プロローグ
剣と魔法のファンタジー、異能力が存在する、学生が異常な権力を持っている、など世界は無数に同時に存在する。
その世界には必ず1つ神の力を宿すモノがあるという。それを手に入れた者は世界を変える程の力を手に入れる。
手に入られる者は適合者と呼ばれ、適合者以外がその力を見つけても、道端に落ちている石の様に気がつかない。
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……「やはり、行ってしまうのか?」
照りつける太陽はこの時期には珍しく暖かな日差しを届けてくれる。吹く風は優しく頬をなで、木々のざわめきさえ、美しく聞こえた。
小高い丘の上に立つ二人の男、激戦を戦い抜いた様な雰囲気を持つ青年が着る白銀の鎧は傷が多い、持っている盾や精悍な顔も同様だ。
対する男は黒髪を短くし、薄い緑色の道着の上下、赤黒い小手に腰には二本の剣を差している。鎧の青年と比較すると少し線が細く、飄々とした雰囲気を出す。
全く対照的な二人だが、その間にある目に見えない絆をしっかりと感じていた。
「本来居ちゃいけないヤツはさっさと退散しないとな。今まで、ありがとう。お前と会えたことに感謝するよ、これでお別れだ。じゃあな、クレール」
「俺は忘れない!忘れないからな!マコト、俺たちは仲間だ、戦友だ、親友なんだ!龍皇の加護を受けたのだから、この世界で生きていく事は出来ないのか?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、お前が選ばれた勇者の使命を全うしたように、俺にもやらなきゃならない使命があるんだよ」
そういうと、首から下げていた小さな石を取り出す。そしてそれを大きく天に翳す。
青く澄み渡っていた空が徐々に青紫色に染まっていく…
「そんなもので俺達の絆は断ち切れない!俺は忘れないぞ!絶対に!彼女…アシュリーだってそうだ!」
「彼女と幸せにな、ありがとう、そして、さようなら…永遠に、記憶の消去」
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「…い?…おい…?おい!」
突然声を掛けられた俺は、目の前に不思議そうな顔でこちらを覗き込む男を見る。見たこともない男だ。
「おい!聞こえてるのか?なんなんだよ」
意識を取り戻すと、再度目の前の男を注視する。黒髪は珍しい、だがやはり見たことがないな、と言うか何の用だろう、これから、邪神を倒したことを報告し、彼女と平和に暮らそうと・・・そうだ!こんなとこにはいられない。
「ああ、すまないな、何だかボーッとしてたみたいだ…それで…なんだっけ?」
目の前の黒髪の男は大きくため息をつく。
「あのなぁ…いきなり呼び止めて、『ボーッとしてた』なんて何の冗談だよ」
呼び止めた?俺が?彼を?何でだ?
「用が無いなら俺は行くぞ?じゃあな、邪神を倒した英雄様」
「あ…ああ、呼び止めて悪かったな見知らぬ旅人よ」
彼の姿が見えなくなるまで、見送ると、不思議な事に気づいた。邪神を倒して間もないので誰も知らないはずだ、俺の仲間、アシュリーという彼女と…2人だけのパーティーだが、苦しい旅の連続だった。今はそれより、彼女の元へ向かおう…というか、俺はなんで此処へ来たんだ?
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クレールが首を傾げながら立ち去るのを影で見送ると、辺りには気配もない。その為にわざわざ彼を此処まで連れて来たのだ。
「いつ見ても不思議だよな。なんで俺に関わった人の記憶だけ消せるのか……これをしないと他に行けないから仕方ないが……神の御業って事で納得するしかないな」
首飾りを翳すと、機械的な音を立て、黒い球体が現れる。徐々に大きくなっていき人が通れる程の大きさになる。
草むらで、装備一式を大きな袋に入れ、ベージュの布地の服に着替える。
「装備したまま移動できれば、マシなんだけど、仕方ないか、じゃあな、クレール、アシュリー。適合者がクレールで助かったよ。幸せになってくれよ」
黒い球体の中に入る、さあ次だ。次の異世界は、異能か魔法か未来か。やる事は変わらないが、行き先が選べないので、変に緊張する。
--------ヴンッ----------
黒い球体が完全に消えると、辺りは静寂に包まれる。
この世界は勇者と生涯の伴侶となった美しい女性により、邪神が倒され、長い平和の時代を迎える。勇者は王となり国家を築き王妃と共に仲睦まじく暮らしていった。子宝にも恵まれ幸せな人生を歩んでいった。
勇者と王妃は同じ日に天寿を全うしたという、その間際に子供達が聴いたこともない言葉を口にしたと言い伝えが残っている。人名と思われるが当時の記録は何も残っていない。そしてその名前も人々の記憶からすぐに消えてしまった。若かりし日々を思い起こした様に、その顔はとても幸せそうで、お互いに手を握って天へ昇っていったそうだ。
「俺たちは幸せだった。我が友であり、真の勇者よ」
「貴方が居たから私達は幸せでした、貴方の旅路にも幸運があらん事を」
「「ありがとう。マコト=レイトバード」」
勇者と共に旅をしたとされるもう1人の事は
誰も知らない。
誰も覚えていない。
誰の記憶にも残らない。
異世界を旅して神の力を回収する、自らを『異世界旅行者』と呼び、終わりの見えない旅路を行く。