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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
断章:風は語る
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第三話:時は来た

 出来上がった料理を皿に盛り付けて、ワゴンに入れて運びだす。いつもよりも多くの料理がワゴンに詰め込まれていて、やや重い。


 ラウンジの前まで来ると、お嬢様と青年の談笑する声が聞こえてくる。どうやら、「ご機嫌取り」は上手くいっているらしい。


「つまり、伝話というのは伝達魔法の延長線上で、魔導鉱線の【接触】を利用するのよ」


「代替効果、という言葉は聞いたことはありますが」


「そんな難しい法則の話じゃあないわ。単純に『手』を伸ばしてるだけよ。だから誰にだって使えるの」


「なるほど、わかるような、わからないような」


「このあたりは実際に魔法を使いこんでいかないとピンとこないかもね」


 歓談、というよりは講義のようになっているものの、お二人の会話は止みそうにない。あまり待たせても仕方ないし、料理を運んでしまうことにした。


「失礼します」


「あら、セリス。もう料理ができてしまったのかしら。いつもよりずいぶんと早いのね」


 ラウンジに入ってきた私を見て、お嬢様は大変驚いている。


「ええ、今日は特製のテタクヤ・グ・クルオープとレ・ムルスですよ」


「……あら、そうなの。ふーん」


 お嬢様は顔を少し赤くして、そっぽを向いてしまった。この二つの料理は作るのに手間がかかるもので、それはお嬢様の知るところでもある。どうやら、時間を忘れるほど楽しい歓談であったということに気づいてしまったのだろう。


 青年の方はといえば、興味深げに料理を眺めている。このあたりの出身ではないようだし、新鮮に見えるのだろう。


「見たこと無いサラダと、よくわからない肉の丸焼きとスープ、いや、これソースですか。なるほど……」


「肉はクルオープの胸です。このあたりではよく食べられる動物ですよ」


「クルオープ? ああ、豚とウミネコの中間みたいな、そのくせ組体操をする生物ですか。アレ、食べれるんですか」


「一度食べてみてください。合わないようでしたら別のものをお持ちしますから」


「ふむ。いただきます」


 青年は腫れ物を触るような慎重すぎるほどのフォークさばきでクルオープの一切れを口に運んだ。


「いかがでしょうか」


「……いいですね、実にいい。なんというか、病み付きになるような、そんな感じです」


「それは良かった」


 青年が感想を述べてからは、食卓の料理はテンポ良く消化されていく。フォークとナイフの使い方も様になっているが、こういうものは文化を問わず共通するものなのだろうか。


「あきれるくらいのいい食べっぷりね」


 感心している風なお嬢様の皿の料理は未だにその原型を保っている。


「ええ。ここまで勢い良く、そしておいしそうに食べていただけると、料理人としてもありがたい限りです」


「あら、普段の私の食べ方に文句でもありそうね」


「まさか、そんなつもりはございません」


「冗談よ」


 お嬢様は一口ずつ、食べやすい大きさに切り分けつつ、少しずつ消化していく。食べる速度はいつもどおりだが、その表情はいつもよりも柔らかい。最近はいつもお食事は一人だったし、食卓に誰かがいるだけでも楽しいのかもしれない。


「ごちそうさまでした。大変おいしかったです」


 わずかな時間お嬢様に目を奪われている間に、青年の皿はすっかり空になっていた。


「満足いただけたようで何よりです。デザートもありますよ」


 ワゴンの二段目から、木の箱を取り出し、食卓に乗せた。


「……セリス、これは何かしら?」


 お嬢様の疑問はもっともで、今日この日までこのような木箱が食卓に乗ったことはなかったし、もっといえば先ほどできたばかりのものだ。


 青年はしげしげとその木箱を見ている。


「これ、もしかして【保存】ですか」


「ええ。さすがは発案者だけ合ってすぐに分かりますか」


「私の発案、というわけでもないのですが……。この短時間で実用まで仕上げるとは」


 ううむ、と唸る青年。この姿を見れただけでもこれを作った甲斐はあったかもしれない。


「どういうこと、セリス?」


 お嬢様は何がなんだか、という表情をして、説明を求めている。


「先ほど、探偵さんとのお話で暖かいコーヒーを暖かいままに持ち運ぶ、というものがありまして、今回のデザートは冷えたままであることが重要であるものなのでその技術を応用しました」


