印象も変えざるを得ない。


「湯呑にコーヒー、ですか」


「なんだ、気に食わねぇってのか」


「いえ、見慣れない、と言うだけで。ありがたくいただきます」


 簡素な椅子と机に腰をかけながら、差し出されたコーヒーを一口飲む。簡単なもの、というだけあってなんというか、雑な味がする。


「それで、マーエルグ殺しの犯人がオレかもしれない、って話だったか」


 椅子の背に肘をかけながらくつろいでいるトヒガルを見ていると、犯人扱いされている、ということに不満があるようには見えない。


「ずいぶんと落ち着いてらっしゃる。少しくらいは不快にもなってもおかしくはない、と思っていましたが」


「なぁに、オレはやつに膨大な借金があった。それの清算として殺しをした、と思われても仕方ないのは理解してる」


 コーヒーを飲みながら、トヒガルは何でもないことのように、自らの動機となりえる事柄を口にしていた。


 京二郎の言葉が正しければ約二億メントの額を被害者のローエルグがこのトヒガル=ニウスに貸していたらしい。借金、と彼は言うが、実情は投資に近い。


「ご理解が早くて助かります」


「それで、聞きたいことってのはなんだ」


「まずはあなたが今日の夕方何をしていたか、ですね」


「何を、って言われてもな。仕事場で図面を引いてたよ」


「それを証明する方は?」


「さあ、あそこに一人で籠ってたからな。誰にもできないんじゃないか」


 トヒガルが指さした先には、半開きになったドアから彼の仕事場らしきものが覗けた。


「……おや、刃物のようなものも見えますが。あれも図面を引くのに必要なんですか」


 京二郎の言うとおり、屋内の明かりを反射して、光る物体がその仕事場の中に見える。よく見れば刃物に見えなくもないが、ちらりと見ただけでわかるとも思えない。半分くらいは予想でモノを言っているのではないだろうか。


「使うさ、『魔法陣』を描くためにな」


「『魔法陣』が建築の、それも図面を引くために必要なんですか?」


「『魔法陣』そのものが図面なんだよ。その魔術を起動すればその土地を均したり、家を建てたり穴を開けたり。土地の性質を理解さえしてれば、『魔法陣』だけで事足りる」


 ほう、という京二郎の声を聞けば顔を見なくても察しがついた。興味深い、というに違いない。


「実に興味深い」


 ほら言った。


「しかし、『魔法陣』を描くのはペンであり、インクであり、でしょう? 刃を用いることはないはずですが」


「それに関しちゃ、実物を見せた方が早いかもな。ちょいと待ってな」


 トヒガルは仕事場に入ると、そこから手のひらサイズの木製の物体をいくつか持ってきた。その物体は表面や内部に無数の紋様が刻まれていて、形状もまたさまざまで立方体状のものもあれば波打つ蛇のようなものまで。


 しかし、その紋様はいくつかパターン化でき、そのどれもが見覚えがある。


「……そうか、この物体が『魔法陣』なのか。しかも土の魔術の複合記述か」


 ヒュウ、とトヒガルが口笛を鳴らした。


「一目で見抜くとは」


「さすがクルビエ。それより、どういうことなんだ、これ」


 京二郎はボクに聞いているらしいが、建築なんてジャンルは専門外だ。


「平面じゃなくて立体に『魔法陣』を詰め込んでいる、ってことだけはわかるけど。それ以上はトヒガル氏の方が詳しいだろう?」


「それ以上のことなんてないけどな。平面の『魔法陣』じゃ家を建てるには情報量が足りん。せいぜい柱一本立てるくらいだし、その場所にも同様の『魔法陣』を立てる必要がある。そこで、この『立体魔法陣』を使えば」


