ミルキーウェイ(4)
ここいらで一つ天の川についての小噺というか、ちょっとした豆知識を話しておこうと思う。お昼ご飯?とても美味しかったです。働かずに飯が出てくるって凄いね。うちにいたらまずありえないです。自分でやらないといけないからね。母よ、息子に頼りすぎです。
さて、まず日本における天の川の由来から話していこう。
ある神様がいてな、その1人娘……姫とでもいうのか、その姫は機織りが得意だったんだ。機織りって言っても現実世界で布を作るようなことではなくて、そーだな……雲だとか、霧だとか、霞とか景色を織っていたんだ。それが綺麗なもんだから人々からその娘は感謝され崇められた。
その娘さんも年頃になってきて神様が1人で作業してる姫のことを気の毒に思い始めた。だから、婿をあてがってやろうと婿選びを開始したんだ。
そこで選ばれたのが、力強く、その姫に似合うような綺麗な男で牽牛と呼ばれたものだった。その男を姫の婿としたんだ。
互いに互いを愛し合った。何もかも忘れて、自分が何をしていたのかすら忘れて、それはもう長いことな。
でも、幸せな時間がそう長く続くことはなかった。そりゃそうだな。やるべきことをやらず、ほっつき歩いてりゃ雷落とされるのはいつの時代も一緒だ。
機織りを姫がしなかったことで地上で気象の荒れが度々起こるようになった。神様はそんな姫様に注意を何度もしたけど、若かった2人にその注意は耳に入らなかった。
自分の支配している地上、気象に問題が出ては天神に申し訳が立たないということで、神様は姫と婿を引き裂いて、婿を天の川の東へと置き去りにした。
まあ、一生会えないというのもかわいそうだったのかもな。一年に一度、7月7日に天の川に橋をつくってくれる鵲を2人は待ち望んで、会えた時は楽しい日を過ごすらしい。
え?短冊の話が出てない?さっき言ったろ。小噺だって。確かに今のは天の川じゃなくて織姫と彦星の話だな。天の川については大阪の地名によるものらしいぞ。甘く美味しい米が実る肥沃な土地に流れる川ってことで甘野川とされてたのが七夕伝説になぞらえていつしか天野川になったらしい。
短冊?せっかちだな。ちゃんと説明してやっから。ついでに知らないのはお前だけだぞ恵。
後ろ振り向くんじゃない。誰もおらん。
短冊についてはな、さっき織姫様が機織りが得意だって言ったろ?だから、機織りとか裁縫が上手になりますようにっていうのが中国の方から伝わってきて、日本では花とか酒を供えて祀ってただけだけど、いつしかそうやって願い事をするようになった。七本の針に五色の糸を通して笹に飾るようになったのが江戸時代だって言われてる。
短冊もこのうちの一つなんだ。墨で字を書くことで習字の上達を願った。
現代では花とか酒って言ったものを吊るす代わりに五色の短冊に願い事を書いて吊るすようになったとさ。
「以上が小噺で豆知識だが何か質問」
「はい、お兄ちゃん」
「なんだ恵」
「なんで笹使ってるの?」
「あー……」
「…………」
「…………」
2人を見たが目を背け始めた。俺は2人は知ってるって言ったけど、実は何も知らなかったようだ。俺頼りですか、そーですか。
簡単にスマホで調べました。ふむふむ、なるほど。
「これ読んどけ」
「雑だよお兄ちゃん!それに私漢字苦手なんだよ!」
「お前は今までどうやってルビのない本を読んでたんだ」
「ルビー?」
「めぐちゃん、ルビーじゃなくてルビ。振りがなのことだよ」
恵は香夜ちゃんからそれを聞いて顎に手を当てて考え出した。もう、お前が読めない理由とかどーでもいいよ。
「……ニュアンス」
妹がこんなんでお兄ちゃん恥ずかしいです。そりゃ、読めない字はあるだろうけど、こいつのは中学生レベルですら危うそうだからな……。漢字テストやらせてもどこから持ってきたみたいな創作漢字も多いし。数学とかは伸びてるところを見ると、やはりそこは俺と似ているのだろう。俺は全般的に出来るがな。
「佐原先輩」
「なんだ?」
「都合よくこんなところに『七夕に笹を使う理由百科』という本が」
都合よすぎるだろ。誰だ、そんな本置いて行ったのは。百科ってそんなまとめるほどの意味が笹に込められているのか?
