後輩たちの評価
俺が家庭科室へと足を踏み入れた時、そこにいたのは美沙輝1人だった。
さすがに1人だとやることもないのか、適当な椅子に座って本を読んでいる。
「何読んでるんだ?」
「ん?バカに効く薬」
「んな本があんのかよ」
「実際には違うけど、そのタイトルの本ならあるわよ」
「マジかよ。恵に効くかな」
「私としてはあんたにつけたいんだけど……あんたが来たならちょうどいいわ。時間あるしクッキーでも作ろうと思って」
「配るのか?」
「うちだけよ。後輩2人はいないみたいだし」
「まるでいたら邪魔のような言い方だな」
「あの子達は手間を増やすのよ……」
「また、教えないとな。特にアリサちゃんは」
「やる気だけはあるんだけどね。香夜ちゃんもなんでお菓子作りになると途端に下手になるのかしら」
「お菓子以外は無難にできるのになあ」
「作ってあげたい人のことを考えたらアレなんじゃない?」
「いや、誰に対しても美味しく食べて欲しいって思うだろ」
「あんたのは特定の人すぎるけど……」
恵のことだけ考えて作ってた結果、万人受けするようなものではなくなったらしい。別に変えることなんて訳ないけど、それもまた面倒な話で、それが恵に合うのか分からないし。
ん?ということは
「あいつの舌、他の人と違うようになってないか?」
「したのはどこの誰よ」
「俺だけどさ……」
「これを機に少しずつ薄味にしていけばいいじゃない。……もしかしたら恵ちゃんも文句言わないだけで濃いとか思ってるんじゃ……」
「あいつにそんな気遣いの精神はない。というか、あれが普通だと思ってる」
「普通……ってなんなのかしらね」
「さあな……」
誰しも自分の普通を持っていて、それが人と違うものだとしても、でもそれは自分にとっての普通なのだからそれを指摘されるまで自分が他の人と違うことは気づかない。気づいたところですぐに変えられるものでもない。
俺も指摘されてから半年ぐらい経つ訳だが、未だに変えようという気もない。
だって、それが俺の”普通”なんだから。
今までなかったものが、新しく入ってきて、いつの間にかそれが隣にいるのが自然になって、それでも時間は違えど、新しい”普通”となりえる。
「じゃあ、せめてものクッキーぐらいは『普通に』美味しく作ってくれるかしら?」
「お前の方がうまいだろ……」
「こういうのは味じゃなくてその人が一生懸命作ってくれたかどうかなのよ。それが自分のためだって言うんならそれ以上もらう側として嬉しいことはないじゃない」
「お前って……やっぱりお姉ちゃんだよな」
「実は生まれは2月」
「あと2ヶ月遅かったら下だったのかよ」
「まあ、結局誰かに似ちゃうものなのよ。影響を受けた人に」
「お前は……お姉さんに影響受けたのか?」
「あまり考えたくはないのだけどね……」
ぼやきながら、手を動かしている。
俺はといえばとりあえず次に使う機材を出していた。
といっても俺の仕事は生地をこねて焼き加減の調節をするぐらいなんだけど。
それこそ型取りとかデコレートは女子である美沙輝に任せた方がいい。
作業途中で家庭科室の扉が開かれ、背丈の小さい二人の女子が入ってきた。
しかし、遠目に見ると小ささが際立つなあの二人。
「あ、いい匂いします」
「何か作ってるんですか?」
「クッキーよ。あなたたちにね」
「本当ですか⁉︎ありがとうございます!」
「こらこらまだ作業の途中だから、あなたたちは座って待ってて」
やんわり戦力外通告してました。手伝いますって言われる前に釘を刺しておくところはさすが美沙輝です。
「山岸はどうしたんだ?」
「早く帰れるなら妹の迎えに行ってくれって言われて自宅待機みたいよ」
「あいつ、こういう時に来なくていつ来るんだ?」
「明日は来るみたいね」
「臨時休部にしましょう」
「香夜ちゃんどちらにせよ明日バイトだから来れなかったよね?」
「そうでした。なら構わないです」
どれだけ嫌われてんだ山岸。悪いやつではないと思うんだけど。
ただ香夜ちゃんが一方的に突き放してるだけなんだと思うけど。
「あんたはないの?」
「俺は土日が基本だから」
「その間恵ちゃんはどうするの?」
「いや、さすがに一人で留守番もできないほどじゃないし、俺が課題与えてるから言うほど暇を持て余してもないと思うぞ」
「そのファミレス今度行こうかしら。アリサちゃんと恵ちゃん連れて」
「あ、行きたいです!というより、バイトなんてしてたんですか?」
「買いたい時にお金がない!じゃあ、親にもらおうという訳にはいかないんだようちは」
「香夜ちゃんは?」
「わ、私は……」
「香夜ちゃんは俺に誕生日プレゼントを買ってあげたいらしい」
「間違ってはないですが、本人が言うのは違うと思います」
「しかも、あんた香夜ちゃんの誕生日、時間がなくて用意出来なかったんじゃなかったっけ?」
「それを言うな……」
香夜ちゃんは最低限のお金しかないのだ。自分で使いたい分は自分で賄うしかない。だからバイトをしている。あの場にいたとはいえ、美沙輝は知らないことだし、恵とアリサちゃんは聞いてないからな。
「そろそろいい頃だな」
「クッキー焼けましたかっ⁉︎」
この子食いつきがすごくいいから食べてもらう側としてはとても喜ばしい反応なのだが、まだ、完成ではない。
……まあ、これぐらいであれば失敗しても味に支障はないし、やらせてあげてもいいだろう。
「美沙輝」
「まあ……さすがにいいわよ。これからデコするから二人もやっていいわよ」
「でこ……?」
額を触っていたがそのでこではない。この子、女の子としての常識を持ち合わせているのか?
