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第四話之一:鮮血の一閃1

 カンカンカン、と鉄の階段に足音が響く。ティック刑事の後に続くようにボクと京二郎が昇っていた。


「『階層式』、とかいう建築方法でこの家は建ってるらしいですよ」


 上から聞こえてくるティック刑事の解説は少し前にも京二郎から、似たようなことを聞いた気もする。


「ティック刑事も建築に興味があったのかい?」


「いやあ、この仕事をやってると色々耳に挟むものなんですよ」


 話しながら三階へ足を踏み入れた瞬間、わずかな時間だけ体の表面をなでるような感触がした。


 一般人であれば、気味が悪い、程度にしか思わないだろう。しかし、この寒気にも似た、けれども実感を伴う感触には覚えがある。


「もしかして、この階層はまだ『結界』が残ってるんじゃないのか」


 ボクがつぶやくと、ティック刑事のおお、と感嘆の声が聞こえた。


 聞こえるか聞こえないか、というくらいでつぶやいたつもりだったが、耳に入ってしまったらしい。


「結界、と言うけど、どんな性質のものだい?」


「部外者の侵入を察知する程度の簡単な結界さ」


 京二郎の疑問に答えてやると、さらにティック刑事がおお、と声を漏らした。このぐらいでいちいち反応されると、非常にやりにくい。


「オレたちが必死こいて探し出した結界の存在を一目で見抜くなんて、もしやそちらのクルビエさんは高名な魔術師だったりします?」


「高名と言うほどじゃあない。ボクは冒険者でもあるから勘がいい、ってだけかな」


 実際、この家に貼ってある結界は微弱にもほどがある。大方、普通の人間には気が付かないレベルで魔力を流し続け、侵入者がその結界に接触すると乱れが発生するタイプのものだろう。その乱れを感知することで侵入者の存在を確かめる目的で利用されたり、魔術の罠を起動するスイッチ代わりにも用いられる。


 ダンジョンを巡る冒険者であればこの手のものにも敏感である必要はあるが、実生活では豆知識だの手品だのといったくらいどうでもいい知識だ。


「さっきも言ったけど、クルビエには魔術に関して何度も力を借りているほど頼りにしている」


 玄関を開きながら、ティック刑事は再度驚いたように声を上げた。


「オレは魔術師の世界についてあんまり詳しくないですけど、探偵さんが頼りにしている、というなら、クルビエさんはさぞ優秀なんでしょうね」


「そりゃもう。魔術に関しては私なんかよりも何倍も詳しいんだ」


 目の前で自分の魔術の腕を褒められる、なんてことは日常茶飯事だったが、改まって言われると妙に照れ臭い。


「ボクのことなんてどうでもいいだろう。それより、事件とやらについて詳しく聞かせてほしいね」


「……ああ、そうか、失敗したな」


 ティック刑事はぼやきながら頭をがりがりと掻いた。


「どうしたんだ、ティック刑事。何か忘れものでも?」


「ああいや、現場を見る前にお二人に簡単にですが資料を見てもらった方がいいかもしれない、と思いまして。オレは一度資料を取ってきます。お二人は奥の休憩室……って、言ってもわかりませんか」


 ティック刑事の言葉に、京二郎はいや、と首を振った。


「いや、問題ないよ。ここの主人が私に依頼を持ちかけるときに、一度入ったことがある」


「そいつはよかった。十分ほどで戻ってきますから、先に中でお待ちください」


 とたた、と外へと戻っていくティック刑事を見送ると、京二郎はこの階層の玄関と思しきところを指さした。


「そういうわけだ。彼が来る前に先に休憩室で待つとしよう」


 ボクがうなずくと、京二郎は玄関をぎぃ、と開いた。






 休憩室、と言われた部屋は質素な机と、最低限座るためのものと思われるソファだけが置かれていた。


 ともに入ってきたはずの京二郎は少し用がある、と言うとどこかへ消えていた。


 大したことではない、というので、案内された休憩室で先に椅子に腰かけていた。しかし、この部屋は実に殺風景で、暇をつぶせるものなど何もない。


 唯一景色が見れる窓も、イローダルのうずたかく積み上げられる建造物によって視界が遮られていて、何が見える、と言うこともない。強いて言うなら、眼下にティック刑事のお仲間であろう刑事たちが話し込んでいるのが見えるくらいか。


