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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
断章:風は語る
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第五話:現場検証

 外の雨風はさらに強まっているようにも見える。この天気はいつになったら回復するだろうか。


 現場に入るなり、青年はさらさらとメモを取り始める。


「セリスさん」


 青年は手を止めずに語りかけてきた。


「何でしょうか、探偵さん」


「雑談の範疇なので、適当に答えてもらって構わないのですが。セリスさんは今回の犯人はどんな人間だと思います?」


「どんな、と言われても――」


 不用意に口を開こうとして、青年と目が合う。


 その瞬間に、首元に縄をかけられているような、錯覚がよぎった。


「別に、気づいたことで構いません。ちょっと会話でもしながら考えをまとめようと思いましてね」


 緊張をほぐすような笑みを青年が浮かべたのと同時に、息の詰まる錯覚は消えた。


 ――そう、錯覚に違いない。


「さあ。ただ、部外犯でしょう、というのは確かでしょうね」


「おや、それはまたどうして?」


「窓際の濡れた跡です。雨水が侵入している、という事は窓が一度でも開いたということになる。犯人が外部から侵入した証拠でしょう」


「確か、セリスさんがこの部屋に入るときはこの部屋の鍵はかかっていたのでしたか」


 青年は私の言葉を聞いてすたすたと窓際へと近づきながら、私に話しかけてきた。


「ええ。この部屋の鍵は私とお嬢様、そして旦那様以外に持ち合わせは現在ありません。外部犯の侵入はその窓以外には無いでしょう」


 じぃ、と青年は床に張り付くように窓際を見る。


「確かに、不自然に濡れた跡はありますし、窓に鍵がかかっている様子も無い。――それに証拠となりそうな靴跡も雨水で流れてしまったと見える」


「それはまた、残念です」


 あるいは、それを期待して床面に花瓶の水を撒いたのだが。


「……しかし、犯人はこの嵐の中を逃げ出す、となればよほど無謀な人物と見える」


「無謀、というなら探偵さんもそうでしょう。なんせあなたもこの嵐の中を歩いてここまで来たのですから」


 私の返答に、青年はこらえ切れない、といった調子で笑みをこぼした。


「――ああ、それはそうです。入れたのなら出られる。ここが嵐の中の密室ではない、と私自身が証明してしまっている、というわけですね」


「そんなにおかしなことですか?」


「いやあ、当事者となる機会は存外少ないもので。いささか興味深いだけですよ」


 探偵はここまでの歓談の中、一切手を止めずに何かを書き記し続けていた。


「……ところで、探偵さん。そんなに何を書いていらっしゃるので?」


「ああ、これは現場の様子をできるだけ精密に書き出してるんです。カメラの持ち合わせがあればよかったんですが、残念ながらあんな高級品を普段から持ち歩けるような身分ではないので」


「カメラ、ですか」


「こちらでは、魔導亜光学記録機とか呼ばれているやつです。確か、コンサートかなんかでも良く使われてるようですから、セリスさんも見覚えがあるのではありませんか」


「あの大掛かりな装置ですか。確かに、お嬢様のコンサートで見た事はあります」


 全長は成人男性の身長並み、持ち運ぶなら専用の細長いケースでいくつかに分けて持ち運ぶ必要がある、なんて装置だった。持ち物がバッグ一つのこの青年に持ち運ぶスペースは無い。


「多分それでしょう。あれを使って現場の記録をとったりもするんですが、無いものねだりをしても仕方ないので今回は私の目がその代わりというわけです。幸い、今回の犯人は殺人だけが目的だったようですから、あまり部屋も荒れていませんし、書き記すのはたやすいです」


 青年の言うとおり、この部屋は倒れた死体と濡れた窓際以外は整然としている。


「これくらいで十分ですかね」


 青年は音をたてて手帳を閉じた。


「さて、まずは遺体の様子を再確認しましょう」


 青年は自分の上着から取り出した手袋をはめると、遺体を触り始めた。


「死亡推定時刻はおそらく1時間前、つまり死体発見時刻の30分前でしょう。ちょうど、我々が食事を取っていた時間帯です。そして我々全員にこの部屋まで来てアンガスタさんを殴り倒すほどの時間は無かった。――セリスさんの言う通り、死体の状況からも外部犯である可能性は高いでしょう。他ならぬ私が証人です」


