普通の魔法使い-1 (霊夢、魔理沙)
舞台
博麗神社…幻想郷の端に建つ神社。
人物
霊夢…博麗神社の巫女。勘が鋭い。
魔理沙…普通の魔法使い。魔法の森に家を持っている。
博麗神社の社殿の引き戸が勢いよく開け放たれる。
部屋の中へ冷たい風が吹き込んだ。
「……」
引き戸が音を立てて閉まった。
たっぷり二時間後、再び引き戸が開く。
博麗霊夢―博麗神社の巫女―は、しぶしぶ箒を取って庭に出た。
「いくら立春過ぎたって、寒いったらありゃしないわ」
ぶつくさ文句をいいながら、庭を掃く。とはいえ、冬真っ盛り―ここ数日は和らいできたが―の庭に落ち葉などなく、その点は冬に感謝しなくてはいけない、などと考えながら、箒を動かす。
流石、何年も毎日やっているだけあって、体に染み付いた掃除の所作は無駄がない。
庭をくまなく掃き清めると、集めた落ち葉や小枝―今日は小枝しかないわね―を鎮守の森に掃き出す方に移る。
と、そのとき、視界の端にもう一本箒が入った。
「魔理沙かしら?」
霊夢は、お茶の葉残りを気にしながら掃き掃除を再開した。
上空。
案の定、箒に跨がった魔法少女がホバリングしている。
少女は、箒を縁側の方に向けて、振り向かない巫女に対して口だけで呟く。
「霊夢は気づいてないけど、今日も来たぜ――
「危ない!」
霊夢の叫びが響くのと、魔理沙の意識が途絶えるのと、どちらが早かっただろうか。
博麗の勘に間違いはない。
霊夢は考える前に身を翻し、重力に従う魔理沙を視界に納める。
この距離なら――
考えない。
――踏み込みを入れたステップ。
二歩で落下点に入る。
傍目にはワープしたようにしか見えないが、本人は至って真面目に走り出しただけである。主人公特権。
目を回した魔理沙を両腕でキャッチ。
「……思ったより軽いのね」
なんだか顔が赤い。魔理沙の額に額を当てると、熱い感覚。
「熱、ね……あいてっ」
込められた魔力が切れて、魔理沙の箒が霊夢の脳天を突いた。
魔理沙は、不意に意識を取り戻した。朝だか昼だかわからない。
「……見知った天井だぜ……」
どう見ても博麗神社である。
炬燵には霊夢がいる。巫女なのに茶ばかり飲んで暇している。
「馬鹿言わない。気分は?」
「……大丈夫だぜ」
「声、ガラガラじゃない。熱もあるでしょ?」
「……大丈夫だぜ……うぇっ」
突然、腹から強烈な痛みが上がってきた。
キリキリと胸を締め付け、喉を締め付け――
「吐くなら外!」
霊夢に体を持ち上げられるのを感じながら、胃から口の高速道路が開通式を迎えた。
浅い眠りは、また違和感で断ち切られた。
「……ぅ」
胸の奥から何かが上がってくる。
何かが何かを締め付けるような感覚。ざらっと流れ込む焦燥。浮き出る涙。
思わず、じっとりと張り付いた前髪を掻き上げた。
喉がヤツに侵食される前に声を絞り出す。
「霊夢……」
「バカは黙って寝てなさい」
こたつから、振り向きもせず霊夢の声が飛んでくる。
「……吐くぜ」
「厠まで行って吐いて」
やはり振り返らない霊夢の背中に、自分でも驚くほど弱々しい声が出る。
「……無理だぜ……」
「……しょうがないわね」
霊夢は縁側に出ると、何か金属質の音を立てた。
「……?」
嫌な予感。
「吐くなら、この中ね。」
霊夢が目の前に差し出した灰白色。
「……」
「あんたの家から持ってきたバケツ。博麗の勘に間違いはないのよ」
それはご丁寧にどうも―その言葉は、奥から上がってきた酸っぱいヤツに飲み込まれ、涙を引き出し、頭の中身も全部まとめて、口から出ていった。
夜になった。
霊夢の寝巻きから自分の寝巻きに着替えた魔理沙に、霊夢が縁側の外から声をかける。
「おかゆ食べるなら食べてて。魔理沙の家から布団、回収するから。寝てるといいわ」
「……病人扱いは勘弁だぜ」
「朝に気を失って、昼に何度も吐いて、夜には弱々しく布団に収まる分際で何を言うのかしら?」
今日一日で自分が晒した醜態が、鮮やかに思い出された。
「……大丈夫だぜ」
「そればっかりだわね。その調子で、無理に動いてたわね。魔法かしら?」
「……」
――図星だぜ――