 夜空にいるはずの月も見えず、虫や鳥の鳴き声も聞こえない。完全に自然から切り離された空間かもしれないな、と感じた。


 一分ほどもたたないうちに、休憩室の外からかつかつ、と革靴の足音が響いてきた。


「待たせたね」


 その言葉とともに、京二郎が休憩室に入ってきた。


「何やってたんだ、キミは」


「少し台所の方を見てきたんだ」


 そう言うと、京二郎はソファに体を預けた。


「用、というのはそれか。何か見つかったかい?」


「いやあ、何も。強いて言うなら埃のかぶった紅茶の茶葉と、予備の大量にあるコーヒー豆くらいだったかな。飲むかい?」


「さすがにそんなふてぶてしくはない」


「そうか」


 京二郎の方も冗談で言ったつもりだったのか、そこまで残念そうにもしていなかった。


 窓の外を見ると、仲間の警官に何やら話したり資料を受け取っているティック刑事の姿が見える。


 あの様子なら、先ほど思った疑問を口にする時間はあるかな、と思った。


「少し、聞きたいことがある」


 ソファに体を預け切っていた京二郎が、ボクの質問に反応して顔だけをこちらに向けた。


「なんだい?」


「さっき、ボクのことを相棒と紹介してくれたけど、ほかにもキミの相棒っているのか」


 ボクの疑問に、京二郎は体を起こすと顎に手を当てて考えるそぶりをした。


「さあ、ロビン君が近いけど彼は助手、と名乗るし。それ以外、となると思いつかないかな」


「ふうん、なるほど、なるほどね」


 ボクの反応が納得できないのか、京二郎は不思議そうにこちらを見ている。


「満足のいく答えだったかな」


「さあね」


「なんだ、それくらい答えてくれてもいいじゃないか」


「……言わない」


 それなりに思うところもないでもなかったのだけれど。


 多分、口に出すことはない。






 ほどなくして、ティック刑事がやってきた。


 ボクと京二郎が隣に、そしてテーブルをはさんだ向かいにティック刑事が座る形になった。


 テーブルにはティック刑事によって用意された事件の資料が数枚並べられていた。


 京二郎は机に広がる資料の内、一枚に手を伸ばした。その資料の真ん中には、マーエルグ氏と思しき男性の死体の写真が写っていた。


彼はその写真を見つつ、ソファに座りなおした。


「それじゃあ、事件のあらましを聞かせてもらおうか」


「ええ。本日の十五時ごろ、この館の三階で主人であるマーエルグ氏が何者かによって殺害される、という事件がありました」


 京二郎は手帳を広げると、ティック刑事から提示される情報を書き記していく。


「誰が見つけたんだ、その遺体を」


「配達員のタチアーニ氏です。普段なら届け物をするときは必ず、と言っていいほど出てくれるマーエルグ氏が出でこのかったので、ドアに手をかけると開いてしまったので入り込んでしまったとか」


「普通、いくら鍵がかかっていなくても、部屋の中まで侵入するものかね」


 京二郎は呆れたような顔をしながら、ボクの方に視線を向けた。ボクは否定の意を込めて首を横に振った。


「本人曰く、お得意様だから入っても問題ないだろう、と判断したそうです。この家の家事はほとんどが最新鋭の家事用ゴーレムを利用しているみたいですから、他に発見者となりえる家政婦の様な人間はいなかった、とも思われますし、英断だったかもしれません」


「ゴーレム、ね。以前来た時に見掛けたけど、その技術は素晴らしかった、と記憶している」


 ゴーレム、と呼ばれる魔術によって動く人形が存在する。その用途は広く、またさまざまなものが存在する。家事用だけでなく、防犯用、採掘用、戦闘用……、とにかく、人間の代替として生み出されたモノだ。


 家事用のゴーレムに限らないが、ゴーレムの制作には繊細な作業を必要とされる。一から作る、というのは至難の業だし、買い付けるにしても高くつく。そんな高級品を家で扱えていた、というのはマーエルグ氏が商人として大成していた、という証の一つだろう。


「死亡時刻は?」


「遺体と現場の状況から15時ごろ、と目されています。マーエルグ氏の商店の話によれば、14時半ごろにマーエルグ氏が用事がある、と言ったきり帰ってこなかったそうです」


 目撃証言との整合性も高い。15時ごろが死亡時刻、というのは可能性が高いだろう。


「彼の死因は?」


「背中から心臓を突き刺されたことによる出血多量かと思われます」


 マーエルグ氏の遺体の写真に目を向けてみる。うつぶせに倒れたその背中からは、確かに致命傷となるであろう大量の血があふれていた。


「写真で見ると首も切られているようにも見えるけど、こちらが直接の死因ではないのかい」


 京二郎の疑問の通り、首筋からも少なくない量の血があふれている。


「先に詠唱の元となる首を狙ってから、蘇生が不可能であるように心臓をつぶす。魔術師を相手にする殺人の手際としては丁寧な仕事と言える」


 ボクの補足に、京二郎がほう、と感心したように声を上げた。


「クルビエ、詳しいじゃないか。まるで実物を見たことがあるみたいだ」


「文献で読んだことがあってね。【透明化】の魔術をグランブルト王家が『封印』するまでは少なくない数の暗殺事件があったんだ。後期にはその技術も熟練して魔術師相手には首を斬って膝をつかせた後、その刃で心臓を突き刺す、という手法が確立されていた」


 もっとも、現代でその技術が果たしてどこまで継承されているのか、というところまでは分からなかったが。


「つまり今回の事件は、暗殺技術に優れた人間による殺人、とみるべきか」


「この家の結界を見るに、マーエルグ氏もそれなりには魔術に造詣が深いようだし、その殺人鬼は万が一を恐れて確実な殺害方法をとったのは間違いないだろうね」


「……なるほどね、だいたいは読めてきた」


 パチン、と音を立てて京二郎の手帳が閉じられた。


「殺害方法からして、殺人に関しての知識、あるいは経験が必要だ。そしてこの入り組んだ立地からして、街にいる人間が犯人とすると、殺害には時間を要する。一番近いトリエスの大通りから、というのだとしても往復を考えれば三十分ほどは空白の時間がほしい。だが、その二つを満たす人間はマーエルグ氏の近しい人間にはいなかった。そうだろう、ティック刑事」


 京二郎の問いに、ティック刑事は呆けたように彼を見つめていたかと思うと、苦笑を浮かべた。


「……よくもまあ、写真一枚でそこまでわかるもんです。オレが説明することがありませんよ」


「君が私を頼る、という前提からの推測も大きいけどね」


「あえて付け足すなら、侵入、および窃盗の形跡もないことから、財産目的の犯行と言う可能性は低い、というくらいですかね。一応、今も周囲に聞き込みをしつつマーエルグ氏殺害の犯人を探しているところです」


「それにはどれくらいかかりそうだい?」


「明日の朝には、ある程度まとまるんじゃないかと。めぼしい情報を出せるかは分かりませんが」


 ティック刑事の回答に満足したのか、京二郎は机に資料を戻しながら息をついた。


「前提は理解した。ティック刑事、現場に案内してくれるかい」



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