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異世界旅行者の冒険記  作者: 神祈
命の重さ
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第45話 退くか進むか

 ……「どこだ……ここ……俺は……どうして……?」


 ゆっくりと目を開けると、まるで天国に居るようだ。空は青く、太陽が輝いている。寒くも無ければ暑くもない。草原の先には小川が流れており、自然と足がそこへ向かう。俺はどうしてここに居るんだ?今まで何をして来たんだ?何も思い出せない。だが、足は意思を持ったかのように小川を目指して進んでいく。



 水面を覗き込むと……俺が映っている……当たり前だが。


 今までの事、どうして此処にいるのかも思い出せないが、とても居心地が良く、いつまでも居たい、そんな気分になる。思い出せないのは気になるが、そんな事は……もう……どうでもいい。ウトウトと瞼を閉じかけると




 -----ぽちゃん-----




 小川に何かが跳ねたような音がした。再度覗き込むと、とても綺麗な小石が水底でキラキラと輝いていた。


「それを取れば戻れる。取らなければ此処に居られる。どうするかは君次第だ。個人的には取ってもらいたいけど、強要は出来ない。君は良く働いてくれた。此処にいるのも良いだろうね、僕が言えるのはそれだけだ。それじゃぁね。影神 誠(かげがみ まこと)


 声のした空を見上げると、青く澄み渡った空が何処までも続いていた。働いて?何処かで働いていたのか?影神……誠……俺の名前?……喉元まで出掛かっているが、どうしても出てこない。

 戻れる……そう言うからには、俺は以前どこかに居て、此処へ移動させられたと、考えられる。


「あーーーーっ!判らん!判らんぞおお!」


 大の字になり、草原に横たわる。大声を出しても、誰一人として此処には居ない……そんな気がする。

 痛いほどに無音の空間だ。小川が流れているが、川のせせらぎすらも聞こえない。だが苦痛じゃない、

 よく働いた……声の主はそう言ってくれた。なら良いじゃないか、一人なのは辛いが、ひょっとしたら誰か居るかもしれない。何処までも続くような草原の何処かに、俺と同じ境遇の人がいるかもしれない。


 飽きたら、探してみるのも良いかもな。あの眠気はやってこない、目を閉じながら一つ一つ考えるが、全く思い出せない。唯一判っている事、『影神 誠』恐らく俺の名前だ。思い出せないが、そういうことにしておこう。名前が無いのは不便だからな。


 上半身を起し、辺りを伺うがやはり無音の世界が広がっている。ふと、自分の着ている服に目が行く。

 薄い緑色の服に、同じような色のズボン、体を支えている腕には赤黒い小手、靴……というかブーツのように長い物も脛を覆い、膝下まである。これも赤黒い。


「うーん……なんだろうなこの服、??今光ったような……」


 服の中心を太陽の光に当てると、うっすらと鱗のような模様が見える……一つだけ逆さになった鱗が光をかすかに反射して川底の石のような光を放っている。



 逆さの鱗……逆鱗……龍の中に一つあると言われている鱗……龍……伝説の生き物……



 -----ズキッ-----



 頭が割れるように痛い。思い出さないほうが良いのか?此処まで思い出したんだ。苦痛に耐えていると、何かの映像が流れ込んでくる……



 龍皇の使命が終わりその命が終わる寸前に、一つの鱗にその力の大半を注ぎ込んだ。龍皇の逆鱗、別名:皇鱗(おうりん)。至宝の一つ。皇鱗は自らの主を選ぶと言われているが、長い歴史では誰一人として主に相応しい者は現われなかった。龍皇の子孫でさえも……



 そんな折、一人の人間の男が龍の住処に現われた。人間は力を欲した。自分の為ではなく、彼の親友と親友の想い人の為に。親友は勇者として使命を全うしている。想い人はそんな親友を健気に支えている。

 自分は戦う事しかできない。だが親友との力の差は歴然。戦い傷つくたびに、想い人に治療される、それを見つめている親友の視線に耐えられない。


 だから力が欲しい。親友と並び立つ為に、想い人が親友と結ばれる為に、2人が幸せな未来を掴み取る為に自分が土台となる為に。


 皇鱗は問う。認められたくないのか?自らの望みは叶えないのか?なぜ自らを犠牲にする?