「なるほど」


 適当にうなずいておく。ここまでは想定どおりの推理だ。


「そうだ、セリスさん、念のためアンガスタさんの現在の魔力保存量を教えていただけませんか」


「魔力保存量?」


「ええ。魔力がどれだけ残っているかで死亡時刻を測る手法があるんです。……今回はわかりきっていますが、念のため、ということです」


 魔力保存量なんて見れば分かるだろう、と言いそうになったが、この青年は魔法が使えない地域から来た、ということを思い出した。確かに、こういった感覚は生まれつき理解していないと得がたいものかもしれない。


「大体、九割ほどはあるかと」


「それなら、科学的にも魔術的にもほぼ死亡時刻は一致しますね」


 青年は遺体の頭部を観察し始めた。


「そして、頭部を一撃。近くに転がっていたこのハンマーに血が付いていますし、おそらくはこれが凶器でしょう」


 青年はその凶器と思しきハンマーの端をつまみプラプラと揺らしている。


「何かおかしな点でも?」


「少々珍しいものなのでつい見入ってしまいまして」


「珍しい、ですか」


 確かに、ここは音楽室として使われていたのだからハンマーというのは不自然なものではある。


「以前の記憶ですが、旦那様がそちらのハンマーでピアノを修理していたところをお見かけしたことがあります」


「へぇ、旦那様が修理にこれを使ったんですか」


「見た限りですので確かな事はいえませんが」


「ふぅん、なるほど……」


 くるくると手の中でもてあそぶように青年はハンマーを回し始める。


「……何かわかったことでも?」


「いや、たいしたことではありませんよ。それよりももう少し遺体を探って見ます。手帳か何かが見つかると良いのですが」


 青年は遺体のポケットやら何やらを探り始める。


「手帳、でしたら上着の内ポケットに収納されているかと」


「よく覚えておられますね」


「もし持ち歩くならそこにしまうのが普通、というだけです」


「いや、それはそうですね。少し考えれば分かることでした」


 青年は遺体の内ポケットを探る。右のポケットから使い古されている手帳が出てきた。


「予定表ですか。びっしり細かく書いてある。几帳面な方だったんでしょうね」


「予定であれば起床、食事、就寝の時間まできっちり書くような方でした」


「医者の予定が最近は多いようですが、何か悪いところでもあったのでしょうか」


「普段の生活に支障は無かったようなのですが、以前負った怪我による腕の痺れを治療していたそうです」


「その怪我は喧嘩か何かで負ったものでしょうか?」


「以前、この国で大きな戦争がありまして。そのときに負った怪我がまだ治りきっていないので長らく通っておられました」


「そのケガの影響は?」


「演奏にわずかな乱れがあった、と本人は言っていました」


 個人的にはケガの以前と変わりないと思える程度だったが。


「なるほど」


 探偵はふむ、と一度うなずいた。


「その怪我にまつわる怨恨、という線はなさそうですね。他に変わった方との交流はありましたか?」


 変わった、というのも難しい質問だが、心当たりが無いこともない。


「……そういえば、この屋敷に戻る前まで、音楽家とよくお会いになっているようでしたが」


 青年の顔がピクリ、としたようにも見えた。


「それはどのような方で?」


「さあ、有名人ではない、とか大した用ではない、とか。あまり、そのことについて詳しくお話はされていなかったかと」


「まあ、そんなことを言う以上、その人とはあまり縁が深くないのでしょう。情報ありがとうございます」


 それ以上の情報を見つけようとしてか、青年は見つけた手帳をペラペラとめくる。


「犯人であれば、今日にでも会う予定を入れている可能性はあるはずですが」


 青年は遺体の上に置いていた手帳を再度手に取り、中を検分しだした。


 しばらくしてもめくるばかりで、何も言わずに集中している。


「なるほど」


「……何か見つかりましたか?」


「いや、良く見ると今日の分だけが破かれています。そしてやや大雑把に切り離されていますから、おそらくは几帳面なアンガスタさんではなく、犯人の手によるものでしょう。外部犯の約束の日時もこの辺りに書いてあったかも知れませんね」


