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春の宴-3 (エピローグ)

お待たせいたしました。最終話をお届けします。あとがきは明日朝に、投稿いたします。


前回までのあらすじ

博麗神社の花見宴会。幻想郷中の人妖が集う日。昼を過ぎて空気も程よいころ。

博麗神社、社殿の賽銭箱の奥。


本来ならば巫女、神主らしか入れないはずの神聖なる空間に、ごそごそと動き回る影が一つ。


「ふんふ~ん」


賽銭箱と御神体の間を行き来し、鼻唄が漏れている。


「あとはここがこうなって~」


「誰かいるのかい?」

「ひゅい!?」

突然かかった声に、動いていた影、河城にとり―技術屋のカッパ―は、着ていた光学迷彩のスイッチを入れた。


そっと振り返ると、賽銭箱の上からネズミの耳が覗いている。

「ま、あんたならいいか。」

「誰だい?」

眉をひそめるナズーリン―妖怪ネズミ―に、にとりは光学迷彩をオフにした。



「おや、君は山の河童じゃないか。いつもダウジングロッドに引っ掛かる奇妙な機械をつくって回るね。」

「おりゃ?意外と見る目はあるんだ?」


目を丸くしたにとりに、ナズーリンは不快そうな目を向けた。


「君、意外と、とはなんだい。まるで君が私を見下しているかのようじゃないか。」

「いやいや、あれだよ。言葉の綾だね。あんたが気にすることじゃねぇな。それより、どうだい。この仕掛け。もちっとで完成するね。」


にとりの言葉に、ナズーリンは賽銭箱の裏側に回り込んだ。


「おや、良くできているね。こっちで賽銭箱を開けると、奥に動きが伝送されるんだね。」

「ふふん、奥に伝わった動きはそこの留め金を外すんさ。」

「おお、するとここのバネでこれが回ると。」

「同時に裏側のゼンマイが回るのと、こっちのスイッチが入るというわけやね。」

「これは……振動するのかい?」

「惜しい、惜しいねぇ。」


にとりは、唇をニヤリと曲げた。


「そこにある箱が何だか分かるかい?振動を空気へ伝える仕掛けだよ。」

「……成る程、君は実に天才だな。賽銭箱を開けた霊夢に、御神体から音がするわけだ。実に面白い。」

「へへっ、さぞかし驚くに間違いなぁい!」

「それで、君はなんと吹き込んだんだい?」




仕掛けを前に興奮する二人の背後で、パシャ、と小さな音が鳴った。

「よしよし、『博麗神社本殿に忍ぶ影!幻想郷の危機!?』で一本……」

毎度お馴染み、文々。新聞の射命丸文(しゃめいまるあや)である。


カメラのファインダーをきゅっと拭い、文は立ち上がった。

「さて、今日は花見の宴会、ベストショットが……あややや?」

両腕をガッチリ捕まれた感触に、文は動きを止めた。




誰……?