 トヒガルが立体の内の一つを回転させながら宙に放り投げた。その立体の作り出す影は、内部の複雑な形状を通して、地上に魔法陣をもう一つ作り出していた。


「――立体内部を通した光の陰でさらに魔法陣を連続で記述する、と。なるほどね」


「で、これが仕上げだ」


 パン、とトヒガルが手を合わせると、立体の影が反応して魔術を起動し始めた。


 柱が生え、屋根がかぶさり、壁ができる。


 投げ出された立体をトヒガルが受け取るまでに、床には手のひらサイズの小屋が形成されていた。


「まあ、本当の家を作るときはもっとどでかい魔法陣が必要だから、その魔法陣を作るための魔法陣、なんてものを使うけどな」


 こんこん、と京二郎がミニチュアサイズの小屋を叩く。触ったくらいで壊れるようなシロモノではないらしく、それなりの強度もあるらしい。


「……なるほど、魔術での建築、というのは私の知る建築方法とはずいぶん違う」


「昔からあったわけじゃあないらしいが。魔術の発展を建築にも還元しよう、って言いだした奴がこんなもんを発明したらしい。ここらの『階層式』もこいつのおかげで作れるようになったんだ」


「この立体魔法陣というのは、一から作る、と言う場合には彫刻のように素体から刃物を使って削り出しているんですか?」


「別に刃を使わんでも、魔術でも刻めるとは思うが、オレとしてはこっちの方がなじむ、っていうのかねぇ」


 トヒガルは仕事部屋から持ち出したナイフを手で弄んでいた。手のひらに乗る程度の物体に魔法陣を描く、というのはそれなりに神経を使う。魔術師としても、物体を用いた方が効率的に作業できる、と思う。