 実に細かいところまで見ている、と感じた。自分でも丁寧に切り離したつもりだったが、青年の目からするとそうでもないらしい。


「ですが、破かれているのでは犯人の正体にはつながりませんね」


「いやあ、そんなことはありませんよ」


 青年はバラバラ、と手帳を斜め読みするように見渡していく。


「でも、犯人の名前はなくなっていたんでしょう?」


「逆に考えましょう。犯人の名前が書かれていたからこそ、今日の日付のみを破り捨てる必要があった、と」


「それは、そうなんでしょうけれども」


「ならば、別の日にもその犯人の名前が書かれていてもおかしくはありませんよね?」


「まあ、この家に招待するような人間であれば、それまでも何度かで会っていてもおかしくはないでしょう」


「レイズール、イークルス、スカーリエルト。ずいぶんと交友関係が広かったようで」


 青年によってつらつらと上げられる名前はどれも名家ばかりだ。


 どこぞの『会合』に招かれている家ばかりで、ポライソンの家よりも格そのものは上だろう。


 その家々とつながりがあるのは、ひとえにこの男の才が故だ。


 その一点においては、誰であっても評価せざるを得ない。


「旦那様は稀代の音楽家として名を馳せていましたから。アンガスタ=ポライソンを呼ぶだけでも箔が付く、なんて言われた時代もあります」


「――それに」


 青年はこちらを見つめてきた。


「エスティアさんとセリスさんの名前も載っています」


 じっと、奥の奥まで見つめられるような感覚がした。


「……それは、どういう意味でしょう」


「いやあ、何も」


 探偵はにやりと笑うと、すぐに手帳に視線を戻した。


「しかし、なぜ犯人はこの手帳そのものを燃やさなかったのでしょうね」


「おそらく、その手帳が竜皮だからでしょう。竜皮は外部からの影響に極めて強く、中には火も水も通しはしません」


「暖炉に放り込んでも?」


「燃え尽きずに、煌々と輝くでしょうね」


「……そんな強力なものをメモ帳代わりにするアンガスタ氏もずいぶんと変わり者だったようで。あるいは竜の皮がお好きだった、とか?」


 思い返すと、竜の紋様を好んで使っていたような記憶もある。


「確か、財布もベルトも竜の皮を使っていたはずです」


 青年は興味深そうに手帳を見ている。


「一応、セリスさんにも確かめていただけますか」


 青年がそういうや否や、彼によって弄ばれていた手帳が眼前に飛来する。


「――おっと」


 それをとっさに右手で受け取った。


「おや、失礼しました」


 青年は軽く会釈をするように、頭を下げた。


「投げることはないでしょう」


「つい手癖で。それで、竜皮で間違いありませんか?」


 一応、確かめるそぶりくらいはしようと手で触ってみる。


 間違いなく、竜のものだろう。


「ええ、竜皮で間違いありませんよ」


 青年に手帳を手渡すと、青年はどうも、と軽く礼をした。


「この手帳は戻しておきましょう。現場保存は正確であるほどいい」


 青年は手帳を閉じると、再度遺体の右の内ポケットに戻した。


「しかし、旦那様も真面目な方だ」


「それはどういう意味でしょう」


「大した意味はありませんけども。ほら、旦那様は奥様以外の女性と懇意にしてはいなかったようですから」


「女性関係、ということですか」


 あの男は音楽に入れ込んでいた、と言っても良い。


 余計な女性に手出しなどはしていなかったかもしれない。


「王族の方なんて二桁単位で側室が居るみたいですから、こちらの街では一夫一妻などにはこだわらないものかと」


「王族の考えが国民の考え、というわけでもないでしょう」


 青年は口角をわずかに上げると、やれやれ、とでも言いたげに首を振った。


「いや、全く。ところで、セリスさんは奥様などは居られないのですか」


「ここに来てから長いですが、そういう出会いはありませんでした。今日に至るまで独りですよ」


「今でも想っている人が居たりは?」


 青年が面白半分で問いを投げてくることに、わずかないら立ちを覚える。


「……その質問に何か意味でもあるのですか?」


「いやあ、ただの歓談ですよ」


 果たして、この青年はふざけているのではないか、とも考えたが遺体の様子を探る手は止まらない。話好きのようであるから、手は動いていても口が動いていないと落ち着かないのだろうか。


