8星 記憶を覗けば
《起動確認中......》
機械音が作動を確認。康本が外で設定しているのだろう。設定画面は現れず、そのまま設定確認へ移った。
《設定。緯度35度、東経138度へ転送します。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1......》
目を開けると、起動確認中は明るかったのに、逆に薄暗い所に転送されていて目がなかなか慣れない。
しばらくして康本が転送されたらしく、落ち葉をさくさくと歩いてくる音が聞こえた。
逆にザッザッと走ってこちらに向かってくる足音も。
「やすも......」
『と先生』を言う前に手を取られ、急に走り出す康本に続きが言えない。
どうやら周りは木のようだ。
その中を......走り続けることたぶん2分くらい。
ようやく光が見えてきて、弱まったスピードがまた速くなった。勢いのまま走り抜けると、目の前に黒ではなく白、いや銀色の長髪が輝いた。
驚いて手を反射的に振り払うと、強引に手首を掴まれ、目の前の建物に引っ張られた。
「あいつじゃないとわかった瞬間、僕の柔らかくて素晴らしい手を振り払うなんて失礼じゃないか」
自分を引っ張っていたのは、康本優連ではなく纈冬志だった。
「ここは何処ですか。康本先生はどこにいるんですか?」
月の質問に纈冬志はやれやれという感じで。
「私のことはお構い無しかな」
「僕とか私とか、1つにしてください」
なんか、ロングで女っぽいのに“俺”は似合わないと思う。実際の性別は知らないけど。
「そこは突っ込んでくれるんだ?まあいい。彼が装置に乗った瞬間に外部設定に切り替えて地球の裏側に飛ばしてやったさ。今頃は故障検査でもしてるだろうね」
の割には足音が2つ聞こえたような......
「それで、私に何の用ですか」
「何の用かって、何が何だか分からなくて困っている僕のフィアンセに今の状況を教えに来たんじゃないか」
どうやら自分のことは“僕”になったようだ。
「少しくらいなら聞いてあげてもいいですけど」
どちらにしろ今は逃げられないだろうから、彼(彼女かもしれない)の話を聞くことにした。
この建物は、月たちが模擬地球体験学校で使用した校舎らしい。一つもそれらしき跡はないが。
「ここはさ、毎年模擬学校の時期になったら1ヶ月だけ貸し出してるんだよ」
心読まれたよね?今。
「さ、着いたよ」
「着いたよって、どこに?」
立派な両開きの扉が待ち構えていた。
「“心愛ルーム”だよ」
「“心愛ルーム”って......?」
ゆっくりと扉が開かれる。
最初、中は真っ暗かと思ったが、自分たちが“心愛ルーム”なる部屋に入り扉を締め切ると青白い光が何かの起動を知らせてきた。
「君も知ってるだろうけど、この体験装置は地球を再現してる。家庭用では、確か『フロム・ザ・ビギニング』とかFTBとか呼ばれてるんだっけ?
FTBって、未墾の地球を開発するゲームとして子供からお年寄りまで幅広い年齢層の人々に親しまれてるじゃん?
あれって、地球模擬体験装置を改造してソフト化したやつなんだけど、『フロム・ザ・ビギニング』は同時期に発売された自動良質休養装置に組み込まれて販売されててさ。まあ、地球模擬体験装置の劣化版的な。
FTSは全ソフト所有者が1つの地球に接続するから心愛はいらないんだけど、本物はそれぞれ場所とか機械によって違う地球に接続するから、間違わないように必要なんだよね」
まあなんとも長々と読点をふんだんに使った話をドヤ顔で言われたが、そこは無視。
なんだかんだあーでこーでと話をされてうんざりしていた頃。
「それじゃあ本題に入ろうか」
ドドドカドカばたーんっ
てな感じで康本がやって来た。
「「あ、遅かった(です)ね」」
「なぁにが『遅かったね』だよ!このやろう」
とか言って、しまいには纈冬志が殴られて気絶した。
10分後――
ガバッと、まるで二度寝しちゃったじゃん遅刻だよってな感じで纈は飛び起きた。
「それでさ、月ちゃん」
「なかなか飛び起きて急にそんな事言う人いないぞ冬志」
「ごめん。でも、うんちく語ってたら言わなきゃいけないこと一つも言ってないなと思って」
もしかしてこの人たちはあれか?
実はめっちゃ仲良い幼馴染み的なやつ。
なんていう自分の思考は置いてけぼりにされて2人は話し合っている。
「えっと?」
「ああ、ごめん月。僕らはさ、地球救済連合とか言ってるけど、要は地球に帰りたい奴らで......」
「おい冬志、お前の記憶覗かせてやったほうが早いだろ」
「ああ、そうか――って、そのためにこの心愛ルームに来たんだしっ」
おお、今ってすごいね。記憶なんて見れるんだ。
「じゃあやるか」
「え、『やるか』って何を?」
「そのまんま。多分、冬志の記憶見れば“意味わからんー”とか、“何それー”とか無くなるやろ」
目覚めてから今まで本当に意味わからんかったけど、それがなくなるんやったらまあいっか。
空中に出した画面に、纈の呪文(みたいにブツブツ言っている、多分システムコード)が大量に入力されていく。
完了の言葉と共に、心愛の輝きが増してゆく。
気付けば、自分は纈冬志を覗いていた。




