第56話 渇望
「リース、ミラ、もう大丈夫。目を開けてもいいよ。ゴメンね、怖い思いさせちゃって、悪魔は倒せたけど自爆で騎士団の皆情けない勇者でごめんなさい」
そういうアレシアの目は伏せられて今にも泣き出しそうな声を出した。ミラさんはアレシアを抱きしめ、よく頑張ったと称えていた。当然私もそう思う。さすが勇者だ・・・・だけど、この惨状を見ると、あたりは血で染まり、まさに血の海を再現したようになっていた。悪魔の自爆という事だが、それにしても酷すぎる。そして一瞬見てしまった、見間違いじゃない。月明かりに照らされ
ミラさんが抱きしめる瞬間、アレシアは確かに笑っていた・・・
-------
騎士団は全滅、救出に向かった勇者、聖女、魔法使いは魔王の部下を撃破するも救援は出来なかった。だが王の一角である悪魔王を破った事で3人は褒美を賜った・・・これが今回の救出劇の顛末だ。
あの一件でミラは、ますます私の部屋に入り浸り魔法の講義を受けている。既に上級魔法をほぼ習得しており、後は持ち前の魔力量の多さを調節し最上級魔法を習得するのみとなっていた。
最上級魔法は、一応国が管理しており成人である16歳以上で無いと習得できない。成人の儀までお預けとなった魔法に文句を言いつつ、私と共に魔法の練習をしている。
リースには何故か若干距離をとられてはいるが、1日1回はお茶を飲みに来るし、3人で近くの森へ連携の練習にも参加している。
記憶通りに進むのなら、後は成人の儀迄は大きな事件はなかった筈だが、安心は出来ない。名前の知らない悪魔王なんて者が出て来たのだ。油断せずに過ごしていこう。そう考えていると扉がノックされた。
ミラやリースが来る時間ではないなら、訪ねて来るのは1人しかいない。
扉を開ける、短い金髪と蒼い目をして穏やかな顔で笑っている。青を基調とした装飾が施された服はいかにも王族といった雰囲気だ。王国第1王子 オリアン=フォン=バルトその人だった。
「やあ、アリシア。時間があったら僕と中庭を歩かないか?今日は日差しが暖かいよ」
そういって手を差し出して来る。当然断る理由もないし、今後のためにしっかりと仲良くなっておかないとね。
「ええ、喜んで。オリアン様のご予定の許す限りお供させて頂きます。」
両方のスカートの脇を摘み、広げながら優雅にお辞儀をする。礼儀作法もしっかりと覚えている。
「やめてくれよ。僕とアレシアは友人だろ?普通に話してくれないかな?それに本来は魔物を倒した勇者の方が位は上のはずだし、礼節を尽くすなら僕の方だ。今日は友人のオリアンとして来たんだ」
「ありがとう、優しいのね。オリアンは、待ってて着替えて来るから」
一旦扉を閉め衣装部屋へ向かう。さすがは品行方正の王子様だ、傷心の女性への対応も完璧にこなしている。別に傷付いているわけではないが、少しリースとの距離が離れているのは事実だし話好きなメイドにでも聞いたのだろう。
着る服はオリアンの好きな薄い緑色のもの、鏡の前で笑顔を作る。うん、大丈夫いつもの笑顔だ。
彼と中庭を歩く、手を引く姿も様になっている。テラスまで来るとリースが1人お茶を飲んでいた、そうか、リースとの仲を取り持とうとしたのか。王子様の前では滅多なことは出来ない、ならばいつも通りに接しよう。
「こんにちは。オリアン様、勇者様、ご機嫌如何ですか?本日は日が暖かく素敵な陽気ですね」
「こんにちは聖女リース様。本当に素敵な陽気ですね、連れ出してくれたオリアン様に感謝しなくては」
「おいおい2人とも、宮殿内とはいえ今は僕らだけだ。いつもの様に気楽にいこうよ、実は僕もそっちの方が気が楽なんだよ。アレシア、リース。君達の関係が少しギクシャクしているのは知っている。今日ここの場所は誰も来ない。だからさ納得行くまで話し合おう、明日からはいつもの君達戻っていることを祈っているよ」
オリアンはそれだけ言うと、手を振りながら宮殿へ戻って行った。リースに目を向けると慌てて視線を逸らす。ここは王子様に感謝して、関係修復と行こうか。
「折角だし、座ってもいいかしら?」
「ええ。そうね、オリアン様に感謝しなくては、アレシア、聞きたいことがあるの」
ーーーーーーーーーー
「もう大丈夫ですかね。勇者の攻撃は全くわかりませんでした、やはり彼にもう少し情報を貰うとしましょうか」