それとも、それを説明するにあたってどうせ知らんだろうな的な用語が多すぎるからそれもついでにまとめたのか?
若干引きつった俺はさておき、アリサちゃんがその本をめくりだした。はたして、恵にも分かりやすくその本は書いてあるのだろうか。
そして、アリサちゃんの本をめくっていく手が止まった。見つけたのだろうか。
だが、もう数ページめくって、前のページと見比べている。
最終的にため息をついて、開いたページをみんなの方へと向けた。
「このページですね。もう何ページかに渡って綴られてるのかと思いきや、この二ページだけとかいう手抜きもいいところでした」
「何が書いてあるの?」
「私も今読むところだから……そもそもなんでこんな本が私の部屋にあるのかが最大の謎だけど」
どこかに有能な執事さんかメイドさんがいるんでしょう。そういうことにしておいてあげて。
「えーと、この辺りだね」
「むむむ……なんて意味?」
そもそも書いてある内容すら理解できていない娘が1人。
「しょうがないなあ。私が説明してあげる。まず、笹ってまっすぐ伸びてるよね?昔はそれが地上と天界を結ぶものだと考えられてたの。竹取物語はわかる?」
「たけとり……」
「かぐや姫のやつだ」
「それならわかる!」
助け舟を出してやったがどうにも国語の教養がなさすぎる。今度からそっち重点的にやってくか。
「……そのかぐや姫ね?おじいさんが光る竹を見つけてその竹を切ったら中にかぐや姫がいたでしょ?だから余計に笹は天と繋がってるって考えられたみたいなの」
「……笹と竹ってどういう関係?」
「……お前は一度この部屋を出て目の前にある木を見てこい」
10秒で戻ってきた。
「すいませんでした」
「分かればよろしい」
「話……戻すね?それ以外にも室町時代には天から先祖の霊が笹竹に降りるとされ、その穢れを祓うために笹竹を川や海に流す風習があったの。それと、神様に供え物をするときに目印として笹を四方に立てる習慣もあってね、今でもそういう風習はあるの。だから、笹に短冊を下げるのは天に願いが届きますようにってことからなの。わかった?めぐちゃん」
「すぴー」
「寝るな!」
「ふにゃっ!」
こいつに歴史的な観点からものを考えろという方が無理な話だったかもしれない。まあ、アリサちゃんも頭いいからな。
「……ひとつ、わかったことがあります、佐原先輩」
「なんだ?」
「よく香夜ちゃんはこの子に勉強を教えられてますね」
「香夜ちゃんはなんていうかこう……ダメな子の扱い方が分かってるというか」
「私からしてみれば先輩も大概ダメな子です」
「俺もかよ!」
ついでという扱いでダメな子扱いされた。
「そうでした、先輩。私から質問です」
「なんだ?」
「今は五色の短冊が使われてるって言ってましたよね?色に何か意味あるんですか?あと、願い事は……ひとつじゃないとダメですか?」
「ここに都合よくホワイトボードがあるので書いておこう」
青―「徳を積む」「人間力を育む」
赤―「両親や祖先に感謝する」
黄―「信頼する」「知人や友人を大切にする」
白―「義務や決められた事を守る」
黒―「学業を向上させる」
「こんなもんだな。願い事は別にケチらんでもいっぱい書いとけ。どれかひとつぐらい叶えてくれるかもしれねえし」
「先輩は何書くんですか?」
「青でなんか書く」
三人から白い目で見られた。
「確かに佐原先輩は人間性が破綻してますので神頼みでも多少の改善が見られた方が……」
「自覚してるのに直してないということに問題が……」
「見損なったよお兄ちゃん」
