ご自宅訪問
何度か、香夜ちゃんの家に行く機会はあった。
だけど、結局最終的にはあげてもらえず、門前払いというか、まあ、家の前までが限界だった。
ガードが固いのか、他の理由か。
他の理由であれば恵は普通に行ってたはずなのでそれすらも拒むはずなのだが、俺だけなので、ガードが固いって考えた方が自然だろう。
ちなみに香夜ちゃんの家は学校から自転車を漕いで20分程度だ。電動アシストめちゃくちゃ楽ですね。盗まれますよ。
「セキリュティは万全です。盗ろうものならばその人のその後の人生が終わるでしょう」
怖いわ。なんだ?そのセキリュティ。
「JASでしたっけ?」
それは農業関係のものだ。自分の興味ないことだからか知識が適当すぎる。
正解はJISです。まあ、普通に防犯登録もされてるし、取ったらバレるし、アリサちゃんの言う通り今後の人生終わるかもしれない。
そんなこんなで漕いでいたら、香夜ちゃんの家の前までたどり着いた。
「ここが香夜ちゃんの家ですか~」
初めて来たらしいアリサちゃんは興味津々に香夜ちゃんの家を見ている。
「あ、車ありますね。親のどちらかが御在宅なんでしょうか?」
「いや、別に車があるからっているとは限らないだろう」
「どうしてですか?」
「駅からはさして遠くないからな。歩いて行ってる可能性だってある」
「……なんとなく佐原先輩、香夜ちゃんの親に会いたくないみたいに感じますよ」
「できる限り友達の親なんて会いたくないだろ。ましてや、俺は男で向こうは女の子の親だ。変に勘違いされても香夜ちゃんに迷惑だしな」
「”友達”ですか……」
「なんか不満そうだな」
「いいえ別にー。ともあれ、早く行きましょう。美沙輝さんから連絡入ってましたし」
よくよく考えたら、連絡する相手って俺は必要ないからいいとして、香夜ちゃんは俺が連れて行くことになってるし、もう一人の山……山……なんとか山君はおそらく連絡しないだろうし、アリサちゃんだけだったんじゃ……。
部員数が少ないことで起きた若干ながらに悲しい出来事だった。招集かけるほどのことでもなかったな。
アリサちゃんは先に玄関前のインターホンに指を伸ばしていた。
「かーやちゃーん。あーそーぼー」
いや、小学生じゃないんだから唐突に家に突撃してあーそーぼーはないでしょ、アリサちゃん。
そして、なぜか肩を落としてアリサちゃんがこちらへ向かってきた。
「イヤです。って即答された。友達だと思ってたの私だけだったみたいです」
「いやいや、泣かないで。きっと香夜ちゃんのは色々先回りした思考の先のイヤですだから。今度は俺も行ってあげるから」
「むしろ拒否されると思います」
なんてこと言うんでしょうかこの子。
「仕方ない。恵に連絡とってここで待機だ」
「不審者に見られません?」
「その時は逃亡を図ればいい」
「ちゃんと自転車回収してくださいね。たぶん、私は香夜ちゃんの家に回収されますから」
俺だけ逃げろってことですね。なんですかね?俺の扱い。先輩ですよ?それとも、アリサちゃんの先輩という呼称は都合のいい時だけ使ってるだけですか?
「いや、やはりここは強行突破だ。家にいるということは鍵は開いてる。チャンスは今だ」
「あの、先輩……」
「よし行くぞー!」
「なんでそんな空元気で行くのかなあ」
アリサちゃんがぼやいていたが、そんなことは気にしない。しかし、金髪碧眼少女がここまで流暢に日本語をしゃべっていることに今更違和感を覚える。
「たのもー!」
「道場破りじゃないんですし、普通に行きましょうよ……お、おじゃましまーす。あと、それと親御さんがいる可能性もないわけじゃないんですから……」
後ろからアリサちゃんが入ったのが確認された。
ドアが閉まるのと同時に上からドタドタ音を鳴らしながら、誰か降りてくる気配があった。
「そんな降り方するのはお前しかおらんわな。恵」
「ひ、一足遅かったか……香夜ちゃんになんて謝ろう」
「俺を入れることが最大の間違えみたいな言い方をするんじゃない妹。で、一つ聞きたい」
「なにかな?」
「今、何してる?」
「か、香夜ちゃんと帰ってきたテストを合わせてるんだよ……」
「ほう。お兄ちゃん見せてもらってないんだけど」
「それは見せる必要がないからですよ」
「誰が最大のお前の保護者か忘れたか」
「いやーモンスターペアレントー」
「それは違うよ……恵ちゃん……」
「あれ?アリサちゃんも一緒に来たの?」
「さっき香夜ちゃんが対応してたのに知らんかったんかい」
「香夜ちゃんが気にしなくていいって言うから」
「……で、お前はいつまでそこで仁王立ちしてる気だ」
こいつがいるせいで、玄関から上がれない。ついでにここの段差のことを上がり框って言うらしいぜ。知ってた?きっと、うちの妹は知らない。
「えーっと……あ、アリサちゃんだけどうぞ」
「あ、どうも」
恵のわきを抜けていった。
「実力行使をご所望か」
「お、お兄ちゃん。可愛い妹に何をする気かな……?」
「連行」
「にゃー‼︎降ろせー‼︎」
「ちゃんとケジメはつけないといけないからな」
「お、お兄ちゃん!あと、五分。五分だけ待って!そしたらちゃんと案内するから!それまで階段下で待ってて!」
妙に懇願するから恵を下ろしてやり、言われた通り階段に腰掛けて待つことにした。
五分ねえ。五分で何ができるのだろうか。
そもそも香夜ちゃんが何をもって俺と頑なまでに接触しようとしないのかが分からない。
ただ、座って待ってるだけも暇なので失礼かもしれないけど、少しばかり一階を探索することにした。