「遺体、及びその衣服、あるいは持っていたものに魔法陣の形跡はありませんでしたから、遠隔操作による仕込みは無かったでしょう。凶器の方も魔法痕と思しきものは見当たりませんでしたから、今回の犯行は見た目どおりアンガスタさんの頭部をハンマーで殴打した後にあちらの窓から逃走した、というところでしょうか」


「……意外と、考えておられたんですね」


「なに、一般的な見解にすぎませんよ」


 そのニュアンスに違和感がある。


「一般的、ということは探偵さんのご意見は違う、と」


「考慮すべき点が多い、というだけです。犯人の逃走手段はともかく、侵入はどのように行ったのでしょうか」


「窓から、ではありませんか」


「それも考えましたが、普通は窓から来た人間を招待しないと思うんですよ」


「事前に約束していた人物であるとか、急用だから入れてくれとでも頼んだとか」


「それにしてもわざわざ窓から来た人間を招待するものですか?」


「お嬢様もそうですが、ポライソン家の方は困っている方を無下にはしません。窓から助けてくれ、というだけで旦那様が助けの手を差し伸べることは想像に難くありません」


 ここしばらくのあの男の雰囲気から、今もそんなことをするかは少々疑問だが、部外犯の存在をいくらでも匂わせておくことにはこしたことがない。


「……私もその助けられた一人ですから、その言葉は身体を持って信用しています。そうなると、雨で困っている振りなり、約束を事前に取り付けておくなりしてアンガスタさんの温情を利用して侵入。そして隙を見せたところを殴打して再度窓から逃走、ですか。ううん、少し不思議ですね」


「不思議、と言うと?」


「いやあ、最初にセリスさんに聞いたでしょう。この事件の犯人はどんな人物でしょうか、と。調べれば調べるほど、その人物像に近づいていくのが不思議であるな、と思いましてね」


 またも、首元が冷えるような錯覚が脳裏をよぎる。


「さあ、偶然でしょう」


「どんなことにも偶然、というのはありません。たとえ賽の出目だろうと、そこに因果はあります。人間に推し量れる領域かは分かりませんがね。ですから、あなたが初めに言った犯人像と私の探る真実と近しいのも理由があるでしょう。それは――」


「――そういえば」


 青年の追撃のような言葉を遮る。


 これ以上、理由も無く追求され続ける謂れもない。


「なんでしょう?」


「以前このような天気で窓の外で弱っていたフェネクシーを助けていたこともありましたから、人間でもそういうことをしたでしょう。その辺りから連想してしまったのかもしれませんね」


 あごに手を当てながら、目を瞑る青年。納得いかないようだが、否定もできない、といった表情だろうか。


「少々腑に落ちない点もありますが、まあそういうこともあるかもしれません。他にも意外なところに痕跡が残っているかもしれません。もう少し隅から隅まで探してみましょう」


 青年は辺りを一度見まわすと、窓際のひときわ大きな存在感を放つ、大きなグランドピアノへと近づいていった。


「少々窓際の足が濡れているのと、演奏用の楽譜が置いてある以外は特に何もありませんか」


 ピアノの足部分から、床を這いつくばるようにくまなく見て回っている。


「……これは?」


 青年は影から小さな葉を取り出した。


「落ち葉、でしょうか。最近はメイドも休暇中で掃除が少しおろそかになっていたところがあるかもしれませんね」


 言い訳としては使用人失格であるが、すでにこの死体は仕えるべき相手ではない。


 無用な矜持など、捨てても構わないだろう。


「あるいは、犯人の靴からでも剥がれ落ちたものかもしれません。万が一近隣に生えていなくてかつこれが犯人の手によって持ち込まれた、というなら証拠として大きなものになります。一応保存しておきますか」


