第四十四話 天華人民帝国の工作員 その2
赤毛をツインテールにした女の子は十歳ぐらいに見えた。
子供用のチャイナドレスを着ていて、細いが健康的な手足が伸びている。
東洋系の顔立ちをしていて「美少女」と言うより「可愛らしい」印象がある。
彼女はゆっくりと歩いてノリオに近づくと、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。ノリオお兄ちゃん。あたしのこと知っていますか?」
「もちろんだよ!」
「良かった。あたしが思っているほど自分のこと有名じゃなかったら、どうしようかと思ってたんです」
「君のことを知らない地球人類なんていないよ!ハナちゃん!」
女の子の名前の「ハナ」というのは芸名である。
アイドルグループ「天華人民帝国」に所属する十歳のアイドルで、主に映画やドラマの子役として活躍している。
彼女は「全地球人類の妹」と呼ばれている。
ノリオもファンの一人である。
「ハナちゃん!日本の国営放送が去年配信した大河ドラマでは髪を黒く染めて、日本の戦国時代の女の子の役をやっていたけど名演技だったよ!」
「誉めてくれてありがとう。ノリオお兄ちゃん」
「あ、あの!握手してもらえるかな!?」
「はい、どうぞ」
ノリオはハナが差し出した右手を軽く握った。
「うわっ!お手てが柔らかい!高校の時の同級生の山田が僕がハナちゃんと握手したことを知ったら羨ましさのあまり涙を流すよ!あいつハナちゃんの大ファンだから!」
「でも、すみません。ノリオお兄ちゃん。お兄ちゃんがあたしと握手したことは秘密にしてくださいね」
「分かっているよ。本来はハナちゃんと握手をするには宝くじで一等に当たるくらい厳しい抽選をくぐり抜けなければならないんだもの。一生の思い出にするよ!」
ノリオはハナと握手できたことに興奮していたが、頭の一部は冷静さを取り戻していた。
これはノリオが航宙自衛隊に入隊して、仮想現実で受けた厳しい訓練によるものである。
航宙自衛隊は最新の宇宙船をあつかうため情報漏洩対策は厳重である。
情報漏洩の原因は今も昔もほとんどが人為的なミスであり、古典的なハニートラップに引っ掛かる者は跳躍暦百五十年の現在も多いのである。
(『ラッキーパーソン』になった僕にハニートラップを仕掛けてくる可能性が高いのは分かっていた。スパイ映画に出てくるような色気たっぷりの大人の女性が来ると思ってたんだけど、十歳の女の子が来るとは思っていなかった。こんな事態は仮想現実による訓練でも想定していなかった。さて、どうしよう?)
ノリオは上官である小川艦長に視線を向けた。
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