要塞の弱点-1 (にとり、椛)
舞台
妖怪の山…幻想郷中央部にある山。天狗や河童が住む。
登場人物
にとり…技術者の河童。理系。悠々自適な生活を送る。
椛…哨戒天狗。組織化された天狗社会では格下の地位。
「むー……」
河城にとり―水を操る程度の能力をもつ河童―は、妖怪の山の沢にある自宅で、自作の体温計を脇から抜いた。
目盛りは40.1。
「……きのう……かなぁ……」
体温計をその辺に置き、布団に潜り直す。
昨日は、何となく体調が悪かったのに、水中光学迷彩が、もう少しで何か掴めそうで、一日中水に潜ってた。
そしたら、今日は朝から熱が出てて、立ってるのもキツくて、朝から何も飲んでないし、何も食べてない。
本当は着替えたいけど、服なんて取りに行けない。
「……うう……」
じっとり湿ったパジャマのまま寝るのはヤだけど、でも頭を持ち上げるのもできない。
体の節々が痛い。じんじん痛い。
「……きもちわるい……」
少しだけ吐き気もするけど、そんなじゃない。
それより、全身のじんじんしたのとだるさが辛い。
こんこんっ
「にとり居る?」
玄関の扉を叩く音がする。たぶん椛だ。
犬走椛。白狼の哨戒天狗。哨戒はしょせん下っ端であり、組織のなかでは末端にいる分、自由な時間も多く、将棋に凝っている。最近は大将棋だけじゃなく中将棋にも手を出している。
「……ぁい」
返事をしたけど、声がでない。
こんこん、こんこんっ
扉を叩く音が止んだ。
にとりは意を決して、扉のところまで歩いていこうとする。
ぐっと体を起こして、……頭が痛いのを我慢して二本の足で立って……バランスを崩してその辺の台にもたれ掛かる。
――キャスターがついていた。
「……ぁ」
台は勢いよく滑り出し、にとりは地面に倒れふした。
ビーカーが割れる音がいくつか鳴って、そしてひときわ大きい音がなった。
もうろうとする意識の中でにとりは思った。大事なものが壊れてないといいなぁ。
「にとり?大丈夫?」
椛の声が聞こえる。
駆け寄るぱたぱたという足音。
「あ……椛……」
目線だけ上げると、見慣れた親友の顔。
「大丈夫?大丈夫?生きてる?」
目の端に涙が少し浮かんでいる椛に、冗談めいた返事をしようとして、でも言葉が出てこない。
しょうがないから少し笑って。
「……風邪……」
「それは見ればわかるってば」
「とにかく布団に……うわぁすごい汗。先に着替えようか?」
椛はにとりに肩を貸しながら言った。
にとりは、正直、生涯で五本の指に入るぐらい嬉しいのだが、喋る元気が無さすぎて返事ができない。
「ん……」
「じゃあ服とか出すよ。」
微かな頷きでも意思疏通ができる親友に、にとりは改めて思った。
元気になったら絶対に恩返しをしようと。
椛は、にとりを布団まで連れて帰って、横たえると、押し入れのひとつを開けた。
「この辺に……ほらあった。着替えられる?」
にとりは、驚いたような目で(目だけ)椛を見つめ返す。
「そりゃぁ、この家に何回上がり込んだと思ってるの?このぐらい分かるって。それで、着替えられる?」
にとりは少し逡巡し、そして目を伏せた。
椛は平然と押し入れを漁り終わると、新しいパジャマと下着を広げて、にとりに微笑んだ。
「恥ずかしいんでしょ、私はいいよ。着替えさせてあげる。」
にとりは顔が赤くなるのを感じたが、既に熱で赤かったので椛には伝わらなかった。
なんでわかったんだろう。目でばれたかな。
椛はパジャマの上着を手に取ると、広げてにとりの横に置き、まだもじもじしているにとりの前に立つと、優しく言った。
「はーい、上から、ばんざーいってして。早くしないと風邪引くよ、ていうかもう引いてるけど。」
「……ぅん」
にとりは観念して両手を上げた。
実は椛も、親友の服を脱がせるなんていう特異なシチュエーションに心拍数が上がりっぱなしだったが、にとりに気づく余裕はなかった。