 青年は透明な袋を取り出すとその中に落ち葉を収納し、口を縛って衣服の中にしまいなおした。


「そういった細かい手がかりから犯人を特定できたことはあるんですか?」


「細かい手がかり、と言っても積み重なればある程度犯人像が見えてくることもあります」


「そういうものですか」


「そういうものです」


 青年はピアノの下を見終わった後、上部を見回している。しかし、特に何かが落ちている、というわけでもない。目立ったものである楽譜を表に裏にと確認している。


「アンガスタさんの手書きで、結構最近にかかれたものみたいですね」


「どうしてそんなことが分かるんですか?」


「だってほら、裏に日付が」


 青年が見せ付けてきた楽譜の裏面には、確かに三日ほど前の日付が記されている。サインもあることから、おそらくは作曲者もあの男に間違いないだろう。


 青年が再度その裏を見直すとやや怪訝な顔をした。


「上の名前のアンガスタ・ポライソンというのは旦那さんのものだと分かるのですが、下のエスチュワール・ポライソンというのはどなたでしょうか?」


「一月ほど前に亡くなられた奥様の名前ですね。奥様は作詞家でしたから、もしかしたら詩を引用していたのかもしれません」


 青年は楽譜をペラペラとめくり始めた。


「確かに、中に詩が入っていますね。……セリスさんはこの楽譜に何か心当たりありませんか?」


「普通の楽譜だと思いますが、そんなに気になりますか」


「それは、まあ。作曲家が最後に演奏していた楽譜ですから」


「……しいて言うなら、旦那様は一年前、奥様が死んだ後からよく似た曲を弾かれるようになったように思います」


「なら、この楽譜自体に思い当たる内容は無い、と」


「ええ。残念ながら」


「ふむ、インクの跡からしてもここ数日で新たに書き足された内容はなさそうですし、多分そうなんでしょう」


 青年は楽譜を元通りにピアノの上に置きなおすと次に部屋の右手においてある棚へと近づいていった。


「日付順に隙間無く著者の無い楽譜がいっぱい並んでますけど、これは全部アンガスタさんの作品ですか?」


「おそらく。最近は篭りきりでしたから、それでさらに作品が増えているのかもしれません」


「なるほど。それとエスティアさんの部屋と同様に水を入れるためのコップ。それと……なんでしょう、これ。民芸品?」


「よく、各地でコンサートをしていましたからそのときにもらうだとか買うだとかしてたようです。いくつかは我々従者にもお土産として持ってきていました」


 青年はいくつかのお土産をじっくりと見回している。証拠として見ている、というよりもできのよさに感心しているように見える。


「気に入ったのであればいくつか持って行きますか? お嬢様しだいですが、許可が下りるかもしれません」


 青年はあわてて眺めていた物体を元の場所に戻した。


「いや、故人の物を持っていくほど野蛮じゃありませんよ。残りは花瓶ですか。……おや」


「どうされましたか」


「いや、さっき拾った葉っぱとこの花の葉が似ている、と思いまして」


 青年がポケットから取り出した葉と花の茎にいくつか付いている葉を見比べると、確かに似ている、というより同じに見える。


「その花はこの窓から出てすぐのところに群生してますから、外から飛んできてしまったのかもしれません」


「なるほど、なら、この葉は窓を開けたときに偶然入ってきたのかもしれませんね。そう、偶然に」


 青年はポケットに再度葉をしまいなおした。その後、花瓶を持ち上げて中を覗き込んだ。


「……おや、ほとんど水が入ってませんね。花は入っているのに」


 青年は花瓶を振っている。中から水の音はほとんどしない。


「そういえば、今日は旦那様の部屋の花はお世話をしていなかったかもしれません。後で換えておきましょう」


「こういった部屋の花もセリスさんがお世話を?」


「気がついたら旦那様やお嬢様が換えていたこともあったかもしれませんが、基本的には私がやっていました」


「少ししおれてしまっていますけど、魔法なんかで鮮度を保てないものですか?」


