第39話 それぞれの道
---アレシア=ベイウッドの場合---
くだらない訓練と低レベルな魔法の講義を終え、一人でお茶を飲む。この時間はリースも来ないし、ゆっくりと行動を決める事ができる私の数少ない時間だ。リースの事は嫌いじゃないが、淑女たれ、を口煩く言ってくるから少し苦手。私と歳も変わらないのに……
メクレンでのアンデット騒動は、もう一ヵ月もすれば収まるし、その功績で彼女が王都にやってくる。それは確実だ。だがメクレンにはマコト=レイトバードがいる、我侭を当たり前と思っている彼女と、目的の為になるべく遠回りをしたくない彼では、相性がよくない筈だ。となれば懐柔は容易いだろう。最高位の魔法をその目で見て学ぶ事が出来るとあれば、彼女はこちらに付くはずだ。
後の気がかりは……本来の勇者……あの王子様か。イレギュラーがいて少しづつ変わって来ている歴史では、味方につけておくべきだろう……幸いにも私は見た目が良い。その「女」を使ってでも……クソ女神め、そう容易く渡すと思うなよ……
---リース=ウルトの場合---
「これで、大丈夫。ですが余り無理はしないで下さいね」
城下町を歩くと、怪我をした騎士さんに会う。治癒魔法を使い怪我を治していく、何度目かの「ありがとうございます、聖女様」を聞き、私は再び歩き出す。私には出来る事が少ない。アリシアのような剣の腕もない、マコト様のように広く大きい視野も持っていない、貴族や王族のような権力も無い。そんな自分が唯一出来る事、それが治癒魔法。
幸運にも魔法で使う魔力は人よりも多く持って生まれたので、一日中使ってもまだ残りがあり、最高で丸二日使い続けられる。私は聖女なんかじゃない、親に連れられて歩く同年代の子供を羨ましく思う。遊ぶ子供達を見て羨ましく思う。屋台で物を食べてみたい、着飾った格好もしてみたい、俗世に塗れている。
私は自分が嫌いだ、アレシアに淑女とは、なんて偉そうに言っているのだって劣っている自分が彼女に対して優位に立てるのが作法ぐらいだからだ。聖女ならこんな事は思わない。でも皆が私を聖女と呼ぶ、自分の意思が何処にあるのかもわからない、治癒を続けるのは何でだろう……当然誰も答えてくれない。
考え付かない私は、今日も聖女の仮面を被って治癒をしている……
---ルシアの場合---
気が付くと、ボクは寝台の上に寝かされていた。そっか、マコトの前で泣いて、それで寝ちゃったのか……どこまで子供なんだ。
窓から見える景色は、そろそろ夜を迎えようとしていて街灯にランプが灯っていく。マコトはどこかへ行ったのかな?まだ帰ってきてない。寝台に座ると、-シン-とした室内で先ほどの光景が浮かんでくる。
マコトと宿へ向かう途中、何気なく見た路地で同胞が人間達に暴力を振るわれていた、会話の内容が僅かながらに聞こえた。どうやらミスをしたらしいが、それで意識が朦朧とするまで痛めつける必要があるのだろうか?助けに行きたかった、でもそうしたらマコトに迷惑がかかっちゃう。彼のことは信じてるし大好きだ……でも、もし、彼はあいつ等と同じ人間なんだ、だからきっと……そんな風に思えてきちゃう。
結局ボクもマコトの顔色を伺って、媚を売って、捨てられないように、しているだけなんじゃないかって思えてくる。きっとそうじゃない。彼はあんな奴らとは違う。ボクがミスしたって、彼に絡んだって、笑って許してくれる……それでいいの?顔色を伺って、襲われない様にして、そんな一族に嫌気が差したから飛び出したのに、やってる事は変わらない。それがボクの望んだ事なの?ボクが望んだ事は……
変わらなきゃ、彼の傍に居続ける為に、ボクが望んだ生き方が出来るように……
