要塞の弱点-2 (にとり、椛)
舞台
妖怪の山…幻想郷中央部にある山。天狗や河童が住む。
登場人物
にとり…技術者の河童。理系。風邪のような症状で倒れている。
椛…哨戒天狗。にとりの親友。
河城にとりは、今日だけで何回思ったかわからない事をまた思った。
親友ほどありがたいものはない。
「ほら、横になってなよ、良くならないよ?」
犬走椛が、お粥を食べさせてくれた食器を下げてくれる。
「……そんなしなくて……いいのに……」
にとりは、引き留めるように手を伸ばす。
返事は、優しい微笑みだった。
「いやいや、大丈夫。友達だから。早く元気になってもらわないと困るよ?」
「……」
こういう素直な気持ちを向けられると、何て言っていいか解らない。素直じゃない自分を呪いたくなる。
微笑んで台所へ向かう椛の背中に、かすれた声で言う。
―ありがとう―
たぶん届いて無いんだろうな、と思いながら、眠気に身を委ねた。
椛は、台所に来ると、皿を洗い始めた。
洗い桶には、今日の分だけじゃなく、何日分かの皿が溜まっていた。
そうか、また何かの研究に熱中していたのか、と思うと、何となく納得がいく。
皿にスポンジを滑らせながら思う。
今日はここ一年で五本の指に入るぐらい面白い日な気がする。
朝、にとりの家に遊びに来たら、にとりが倒れていた。
いつもは口の悪い親友が憔悴しきって、素直になるのはちょっと面白かった。
着替えさせたり、お粥を食べさせたり。
さすがに親友とはいえ裸を見るのは少し……いや、結構恥ずかしかったんだけど、風邪こじらせたら可哀想かなと思って……いや、……やっぱり負けてるみたい……なんでもない……でもそんなじゃなかったし……他に比べればドングリの背比べ……なんでもない……でも着膨れするタイプ……だから大差ない……。
足元に目をおとして、男子みたいな自分を見てため息。
ぺったんこである。
それにしても。
止まった手をまた動かしながら、椛は考えるのであった。
いつもは悪態をついたり少々煽ったり毒舌だったりする友達の、意外な素直な一面が見れてる気がする。さっきの「ありがとう」もバッチリ聞こえた。
にとりは素直な方が可愛いかな、と思ったりする。
「……も、椛……」
にとりが呼ぶ声がする。
さっきまでは恥ずかしいのか遠慮なのか、にとりから話しかけてくれなかったので、ちょっと嬉しい。
「はいはーい」
椛はスポンジを空になった洗い桶に投げ込んで、にとりの布団に駆け寄った。
「……いや……なんもない……」
布団の横に膝をついた親友に対し、にとりは、布団を口元まで被って言った。
椛は首をかしげると、問い返した。
「大丈夫?何か大変?」
にとりは目線をそらすと呟いた。
「……ぅうん……」
椛は、にとりの布団に手を突っ込むと、にとりの手をぎゅっと握った。
「心配しないで。今晩は泊まってくし……明日は夜勤だから夕方までいられるから。」
手に、にとりの震えを感じる。
「寒い?暖かくしてた方がいいね。暖かいの飲む?」
にとりは少し首を振って、ぎゅっと目をつぶった。
「そっか。」
椛は優しく手を握り直した。
5分ぐらいたった。
にとりはもじもじと椛の顔に目線を向けたり外したりしている。
「……大丈夫?落ち着きないみたいだけど」
「……」
椛の問いかけにも返事がなく、焦ったような目をしている。
「……にとり?」
「んっ……?」
「我慢してる?」
「…………」
せわしなく動く目が雄弁に物語った。
「……そういうの恥ずかしがらなくていいからね。」
「……」
椛は黙り込んだにとりの腰に手を回すと、ぐっと持ち上げた。
「ほら、立って。」
「……ゃ……」
にとりの呟きを無視して椛は優しく微笑んだ。
「恥ずかしがらないで。私のお願い。」
にとりはこくんと頷いた。
「立てる?」
「……でちゃう……」
「じゃ、急ごっか。」
椛は親友を支えて歩き出した。
「……きがえたい」
トイレから出てきたにとりは、開口一番そう言った。
椛は、にとりの目の端の涙にも、ズボンに伝った幾筋もの水の跡も見なかった振りをして、頷いた。
「もう夕方だしね。気持ち悪いでしょ。体、拭く?」
頷いたのを確認して、椛は洗濯カゴとタオルとパジャマの替えを取りに行った。