散々な言われようだった。
「と・に・か・く!俺が何書こうがどうでもいいんだよ。恵は黒でなんか一枚書いとけ」
「差別だ差別ー!」
「お前のそのからっぽの頭に知識詰め込んでやってるのは誰だったかなあ?」
「お兄ちゃんです。痛い痛い、すいませんでした。ちゃんと書きます」
「お勉強も済んだところで短冊の紙持って来ますね」
「私も行く!」
「じゃあ、こっちだから付いてきて恵ちゃん」
こっちを見てアリサちゃんかウインクをしてきたところを見ると考えておけってことか。
そして、その扉は閉じられる。
「……で、本当のところはどうなんですか?先輩」
「なんの話だ?」
「別に……答える気がないのならそれでいいです。……願い事って言ってもめぐちゃんが書いたものをのぞき見るわけにもいかないですし」
七夕にある恵の誕生日。俺たちが彦星と織姫となってプレゼントを贈る。
そう、天王洲先輩に言われた。
でも、伝説の彦星と織姫はお互いに乳繰り合って仕事サボってただけなんだけどな。
織姫の方に技術を頼って、それにあやかって願っただけだ。
「結局さ、願ったところで神様も見てくれないと思うんだ」
「……こういうものは、願う、願わないではなくて、願った、っていう行動自体に意味があるんだと思います。根底にはこうしなくちゃいけないってことが分かってるってことですから、書くことでちょっとした意識表明みたいになると思うんです」
「それを有言実行するのも書いたやつ自身だけどな」
「先輩は無神論者ですか?」
「そーだな。大抵のやつはそうだろ」
「そのくせして、その日の血液型占いだとか、星座占いは気にするんですよね。現金です」
「なんで知ってるんだ」
「それはともかく、何をしてあげたらめぐちゃんは喜んでくれるでしょうか」
「本当はそれも含めてアリサちゃんにも相談に乗ってもらう予定だったんだよな……。俺たちだけだとこう、色々と……な」
「それを肯定してまうことが悲しくなりますが、事実であることも変わらないのでそれはいいんですけど……先輩は、こうして2人きりになってもいつも変わらないですね」
「これでも、抑えてるし、まず人の家だ」
「そうですか。いつか襲われるんですか。覚悟だけはしとかないといけないですね」
「襲うことが前提となってるのは問題ないのか」
「先輩ならいいと思ってますから」
「……なんでここまで言われて俺が何もしないかわかるか?」
「私としては残念な話ですが私に魅力がないのが原因かと」
「全年齢で通してるからやったら訴えられる」
「ギリギリなラインのこの会話はいいんですかね……」
「行為に及んでないからな」
「もしあった場合はどうする気ですか」
「事実だけ残して、最中のことはすべてカット。あくまでそうだったのかな?的な雰囲気だけ匂わせる」
「これ、誰に向けての説明なんでしょうね……」
「扉の向こうの奴らじゃないか?」
「飛び込んでこなかったのか、飛び込んでこれなかったのか。それはいいでしょう。……先輩。織姫と彦星が何かを叶えてくれるわけではないです。願いを叶えるのは自分自身の力でしかないかもしれないです。でも……」
香夜ちゃんは一呼吸おく。
「願った人のお手伝いをしてあげるのが、私たちの世界の織姫と彦星の仕事です。だから、伝説のようにチュッチュしてればいいのではないのです」
釘を刺されてしまった。あいつのために、俺たちは力を貸す。それが日常で、それは壊してはいけないものだ。
伝説も伝説で仕事そっちのけにしてたら分離されたようなものだしな。
さて、俺は願い事をなんて書こうか。