 男は答える。それでもいい。自分の望みは遥か昔に叶えてもらった、だから望まない。これは犠牲じゃない……言うならば次回への投資だと。




 -----良いだろう。貴様に龍皇たる力の加護を与えよう、忘れるな、貴様が道を誤れば力は貴様を滅するという事を-----




 龍鱗が輝き、その姿を変える。


 龍皇の道着:あらゆる属性攻撃を無効化するが、徐々に凶暴性を増し一定数を超えると、狂戦士となる。


 逆鱗の小手:非常に強固な小手。持ち主の筋力増強と魔力伝達の向上


 雹炎の剣:水属性と炎属性の二刀。水属性の礫を発射する、炎の斬撃を飛ばす事が出来、魔法の効果を持つ切れ味が落ちる事はない。


 三つの装備を全て身に付け、ある魔法を唱えれば、龍皇の力をその身に宿すことができる。



 男の名はマコト=レイトバード、後に勇者と邪神を倒すもう一人の英雄、そして全てを忘れらた名も無き英雄、その名は、歴史上から抹消される哀れな男の名前。




「ハハハッそうだよ、何で忘れていたかな?ここは天国じゃない。貴女の庭、役目を終えた旅行者が行き付く先か、無音なのは当たり前、時間が止まっているから、誰も居ないのも当たり前、此処は俺の魂だけがある世界、輪廻転生の枠から外れた魂は、二度と戻る事はない、そうだろ?女神クロノス」



 空に向かって、声をかけるが返答も何も無い。だが、判る。先ほど声を掛けたくれたのは俺が旅行者になる切欠の天使様か、そう言えば、首から下げていた石がいつの間にか消えていたな。



 川底には、キラキラと輝く石、女神クロノスの力の一部、『記憶のカケラ』が未だ絶える事のない光を放ち続けていた。これを取れば、あの超越者と戦う事となるだろう。それでも良い。ミラを助けるんだ、戦おう。投資が役に立つ、一度しか持ち越せない装備なら、使わないと損だしな。


 石を拾い、首飾りに戻すと目の前の空間の異たる所にヒビが入る。そのヒビ目掛けて拳を出すと、小気味良い音と共に空間が割れる。一瞬崩れ去る空間の中に、淡い青色のローブを着た女性が見えた。

 心なしか笑っているように見える。もう一度行ってきます、貴女から貰った恩は忘れませんよ、女神クロノス……





 ---------------





「もうそろそろ、いいでしょう。貴女の力も役に立ちませんでした。彼と共に永遠の眠りにつかせてあげましょう」


 彼を抱いたまま、首を振るしか出来ない。嫌だ、死にたくない、でもこの状況を打破できる策もない……


 リッチは彼の剣を拾い、大きく構える。このまま貫かれて私は死ぬんだ、もっと魔法を勉強したかった、でも仕方ない……目を瞑り、最後のときを待つ。



「っ……な……」


 最後のときは、やってこない。恐る恐る目を開けると、血まみれだが、強い意志を持った瞳の彼が、リッチの腕を掴んでいた……



「離せよ、その剣はお前が彼女を貫いて良いものじゃないんだよ!約束したんだ、この力は俺の為じゃない、人を守る為に使うんだよ!」


 剣は取り戻せたが、体力は回復していないんだろう、剣を突き立て漸く立てている様子だ。


「ハァッ……ハァッ……ミラ……無事か?」


「だぁ……でぃよ……ぼどっで……ぐるだら……ざぎに……いいなざいよ……」

(何よ、戻ってくるなら先に言いなさいよ)


「悪い……よく判らん、いいか?聞いてくれ、……アイツを倒す。俺とお前で、色々説明が必要だろうけど、今は何も言わないで指示通り動いてくれ」


 いいじゃないの、今はその通りに動いてやるわ、何でも言いなさい……とは言ったものの、まさかの指示に大声をあげて、驚く事しか出来なかった。まだまだ世界は広いわね……



「俺に下級の魔法を撃ってくれ、なるべく多く、今すぐに!」


「え?……えええええーーーーーーー!!」



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