第四十五話 天華人民帝国の工作員 その3
小川艦長は携帯端末で誰かと電話をしていた。
「うむ、それではよろしく頼む」
小川艦長は電話を切るとノリオに視線を向けた。
「大原二等宙士!命令だ!」
「は、はい!」
ノリオは背筋を伸ばして直立不動の姿勢になった。
「宇宙護衛艦『しなの』は予定を切り上げて出航することになった。我々はただちに軌道上にある『しなの』に帰艦する!」
「了解しました」
(なるほど、うまい考えだな。『しなの』に戻ってしまえばいいんだ。ハナちゃんもそこまでは追いかけてこられない)
「ハナちゃん。出会ったばかりで申し訳ないが、ここでお別れになる」
小川艦長がハナに挨拶をしていた。
それに対してハナがにっこりと笑った。
それは無垢な幼女のように見えるが、どこか勝ち誇ったようにも見える笑顔だった。
「あたしも『しなの』に乗せてください」
「ハナちゃん。『しなの』は客船でも遊覧船でもないんだ。いくら人気アイドルでも民間人のあなたは乗せられない」
「『しなの』の次の目的地はニュー・フロンティア星系ですよね?」
「その通りだ」
宇宙護衛艦「しなの」の現在の任務は訓練を兼ねた各星系への親善訪問で、行き先に関する情報は一般公開されているので、ハナが次の目的地を知っていることに小川艦長は驚かなかった。
「あたしの次のお仕事する場所はニュー・フロンティアなんです」
「それならチケットを買って宇宙客船に乗りなさい」
「でも、普通の客船だと太陽系の地球の月にある『リング』で『当たり』が出るまで待たなければならないじゃないですか?『順番待ち』で時間が掛かります」
「しかたがないであろう。それが現在の宇宙旅行の常識だ。軍艦でも民間船でもそれは変わらない」
「でも、ノリオお兄ちゃんと一緒なら一回で当たりが出るんでしょ?」
ハナはノリオに視線を向けた。
ノリオは子猫に狙われるネズミのような気分になった。
「ハナちゃん。ニュー・フロンティアに早く行きたいのは分かるが……」
「あっ!ごめんなさい!これを先に見せれば良かったですね」
ハナは小さなカードのような物を取り出して小川艦長に見せた。
小川艦長はそのカードを見て大嫌いな食べ物を無理矢理食べさせられたような顔になった。
「ハナちゃん。航宙自衛隊宇宙護衛艦『しなの』への乗船を歓迎しよう」
ハナが出したカードは国際連合が一部の重要人物に対して発行している「最優先通行証」であった。
このカードを所有している人物は星系間の移動を最優先にすることが国際連合によって保障されているため、宇宙船は乗船を求められれば基本的に断れない。
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