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定期的に実力というものを測る何か

 梅雨も全盛期。湿気ばかりがこの教室に充満している。そのせいか、誰を見ても何かしら苛立ってるようにも見える。こんな時期にテストがもうすぐあるという緊張感なのか、はたまた部活で何か嫌なことでもあって、二重苦なのか。

 しかし、女子には鬱陶しいだけの時期かもしれないが男子には嬉しい時期……だと思ってた時代も確かに初神君の中にはありました。


「なんで俺限定なんだ」


「昨今、制服のブラウスの下にブラ一枚なんて女子はいない」


「去年入って俺は愕然としてしまったぜ。男子の楽しみはどこに持っていけばいいんだ」


「休日の女子でも見に行けばいるかもな」


 大抵キャミソールとか着てるけど。ソースはうちの妹。暑くないんだろうか。暑さよりは恥じらいを取ったのか。強調するようなもんもねえのにな。ハハハ。


「それで、お前は自分の妹のブラとか知ってんのか」


「洗濯袋に入れてるとはいえ、基本家事をするのはすべて俺だからな。しかし、知っていたとしてもお前には絶対教えん」


「誰なら教えるんだよ」


「……香夜ちゃんかなあ」


「女子に教えてなんの意味があるんだよ……」


「制欲の塊の男子高校生に教える意義の方が分からん。妹が汚れる」


「世の中の兄貴って皆こんなもんなんかね」


「俺がシスコンかどうかはともかく……そうだな、お前が好きなゲームキャラがいるとしよう」


「おう」


「ハゲデブのおっさんが俺の嫁とか言ってるのを目撃したらどうする」


「うわぁ……まずお前だけはねえよ、って感じだな」


「今まさにお前だけに関わらず、恵に近づく男は俺はそんな状態だから」


「下手な潔癖性より面倒くせえ」


「女の子相手なら所構わず出してやる(天王洲先輩除く)」


「えっと……生徒会長だったか?」


「可愛がってもらってんだけどな部活で。だが、本命は別らしいから今はいいけど」


「へ~あの人にも好きな人もがいるんだな」


 俺も大概だと思ったが、こいつもあの人をなんだと思ってんだ。

 まあ、たぶん全校生徒そんな認識なのかもしれない。なにぶん得体が色々と知れないのだ。


「矢作かな?」


「あいつが拒否すると思うんだが」


「でも仲良いだろ?」


 関わりが大きいという割合と、あの人が女の子(妹という存在)が好きということが知れ渡っていないのであればそういう結論に至るだろうが、まあ事実は知らない方がいいな。本人、俺の横だし。


「矢作にでも聞いてみたらどうだ?」


「そうだな。事実確認は本人にするもんだ。お前の口先情報なんアテにする方が間違いってもんだ」


 あいつは一言多い。だが、いつも大した情報提供などしてないけど。

 一つノビを入れて椅子にもたれかかった。

 顔まで後ろに反らしたら一つ影を作る人の姿があった。


「余裕そうね、あんた」


「美沙輝……何がだ?」


「来週からテストよ?」


「はあ~もうそんな時期かい」


「発言がジジくさいわよ」


「俺にハッスルなんて文字は似合わねえぜ」


「今時ハッスルなんて使う人いるのかしら……」


 俺は姿勢を戻して、美沙輝の方に体を向けた。こいつ、昼放課は俺のところにちょいちょい来てるが、女子の友達いねえのか?

 今聞いても何となくぶっ飛ばされそうなので口は噤んでおこう。


「香夜ちゃんに無駄に元気な方がいいか、落ち着きのあるやつの方がいいか聞いてみよう」


「あんたその中間じゃない。その質問意味ないでしょ」


 香夜ちゃん大人しい子だから引っ張ってあげれる方がいいのではないかと思うのだが、そうすれば必然的に元気が有り余ってる方がいいのではないか?

