第12話 違和感の答え
その日も朝のトレーニングを行う。昨日の事を思い出すとやはり早々に王都へ向かうべきだ、きっとミリアは信用できる人物なのだろうが、それでも信じ切れない自分は本当に臆病者なのだと自覚してしまう。
湯浴みを終え、部屋に戻ってもミリアが姿を見せない。ならば逆に好都合と部屋を片付け装備を確認する。村を出るにはちょうど良い、族長に礼と王都までの方角を聞ければ何とかなるはずだ、ミリアに挨拶出来ないのは残念ではあるが……
部屋の外が騒がしくなったかと思ったら誰かが走って向かってくるのが足音でわかる、もう少し静かに行動するとか殺気を隠さないと暗殺にならないと剣を構え相手を待つと戸が勢いよく開かれ、怒り心頭のロズさんがズカズカと部屋に入ってくるなり胸ぐらを掴まれた。
「やはりか!貴様の所為か人間!仮にも滞在させて貰ってそれを仇で返すか!その剣で私も殺すか!」
何が何だかわからないがどうやら、ある事の犯人だと思われているようだが全くもって心当たりが無い。話を聞いてくれそうにも無いが落ち着かせないとな。
「何を怒っているのかわかりませんし、話を聞いて頂ける状況では無いようですね。それに滞在させて貰っているのですから仇で返すような真似はしませんよ。何があったかだけでも聞かせてくれませんか?」
まずは言葉で言っては見るが効果が無い、次は剣でも渡して見るか?思案すると右側から衝撃を受けそのまま倒れた、どうやら殴られたようだがそのままにしておくほどお人好しでも無い。立ち上がりロズさんと対峙する。右拳を強く握りしめすぎて血が滴っているし、凛々しい顔を歪ませ泣いているように見えた。
何だ?全く状況が掴めない。やり返してやろうかと思ったがあの表情には怒りと憎しみ、そして悲壮が見て取れた。
「少しでも貴様を信用した自分に腹がたつ!何故だ!我らエルフが何をした!本来人間と関係すらないのだ、何故放っておかない!我らの生活を壊すのがそんなに楽しいのか!」
エルフに何かあった事しかわからないが、また胸ぐらを掴まれ前後に揺らされる。右拳を振り上げるのが見える。
「申し訳ありませんが理由がわからない、それに何度もやられる程バカじゃない。お返しです」
すかさず右足を払い、ロズさんの体制崩し左手で顔を掴み床に叩きつける。
「もう一度言います。何があったんですか?私も少なからず貴方を信用していましたが残念です。答えて頂けないのなら、他の方に伺います。その間は邪魔なので暫く寝てて下さい」
「他の者も貴様に答える者はいない。さっさと殺せ!」
「ですから貴方では需要がありません。ではお望み通りに」
初日のやり取りを思い出せるが今回は悲しい事になってしまった。押さえつける手に力を込めるとバキバキと床にヒビが入り、ロズさんの苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
「まだ答えてくれませんか?これ以上は本当にお望み通りの結果となりますよ?」
ロズさんから返事はなく必死に痛みに耐えているのだろう、どうやって落とし所を見つけようかと考えていると、
「すまんがロズを失うわけにはいかないのじゃ、其処らで引いてはくれまいか」
族長を始め数人が集まっていた、あれだけ大きい音を立てて立ち回れば誰かしらは様子を見にくるか。
「助かりました。もう少し遅かったら取り返しのつかない事をしてしまう所でした。ありがとうございます」
左手を離し礼を言う。
「お前達はロズを、お主はワシとともに来て欲しい。今回の騒動の原因場所じゃ」
族長の指示通りロズさんは数人に連れられて行き、俺は族長と共にリビングのさらに奥に向かう。記憶を辿ればこの奥の場所は初日にミリアが入っていった場所だ、と言うことは母親の部屋か。族長が足を止めると、他の部屋とは違い扉に遮られていた。
「ここは?」
「エリザの部屋じゃ。何故かはわからんが今朝方より急に苦しみ出しての、今はミリアルが診ておる」
「なるほど。だから俺を疑ってと言うことですか。部外者ですから疑われて当然ですが、ここに連れて来て良かったんですか?」
「ロズはすぐさま飛び出して行ってしまったが、ミリアルが必死に庇うのでな。もしかしたら何かわかるかもしれないじゃろ?」
俺は医者じゃないしそんなにあてにされても困るが出来ることがあれば何とかしてあげたいとも思う。
