第38話 ミラ=フォルティ
「どうぞ。狭いところですが、お座りください」
宿舎の最上階、三階にあるドルクの執務室へ通された。非常にシンプルな作りで、大きな机の前にテーブル、その両脇にソファが置いてあり机の後ろには王都の旗が掲げられていた。入って直ぐに女性がカップから湯気の立つ飲み物を持って来てくれた。この香りは……
「これは、シュトですか?甘い香りがしますね。私が持っている葉と同じでしょうか?」
シュト……ロクザで買った乾燥した茶葉。紅茶の葉のように湯で戻すし飲み物として使用されるもの。
「おお、流石ですな。これはシュトの葉に甘い蜜を入れたもので、この地では人気があるのですよ。体も温まります」
確かに一口飲むと甘い味がして、体が温まる。若干苦い気もするが……柚子湯に蜂蜜を入れた感じだ。
「早速ですが、書状は拝見しました。確かにアンデットが発生し、メクレンへと度々侵攻しております。兵力も、兵糧も限界です。更に侵攻の頻度が多くなり、援軍を依頼したのです」
てっきりメクレン内部で発生したかと思っていたが、発生場所は別か。
「発生場所の特定は出来ていますか?」
「はい。ここから少し西へ行ったところに小さな村があったのですが、そこから発生しているのは確認できています」
『あった』となれば、今はもう……となれば発生の原因もその村にあるわけか。
「ではその村に行けば、発生の元凶とその解決策も見つかるわけですね」
ドルクは大きく頷く。しかし妙だ、元凶も場所も判っているのに何故放置しておく?メクレンには天才魔法使いがいるとのことだ。その人に助力を頼めばあっさりと解決しそうなものだ。金がかかるから?なら王都へ援軍ではなく資金援助を依頼すればいい兵力送るより資金を送ったほうが楽だろうに……
「そう言えば、天才魔法使いがいると聞きましたが、その方に助力は頼めないのですか?反撃に出ないのは何か理由があるのでしょうか?」
「お恥ずかしい話ですが、助力をお願いできたとしてもその方をお守りするだけの実力を持ったものが居ないのです。以前に反撃しようとしたのですが、村に着くまでに五百の兵士はほぼ全滅。アンデットは昼夜問わず攻撃してきます。また、攻撃に怯む事をしません、今この街に残っている兵士は、およそ千五百ですが、実戦経験があるものはほぼ居ません」
確かに、恐怖心も無く、怯む事も無い。そんな魔物が昼夜問わず襲ってくれば、肉体的にも精神的にも疲労が溜まり、満足に応戦できないだろう。まして、魔法使いを守りながらとなれば、尚更か。
「心中お察しします。では、魔法使い殿への助力は依頼できるのですか?」
「依頼はできます。が、受けるとは限りません、何せ非常に気難しい方でして我々の依頼には首を縦に振ってはくれません」
ならば直接交渉はできるだろうか、こちらは一応とはいえ騎士だ。権力も何もないが名前だけは立派だから何となってくれれば良い。が、そうでなければルシアと共に行って見るか。彼女の事も心配だしな、とりあえずドルクに聞いてから決めよう。
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宿舎を出た頃は日が傾いていた。少しノンビリし過ぎたかな……しかし、泊まっている宿の三階を貸し切っているのが噂の天才魔法使いとは、運が良いのか、悪いのか。名前はミラ=フォルティというそうで、ビックリしたのが、まだ10歳だと言う。この世界は子供が特別なのだろうか?勇者に聖女と続いて魔法使いまでもか。そのうち天才剣士が居てそれも子供とか言いそうだ。依頼をする以上下手に出るのが当たり前だろうが、子供に頭を下げる行為に慣れてしまっている自分が嫌になる。しかし子供に危険な場所への同行を頼むというのも違う気がする。
宿に戻ると、酒場では徐々に人が集まり盛り上がっている様だ。
「すみません。三階に宿泊されている、ミラ=フォルティ様に御目通りしたいのですが」
答えは何故か後ろから聞こえてきた。
「何よ?私がミラ=フォルティよ。ツマンナイ用なら帰って頂戴。」