「なるほど、参考になりました。できれば、その技術についてもう少しお聞かせ願いたいのですが――」


 京二郎はさらに聞こうとするのだが、トヒガルは首を横に振った。


「ま、陽の高いうちなら構わねぇんだけどよ、その辺の話は長くなる。もう今日は遅いし、遠慮させてもらおう」


 時計を見ると21時をすでに回っている。朝の早い人間ならすでに床についている時間だろう。


「……仕方ありませんか」


 京二郎はとても残念そうにため息をついた。もしかして、この男は今回の主目的を忘れて、興味本位で建築技術についてききだそうとしていたのではないだろうか。


「簡単なことなら答えてやるよ。他に聞きたいことはあるか?」


「……ああ、そうでした。では、マーエルグ氏を殺害する動機を持つ方、というのはしりませんか?」


「さあな、商人と言うだけあって恨みつらみを持つ奴はいたかもしれねぇけど。具体的な名前、はすぐにはあげられねぇな」


 ふうむ、と京二郎は考えるそぶりを見せる。


「最後にお好きな飲み物、と行きたいのですが。おそらく、コーヒーでしょう?」


 京二郎はそう言うと、手元のコーヒーの入った湯呑を指さしていた。この家にはコーヒーしかない、という話であったし、推理するまでもない、ということだろうか。


「ああ、それもアージンバクのが一番好きだな」


 アージンバク、と言えば事務所においてあるものと同じ産地であった、と思う。


「なるほど、趣味が合いますね」


「……そうか。そいつはよかった。……で、それが何か?」


「いや、興味があっただけですよ」


 はあ、とあきれたようにトヒガルはため息をついた。


「それはもう事件については聞くことがなくなった、ってことでいいんだろう」


「そういうことになります」


「なら帰りな。オレもそろそろ明日の準備がある」


 かち、かち、と時を告げる針の音が心なしか大きく聞こえる。


「ええ、帰らせて……」


 がた、と椅子から立ち上がろうとした京二郎が、突然その動きを止めた。


「どうした?」


「あれは、なんでしょうか」


 京二郎が指さす玄関の扉の裏には、小さな袋のようなものが置かれていた。


「……ああ、あれも最後になるのか」


 トヒガルの言葉を聞くか聞かないうちに、京二郎はそれに歩み寄っていた。


「宅配物のようですが」


「……あんたらには関係ないだろ」


 有無も言わさず、トヒガルは京二郎の横から宅配物を拾い上げた。


「そら、早く帰んな。アンタらにも明日があるだろう」


「そうですね。今度こそ、帰らせていただきます。次は私がアージンバクのコーヒーをご馳走しますよ」


 京二郎はそう告げると、扉を開いて外へと歩き出していた。


 ボクもその後を追い、トヒガルの敷地を越える。


 ドアを閉める直前に見えたトヒガルの姿は、なんとなく先ほどよりも小さな姿に見えた。






 すれ違う人の姿はほとんど見えず、辺りに響く足音もボクらのものしかない。


「これでキミが怪しいという人間はすべて回ったことになるかな」


「まあ、そうだな」


 ボクの言葉に、京二郎ははっきりしない生返事を返してきた。


「……なんだ、トヒガル氏にも気になる点があるのか。まさかまた飲み物の話か?」


「なかなか鋭いじゃないか。クルビエは入り口近くにあった荷物のラベルを見たかい」


「いや。一瞬だったし目にする前に持っていかれたよ」


「実は、あの荷物、コーヒー豆だったんだけどウル・ジラブ産のものだった」


「……それが何か?」


「だが、彼はアージンバク産のコーヒーが好きだと言っていたろう? 少々引っかかるな、と思ってね」


 そんなに気になるところだろうか。


「値段が高かったとか、気分が変わった、とか。そんなところかもしれないだろう」


「その二つの値段はそう大した差じゃあない。それに我々に無造作に出されたコーヒー。アレもウル・ジラブのものだった。ということは素直に考えるなら、彼はウル・ジラブのコーヒーを常習的に飲んでいることになる。なら、なぜアージンバク産が好み、なんていいだしたんだろうね」


「……君が聞いたから適当に答えたんじゃないか」


「しかし、彼はコーヒーを豆からひくほどの人間だ。産地にこだわりがないとは思えない」


 顎に手を当てて考えている京二郎は、放っておくと延々と考え続けそうだ。ボクの方から本題の方に話を切り替えないと、話を聞けないかもしれない。


「……なあ、その件はおいてさ。結局手に傷がある人間はレフレクス氏のみ。彼が犯人、と言うことでいいのか?」


 んー、と京二郎はうなりを上げる。


「それは早計かな。犯人像とも噛み合わないところもあるし」


「犯人像、というけどキミはどのくらい事件が見えてるんだ」


 一拍ほど間を置いてから京二郎は口を開いた。


「まあ、七割程度は」


「……それってどのくらいだ」


「全容はつかめた、といったところさ。細かいところを詰める必要はあるが、ね」


 本当に単純なところしか話をしていなかった、と思うのだが、京二郎はそこまで言うほどに証拠をつかんだ、ということなのだろうか。


「今わかってるところだけでも教えてほしいね」


「……推測の部分が大きすぎてね。明日、もう少し情報を集めてからまとめて話すとしよう」


 もったいぶるものだ、と思うが、彼にとって『真実』とは価値がある物だ。不用意に結論が出ないように、という彼自身の配慮なのだろう。


「仕方ない、キミが満足いくまで、ボクも付き合わせてもらうよ」


「助かるよ。明日は朝早く出るつもりだから、クルビエも早く起きてくれよ」


 早起き、というのは魔術師にとって難しい。夜に魔力が活性化する、という人間が多く、夜の時間は何らかの研究作業に費やすことが多い。研究作業自体は必須ではないが、体が慣れているのだから、朝型に戻す、というのは大変つらい。


「……ちなみに、何時ごろになる?」


「出発は八時を予定している。『イレストリア』の朝と昼の間、彼女が忙しくない時間帯に聞き込みを開始したい」


 八時出発というのなら、起きるのはせめて七時か。


 今日の起床は九時より少し前。それもたまたま早く起きた、みたいなものだ。それよりも二時間も早い、だなんて不可能ではないだろうか。


「…………善処しよう」


「寝坊、というのであれば一人で行くよ」


 ……できるかぎりの努力はしてみよう、と思う。


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