---ミラ=フォルティの場合---
何とか、アンデットの発生した場所へ行ける事となった。街の兵士共にも何度か誘われたがハッキリ言って彼らでは、私を守る前に全滅する。それ程に熟練度が低い、魔法で殲滅すればいいと簡単に言ってくれる。魔法を使うこと自体には問題は無い。
持って生まれた能力は魔法に適応し、保有している魔力も非常に多い。だが、攻撃魔法を放つたびに訪れる準備時間。こればかりはどうしようもない、魔法ごとに次に発動するまでの時間が決まっていて、その間は無防備になってしまう。それを補う為、魔法使いは通常パーティーに参加する。
訪れた好機、黒髪に黒い瞳、腰には高価そうな剣を二本挿し、見た目は普通だが、騎士になるくらいだから強いのだろう。魔法使いとして大成する為、何としても発生している場所へ行き、その原因を知っておきたい。仮に、アンデットが魔法で発生するものなら、連続発動が出来る切欠があるかもしれない。
私が大成したい理由、それは単純で、知識欲。ただそれだけ。物心付く頃には、神童、天才と言われ魔法の才能は誰にも負けなかった。敵がいなくなると、どんな魔法も使いたくなる、覚えたくなる。知識欲は留まるところを知らず、覚えるたびに私は強く、傲慢になってきた。連続発動は永遠のテーマだ。それを乗り越えられれば私は、神にすら近づけるかもしれない。
あの黒髪の騎士を共に連れ、何としてでも原因と発生理由を暴いてやる。その先に神の背を必ず捕らえてやる……
---マコト=レイトバードの場合---
よりによって、ミラという少女と原因の村へ行く事となった。彼女とは相性が悪い、あの我侭女王様っぷりは、非常に苦手だ。こちらの言う事も聞かず飛び出して自滅するタイプだが、天才ならもしかして……とも思うが、『馬鹿と天才は紙一重』と誰かが言っていたのを思い出す。
だが、ルシアはどうする?ミラがいる以上連れて行けないが、昼間のことを考えれば一人にしておく訳にもいかない。かといって一緒に連れて行けば、亜人だとばれてしまう可能性が非常に高い。その後に待っている事を考えれば、置いていくのが一番かもしれない。隷属の魔法で言う事を聞かすか?そんな事が出来るなら苦労はしない……
結局答えは、ルシアに任せる。それしか思いつかない。対価を求められれば支払おう、求められるのが俺ならば差し出そう。元々世界に存在しない俺との性交は強く印象に残ってしまう為、避けるべきだと言われてきた。唯一できるのが適合者であり、力の譲渡に手段の一つとして教えられている。ルシアが適合者なら問題は無いが、この世界での適合者は恐らく……
部屋の前で大きくため息をつく。どういう結果になろうと今はこれしかない、覚悟を決め部屋の扉を開けると、寝台に座っているルシアと目が合う。どうやら起きていたようだ。
「悪いな。一人で出て行ってしまって、あのまま寝かしておいたほうが良さそうだったから、腹は減ってないか?食事にするか?」
何故こうも結果を後回しにするんだ……言うべき事はそうじゃないだろ。
「大丈夫、ついさっき起きたばかりだから。夜までお疲れ様、ねぇマコト……話があるんだ……大事な話」
ルシアの目、何かを決意したような強い眼差し。キチンと自分の思っている事を言えるだけでも十分凄いよ俺に出来ない事を、出来る人は尊敬に値する。彼女に意思に答えよう。俺も言うべきことをキチンと言おう。
「そうか、俺もルシアに話さなきゃならない事があるんだ。ならどちらから言うべきかな」
「ボクの話は後でもいいよ。マコトからどうぞ」
お互いに向かい合い、ソファに掛ける。長いようで短いような彼女との旅は、終焉を迎えようとしていた……