 いや、その役目は恵だけで十分か。やかましいのが何人もいたら大人しい子は気疲れするだけだろう。


「して、テストだったか?」


「あんたの首根っこ狙ってるから覚悟しときなさいよ」


「俺は狩られるんですかね……」


 隣の人から負けたら死刑宣告みたいな猟奇的な発言を聞き取れたが、それは俺の曲解のしすぎなのでしょうか。


「あんたはどうでもいいんだけど、恵ちゃんはどうなの?」


「どうでもいいとはなんだ。俺だって将来のために成績だけはよくしてるんだぞ」


「まるでら他のことはすべてないがしろにしてるみたいな言い方ね……いいのかトップがこんなんで。……いや、こんなんだからトップが取れるのか、また謎は深まるばかりね」


「俺を未知の生命体を見つけたような目で観察しないで」


「で、結局のところどうなの?」


「家でもやってるし、部活がない日も天王洲先輩が部室で見てくれてるみたいだしな。勉強の面ではそう大した心配はいらんくなったな。ともすれば、テストが終わり次第ステップアップをする必要を考えていきたい」


「もう終わった後なのね……」


「だって、高校で順位があーだこーだ言っても、中学と違って相対評価じゃねえわけだし、点数取れてれば、例え俺が2位で美沙輝が1位だとしても、内申点変わんねえだろ」


「こ、こういうのはモチベーションの問題なの!あんたに負けっぱなしなのが気に食わないだけ!」


「って言ってもな……立場的にはお前が圧倒的優位なわけなんだが」


「完膚なきまでに私が勝ちたい」


「俺を完膚なきまで倒せるのはきっと香夜ちゃんと天王洲先輩ぐらいだと思ってる。お前は三人目になれるかな?」


「あんたはどっかの師範代か……倒せたら何か段位でももらえるのかしらね?」


「箔はつくよな?」


「精々この学校の中での話でしょうに。しかもあんたを知ってる人がこの学校でどれだけいるのやら」


 確かに名前を知られてるかどうかというのなんて、別にテストの点数やら順位が張り出されるわけでもないので知られてる可能性はほぼない。クラス内の内輪ぐらいだろう。あと、一部生徒。主に悪評で。

 俺は何も悪いことしてませんよ?噂には尾ひれがつくのがデフォルトでしてね。


「また呼び出されるんじゃないの?」


「呼び出しなら美少女がいい」


「そろそろ本気で香夜ちゃんにフられるんじゃない?」


「俺、なんか悪いことしたかな?」


「あんたの2秒前の発言を振り返りなさいよ。しかもあんたじゃ呼び出しくらうのなんて先生ぐらいでしょうが」


「過去に呼び出されたことは片手で収まるぐらいだぞ」


「普通は呼び出しなんて食らわないんですけど……」


「お前はいい子ちゃんだからなあ」


「なによ、まるでいい子なのが悪いみたいな言い方ね」


「いや?お前が俺みたいになることはねえよってだけ。俺みたいなのは意外に割りを食うタイプだからな」


 俺は席を立って移動を始める。


「ちょっとどこに行くのよ」


「トイレぐらい自由に行かせてくれ。ちゃんと戻ってくるって」


 こんな会話をしてると、そのあと彼の姿を見たものはいない、みたいな世にも奇妙な物語でも出れそうなナレーションでも流れてきそうだが、別にこれはホラーテイストなんてものは存在しない。ちょっぴりの色気と色気……そんなものがあったかな?

 しかし、近くのトイレを通り過ぎ、階段を降りて美沙輝に言った目的地とは違う場所へと向かう。


「先輩」


「おわっ!……って、香夜ちゃん。どうしたんだ?職員室まで」


「先輩こそどうしたんですか?先輩がわざわざ先生にわからないことを聞きに来るような殊勝な生徒でもないでしょう」


「君は自然と毒を吐きますねえ」


「先輩にだけですよ。先輩、打たれ強いですから」


 ところ変わって職員室。香夜ちゃんの言うとおり確かに俺は授業で分からなかったり、勉強しててつまづいたところを聞きに来るような殊勝な生徒ではございません。でも、天王洲先輩からも大学を目指すのであれば是非とも有効的に使ってやれ、教師とはそのためにいる、って言われたけどな。

 はて、俺のことを友好的に見てくれる先方がいるのでしょうか。


「でしたら、どうして?」


「……ま、一応恵のテストがどうなってるかを聞きに来て、まだやってないようだったら俺が申請しとくかってぐらいだ」


「そういえば1週間前からとかでしたね。前回はもっと早くやってた気もしますが」


「天王洲先輩が手を回してただけだし、事前交渉も必要だったんだろうな。たぶん、入学当初の成績じゃ受けさせてもらえすらしなかったと思うぞ」


「それは一理あります……と言えてしまうのがまた悲しい話なんですけど」


「前回でそこそこ成績残してるんだし、来年は上のクラスに行こうとしてるんだからその意志さえあれば問題はないが……一番の問題は俺が頼もうとしてるということなんだよな」


