第61話 聖域の龍
1人で夜の星を見上げている。何も出来ない、強くもなれない。現実をまざまざと見せつけられて今日ほど無力な自分を恨んだことはない。
……マコト……
ふとルシアの声が聞こえた気がした。何処までも情けなくなってくる、彼女はきっと旅の中でひと回りもふた回りも大きくなるに違いない。獣王の娘だから?特別な血を受け継いでいるから?どれも違う。彼女は自分の力を何処までも純粋に追い求めて諦めるという事しないからだろう。
……ルシア……
今の俺を見たら、きっと幻滅させてしまうだろう。あれから何をしても身に入らない。諦めず訓練を続けてはいるが、何処かで無駄だと思ってしまう。今日もそんな日を過ごし寝台に横になる。そして夢も見なくなった、立ち直るには何か切欠が必要なのか?そもそも折れた物が元に戻る事がないように、俺の役目もここまでなのだろうか?
そんな事を考えながら、目を閉じる。聞こえるはずもない中傷の笑い声に怯えながら眠りにつく。
ゆっくりと目を開ける。ここは……そうか、悪魔王リグハルトに連れられて来た部屋か。リグハルトは本当に言う通り、話だけを聞いて来た。神の力を知っているか、どんな物なのか、全てを話したいところだったが、どうも胡散臭い。世界を渡る事が神の力とだけ言っておいた。どんな物なのかは俺だって知りたい。
「もう結構ですよ。少しだけでも前進したことにしましょう。さて、貴方の処遇ですが魔王城にいても仕方がない、かと言って元いた場所に返すのも我らの情報が漏れてしまう。いっそ殺処分でもと思いましたが、引き取り手が現れたのでそちらへ行ってもらいます。間も無くこちらに来る筈ですので」
勝手に連れて来て殺処分とか止めて欲しい。だが、これも自分が招いた結果であることは明白だ。この部屋から出る事を許されず、万が一出てしまい魔王にでも会ったら、必ず殺される。大人しくリグハルトからの質問に答える毎日だったが、今度は何処へ連れて行かれるのか……
--コンコン--
「来た様ですね。それでは異世界からの来訪者殿、良い時を過ごさせて貰いました。また会う機会があればその時に」
扉から入って来たのは、如何にも好青年という風貌で青い髪は短く、黒く染められた服を着ており銀色の胸当てが煌いていた。見た目で龍族に連なる者と判る。背中の白い羽と腰辺りから伸びている尻尾。しかし、この世界の男はどいつもこいつも美形ばっかりだな!羨ましい……
「貴方が異世界からの来訪者、マコトさん……でしたね。私はアレク。龍王ジルク息子です。父は何も言いませんでしたが、私が貴方に興味があり引き取り手に名乗りを上げました。少し魔王城から離れますが龍族の里までご足労願います。とは言っても飛んで行くので、然程時間はかかりませんよ」
にこやかに笑う。以前も感じたがイケメンは何をしても絵になるよな。
「アレクさん、俺を龍の里へ連れて行くということですが、そこでは何をすればいいのですか?ご存知だと思いますけど、強くも無いし、出来る事はほとんどありませんよ?」
自虐的になるのも折れた所為なのか、アレクさんは何も言わずに前を歩いている。役立たずとは話すことも無いのか、無言のまま後を付いていくと大きなテラス出た、飛んでいくと言っていたな此処から飛ぶのか?