「うーん、料理を作る時間も含めればこんな箱を作っている時間は無かったと思うけど」


 料理を口に運びながら思案するお嬢様。実のところはこの箱にそのような手間はかかっていない。


「箱自体は先日食材の仕入れに使ったものを再利用させていただきました。そして短時間の運用ですから、【保存】の魔石は使い捨て用のものを底部に埋め込んであります」


 お嬢様の方もどうやら理解した様子で、ふんふん、とうなずいている。


「なるほど、【結界】で複合的な物体を単一な幻実空間の一つとして扱うことで【保存】を可能にしていると。木箱一つの見た目の割りに結構凝った作りになってるのね」


「今回のような、一時間もかからないような持ち運びであれば魔法干渉による崩壊も防げますし、今後も使えるものになるかもしれません」


「でも、冷やし続けるだけなら【冷却】の魔法だけをかけておけばいいと思うの」


「そのあたりの差別化は今後の課題でしょうか」


「最初の手間がかかる分、継続的に魔法を使う必要がないのはいいかもね」


 お嬢様はこのあたり、魔法の理解と反応が早く、大変良い相談相手になっていただける。最近はこのような他愛無い雑談もできていなかったので、その話題を与えてくれた青年には大きな感謝がある。


 しかし、その青年は不満げ、とも不愉快とも結びつきそうで結びつかない、大変不思議な顔をしていた。


「どうしたの、探偵さん」


「理解はしても常識が拒む、というか。端的に言って混乱してます」


「そういえば探偵さんは魔法についての下地がないのよね。セリス、簡単に説明してあげて」


 簡単に、というとどうしたものか。


「要は、竹が一つの生命体であるように、木箱も一つの生命体である、と魔法側に勘違いさせた、と思えばいいでしょう。その状態であれば複数の板を組み合わせた木箱でも竹筒と同様に【保存】ができます」


 私の説明が終わると、ぱちぱち、と青年は拍手をしてきた。


「いやあ、さすがはセリスさん。分かりやすい解説です」


「ありがとうございます」


 そんな話を続けている間に、お嬢様の皿も空になっている。ちょうどいい頃合だろう。


「ではそろそろ中身のデザートの方を出しましょう」


 木箱のふたを開け、中の白い器に入った小さな白い山を二つ、二人の前に置く。


「こ、これは……!」


 青年が木箱を見たとき以上に感嘆の声を上げる。あるいは、これも彼の知るものだっただろうか。


「レ・ニグナク・ルオクでございます。大陸の方ではフラッペ、という呼び名もありましたか」


「これ、ただの削った氷に見えるけど、何か仕掛けがあるのかしら」


 食卓に乗った小さな白い山は氷を薄く、細く、刻んだものだ。そして、それ自体に仕掛けは無い。


「こちらのソースにつけて食べるものとなっております」


 もう一つ、奥においてあった木箱から色とりどりのソースを取り出す。果物をベースに、色合いと風味をつけた簡易的なものだが。


 しかしどうも、青年にはこちらのソースは不思議なようで、手をつけるでもなくじっと眺めている。


「お好きなソースを、お好きなだけルオクにかけて召しあがってください」


「このソース、混ぜてかけるんですか?」


「お好きなタイミングで味の調節に使っていただければ、と思います」


「なるほど、そういうものですか」


 すでに手をつけていたお嬢様は、こめかみを押さえつつもシャリシャリと小さな氷山を消費していく。一方、青年は一口一口を慎重に口に運んでいる。


「探偵さん、もしやそこまでお口に合いませんでしたか?」


 あるいは外で冷えた身体が元に戻っていないのだろうか。この部屋は暖かいし、料理でも体の芯まで温めたつもりであったが、まだ足りなかっただろうか。


「ただいま、すぐに暖かいものを」


「あわてなくてもいいわ、セリス。探偵さんは感極まってるだけだと思うの」


 お嬢様の言葉に合わせてこめかみを抑えながら、青年はこくこくとうなずく。


「実に、実に懐かしい。この頭痛もまた、心地よくさえ思えます」


「ふぅん。『帰れない故郷』の味かしら」


「ええ」


 感動に打ち震えている青年とは違い、お嬢様の皿はすでに空。お嬢様の興味は料理そのものより、青年のその姿にあるらしい。


「あなたの故郷って、結局どんなところなのかしら。さっきは結局、あなたがすぐ私の魔法に興味を持つから話がそれてしまったけど、もう一度しっかりとお話を聞きたいわ」


「大したものではありませんよ。しいて言うなら、魔法が無い代わりに、他の技術が発展した世界、というだけです」


「あんまり、魔法が無い世界なんていうのも想像できないけど」


「本当に、大した違いはありませんよ。人として生を受けて、暮らしを享受して、多くを学んで、社会や自然と関わって、そしていずれ死ぬ。そういった根本は全く変わりません」


