プロローグ
【登場人物】
小山浩二 主人公
小山さやか その妻
小山真志 主人公。高校生
姫川静 主人公。北海道警察刑事
池崎直人 高校生
千田香奈 女子高生
坂口聡史 高校生。
川原美月 女子高生。
松本智之 陸上自衛隊幹部
後に<ワースト・アウトブレイク>と呼ばれることとなった事件が起きたのは、日本標準時の14時30分だった。この時刻はある意味、正確ではない。そもそも、ことの発端がいつからなのか、誰も把握していないからだ。だが、最初の兆候という意味では、この時間がもっとも適切であると言われている。そして、<ワースト・アウトブレイク>という名称も不適切であり、そもそもは俗称でしかなかった。科学者たちはもっと適切な用語を用いていたが、先進諸国で発生したアウトブレイクの中でも、今回ほど最悪なのは他になく、メディアを中心にワースト・アウトブレイクという名称は広まっていき、やがてはこれが正式な名称となってしまった。
歴史に刻まれたこの日の前日、歴史に刻まれることはなかったであろう若い男は、千歳市の清水町を歩き回っていた。男の名は小山浩二。顔には、アルコールを摂取したときに浮かび出る、あの独特の赤みがあった。薄いシャツの下には、鍛えあがられている逞しい肉体があった。背中には黒いリュックを背負っており、中には隙間なくものが詰められていた。
リュックの中身は着替えや仮眠覆いが入っている。見るものは何かの遠出から帰ってきたのではないかと推測していたし、その推測は正しかった。さらによく見る人は、男の手に洒落た包みで覆われている小さな二つの箱の存在に気づいた。何かの贈り物だろうか、と推測するものがほとんどで、その見立ても正しかった。この箱の中身は浩二にとって人生で最も高価な買い物であった。そしてこれは自分のために買った品物ではない。罪滅ぼしのために購入したロレックスの時計だった。
店員に現金を渡す際、彼はかなりの勇気を使った。これが自分のための買い物なら、こんな小さく脆いもののために月給額に相当する金を使うなら、G-SHOCKに使ったほうがましだと考え、購入を中止していただろう。しかし、これはさやかへの贈り物だった。自分で裏切らないで支えてくれたさやかへの贈り物だ。まだ自分を好いていてくれるさやかに、自分の気持ちを表現するには、むしろ安いほうだろうと思った。とにかく、彼は浮かれていたのだ。妻の心を熱くしたかった。彼女ならきっと、繊細な作りで動く腕時計と、裏に刻まれたラテン語を気に入ってくれるに違いない。
初めての連載でぎこちないところもありますが、よろしくお願いします。