「ミリアル、マコト殿を連れて来た」
扉が開き、ミリアが出て来るがその顔は涙が溢れていた。
「マコト?その顔どうしたの?怪我したの?」
こんな時まで人の心配か……少々呆れてしまったがそれがミリアの性格なんだろうと思う。
「別に大した事じゃない。それよりもお母さんどうしたんだ?体調を崩してとは聞いていたが」
「……お母さん前に徐々に衰弱する呪いを受けてしまったの、ッグ、薬草が進行を緩めてくれるんだけどヒック、急に苦しみ出して、もう薬草じゃ効き目がなくて……私……どうしたらいいか……」
ところどころ泣くのを堪えて説明してくれたおかげで漸く納得がいった。病気じゃないかと思ったあの違和感は呪いの類か、呪いが急速に進行し出したのだろうかだから薬草も効き目が薄いと。迷ってる暇はなさそうだ、使うのには躊躇いがあるが覚悟を決める。
「族長、ミリア、お母さんに合わせて貰えないか?先に言っておくが俺は医者じゃないし薬草も詳しくないが試したい事がある。」
部屋は異様な空気に包まれていた。中央に寝台がありエリザさんが眠っているが、額には大量の汗、呼吸は早く相当苦しいのだろう。
「ミリア、声をかけても平気か?答えて貰えるかな?」
側で診ていたならば声もかけただろうし、会話が少しでも出来るのなら良い、出来れば本人の了承を取りたい所だ。
「ごめん……ずっと苦しいんだと思う。声をかけても返事がないの……」
ならば仕方ない。
「族長、最初に言った通り医者でも薬草に詳しくもない。呪いをどうこうは出来ません。だが今の症状を緩和させる事ができるかもしれませんので許可を下さい」
「本当に?お願いマコト!お母さんを助けて!私ができる事なら何でもする!だからお願い!」
「ミリア、落ち着いて。呪いをとく事は出来ない。少しでも症状を和らげるだけだ」
族長は目を瞑り考えていたようだが、床に膝をつけ更には頭をつける。
「マコト殿、ムシのいい話ではあるがどうか娘エリザを助けてくれんか、この通りだ。ワシにできる事なら何でもしよう。何ならこの首を差し出そう」
まさか土下座とは、それを見ていたミリアも同様に頭を下げる。
「お願いします!どうか」
「では許可を頂けるのですね?当然報酬も頂きます。軽いとは思いますがエリザさんに後遺症が残るかもしれません。そこまでは責任は持てませんよ?もう一度聞きます。宜しいですね?」
「わかった。全てお主の言う通りにしよう。妖精女王に誓って」
「マコト、お願い…お母さんを…」
しかし…戸惑いがある。アレを使えば少しはマシになるだろうが、この世界のエルフに効果はあるのだろうか?
もし失敗して命を落とすことになったら?そう考えるといきなり始めるには準備が足りなさ過ぎる。
「族長、エルフは魔法等に耐性があるものでしょうか?特定の魔法などに対して欠点があったりするモノでしょうか?」
「ある程度といったところか、絶大でもなければ、欠点という訳でもない。ただ今のエリザはおそらく耐性等に回す魔力はないであろうな」
それもそうか、ならばかけるしかない。万が一の場合は…
「ウ…ウ…あああ!」
エリザさんからの悲鳴は聞くに耐えない。
「マコト!お願い、お願いします…お母さんを…」
ミリアの悲痛な声に覚悟を決める。
「では始めます」
俺だけの魔力では足りないので剣を2本抜き刀身を合わせてエリザさんの体の上に、剣が落ちないように両腕で抱えて貰い首飾りを外しエリザさんに握らせると青と赤の渦が現れ、首飾りの先端の石に吸い込まれていく。薄い青色の石が透明にまでなり眩しい程の光に包まれる。
目を開けるとエリザさんと寝台が淡い紫色の膜に覆われていた。
結界:旅行者だけが使える魔法の一種。結界の中の時間は通常流れる時間の100分の1となる。今回のように呪いの進行を遅め術を解除する方法を探す時や病気の進行を遅らせ延命処置を模索する等使用場面が限られ更に起動するのに膨大な魔力を使うので使用機会は多くない。
取り敢えず成功したようだが、安心は出来ない。正座姿勢の呆けている2人を部屋の外へ出し扉を閉める。
「応急処置は出来ました。さて、此処からが本番です。呪いは解けていません。俺は判りませんが一般的に呪いの元が絶たれれば解けると思うんですけど、族長は何かご存知ですか?」
漸く我にかえったようで、何度も礼を言われるが、人の話を聞いていないのか?まだ終わっていないのに……