「聞いていた通り、自信を無くされているようですね。正直私も貴方には興味がありませんし、どうなろうと気にしません……ですが」
背を向けたまま声を出した。一旦区切るとこちらを向き視線が合わさる、青い瞳には哀れみが浮かんでいた。
「貴方がもたらした異物、赤と青の破片。それの願いを聞いたまでです。龍族には固有魔法というのがあり龍族であれば誰でも持つもの、当然私にもあります。固有魔法は魂との邂逅。一族では珍しく戦闘向けではないのです。物などに宿った魂と邂逅できる魔法です、此処まで言えば貴方を里に連れて行く意味が判りますよね」
「その破片に宿っている魂が、俺に会わせろと?何処まで聞いているか知らないがその破片は、別の世界から持ち込んだ物だ。例え魂が宿っていたとしても会える筈がない!文化も種族も何もかもが違う世界の物だぞ?会える筈が無いんだ!」
そんな事があってたまるか!今の状態で以前の世界で会った事のあるヤツに遭遇してみろ、当然向こうは覚えていない。そんな事……耐えられる筈が無い。
「では私が嘘を言っていると?何の為に?自信喪失の貴方など歯牙にもかけず殺せるのに?皆様が見放すのも頷けますね。酷く醜い。自分だけが悲劇の真ん中にいるとでも思っているのですか?呆れてモノも言えません。ですが、私は約束を守ります、他の世界であろうと、なんであろうと同じ龍の一族からの頼みですから。拒んでも良いですけど私も龍王の嫡男としての実力はあります。力ずくでも来て貰いますよ」
哀れみから鋭い眼光へ変貌した目からは、反論を一切許さないという強い意思が感じられ、当然その意思に逆らう事等出来なかった。
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龍化したアレクの背に乗り、魔王城から遠くに見えた山の中腹へと降り立つと、山肌にとても大きい扉があった。アレクが人化して扉の窪みに手を添えると、轟音と響き扉がゆっくりと左右に分かれる。
進む彼に続くと、次第に奥が広がってきて光も見えてきた。
「これが……龍の里……」
住民全てが人化していて、背中から色とりどりの羽を生やし、腰から伸びた尻尾を器用に使って生活をしている様子が伺える。それ以外は普通の何処にでもある集落のようだった。彼らだって人間と対して変わらないじゃないか、なのになんで奴隷だなんだと騒ぐのだろうか、共存すればいいじゃないか、そんな世界なんていくらでもあった。
「……いつまで呆けているのですか、付いてきてください」
集落の左手側に伸びる道を進んでいくと、厳正な雰囲気の門があった。中から感じられるのは魔力……それもかなり膨大だ。
「この先は龍族にとっての聖域。原初の龍の亡骸が眠っている所です。本来なら入れませんが私の固有魔法は此処で無いと使えないので、今回だけは特別です……因みに魔王様すら踏み入れたことはありません。言うなれば貴方が最初の一人ですね。光栄に思ってください」
「原初の龍……この世界での始めての龍って事ですよね?アレクさんの父上よりも前の龍ですか?」
「そういうことです。私はどちらかと言うと戦闘よりも歴史や製造に興味があり、そちらの道へ進みたいと考えています。父上はいい顔をしませんが、自分で決めた事ですので……王の座は妹に譲ろうと思ってはいるのですが、まぁこんな事は今話すべき事ではありません。付いてきてください」
龍の生まれはどうか知らないし、生殖方法だって他とは違うだろうけど……最初一体でその後はどうやって増えたんだ?雌雄同体……一番これが正解に近いと思う。だが、何かが変だ、破片に宿った魂。これは理解できる。それがどうして他の世界で具現化できるんだ?持越しが出来る装備は一回まで、それ以降は手元から消える。
深く考えた事はなかったが、他の世界の技術を持ち込ませないための処置かとばかり考えていたけど、他に理由があるのか?だとしたらそれは何だ?何だろう……何かがおかしい、何か見落としているのか?
「付きました。此処が聖域の最深部。通称:黄昏の場です」
そこは呼吸すら忘れそうになる幻想的な空間だった。壁に空いた無数の穴からは外の光が差し込み、湧き水が溜まり小さな池まであり、そこには色とりどりの花や草が生い茂り、まるで絵画を切り取って貼り付けたような、そう……この空間だけ別の世界のもののように感じた
アレクは更に先へ進むと、青く彩られた祭壇の前に立つ。そして祭壇の先にある大きな岩に手を差し伸べる
「これが原初の龍の亡骸です。どうやって生まれどのように現われたのか全くの不明ですが、我々龍族は聖域に眠る母なる龍。聖母龍:イヴリアと呼んでいます」
!? 確かに大きい岩だ。だが、良く見てみれば大きく開いた口、そこから除く牙、羽、鱗、尻尾、全て龍の形をしている。化石……のようなものか?
おかしい……此処には初めて来たんだ、そんなはずがない!あってたまるか!違和感に気付いたのは、龍の口、牙が何本も見えているが、どれも短いモノだ大きな牙が見当たらない。そして龍にあるはずの一枚の鱗、逆鱗が見当たらない。
「ア……アレクさん、この龍はどのくらい前から此処にあったのですか?百年?千年?それより以前ですか?」
「父上は二千年近い時を生きていますが、それよりも前からあるそうです……何故ですか?」
「イヴリアという名は何処から来ているんですか?」
「龍族言語で源と言う意味ですけど……まさか何か知っているんですか!?」
動悸が治まらない。アレクの声も届いていない。嘘だ、そんなことあるはずがない!
「嘘だろ……何でだよ……何なんだよ……何でお前が此処にいるんだよ!龍皇:エアルゥ!!」