声と共に大木から現れたのは、悪魔王リグハルト。勇者によって斬り刻まれた筈が無傷でその姿を見せた。変色した血の海を見ると大きく口を歪ませる。
「それにしても同じ人間を此処まで斬り刻むとは、名前は忘れましたが、褐色の女性よ!貴方の犠牲は忘れません。そうだ、確かギルドマスターと言っていましたね。それでは私はこれで失礼しますよ」
手を胸に当て、大きく腰を折ると姿が消えた。王都の冒険者ギルドのギルドマスターは亜人狩りから戻らずしばらく後にギルドマスターの片腕、メルフィーという女性がその地位についた。
ーーーーーーーー
「フハハハハハハ!良い!良い反応だ!さあ次はどうする?マコト=レイトバード!」
魔王の大袈裟な口上を受けて体制を整える。宴会終了後の翌日より何故か魔王と手合わせを行なっている。
彼女曰く「鍛えてやろう」との事だが、あの顔は絶対楽しんでいる。シュベルトや他の王達はそれぞれ任務があるとかで城には居ない。
「ハァ・・ハァ・・どれだけタフなんだよ、せめて一撃でも当てられれば」
魔力を足に集中させ、一気に距離を詰めると魔王を通り過ぎる直前に右足で蹴りを放つ!見抜いているかの様に左手で弾かれる。弾かれた勢いを利用し左足の回し蹴りを放つが、これも弾かれる。
「甘い、甘い!では行くぞ!」
魔王からの攻勢を出来るだけ最小の動きで躱そうと努めて見る。左拳の突きを首の動きで躱すと耳元に暴風が吹き荒れる様な音が聞こえる。当たったら死ぬぞこれ・・・音に驚いていると動きが一瞬遅れる。
「驚いている場合ではないぞ!躱せるか!」
気が付けば、魔王の足が目の前に迫って来ている!ギリギリのタイミングだったが、しゃがんで蹴りを躱すと、軸足を払うが、当たってもビクともしない。
「ウソ!?卑怯だろ!」
「卑怯なものか、貴様の蹴りの威力が足らんのだ!」
浮いたままの足を斧の様に振り下ろす!地面に付いていた手で勢いよく場所から離れると、轟音が響き地面が抉れていた。
「殺す気か!」
大声で抗議するが魔王はニヤニヤと笑いを崩さない。こちらに近づいてくると、目の前でしゃがみ込み視線を合わせる。息一つ切れておらず、その表情はまだまだ余裕がありそうだ。だがあまり近づかないで欲しい。窮屈そうに収まっている胸が今にも飛び出して来そうで、目が合わせられない。
「ハッキリ言うぞ?遠回しは性に合わない、いいか?まずは剣の腕、人間にしては良い方だが、剣の才は無いな。人間には剣のみで生きて行く者もいるだろう?そういった者には遠く及ばない。次に体術、まぁまぁだ、だがそれも人間ではという意味だ。我らにも遠く及ばない。認められるのは魔力の多さ、あれだけ動いても魔力切れにならないのは才能だ。前衛よりも後衛から魔法攻撃という訳にはいかんのか?」
元々そういった才能は俺に無いことはよくわかっている。だから少しでも戦える様に体術や剣術を学んで来た。だがそれも限界がある。どう頑張っても第一線で戦える力は俺には無いのだ。才能があれば努力で威力が勝る。だが才能はなければ、どんなに努力したところで魔王の言う通り『せいぜい』なのだ。
「魔法ね・・知りたいか?魔法適正」
1度、魔法が得意という側近のシュベルトに適性を見てもらった。魔力があっても適性が無ければ威力のある魔法は使えない。それは以前から判っていたが改めてシュベルトから言われた言葉は、現実を見せつけられる様だった。
「魔力は非常に多いと思います。ですが適正ともなると・・・ハッキリ言いますよ?適正はほぼありません。使えて下級の魔法がせいぜいでしょう。威力も余り期待できません」
「ってハッキリ言われた。魔法もダメ、剣も体術も、人並み、なあ魔王様、俺は強くなれるのかな?」
立ち上がると魔王が背を向けながら、歩き出す。
「判らん。だが、今の貴様を見ていると、殺したくなってしまう。明日にはもう少しまともな顔になっておれ」
仰向けに倒れて、空を見上げる。日は高く火照った体には少し暑いくらいだ。
「強く・・・なりたいなぁ」
今迄見ないフリをしていたのかもしれない。装備品が強いから、強い気になっていたのかもしれない。
「悔しいなぁ、強く・・なりたい・・な・・」
視界が徐々に歪んでくる・・見せつけられる高い壁、頂上が見えない。蹴っても叩いても、どうにもならない。いつしか涙が流れていた、久しく忘れていたかもしない、悔し涙流すのはいつ以来だろう・・・




