碧の世界(2)
イルカショーを堪能し、あいつらとかち合わないようにそそくさと出てきて、向かった先は、この水族館の名物とも言われているアクアチューブである。
180°水槽でだいたいどちらへ向いても魚がいるという素敵構造だ。魚になぜか避けられる俺にも優しい設計。
360°ではないのかって?
怖いだろそんなん。下も水槽かよ。まず、この180°水槽の時点でどうやって耐久度保ってるのとか知らねえけど。
それでも、この空間にいるだけで水槽……いや、海の世界へ入り込んだような錯覚がある。
「綺麗……」
隣で美沙輝が呟いていた。
この海を再現したような碧は見ていて心が奪われる。小さな魚が集まって泳いでいたり、大きな魚が雄大に佇んでいたり。
「おお。あんなところにカニがいんぞ」
「え?どこどこ?」
基本的にあまり動かないカニを発見した。異様に脚が長い。タカアシガニだろうか。
その脚をのそのそ動かそうとしてるが、やはりかなり遅い。
「あ、育也。むこうジンベエザメがいる!おっきい〜」
「人に害はないけどあれもサメの一種なんだってよ」
「下にサメってついてるのにサメの仲間じゃなかったら詐欺もいいところよね」
「俺はその昔、キクラゲをクラゲの仲間だと勘違いしていた。キクラゲっていうクラゲがいるのかみたいな」
「あれはキノコの一種よね……まあ、食感とか好きだけど」
「もっとホオジロザメとかいねえのか?」
「そんなん水槽に入れてたら他の魚食べられちゃうわよ」
目に付いた生物について感想を言いながら、ゆっくりと、でも確実に前に進んでいく。
「ねえ、育也。さっきイルカショーの時言ってたの何だったの?」
「え?何の話だ?」
「なんかカメラ構えてた時に逆もどうとか」
「ああ、それか。俺たちからあいつらが見えてるのなら、逆に考えれば向こうからも俺たちが見えてるってことだよ。もしかしたらどっかで見つかってて尾行されたりしてたのかもな」
「あの子たちがねえ」
「今もつけてるかもな。巻くか?」
「いいわよ別に。やましいことするわけでもあるまいし。ぞんぶんにやきもきさせてあげましょ」
「お前……いい性格してるよな」
「お褒めにあずかり光栄です」
見られてるかどうかはともかく、こちらからはその姿は確認できない。もしかしたら、先に行ってしまったのかもしれないし、そもそも最初から向こうは俺たちに気づいてなかったのかもしれない。
それなら、それでいい。
俺が先に進もうとすると、美沙輝が服の裾を引っ張って俺を制止した。
「もう少し……ここにいない?」
もうマリンチューブの出口が見えかかっていた。ここを抜けると少し海の生き物を触ることができるコーナーと売店がある程度だとパンフレットにあったような気がする。
水族館という空間を楽しむのはここで終わりかもしれないな。
俺は美沙輝の提案を飲むことにした。
「まあ、次に来る客もいるしあんまり長居はできないけどな」
「うん。でも、10分ぐらい。こうしてこの空間にいたいの」
「構わねえよ、俺は。こんなところに来るともそうそうないだろうしな」
「おや?香夜ちゃんとデートしたりしてこういうところには来ないのかな?」
「…………」
「な、なによ。急に黙っちゃって。私が反応に困るじゃない」
「いやさ。昨日遊んだ子どもたちいただろ?その中でうみちゃんって子に言われたんだ」
「幼児になにを言いくるめられてるのか」
「まあ、そう言わずにさ。女の子といる時は目の前の女の子しか考えちゃダメってさ。形だけとはいえど、一応、俺はデートってことだって思って今日は過ごしてきたつもりだ。できる限り他の人のことは考えないようにしてさ。まあ、そのおかげかお前の色んな面を見れたって思ってる」
「そう?」
「お前は結構尽くしたがりだということがわかった」
「なによそれ」
「きっと恋人ができたら、好きな人にあれやこれやしてあげたいっていうことだよ。お前の根幹は世話焼きだからな」
「むー。そこまで私のこと分かってるのなら、あんたが私と付き合うって選択肢だってあるんじゃないの?」
「どうだろうな……」
「なによ、煮え切らないわね。付き合えないならそれでいいんだし」
「別に俺が香夜ちゃんのことが好きだって言っても付き合ってるわけでもないしな。だとしても、俺は今は誰とも付き合うだなんて思ってねえよ」
「……そんなに心配?恵ちゃんのこと」
「過保護だって、思っちゃいるんだけどな。でも、俺がいなかったらどうしようもないのは事実だし、親父も母さんも、俺がいるから恵と二人暮らしさせてる節はあるしな」
「そうだとしても……自分の時間を作ってもいいと思うわよ。私は」
「作ってるし、もらってるさ。恵から。今日、こうして水族館に来れたのもあいつが仲のいい友達ができたからだし。成長はしてるさ。ただ、まだ目が離せないだけでさ」
「あんまり固執してないならいいけど……」
「しかし、お前としては俺と付き合うっていう案はありなのか?」
「なきにしもあらずってところよ。まあ、正直あんたと付き合うぐらいなら年上の富豪と結婚したほうが将来的にはいいわよね」
「なんつー打算的なやつだ」
「でも………初恋が実ればそれに越したことは女の子としては幸せだと思うわよ」
「お前の初恋は?」
「なんだったかしらね……教育番組のお兄さんとか?」
「すげえ、適当感が丸出しだぞ」
「そういうあんたはどうなのよ」
「さあ……?ぞんがい恵だったりしてな」
「恵ちゃんは喜びそうね」
「というのは冗談で、もしかしたら香夜ちゃんのことを好きだなんだと言ってても、本当は恋なんて感情じゃないのかもな」
「好きで好きでどうしようもないとか、そんなことではないと?」
「好きで好きでどうしようもないけどな」
「じゃあ、恋でいいんじゃない?あまり考えようとしないだけで、本当は香夜ちゃんに会いたいんでしょ」
「だから、そういうことを俺は怒られたんだ。せめて、お前の頼み事を聞いてる間は美沙輝のことを考えるようにしとく」
「ふぅ……」
なんかため息つかれた。
「そんなことしてると、勘違いする子が出ていつか後ろから刺されるかもよ?」
「怖えこと言うなよ」
「ま、オチもついたところでうみの生き物触りに行きましょ」
「こんなんがオチとかイヤだ……」
「えーっと、触れる生き物は……ヒトデとか。あ、すごいペンギンにも触れるんだって!」
「あーあーすごいすごい。触りに行きましょうねー」
「後ろから刺していい?」
「やべぇ!ペンギン超大好き!モフモフしてくるぜ!」
「それでよし」
えも知れぬ威圧感に押されアクアチューブから俺たちは抜け出した。
しかし、美沙輝からそんなあんな提案が出てくるってことは美沙輝は俺のこと悪くは思ってないってことだよな……。
ペンギンを触りに行ったら、柵越しでしか触ることはできず、後ろからは刺されなかったが差し出した手にくちばしで刺されました。
とても痛かったです。
小学生並みの感想を残して、俺と美沙輝はお揃いでキーホルダーを買って水族館のデートは終わりを告げた。




