7星 意味がわからない
ピッピッピッ......
「ゆっくり目開けてー」
ピッピッピッ......
「月、わかるかー? 」
ブクブクッ......
「そろそろ起きろー」
月は呼吸用マスクで繋がれて水槽――療養液で満たされたカプセルに入っていた。
次第に液が抜かれていき、ぼやけていた視界がはっきりする。顔が液から出たくらいで廃液は止まり、呼吸用マスクも外された。
「ゆっくり呼吸してー」
「すぅー......って、康本先生⁈」
そこには、白衣を着た康本優連。
「なんや、ゆっくり呼吸してー」
「はぁーって、そんなことより、もがっ」
「俺は呼吸せえって言ったんや」
康本は、月の口に呼吸用マスクを押し付け、半ば強引に黙らせる。
「ふぁんふぇふぇんふぇえふぁふぉふぉふぃふぉふんっ」
「うるさいわ。俺は医師免許も持ってんの。それより、今から議会やから早く着替えてこい」
助手のような人たちにカプセルから引き上げられ、着替えやらなんやら、全て月は直立不動のまま行われていった。
10分後、月の頬は紅で満たされていた。
「いやいや、なんですかこのフリルは」
「すごく迷った俺にむしろ感謝してくれ」
「え、この服先生が選んだんですか?ロリコンだったんですか」
「ちげーし。お前を出席させるかどうかの話だよ」
なんて話をしている間も2人の足は長い廊下を進み続け、やがて目の前に巨大な扉が現れた。
「とゆうか、さっきから議会とか出席させるかとか、このでかい扉とかなんなんですか」
月は康本の足が止まるのに気付かずに、彼の背中に激突。ふげっとかゆう効果音とともに立ち止まった。
「行けばわかる」
たしかに彼はそう言ったが、月が鼻に走る激痛にもがいている間に忽然と消えてしまった。
どこからか、一声。
「陣の中央へ」
言われるがままに、床に書かれた円と五角形の中央に足を進める。
徐々に月の周りに光る蝶が集まってくる。眩しさに目を細めた瞬間、月の体を浮遊感が襲った。ジェットコースターに乗った時のような感覚が波のように断続的に押し寄せ、猛烈な吐き気が月を侵した。
「汝を虚無の民とみなし、ここに神聖なる議会への出席を認める」
体から離れかけた意識はこの言葉によって呼び戻された。
目の前にはさっきの陣。に、
「うげえぇー」
と月は吐かずに声だけで気持ち悪さを表現する。
「本当に吐かない人は久々ね」
透き通った鈴のような声に、鳥肌が立った。
「戻って来い。生きたいなら早くこっちへ」
更に筋肉が硬直する。
間違いない。今再現して聞かせた声は、白と黒の彼女らがいた、あの夢の中で聞こえてきた声だ。
「だ......れ?」
声の主は一息ついて言った。
「纈。纈冬志だよ。やっぱり覚えてないんだね。」
見上げると、斜め上の方向にたくさんの顔が見えた。その中でも一際目立つ白い髪の少女が月にそう言った。
「貴方は、あなたたちは何者?」
「我々は地球救済連合。難しい言葉を使っているけれども、まあ君の姉の婚約者さんより地球を知っている集団だよ」
(地球救済連合......どこかで聞いたことがあるような、無いような)
「まあ、君も『目覚めた』のだし、私達が各学校で立ち上げている“地救部”に入りたまえ」
「意味わかんないし。なんでお姉ちゃんのこと知ってるのっ」
勢いのまま立ち上がると、目の前がふらついてこけてしまった。
気づけば元いた扉の前に戻っていた。
何が何だかよくわからず固まっていると、康本優連が蝶にまとわれて帰ってきた。
「あいつらもそろそろ帰ってくる。いくぞ」
「先生もあの中にいたんですか?」
あの中とは、纈冬志なる人物の周りにいた人達のことだ。
「おう」
手短に返答し、へたり込んだままの月を立たせる。
「もう何が何だかわからないんで、説明してもらっていいですか」
「わかった」
わかったと言ったものの、長い廊下を出るまで彼が口を開くことはなかった。
行きと同様に床を見て歩いていたら、いつのまにか真っ暗な部屋に着いていた。
「ここで話そう。俺の部屋や」
「え、自分の部屋に中学生連れ込むやばい男だったんですか」
「ちげーし。俺の診察室。」
照明を点けると診察室というよりはカウンセラー室のような、白で統一された部屋が現れた。
「確かに診察室」
月を手前の椅子に座らせ、透明のワイングラスに何やら液体を入れて持ってきた。
「これ飲んで」
「何ですかこれ」
「いいから早く」
なんて言われるもんだから一気に飲み干すと、甘いような苦いような変な味がした。
『どうや?聞こえとるか』
と、意味不明な言葉が飛んできた。
「何ですかそれ」
「ちょ、喋るなや」
『お前が飲んだやつ、テレパシーに使う液体や』
「あの、それどうやってるんですか」
月には康本の言う“テレパシー”が使えないようだった。
『この部屋での会話は音声記録されとるから、テレパシーにしようと思ったんやけど......無理そうやし地球模擬体験装置にするか』
そう言って、月を隣の部屋にある地球模擬体験装置に移動させた。
『俺は後から行くから、着いたとこでちょっと待っとって』
最後までテレパシーで一方的に話し、月に有無を言わせなかった。
本当にもう、何もかも意味がわからなさすぎて意味がわからない。