「にとりを陥れるなら、上司だろうと反抗します。宜しいですか?」

「命蓮寺を敵に回すとはいい度胸ですね。宝塔、痛いですよ?」


両耳に囁かれた言葉に、文は凍った背筋をぴっと伸ばした。

「あやややや、こんなところで、奇遇ですね。虎丸星(とらまるほし)さん、(もみじ)。お散歩でいらっしゃいま――」

そのセリフが最後まで出ることは無かった。


「おるぁうちのになぁにけんかぅっとんじゃぁほぅものがぁ!」

「聖、また口調が」

「聖さん!?」

「ふわぉっ!?」


背後から飛んできたバイクの排気音と前輪のゴムタイヤが、文の背中にクリーンヒットした。



「椛!?」

「ご主人!?」

叫び声を聞き付け、本殿からにとりとナズーリンが顔を出す。


聖白蓮(ひじりびゃくれん)―命蓮寺の僧侶にして大魔法使い―は、倒れた文の背中に片足を乗せると、注目を一身に集めて高らかに宣言した。


「悪は成敗された。安心して寺に信仰を集めてくれ。以上。」



「「「……」」」

「きゅぅ……」





「特ダネ、特ダネ~」

物陰でこの光景を念写する記者、姫海棠はたてに気づいた物は居なかった。




***


こたつを片付け、普段のふすまを取り払った博麗神社。

一つ屋根の下に妖怪、人間、神、妖精、と様々な種族が集まっているなんて――


「外では考えられない、あり得ない、でしょう?」

「……何故、分かったの?」


突然隣に現れたアリス・マーガトロイド―魔女にして人形師―に、紅魔館の大図書館の主、パチュリー・ノーレッジ―こちらも魔女―は、驚きの声を上げた。


「全部、口に出てたわよ。去年も言ってたわ。」

「しゃんはーい」

躊躇いなくアリスと、それに肯定の意を示す上海人形―アリスの自律型人形―に、パチュリーは困ったような顔になった。


「……外の事、どのぐらい知ってるの?」

言ってしまってから、パチュリーは心の中で、しまった、と苦い顔になった。

これでは、幻想郷に来る前の触れられたくない過去が“存在する”と、自白しているようなものね。


アリスは、気にする風もなく言葉を紡ぐ。

「詳しくは知らないわ。でも、少数派ではあったんでしょう?こっちに来るぐらいには。」


「……そうね。」


パチュリーの強ばった頬を、アリスは見ているのかいないのか。手元の人形を出したり動かしたりしながら、アリスは言う。

「別に、そんな過去はどうでもいいわ。貴方が迫害されていたかなんて、私には、私たちには関係ないわ。此処は何でも受け入れるから。」


“迫害”という言葉に、パチュリーの眉がピクリと動いた。

「……え?」


「ま、理解者がいるかどうかは置いておいて、誰も排除には来ないわ。変なことをしない限り、ね。」

そう言い残して、アリスは他の輪に加わってしまった。


パチュリーは、アリスの言葉を反芻して、考える。

頭が動かない。アリスは何を考えてそんなことを言ったのか……

「……知ってるのかしらね……()()と、寂しさと……」

魔女狩り、とパチュリーの唇が動いたが、音は喧騒に溶けていった。



「パチュリー、パチュリー、どうしたの?」

背中をつんつん、とつつく小さな手で、パチュリーは我に返った。


「あれ、妹様。お外は……そういえば解禁でしたね。」


標準体型な姉に比べてかなり痩せたその姿、フランドール・スカーレット―紅魔館の妹―に、パチュリーは目を丸くした。


「忘れるなんて酷い。まあ、495年に比べたら解禁されたのはつい最近だわ。」

「……ええ。まだ信じられないわね。」

「えいっ」


フランドールは、背伸びをすると、心ここにあらず、といったパチュリーの額にデコピンをかました。


「お姉さま以上に頭が固いわね。時代は流れているのよ?」

「……ええ。まだ心の傷が……」

「きず?」

「いえ、何でもないです」

「ふぅん」


お姉様、すなわちレミリアは頭が固いと思われているようである。





***

「……というわけで、この冬は二人もウチに泊まっていましたとさ。片方には風邪をうつされるというおまけ付きだわ。」

霊夢―博麗の巫女―の語りに、幽々子―冥界・白玉楼の主―は、食べていた饅頭を飲み込んだ。


お茶を啜り、霊夢の横に座る橙―化け猫妖怪―にむかって言う。

「そうだったの、それで霊夢に甘えていたのね。抱っこして貰ったりしたかしら?」


「そ、そんなことしてないもん……」

耳をぺたんと倒した橙は、正座を崩した霊夢の背中に隠れると、その背中に顔を埋めた。


――こうやってると、少し安心するの。


「ほらほら、そんなに霊夢が好きになっちゃったんでしょう?」

「うぅ……」

「膝枕、してもらったんでしょう?」

「……ち、違うもん」

「あらそう?私には甘えんぼにしか見えないわ。」


追い打ちをかける幽々子の袖を、妖夢―半人半霊の庭師―がちょいちょい、と引っ張った。

「幽々子様、そんなに虐めないでください。」

「あら妖夢、虐めているわけではないのよ?」

「私が変なこといったのが悪かったですから」

「そういえば、聞いたのは妖夢の報告ね」

「私の分のお饅頭あげますから」

「それなら静かにするわ」

「お願いしますね」


幽々子は、手を伸ばして饅頭を掴み、口に放り込んだ。


「妖夢、それは私のだぜ」

「みょん」

魔理沙―普通の魔法使い―が空になった皿をつつきながら言った。

妖夢は、ため息をついて言う。

「後で魔理沙さんにもあげますから」

「頼んだぜ」




魔理沙の隣で自分の饅頭をさっと確保したレミリア―紅魔館の吸血鬼―は、背後を振り返りながら言う。

「それにしても、膝枕は無いわね。子供じゃあるまいし、ねえ、咲夜?」

「……ええ、お嬢様。」

咲夜―紅魔館のメイド―は、主の言葉に曖昧な笑みを返した。


霊夢の背中に隠れたままの橙が、モゴモゴと反論する。

「……私だって、別に……別に、その……寂しかっただけで……」

「何だって?私には聞こえなかったぜ」

魔理沙が話に首を突っ込む。


橙は、霊夢の肩越しに目(と耳)を出して、小さな声で弁明する。

「……えっと、病気すると、なんか、自分が小さくなっちゃうって言うか、……その……お布団が広すぎるって言うか……熱はあるんだけど、寒いっていうか……」


「ふんふん」


「……小人みたいになった気がして……天井が、何だか近くに見えるっていうか……寝たら起きれないんじゃないかみたいな……怖くなっちゃって……心の底まで冷たい石……うんと、空洞?みたいな……」