「デコレートだよアリサちゃん。飾り付け」
「も、もちろん分かってたよ!わざとボケてみただけ!」
虚勢を張ってるところが分かってませんでしたって顔に書いてあるようなもんだぞ。言わないでおくが。
「でも、どうやってやるんですか?」
「チョコペン用意したからこれで書いてちょうだい。まあ、型取りは適当な個数になっちゃってるから」
「あ、別にパフェみたいなことになるわけでないんですか」
ずいぶん盛大だな。クッキーしかないのにどうやってパフェを作るんだ。0から完成品が生まれるとでも思いですかこの子は。
この子には料理という概念を教えるべきだと俺は思うんだ。
「今度集まるときは、アリサちゃんでも出来る料理やろうか……」
「その方がいいわね……」
「え?なんで私なんですか?」
「自分の胸に聞いてみればいいと思うよ……」
「うーん?」
渡されたチョコペンを手に持ちながら首を傾げていた。
とりあえず料理の一つも出来ないような大人にはならないでね。
「そういえば、二人とも今日面談あった?」
「ああ、はい。私たち前後だったので」
「先生からなんか言われた?」
「「悪い先輩と付き合わないようにと」」
俺のことを言ってるんですかね?
「私は机ひっくり返して出てきました」
「ちゃんと面談しなさい」
「私がそれを取り押さえました」
「アリサちゃんは?」
「二人乗りが見つかってたみたいですね。親の顔があるので厳重注意で済みましたけど。私が提案したものなので先輩を悪く言わないでください。余計な口出しするようなものなら悪評垂れ流しますよ、と脅しておきました」
「親の前でよくもまあ」
「いえ、香夜ちゃんの時に」
あ、と今更気づいたかのように口に手を当てた。美沙輝は知らないのだ。
聞いてないとはいえ、アリサちゃんはどこかで聞いたのかもしれない。あまり吹聴するような話ではない。だけど、滑らせた言葉は戻っては来ない。
「どうしたの?」
美沙輝は何も言わなかったが、すでにアリサちゃんは2回ほどその事実をこぼしていた。気づかないふりをしてくれてるのかもしれないし、本当に気づいてないのかもしれない。
慌てふためくアリサちゃんを制して、香夜ちゃんが立った。
「いえ、何でもないですよ。ほら、アリサちゃん何描こうとしてるか分からないけど前衛的作品になるよ……元々だけど」
「下手なのを前衛的っていう表現をすることにそれは親切なのかバカにしてるのか分からなくなるよな」
「私の絵は下手なんですか⁉︎」
「でも、模写はうまいんですよね。なんで1から作れってなると独創的な発想に至ってくるのか」
「元からあるものをどうにかするのと0からの創生では訳が違うんだよ」
「……選択科目美術だった?」
「筆記は満点です」
「知識的なことは問題ないのね」
ならなぜそうなるとツッコミたかったがこの子の頭の処理機能に問題があるのかもしれない。覚えこませるしかないのだが、きっと料理も同じ感覚なのだろう。
材料があってレシピがあったところで、それが何をするものなのか理解してないとそれは出来上がらない。
アリサちゃんは知らないだけなのだろう、それを。
なら、香夜ちゃんがお菓子だけできない理由はなんだろう。
それを聞いても仕方ない。香夜ちゃん自身も分かってないのかもしれないし。
でも、美沙輝が疑問に感じたであろう違和感はその場は流れた。美沙輝なら話してもいいかもしれない。だが、前にも言った通り、それは香夜ちゃん自身が自分で言うことだ。
まして、美沙輝は俺以上に過保護っぽいからな。今以上に世話を焼こうとするのが目に見えている。自然にバレるまでは何も言わないほうが得策だろう。
「出来ましたよ先輩」
「ん?おお」
「猫です」
「なんとでも言い張れそうなゆるキャラっぽい可愛さだな」
「そうですか……それなりに自信作だったんですが」
「猫に型どったやつないか?」
「そんな器用なものが家庭科室に置いてあると思って?」
「お前が私物で持ってきてるかと」
「せいぜい、星型とかハート型くらいかしら」
香夜ちゃんは見つけたハート型のクッキーにチョコペンで真ん中に線を入れ始めた。
「香夜ちゃん、それは誰に渡すの」
「先輩です」
「俺のこと嫌い?」
「逆転の発想です。このクッキー食べればそれがなかったことになるのです。美味しいという事実だけがその舌に残ります」
「作ったの俺と美沙輝だけどな」
「野暮なことは言わない」
「いてっ」
一個クッキーが飛んで頭に当たった。まったく、食い物を遊び道具にしてんじゃないよ。