声に聞き覚えがあったが、そうであって欲しくない、そして用件も聞いてないのにツマラナイと一蹴するとは……まあ面倒事なのは否定しないが。振り返るとやはり、先程の生意気な子供だった。
「さっきのデカブツじゃないの?何の用よ、お詫びの品でも持ってきたのかしら?生憎とそう言うのは受け取らない主義なの。以前にあげたからとかなんとか言って、依頼をして来る輩の面倒事には関わりたくないのよ。判ったら、帰って頂戴」
そう矢継ぎに言葉を放って疲れないのだろうか?よくまあ口が回るモノだな。ある意味尊敬するよ。
「お詫びの品を持って来た訳じゃない。ミラ=フォルティ様に用事があってここに来たんだ。それに帰ってと言われても、ここの2階に泊まっているのでね」
「なら、依頼は受けない。これで良いでしょ?……ん?ちょっと待って、貴方って強いの?大層な剣を2本も差して弱い訳ないわよね?それに、魔法も使えるの?思ったより優秀ね、話だけでも聞いてあげるわ。取り敢えず三階へ来なさい」
そう言って、返事も待たず階段を上って行く。魔法が使えるって何故判る?取り敢えずは聞いてもらえる様だ。跡を追って階段を登る。三階も二階と変わらない作りで、左右に扉が四つあり、一番奥の部屋へ入って行く、ノックをして様子を伺う。いきなり開ければ礼儀が何とかと言って来そうで容易に想像できる。
暫く待つと、扉が開きミラが顔を覗かせる。部屋では帽子を取るんだな……当たり前か。黒い髪は耳を隠す程で薄い茶色の瞳は敵意がない様なので、ひとまず安心する。
「ふーん。急に開けたりしない辺り、少しは常識があるようね。いいわ。入りなさい」
部屋は俺たちが泊まっている部屋と変わらない様だ。ソファに腰掛けるとお茶を淹れてくれた、意外と女の子してるじゃないか……黒いマントも取っており薄い青色に染色されたTシャツのような服にベージュ色のスカート。黙っていれば年相応に可愛らしい女の子なんだけどな……
「何よ?ジロジロ見ないでくれる?変態、まさか成人以外の女性に興味を持つとかいう特殊性癖なの?ごめん、私はそういうの困るの。見た目は普通?なのに残念だったわね、タイプじゃないわ」
「あのな、全く違う。俺だってそういう趣味じゃない。何だってこんなに疲れるんだよ、改めて、俺はマコト。王都からここに派遣された近衛騎士だ。アンデット発生の原因究明とその排除が任務だ。そこでミラ=フォルティ様に同行を依頼したい……というのが用件だったが、諦めた」
最初は子供だとは思わなかった。だから同行を依頼しようとしたが、どう考えてもおかしい。こちらで何とかすべきだ。幸いルシアとの連携の練習にもなるだろう。色々言い訳を考えて見たが、正直なところは彼女と一緒に旅なんて出来ない。
「なんで?まさかアンタも子供に危険な真似はさせられないとか言うつもり?少なくともこの街で私より優秀な魔法使いはいないわ。納得出来る理由があるのかしら?」
「君が優秀な魔法使いというより、天才だと聞いている。城壁の上から魔法を使って人を助けたろ?あれは俺と連れだ。高威力の魔法を次々と放てたんだ、天才なのは伊達じゃないと感じたし、実際そうなのだろう。十歳の少女だとは思いもしなかった。だがもし君に何かあれば損失は大きいと思う。なので天才の手を煩わせず俺と連れで行こうと思う。だから同行を依頼するのを諦めた、これが理由だ」
子供に危険な真似はさせられない。そう言えれば簡単なのだが彼女はそれでは納得しないだろう。勝手について来てもらっても困る。我ながら苦しい理由かと思った、『天才の手を煩わせず』なんて言っては見たが馬鹿にしていると取られもおかしくない。俯いたまま黙っている様子見ると少し言い過ぎたかと若干反省もするが……
「まあ、貴方の頭じゃそれが限界よね。有り体な理由じゃ納得しないって思ったんでしょうが、元より一人でもアンデット討伐に行こうと思っていたし!なら言い方を変えるわ、マコト!私のアンデット討伐に付き合いなさい!」
勢いよく立ち上がると、ビシッとこちらを指差してくる。人を指差すなと教えは受けてないのだろうか……