「……ふぅん。昔、人間が死ぬときは魔力が枯渇して死ぬ、という話を聞いたことがあったから、魔法なんて無い国では死の概念が無いんだと思ってた」


「私も、魔法なら何でもできると思っていて、死んだ人間を蘇らせる魔法もあると思っていましたから、魔法のある国では人は死ぬ事は無いのだと思ってました」


「……そうだったらよかったのにね」


「………………」


 お嬢様がパチン、と指をならす。いつの間にか空になっていたグラスに、空中から水がなみなみ注がれ、それをお嬢様がくい、と傾け半分ほど飲む。


「ねぇ、探偵さん。一つ、聞いてみていいかしら」


「ええ、もちろん。雨宿りにこのような食事に、大変良い時間を過ごせましたから、その御礼になるのであればなんでも聞いてみてください」


「ありがとう。それじゃあ、そうね。――帰れない故郷、と、あなたはさっき言っていたけれど。そんな故郷にいたころと比べて、つらい、寂しい、だとか想った事はないかしら」


 さっき、というのは私が料理を運んでくる前の話だろうか。少なくとも、私が来てからそのような話は無かった。



 青年は自分のグラスを手に取ろうとして、その中身が空であることに気づく。それを見たお嬢様が魔術を詠唱すると、青年のグラスにもまた水が半分ほど注がれていく。


「ありがとうございます。……便利なものですね。大した魔法だ」


「別に、いろんな人が使える魔法よ。大した魔法なんかじゃないわ」


 青年はグラスの水を一口飲む。


「……実のところ、そんなに故郷を想っていたことはありませんよ」


「本当に? 料理一つで感激するような人が?」


「まあ、もしかしたら、突発的に何か感傷に浸っていたことがあるかもしれませんが。向こうは向こうでよかったんですが、こちらはこちらで色々自由に楽しく暮らしていますから、あまりさびしいと感じた事は無かったです」


 青年はもう一口グラスの水を飲む。お嬢様は話を聞き終えても指先を見つめ何か考えるばかりで、何も反応する様子はない。

 何も会話がないと場が冷え切ってしまうし、青年から何かもう少し話せる事は無いだろうか。


「自由に楽しく、ですか。そちらも聞かせてもらってかまわないでしょうか。どうやら故郷を離れての暮らしも長いようですから、いくつかお聞かせいただけませんか?」


「いや、長いは長いんですが。探偵としての職務は食事時には向いてないので、あまり話すことがないんですよ」


 刑事と似た職業、などと言っていたし、それなりに血なまぐさいものも担当しているのだろう。


「ならば趣味ですとか」


「趣味、というと芸術は多くをかじったつもりですが、中でも音楽が一番ですかね。ピアノとかは今でも良く弾いてますし」


 お嬢様の目線が、再度青年を据える。音楽、と聞けばその反応も頷ける。


「ふぅん、ピアノ。どこかの宮で仕えていたとか? それとも弾き語りでもしていたのかしら」


「今も昔も、場を盛り上げるために一曲、程度ですよ。職として食っていくほどじゃありません」


「私も音楽なら歌は少しだけ自信があるの。どう、伴奏として弾いてくださらない?」


「エスティアさんのような美しい声に耐えるほどの腕があるかは保証しませんが、それでも良ければ」


「いいわよ、別に。本職以外の人が弾くピアノって言うのも聴いてみたいし」


「ははは、急に荷が重くなったような気がします。それで、どちらにピアノは置いてありますか」


「そうね、外の音楽堂ならピアノどころか何でも置いてあるけど。今日は雨がひどいし、館の音楽室を使いましょうか。……そういえば」


 お嬢様は何かを思い出したかのように目線を宙にあげた。


「セリス、一つ聞いてもいいかしら」


「どうされました、お嬢様」


「お父様がまだ降りてきてないけど、いつもの練習にしたって長すぎないかしら。ちょっと様子を見てきてくれる?」


「分かりました。食器をお下げした後、音楽室へ参ります」


「うん。お願い」


 青年が不思議そうにしている。


「お父様、ですか」


「ええ。お父様は作曲家で、よく音楽室でこもりきりになって曲を弾いているのよ」


「ほう、仕事熱心な方で」


「でも、最近は熱が入りすぎている、というか、寝食すら忘れて没頭してる、というか。前はお母様と合わせて三人で食卓を囲んだけど、お母様が亡くなってからはそんなことはなくなっちゃったわ」


 食卓をしんみりした空気が抜ける。


「それでは、お嬢様。食器をおさげした後、旦那様の様子を見てまいります」


「お願い」


 ワゴンをおして、キッチンへ戻る。


 最低限の片づけをして、音楽室へ向かう。さあ、最後の仕上げだ。

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