墓場でかくれんぼ
今回は表現に少し力を入れてみました。
「ふふふふ・・・」
仙太郎と宇佐のやり取りを綾は笑いながら見ていた。
そして2人もそんな綾を見て、複雑な表情を浮かべながら離れた。
「ありがとう。ウサちゃん、仙太郎君。」
「アヤちゃん、お礼を言い過ぎだよ。でも、そんなアヤちゃんがあたしは大好きだよ。」
「俺もアヤの素直な部分は良いと思う。」
帰る時間まであと1時間。
仙太郎達は、それまで新入部員の勧誘の案、今日の夕方に行われる綾からの依頼の対策の確認を話し合う事にした。
しかし1時間でそれらの話が纏まるわけがなく、中途半端な状態で議論を止めて予定通り帰り支度を終え、綾の帰路の後を仙太郎と宇佐は数十メートル後ろから尾行し始めた。
「ウサ、アヤから何か来てるか?」
綾の後ろ姿を遥か後方を見ながら、仙太郎は隣にいる宇佐へ問う。
宇佐の握るスマホ画面には人気の某無料通話アプリの作動画面が見える。
「まだ何も来てないよ。」
宇佐はスマホ画面を確認すると切り、制服のスカートに付いてあるポケットへスマホを入れ、 仙太郎と同じ視線の先にある綾を見つめた。
綾は連絡を宇佐と取っている事を誤魔化すように、スマホ画面をチラチラ見つめ、時にはスマホ画面を指でなぞりながら不安気に普段帰り慣れている道を歩いている。
「んっ!?」
宇佐はスカートのポケットからスマホを取り出し画面を見た。
マナーモードにしていたからか、宇佐の小さな掌でブーブーと数回鳴っている。
スマホアプリ特有のメッセージ画面には「右の角を曲がります。」とだけある。
宇佐は仙太郎にも画面を見せ「OK!」という文字がついたキャラクター物のスタンプを送信し、再び綾の尾行を再開した。
学校を出る頃には橙にほんの少し藍色を混ぜた色をしていた空は、もう漆黒に近い藍色になりかけていた。
まだ冷たい風が体にまとわり付き、綾から仙太郎達までの空間に緊張と冷えを与える。
綾からのメッセージのやり取りを数回行い、しばらくすると遠目から見てわかる寺が見えた。
おそらくあれが綾の家なのだろう。
仙太郎は警戒心を更に強めながら、歩を宇佐と共に進めた。
数秒後「左側に墓地があります。その中を歩きます。」と連絡が綾から来たことを宇佐が無言でスマホ画面を見せながら仙太郎へ教えた。
仙太郎達も墓地の中へ入ろうと、墓地の出入口近くへ向かった時に1人の人物が出入口周辺の墓と墓の間から出てきた。
仙太郎は右腕で宇佐を静止させ、慌てて墓地の出入口の手前にある曲がり角へと行き、様子を見ながら宇佐へ打ち合わせしていた指示を綾へ送るように伝えた。
宇佐はコクリと頷くと出来る限りの早打ちで「アヤちゃん、ストップ!」と伝え、アプリ画面を見つめた。
数秒後に宇佐からのメッセージに既読が付いた事を仙太郎と確認すると、2人はゆっくりと静かに墓地の出入口へ向かった。
「アヤちゃん、止まっているね。」
宇佐は小声で仙太郎へ言う。
仙太郎も「ああ。」とだけ言い、様子を見ている。
綾は仙太郎達に背を向けて立ち止まっている。
背が少し丸く見えるのは、きっと前屈みで何かを握り今の状況に対し怯え、耐えているのだろう。
仙太郎は宇佐へ綾の様子を見ているように言うと、自分達の先にいた人物を探し始めた。
綾と仙太郎達の中間の墓と墓の間にしゃがみこみ、その人物は綾を見つめていた。
後ろ姿から見て、なかなか体格の良い人物のようである。
黒いスーツのような服、肩に付くほどの男子にしては長い部類に入る金髪。
よほど集中して綾を見ているのか、または仙太郎が無音で静かにゆっくりと背後に回るのが上手いのか、その人物は仙太郎の存在に気付いている様子はない。
仙太郎は、その人物に1番近い墓の影へしゃがみ隠れて様子を見る事にした。
綾に危害を加える様子が今のところ見当たらないと感じた仙太郎は、墓場の出入口近くにいる宇佐と墓場の中央に立つ綾の様子を見た。
2人共、動かずにいる事を確認して仙太郎は、その人物の更に背後へ立つ事にした。
ゆっくりゆっくり、呼吸を静かにしながら体にまとわり付く音を消すように仙太郎は立ち上がった。
左肩にかけている通学用のスポーツバックのベルトのように太い紐を握る両手に力が入る。
今まで仙太郎は生きてきた16年の中で、こんなに緊張して人の背後へ立つという事はなかった。
だからだろうか、かくれんぼとは違うこの感覚と綾と自分への危害を加えられたら、なんて恐怖。
それらが入り交じり、仙太郎の脳へ軽い目眩のような錯覚を伝える。
一歩一歩がとても重く感じた。
仙太郎とその人物との間の距離は3メートルもない。
だが、仙太郎には3メートルもない距離が50メートルのように感じていた。
(怖い・・・でも!)
顔が緊張で強ばる、唇が呼吸しかしていない。
自分の唾液で渇いた口内を潤すように「ゴクリ」と喉を鳴らす。
仙太郎とその人物との距離は10センチ弱。
仙太郎は覚悟を決め、その人物の左肩へ自分の右手を置いた。
「うわああああ!」
「なあああああ!」
その人物の悲鳴に驚いた仙太郎の悲鳴、2人の悲鳴が見事に混じり墓場に響いた。