「悲しいほどに先生からの信頼がありませんね先輩」


「そうだ香夜ちゃんも付いてきてくれ」


「私まで白い目で見られそうで嫌なんですけど」


「一連托生、運命共同体だぜ」


「というか、めぐちゃんのためならめぐちゃん連れてきましょうよ。その方が早いじゃないですか」


「あいつは昼休みは天王洲先輩に拘束されてるから無理だ」


「なら放課後にでも……」


「今度は物理的に俺が美沙輝に拘束されるからどちらにせよ今行くしかないのだ」


「いや、美沙輝さんも事情聞いて開放しないような人ではないと思うんですけど……」


「と、言うのは建前で恵が知らないところでやってやりたいのがお兄ちゃん心なのだ」


「はあ……それで私に付き合えと?」


「香夜ちゃんなら先生からの評判良さそうだし」


「私のこと過大評価しすぎだと思うんですけど……まあ、先輩の頼みですしいいですよ。早くしないと昼休み終わってしまいます」


 香夜ちゃんが職員室の扉に手をかけてスライド式の扉を開いた。


「一つ、俺は言いたいことがある」


「先輩。その前に失礼しますの挨拶ぐらいしてください」


「先生の方が失礼じゃね?なんで俺たちは拷問空間に閉じ込めておいて、自分たちだけ悠々自適に過ごしてんの?これが教育だとか通じると思ってんの?悪しき風習は今から絶っていくべきだと思うんだ」


「愚痴は後でいくらでも聞きますから、やるべきことやってきてください。うちの担任に言えばいいですから。ほら、あそこです」


 指差した先はまだ若いと思われる、この学校に来て2年目の桜野先生……でしたっけ?何分担当されてないからいまいち分からないのです。

 そして、香夜ちゃんを見て笑顔になったかと思えば、俺を見てちょっと引くのやめてください。差別です。俺が泣きます。


「し、東雲さん?お付き合いはいいけれど人は選んだ方が……」


 堂々と失礼ですね。やっぱり俺が失礼する必要なんてどこにもないじゃないか。


「いえ、別に付き合ってませんし、同じ部活の先輩です。先輩だけで行くと話がこじれそうだから仲介役として来ました」


「そ、そう。さっき来たのにまたどうしたのかしらと思ったわ。ごほん、失礼したわね。えっと佐原君で合ってるかしら?」


「意外に知られてるのな」


「こっちを見て話しなさい。そりゃ、進学クラスでトップの成績を取ってるなら噂にもなる……けど、君はそっちがついでで素行の方でちょくちょく耳にするのよ。呼ばれる程度じゃないけどね」


「はあ、そりゃ光栄です」


「自重しなさいっていう皮肉だったんだけど、伝わらなかったのかしら?」


「先生、この人と押し問答してても埒あかないですから。この人を論破できるのは私と生徒会長ぐらいですので。しかも目上とくれば逆に応戦してくるので、適当に用件だけ聞いて受理してしまった方が時間を食わなくて済みます」


「さすが香夜ちゃん。俺のことよく分かってるぜ」


「こっちだって余りここにいたくないですから」


 それが本音ですか。


「……まあ、こちらも次授業があるしね。手短にしましょう。それで、どうしたのかしら?」


「えっと、俺じゃなくて俺の妹の佐原恵って分かりますか?」


「ああ、中間でこっちのテスト受けてた子ね。今回も受けるってこと?それならば本人が来るべきじゃないのかしら?」


「先生、一つ言っておきます」


「何かしら?」


「前にこれを頼んだのは生徒会長です。そして、あいつは一回目当たり前のようにそのテストを受けました。きっと、同じように受けるものだと勝手に思ってます」


「つまり、自ら申請するものだと分かってないってこと?」


「特別措置らしいじゃないですか。次からは自分で行かせますんで」


「お兄さんが来た理由がよく分からないわね」


「それが兄心というやつです」


「……東雲さん?私はどうしたらいいのかしら?」


「ただのシスコンの兄が妹にバレないようにこっそり頼み込んでるというだけの話ですので。この人が言葉足らずというか、いらないことばかり話してるから混乱するのも無理はないですが……めぐちゃ……佐原さんがそのテストを受けること自体に問題はないですか?」