といっても、リビングに行くぐらいだが。
埃こそ被ってないが、あまり誰かが使ってるという感じはしない。
「……やっぱりか」
キッチン奥にいくつかゴミがまとめられていた。その中はほぼコンビニ弁当かカップ麺の器ばかりだ。
なんとなくそんな予感はしていた。香夜ちゃんはしっかりはしている。だけど、うちに来る時はほぼ確実に俺の手料理を食べて帰っていた。
10時を回ることも多かった。年頃の女の子がそんな時間に出歩いてて、親御さんが心配しないはずがないし、最悪外出禁止にされてもおかしくない。
それでも、ほぼ恵が寝るぐらいの時間まで勉強を見てくれて、週末は泊りがけで。
放任主義ではない。
元々、心配してくれるような人がいなかったのだ。
俺は、おとなしくその事実に目をつむって階段下へと向かった。恵ならそんな細かいことまで気にしないから上げたのだろう。
俺に見られたら、確実にわかるし、心配をかけると思ったから、家の前までで頑なに上げようとしなかったのだろう。
香夜ちゃんの今の家庭環境を推察することは難しいが、少なくとも今、この家で香夜ちゃんは一人で暮らしている。
「先輩……」
階段の上から声が聞こえた。名前をつけず、そのまま先輩と呼ぶのは香夜ちゃんだけである。
「よ」
「どうして来たんですか」
「今度、夏休みに合宿するんだ。その打ち合わせ」
「……美沙輝さんとやればいいじゃないですか。私を呼びに来なくても」
「全員でやるんだ。今年は天文部と合同でやるんだ。向こうにも了承もらってる」
「……今日やるんですか?」
「ああ。今日、天文部が夜間活動するらしいからな。そのついでにやっちゃおうと思って。美沙輝が段取りしてくれてる」
「……普通事前に連絡するものじゃないんですか?こっちにも都合というものが……」
「……というのは建前だ。やっと話してくれたな」
「……こんなのは業務連絡です。会話してるうちに入りません。先輩は私の部屋に来ないでください。このまま帰ってください。後でめぐちゃんとアリサちゃんと学校には向かうと美沙輝さんにはそう言っておいてください」
「ちょ、ちょっと待って!」
矢継ぎ早に言って踵を返そうとする香夜ちゃんの腕を掴んだ。
階段で掴んだために香夜ちゃんはバランスを崩し、そのまま俺の方へと倒れてきた。
俺はそれを抱きとめる。
「何するんですか!危ないじゃないですか!」
「……だって、こうでもしないと香夜ちゃんとずっと話せないような気がして……」
「…………」
まだ、怒ってるそんな目を俺に向ける。
でも、暴れようとはしないのはそんなことは無駄だと分かっているからだろうか。
「……リビングに来てください。こうしてわざわざ家まで来たってことは答えを出したんですよね?」
「……ああ」
香夜ちゃんは俺の腕を解いて、リビングへと歩き出した。
俺はそれを追うようにゆっくりと歩みだす。
「……きっと、先輩のことですから。ここを確認したんでしょう。分かったでしょう?私が、頑なまでに家に上げなかった理由が」
「うん……まあ……断定はできないけど」
「私たちの喧嘩はさておいて、少しばかり私の話をします。聞きたくなかったら、そのまま右から左へで構いません。別に記憶にとどめておいて欲しいとかそういうことではないですので」
香夜ちゃんは俺をどうしたいのだろうか。
謝って欲しいわけではなかったのか?
なら、なぜ頑なまでに喧嘩してから俺を拒んでいたのか。まったく分からない。
恵も何も言わないし。でも、俺の方から何か聞こうとしたわけでもない。
だからだろうか。少し長引いてしまったのは。
きっと、さっき怒ったのは、俺が家の中に入ってしまったことによることだろう。
俺は浅はかなくせに、余計なことに首を突っ込みたがる。いや、浅はかだからこそ首を突っ込んだのだろうか。
……きっと、香夜ちゃんは俺が首を突っ込んだことが知られたくないことだったんだろう。
「……やっぱり先に謝っておきます。すいませんでした、先輩。私の方がどう考えても感情論でしたので……でも、私の気持ちはわかって欲しいです。それを受け入れてしまうようなことはしないで欲しいです」
「うん……俺も悪かったよ。香夜ちゃんのこと、何も考えてなかったから。……ちょっと相談に乗ってもらったやつに言われたんだ」
「?」
「向こうは俺のことを悪評通りに見てるかもしれない。でも、香夜ちゃんは俺のいいところをそいつらなんかよりいくらでも知ってるって逆に思えばいいんじゃないかって」
「……すいません。そんないくつもあげられないです」
若干傷ついた。付き合いは確かに浅いけど、好きなんですよね?
「……先輩もたどり着いた答えかもしれませんけど、先輩は私と一緒に先生のところに行かないでください。それが一番の最善です」
「まあ……そうだわな……」
「もう、これでこの話は打ち切りです。これまで通り仲良しこよしの先輩後輩です」
無理やり手をとって握手をするがなんかぎこちない上に大雑把である。
「……俺としてはこっちが主題だったんだけどなあ」
「たまには後輩の愚痴にでも耳を傾けてください。まあ、少しばかり時間はかかるかもですけど」
「……二人にはいいのか?」
「……いつか話す時が来るかもです。でも、今は先輩だけに」
「……ああ」
多分、こうでもしなければ語ってくれることもなかったのだろう、香夜ちゃんのことについて。俺は、話を聞くことにした。
とても、右から左へ、なんてできるような状況ではないと思ったから。