「で、ちゃんと面談は済んだのか?」
「先生が悪かったと謝罪させてつつがなく終わらせました」
それはつつがないというのだろうか。被害発生してるだろ。
「おとなしい生徒ほど怒らせると何が起こるか分からないという典型を身を以て体験できたのですから悪い話ではないでしょう」
「一度も経験しないままに終わりたかったと思うけどな……」
「まあ、これで向こうも余計なことは言わないでしょう。脅迫まがいのこともしてますし」
まがいじゃなくて脅迫だろう。親の名前使って。
「一通りイベントも消化しましたし、次は合宿でしょうか?」
「そういや未だ連絡ないけどアリサちゃん場所決まってるのか?」
「え?え、えーはい。だ、大丈夫ですよ!」
なんでそんなにしどろもどろなんだ。
「まさか、決まってないとか言わないよな?」
「ギクうっ!……ダイジョーブですよ」
「アリサちゃん。怒らないから本当のこと言いなさい。まだ間に合うから、な?」
「い、いえ決まってないとかはないです!ちゃんと場所はあるんです!ですけど……ちょっとそれは最終手段といいますか……」
「どんなところだ」
「住み着いてるらしいです」
「Gか?ネズミーマウスか?」
「それぐらいだったらガタガタ言わずに来てくださいっていいます」
言うのか。この子も大概肝っ魂座ってるよな。
「いやあ、ボロいらしくて、霊的なアレが住み着いてて、泊まった人が病気になったり大金手に入れたりするらしいです」
「……なんか黒い話じゃないよな?」
「後者はなんか掘り当てたみたいですね。鑑定に出した結果そうなったらしいです。前者は7割ぐらいです。大方ボロすぎて飯が腐ってたんじゃないかと」
最近この子は本当にお嬢様なのかと疑い始めている。いや、お嬢様なのは確かだけど言動がもっとこう、あるだろ。手の甲を当てて「オーホッホッホ」とかやってんの。実際にそんなやつがいるかどうかは知らない。
しかし、その絵面は無邪気なその子にはとても似つかわしくないが。それでも、もっと気品的なものが。
「あとはなんだ?ポルターガイストでも起きんのか?」
「供養して欲しいんじゃないんですかね?僻地なんで誰も行こうとしないんで」
「……いや、そこでも構わんぞ」
「ちょっ、ちょっと私は嫌よ!そんな得体の知れないところ!」
「宿泊費は?」
「そこなら無料だそうです。普通ならば1人一泊5,000円というところですが」
「金浮いていいじゃねえか。天文部には言ってあるのか?」
「い、一応天王洲先輩には……あの人笑ってましたけど」
「まあ、言ったら来なさそうだしなあ。ぶっちゃけ到着まで言わないほうがいいだろ」
「私は全然構わないのですが……」
少し言葉が尻すぼみになっていくと思ったら後ろを指差した。
「だ、だだだ大丈夫ですよ。ちょっと体調が悪くなるぐらいで死ぬわけでもないですし」
「そ、そそそそうよね。こ、これぐらいで……」
ぴちょん
「「きゃあああああ‼︎」」
先ほど使ってた水道の蛇口がちゃんとしまってなかっただけのようだ。俺はそれを固く締めた。
「しかし、お前らもそんな可愛い反応が出せたんだな」
「こちらとて花も恥じらう乙女なのよ!」
「わ、私は基本的には怖がりなんです……」
「いや、俺だってなんも当てなく興味本位だけでこんなこと言ってるわけじゃねえよ」
「あんたは私たちが怖がる姿みて喜んでそうな類じゃない」
「俺、そんな性格悪く見える?」
「まあ、その姿をみて『可愛い。ペロペロしたい』とか自然にいいそうなぐらいには」
とんだ変態だな俺。どこで後輩の印象操作を間違ったのだろう。
「吊り橋効果で佐原先輩を好きになる人がちらほら出るかもですね」
「それは結構なことだが結局一時の盛り上がり的なアレだぞ」
「夏は多いですよねー」
「そして夏休み明けたら自然消滅」
「うむうむ」
なんかアリサちゃんと謎の意気投合が生まれた。嬉しい一体感です。
「それで、佐原先輩。当てとは?」
「ま、また紹介するよ……来れたらの話だがな。ほら、お前らクッキー食べないなら全部恵の胃袋へと消えるぞ」
「それならそれで本望かもね……」
美沙輝さんは行き先でまだ不安を抱えているのか憂鬱になっていた。
なんでも、作りたてが美味しいというのはそうなので、結局恵に持って帰ることなくクッキーは売り切れていた。
しかしながら思いもよらないところで後輩たちの対比が見れたと思う。
こうやってまだまだ知らない面はいくらでもあるのだろう。
……いつか俺の評価も変わってくれることを祈ろう。