「まあなんとなくは分かるぜ」


「……手足が私のじゃないっていうか……鉛?みたいに重くなっちゃって……小さくて冷たくて……豆粒みたいになっちゃうみたいな……怖くて、それでも霊夢が居てくれたから……霊夢から暖かさが来たって言うか……手を繋いでたくて……」


「んで、結局どうしたのか教えて欲しいぜ。膝枕だけか?」

「私も知りたいわ。自分の口で言いなさい?」

魔理沙とレミリアの容赦ない言葉に、橙は、押し黙る。

「…………」

「なんだ、恥ずかしがっちゃって、子供みたいだぜ、お子様だぜ」

「…………」

「言いなさい?過ぎた事はいくら取り繕っても無駄よ?諦めなさい。」

「…………」

「ほらほら、言った方が身のためだぜ。何よりみんなが喜ぶぜ」

「…………」

「器が小さいわね。自分の行いぐらい自分で言えるわよね。過去は変えられないもの。言いなさい?」

「…………やだぁ」

橙は、霊夢の体にぎゅっとしがみついた。


霊夢は、そんな橙の頭をそっと撫でると、心底面倒そうな声で言った。

「あんたらねぇ……言いすぎじゃない?」

「真実だぜ」

「真実だわ」

真顔の魔理沙とレミリアに、霊夢はさらに面倒な顔をする。


「まず、橙、あんたがうじうじしてるのも悪いのよ。」

「……はぁい……」

橙は、霊夢の背中に耳をつけてみる。暖かい鼓動が聞こえて、安心する。


「それから、魔理沙、ウチに泊まって、吐き散らかした上に風邪をうつしたあんたが言う資格はないわ。」

「……反論の余地がないぜ」

魔理沙は、何だかばつが悪くなって、金髪の端をくるくると指に巻いてみた。


「あと、レミリア、あんたの従順な従者が物言いたげな目をしているわ。」

レミリアは、振り返ってみた。確かに、なにか言いたげな雰囲気ではある。

「……咲夜、言って。」

咲夜はレミリアに促され、表情を変えずに口を開いた。


「お嬢様、つい一昨日だったでしょうか。ご夕飯の後、妹様からお借りになったホラーゲームを――」

「待って、咲夜、それは――」

レミリアは、手をパタパタと振って制止するが、咲夜の淀みない喋りを止めるには一歩及ばなかった。


「――クリアする前に怖くなって、夜半に図書館を来訪なさいましたよね?『洋館にするんじゃなかったわ』などと仰ったかと思います。」


どっと笑いが起きた。


「ははは、最高だぜ、さすが紅魔の姫君だぜ……ははは」

「ぷっ……あ、いえ、笑うなんて失礼な……くくくっ……いえ……レミリアさんすみません……くふふっ」

「あんたらしいわね。面白いわ。」


「ふっ、このシェペツェの末裔、レミリア・スカーレットを笑うとは、良い度胸ね。誉めてつかわすわ。勲章よ。勲章……ええい、笑うな!」

レミリアは真っ赤な顔で胸を張るが、爆笑は収まらない。


「咲夜、咲夜、主人に恥をかかせるのは従者の仕事かしら?」

「いえ、時を止めても“過去は変えられない”ですから。」

「……言わなくても良かったのよ?」

「いえ、お嬢様のご命令に従ったまでです」

「……そうかしら」

「そうですわ」

「……」

そ知らぬ顔を突き通す従者に、レミリアはため息を止められなかった。






***


「……ぅふぁぁ……」

日も落ちて大分酒も回った頃。

霊夢は、背中にもたれ掛かる橙の小さなあくびを聞いた。

「橙、眠たかったら寝てもいいわよ、あんたは病み上がりなんだから」

「……ふぁあい」

気の抜けた声で返事をして、橙は霊夢の側に寝転がった。


「……ねぇ、霊夢……」

橙の呟きに、霊夢は頭を撫でてやる。

「何?」

「……霊夢は……なんで……優しくしてくれるの……?」

霊夢の逡巡は一瞬だった。

「分からないけれど、博麗の巫女だから、で良いかしら?」

「……じゃぁ……んと……」

「寝るなら寝なさいね、紫と藍が戻ってきたら寝られないでしょ。」

「……はぁい……」


目を閉じた橙の手が、なにかを探すように宙をさ迷った。

霊夢は、しょうがないわね、と呟いてその手を握る。

いつのまにか規則正しい寝息が聞こえる。

実は、まだ保菌者がいるこの時点での宴会は危険極まりなかったり、穏やかな異変の気配に藍が奔走していたり、冬眠から覚めた紫が何も知らなかったりしますけれど、それは別のお話。


あとがきは明日(26日)朝の予定です。

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