「そういうのを使うと造花と変わらん、と旦那様がお怒りになられるのでそのあたりには気を使っていたんですよ」


「そのお怒りになるアンガスタさんも居ません。すぐに水を換えられない、というなら【保存】の魔法でも使ってはいかがでしょうか」


「……そうですね。むやみに枯らすのも忍びない」


 花に右手を添えて、【保存】を使う。これでしばらくはその姿を保てるだろう。


「しかし、切り花というのは一度水を切らすと一瞬で枯れてしまいますし、そのあたりはこまめにやらないといけませんから大変でしょうね」


「そのあたりも従者の役目ですから」


「なるほど。……しかし、この広い屋敷を一人で管理というのは大変でしょう」


「普段は大勢のメイドがいますから、そこまででもありませんよ。今はちょうどミナギの季節ですから休暇を取らせていますが」


「ああ、お盆みたいなもんですよね。しかし、セリスさんは休まなかったんですね」


「私まで居なくなればこの屋敷で家事をする人間は居なくなりますから」


「なるほど、それは重要な役割です」


 青年は納得したようにうなずいた。


 彼は花瓶を戻した後、最後に部屋の左手の机を調べ始めた。


「のこりはこの机だけですね。今の調度品なんかに比べるとずいぶんと質素にみえますが」


「後から旦那様が買い足したものでして、高価な机を使おうとも作曲に効果はない、とのことでした」


「代わりに椅子は豪華ですね。なるほど、こちらは影響が出るから金を使ったわけだ」


 青年はとんとん、と椅子をたたきながらくまなく見ていく。


 さらに青年はぺたぺたと机を触り、左手に置かれたインクとペンを眺め、右手に置かれている白紙の楽譜を手に取り、周辺を見回していく。


「何か見つかりそうですか?」


 一通り見終わった後、さらに引き出しの中を検分しだした。


「……ふむ、外側には何も。中にはたくさんの楽譜がありますが、特に持ち去られた形跡はなし、と。いえ、特に何も手掛かりは見つかりませんね」


 青年は机の引き出しをくまなく見た後に、そっと閉じた。


「楽譜を見た時からわかっていましたが、アンガスタさんはわざわざ羽ペンを使って楽譜を書かれていたのですね」


 インクをわざわざ付け直さずに済む、インクを魔力で代用する魔導ペンが開発され、市井に出回るようになってもう日が長い。


 よほどのアンティーク趣味でもないとこんな過去の遺物を使う人間は今はいない。


「普段の書き物や書類のサインなどは魔導ペンを使っていましたが、楽譜を書く時は流れるように書かねばならない、ということで羽ペンをご愛用でしたね」


「なるほど。まあ、わかる話です。曲というのは一貫性がないといけませんし、筆にそれを求める気持ちもわかります」


 私にはよくわからないが、この青年にとって作曲に羽ペンを用いる、ということの合理性が理解できるらしい。


 そのあと、青年は興味深そうに羽ペンを持ってみたり、インクの入った瓶をくるくる回してみたりしていたが、急にその動きを止めた。


「最後に、窓を確かめておきましょうか」


 青年は立ち上がり、部屋の奥の窓の方へと近づいていった。




 青年はまじまじと窓を眺めている。


「ずいぶんと丈夫な作りですね」


「【防護】の魔法もかかっていますから、多少の風ではゆれることすらありませんよ」


 こんこん、と青年が窓をノックする。


「安物の窓とは大違いですね。我が家の窓なんてドアが開くたびに、あるいは風一つ吹くだけでギシギシ言うんですが」


 青年はそんなことを言いながら、窓の外の悪天を眺めている。


「隙間風一つ通さない、強力な作りですよ」


「そう、ですか」


 青年は私の言葉に、ため息を一つついた。


「……おかげで、確信を持てました」


「確信?」


 探偵はくるり、とこちらへ向き直った。


「ええ。真実を解き明かす確信を」


 その瞳は、まっすぐにこちらを捕らえていた。


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