「うん……まあ、中間のテストが全く分かってないってわけじゃないみたいだし、受けること自体には何も問題ないわ。じゃあ、職員会議で言っておくから、あなたたちも人の面倒ばかりじゃなくて自分の勉強もするのよ?」


「ういーっす」


 香夜ちゃんはぺこりと頷くと、俺のカッターシャツの裾を掴んで、引っ張っていた。

 早く帰るぞ、って意思表示かな。

 俺も「よろしくお願いいします」とだけ言って、快適な職員室の空間から出てきた。

 そして、出た瞬間不快指数マックスな廊下の空気と立ち会ってしまった。清涼剤がいてもこればっかりはどうしようもない。


「もう少しあの部屋にいたかったな」


「私はいいです。雨でジトジトなこの空間でもあそこよりはマシです」


「そうか?」


「そうです。……私が、先輩といてはおかしいですか?」


「……誰といるかなんて個人の自由だし、他人が横槍入れることなんて普通は許されないんだがな。ましてや香夜ちゃんが誰かと付き合ってるのならともかく、香夜ちゃんの自由で俺といるならな」


「……私は一応真面目で大人しい生徒、って見られてるようです。ですから、先ほども言われてましたけど若干ながらに悪評が先生の方で流れてるようであると、先輩が私に何かちょっかいをかけてるのではないかと勘ぐられるんです。そういう視線が一番嫌です。……私は好きだから一緒にいるのに……」


 口を尖らせて、俺に言ってるわけでもないような抗議を香夜ちゃんはしていた。

 でも、俺がどうしようもできることではない。


「でも、ちょっかいかけてるのはその通りだけどな。好きな子にはちょっかいかけたくなるもんだ」


「……先輩はそれでいいんですか」


「え?」


「先輩はいい人です。なのに、ちょっと些細なことで先生から難癖つけられて、それで素行不良みたいな扱い受けて……それで、いいんですか」


「……実際、香夜ちゃんが見てるのは俺の一部分だ。なるたけあるがままでいるけど、やっぱり香夜ちゃんがいるのといないとでは態度も違ってくるだろうし、香夜ちゃんの視点と他の奴らの視点では俺という人間性は全然違う。香夜ちゃんからは良い人でも、先生から見りゃ大人しい後輩に何かしでかしそうな奴にしか見えんのかもな」


「わ、私は……」


「ん?」


「私はそれが嫌だって言ってるんです!なんで分かってくれないんですか!自分の好きな人がそんな風に見られてて良い気分な人がいると思ってるんですか!先輩のバカ‼︎」


「か、香夜ちゃん……?」


 追いかけようとしたが、次の授業が始まる予鈴がすでに鳴り終わりかけてるところだった。

 また、怒らせてしまったみたいだ。

 ……どうにも、俺は女の子の気持ちの機微が感じ取れないらしい。

 あれは、どうやって答えるのが正解だったんだろう。論理立てて、正論言ったところで香夜ちゃんが納得してくれるはずもなかったか。


『自分の好きな人がそんな風に見られてて良い気分な人がいると思ってるんですか!』


 そんなわけないだろう。俺だって香夜ちゃんがそんな風に見られてたら嫌に決まってる。でも、今の評価がすぐに覆るわけでもないし、ついてしまった評価が変わるわけでもないんだ。

 香夜ちゃんがそれを受け入れてくれるかどうかと言われたら、きっと難しいだろう。俺は……どうしたら正解にたどり着けるんだろう。


「次、物理だったか……」


 この学校は進学クラスでも理系と文系で分かれている。そこから、理科系の科目は化学と物理が選択されるが、俺の取ってる物理を選択してる他の奴らはすでに移動した後のようだった。

 俺はみんなから遅れて、物理の用具を持って別教室へと足取り重く向かった。


「雨、止まねえな」


 未だ続く梅雨の雨を見て、そんなことを呑気に思っていた。



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