花の宴-1 (エピローグ)
遅くなりお待たせしております。
もう桜は散りはじめの地域が大半ですね。桜の下で宴です。
博麗神社の桜は、今まさに散りはじめの見頃を迎えている。
まだ日は高いというのに、桜の足元では早くも酒が出回っていた。
「花見だよ?花見酒でしょ?」
ケラケラ笑う鬼。隣の盃に酒を注ぐ。酒の無限に湧く瓢箪が、手から手へと回っていく。
澄んだ酒に桜の花びらが舞う。
「あんたも飲みな。春だよ。」
銀髪の男は、自分より二回りも大きな鬼にまとわり着かれている。
「僕はご存じの通り酒に弱いのだが」
「大丈夫だ。私だって呑める。」
合いの手が入る。
「そーだよ。私の酒が飲めねーって言うのか?私たちは呑めるぞぉ。」
「それは萃香と勇儀だからね!」
香霖堂の店主、霖之助―道具屋の主人―である。
酒を進めているのは息吹萃香と星熊勇儀―地底の鬼たち―である。
「ヤマメから聴いたよ?なんでも推理の大天才?だってさ。今では地底の人気者だ。がはは」
「その件は早く忘れてもらいたいものだが」
男の額にシワがよる。
「忘れるわけないでしょう?」
ヤマメ―地底の土蜘蛛―がいつもの茶色ワンピースで会話に割り込む。片手には地底の地酒。
「面白かったのよ?」
「頼むから忘れてくれ……」
霖之助が頭を抱える。辺りがどっと笑う。
「しょうがない、今日はやけ酒にしようぜ。それが男ってもんだ。なあ?」
「なんで女性の勇儀が語るんだ……」
「のめのめ~」
「ふふふ。お酌はするわ。」
「分かった分かった。今日は飲もう。そして忘れるんだ。儚い花に乾杯!」
根負けした霖之助に、再び歓声が上がる。
桜の木からぶら下がったキスメ―妖怪釣瓶落とし―が早速盃を差し出す。
「どーぞ」
「ありがとう。」
ぐいっと飲み干した霖之助に、拍手が上がった。
つまり、みな酔っている。
少し離れた縁側では妹紅―不死の人―が手持ちぶさたに足をぶらぶらとさせている。
「あー、輝夜ボコりにいこうかな。暇。」
「おや、人生に暇などあるのですか?」
「はい!?」
突然背後から聞こえた声に、妙な威圧を感じて、妹紅は背筋を伸ばした。
「人生と言うのは限りがあるのです。その限られた時間の中に、どれだけのことをなし得るか。もちろん、貴女方には、日々の行いを悔い改める機会もなく、そのような発想さえない場合も多々あります。しかし、死んでしまってから、必ず裁判を受けるのも、貴女たちです。その際にどう裁かれるのか。どう裁かれたいのか。常日頃から考えていますか。考えていませんか。考えていませんね。これだから人間はいつまでたっても成長しないのです。目先の人生だけに囚われすぎです。そもそも人間はいずれ死ぬ――」
「――少しいいか?」
講釈を始めた四季映姫―閻魔―の言葉を、振り返った妹紅は片手を上げて制した。
「なんでしょう?説教に反論でも?口答えはよくありませんね。」
「いや、口答えではない。私は不死だから、その偉そうな演説も意味無し、ってだけさ。」
映姫は口をつぐむと、小さなため息をついた。
「……そうですか。」
「ああ、あとで来る輝夜と永琳も月の人だから不死、うどんげは月ウサギだからよく知らんがたぶん不死、ほら、意外と不死もたくさん居るだろ?」
「……そうですね。」
得意気に胸を張る妹紅に、映姫の目が細くなった。
「しかし、不死が怠惰を肯定するというのは何処から生まれる議論でしょう?何処からも生まれません。詭弁、或いは自己正当化ですね。正当化が許されると思っているのですか?裁かれなければ如何なる行為も赦されると本気で考えていますか?考えられませんね?悪行はその行為それ自身が悪行なのであって、裁かれなければ犯してもよい類いの罪ではありません。そもそも罪は――」
長くなりそうだ、と妹紅はひきつった頬を両手で伸ばした。固まってしまいそうだ。
一方、参道の石段にも、腰を下ろして花見を楽しむ一団がいた。
蛙のような帽子と、流れるような若葉色の髪と、しめ縄。
守矢神社の面々である。
「はあ、幻想郷の桜は、いつ見ても美しいよね。」
「……そうだな。」
諏訪子と神奈子-守矢神社の神々-が桜に見とれる姿に、早苗-守矢神社の巫女―は首をかしげた。
外界からやって来た、いわゆる『ゆとり世代』という人種である早苗には、どうも神々の美的感覚には共感しきれない部が……。
「早苗もそう思うだろう?」
神奈子に話を振られた早苗は、ええ、と曖昧な笑みを浮かべた。
桜は分からないが諏訪子様の美しさなら、などとは口が裂けても言えない。
胸の内から飛び出しかけた言葉は一旦封印して、他の言葉を探す。
「……諏訪子様、お風邪治って良かったですね。」
「……うん。もうバッチリだよ。」
マズい。話題が変わっていない。
「あんな風邪、大したことなかったよ。」
諏訪子は両手を広げてその場で一回転して見せた。
「……看病した甲斐がありました。」
そっと胸を撫で下ろす早苗の側で、神奈子の眉が寄った。
――その割には時間をかけたな。――
もちろん心の声が外に出ることもなく、表情はすぐにもとに戻った。
気を取り直して桜を見ることにした神奈子の視界に、早苗に抱き締められる諏訪子が映った。
お互いに幸せそうなので良しとしよう。
階段の上に人影が現れた。
「隣、良いですか?」
「お、地底の覚り妖怪か。」
振り返ると、さとりと燐―地底の火猫―、と空―地底の八咫烏―が、階段を下りて来た。
「あいにく連れはあんな感じなのだが……」
神奈子が、諏訪子の頬を撫で回す早苗とジタバタする諏訪子を指して言うと、さとりは少し微笑んで、神奈子の横に腰を下ろした。
「いいです。私も妹にあのぐらい戯れてほしいものです。」
「……そうか。」
姉妹というのはそういう間柄だっただろうか……と思ったがそれは封印しておく。
「それより、守矢神社の方々は、私たちと接触していても大丈夫なのでしょうか?」
「どういう意味で、だ?」
さとりは、言いづらそうに言葉を切った。
「いや、『また守矢か』とか言われませんか?」
「それは大丈夫だ。言われ慣れている。」
「すみませんでした……」
「謝ることではない。」
きっぱりと言い切った神奈子のドヤ顔に、さとりはそっとこめかみに指を当てた。
申し訳なさで、ため息が出そうだ。
しかも、表裏なくそう思っているらしいのがいっそう心に痛い。
他人の心を読む能力も考えものね、と思って視線を上げると、お空と燐が早苗に挨拶をしている様子である。
頼むから面倒事は起こさないでほしい、とさとりは思った。
次が最後です。
たぶん。




