因果応報
恵は1日置いたら元気が有り余って、意気揚々と学校へと向かって行きました。
なんで恵だけ見送ってるような形かって?
俺が今病床です。見事に伝染りました。
生まれてこのかた風邪なんか引いた記憶はなかったんだが、しんどい。思考回路が追いつかない。元々脊髄反射で生きてるようなやつですけども。
そして暇だ。誰もいないし。
よし、正当な理由で学校休んでるんだからゲームやろうぜ!誰もとめるやつなどいない。
寝てろ?うるせえ、外野が俺を止めるな。
とりあえず俺は、パソコンを開いた。体に悪そうな光が煌々と部屋の中を照らす。
そーいや、カーテン開けてなかったな。今日はテレビも見てない。
朝ごはん、作れなかったけど、恵のやつ何か食ってったのか?
「私に任せといて!」
お前の任せといてとか一番あてにならん言葉なんだが、元気に出て行ったのだからおよそ大丈夫なことを祈ろう。
病床の兄に心配をかけさすな。
一番心配かけさせてんのはどいつだよ、という話にもなってくるけど。
しかし、パソコンを開いてみたものの、ゲームのテキストの文字は頭に入ってこないし、その頭はグラグラする。
「寝るか」
あんま寝すぎてもよろしくないのだが、この状態では何をするにもかなわない。
あーそういや、今日は香夜ちゃん来るんだったか。俺は寝込んでるがくつろいでくれと打っておこう。
しかし、こんな状態でメールなんて打つもんでもないな。
俺はいつでもやった後に後悔している。
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ピーンポーン。
インターホンが鳴る音が聞こえて目を覚ました。
髪が汗で濡れていて気持ち悪い。
だが、わざわざ鳴らしてるものを居留守使って無視するわけにもいかない。
時計を見ると確かに時間的には香夜ちゃんが来るぐらいだった。
恵は何してんだ?鍵は持ってかなかったのか?
まあ、普段あいつが鍵を持って行くなどという習慣はないけど。
それに今日は俺がいるから鍵は勝手に開いてるし。
怠い身体を無理やり起こして、玄関へと向かった。
「あ」
既に入っていた香夜ちゃんと鉢合わせとなってしまった。
「す、すいません先輩。体調悪いって言ってたのにわざわざ降りてきてもらって」
「あ〜いや、別にいいんだが、恵は?」
「天文部の方でやることがあるから先に行っててと」
「ったく、あいつは……」
足を踏み出したら平衡感覚がイマイチ掴めずにフラついた。そのまま倒れるかと思ったが、小さな身体に抱きとめられる。
「先輩。寝ててください。あ、そうです、私が看病します」
願ったり叶ったりな展開なのだが、いかんせんこの子の家事スキルとかかなり微妙なラインだから一人で任せるのは一抹の不安があるのだが、こんな状態の俺が何を言っても説得力には欠けるだろう。
「ん〜さすがに汗臭いですね。何かついでに拭くものもっていきます」
「悪いな……妹が役立たず過ぎて」
「こういう時に親御さんがいないと色々不都合ですね。献身的な後輩がいることに感謝してください」
「あと……」
「なんですか?」
「いや……いいや」
「……そうですか?何かあるなら言ってくださいね?」
優しさが胸に染み渡る同時に突き刺さってます。ちょっとエッチなご奉仕を考えた俺を許してください。ちょうどやってたゲームが……
あれ?俺、あれ閉じてたっけ?
「せ、先輩?なんか顔が青ざめてますけど、どこか悪いところあるんですか?トイレ行きますか?」
いや、悪いところはそこではないです。別にお腹とかは今は大丈夫です。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
さすがにやってることは言ってるけど直接見られてるわけじゃないから、今切ってる状態じゃないとちょうどアレなシーンで落ちた気がする。なんつーとこで止めてんだ俺は。
こんな時だけ思考がやけに鮮明で、でも、身体を貸してくれてる女の子は健気に俺の部屋へと向かって行ってる。
「か、香夜ちゃん!と、とりあえず冷蔵庫適当に開けて、氷枕とスポーツドリンク持ってきてくれ」
「でも、ベッド手前でさっきみたいに倒れられても困りますし……」
「先輩からの頼み事だ!あとは壁伝いにでも行けば……」
「……行けませんよね?」
色々積み上がった結果、俺の部屋は扉から入ってもベッドへたどり着くための壁は見えない状態となっている。一部な。
「先輩、えっちなゲームやってたんでしょう」
「そ、そんなことは……」
目を背けるが、ジト目で睨まれているとなんか言わなきゃいけないみたいな強迫観念が働くね。恵だったらないけどな。
「ありますね?」
「すいません」
「私の推理としてはこうです。暇だったのでゲームを起動しました。ですが、やってる途中に気持ち悪くなったか、頭が回らなくなったとかで寝ようとしたんでしょう。そして、ゲームのウインドウを閉じず、パソコンも閉じず、寝落ちした。寝ていたら、私が来て見られたらマズイところで放置していたことに気づいて今焦ってます」
すべて大当たりです。ビンゴ賞あげちゃう。なんも商品ねえけど。
「きっちり確認はさせていただきます。恵ちゃんには黙っておきますから」
「できれば確認も何もせずパソコンだけ閉じていただければ……」
「そうは問屋が卸しません」
「ですよね」
部屋に入って、俺をベッドに下ろすと、やはり重たかったのか少し伸びを入れてからパソコンへと向かった。
いや、律儀にヘッドホン付けなくていいから。君にはまだ早いから。
「先輩、女の子がいつまでも純粋で何も知らない子だと思っててはいけません」
「香夜ちゃんだけはそうあってほしいんです」
「お、女の子だって興味がないわけじゃ……ないんですから……」
でも女の子がマジマジと見てるとなんかこっちに罪悪感が半端じゃないです。
やめて、元々少ない俺のライフポイントを削ってかないで。
そーいや、こんなシチュエーションをゲームで見たことがあるようなないような……。
先日言ったが、この作品に18禁要素はない。
「お粗末様です」
「それは作った側が言う言葉であって、プレイした側が言うんじゃない」
きっちりそのシーンだけ見て終えてらしゃいました。ちゃっかりしてるね、この子。
あのゲームだとそういうシーンを見た女の子が、「私たちも……やってみる?」みたいなピンク色全開シーンになるわけですが。
「今のは知識としてだけです。タオルと……あと氷枕とスポーツドリンクでしたね。待っててください」
うん、香夜ちゃんはそうだよね。汚れてほしくないよ。ただ、座ってるだけでもグラグラしてきたのでベッドへと倒れこんだ。
やっぱりこの方が楽だな。
香夜ちゃんが来るまで10分ほどこの体勢でいました。何もしないと10分ってバカみたいに長いですね。
「お待たせしました……なんでベッドから降りてるんですか」
「冷たくて気持ちいい」
「子供ですか。ちゃんと布団で寝ないと体痛めますよ」
「だって、あの位置だと香夜ちゃんのスカート丈より目線が上だから」
「先輩……いい加減殴っていいですか」
「すいませんでした」
「そういうところだけ平常運転なのは男の子だからなんですか?」
「俺の場合は香夜ちゃんの前だからだと思う」
「まあ、美沙輝さんにやろうでもものなら今頃先輩磔になってますよ。良かったですね私で」
「そんな香夜ちゃんに頼み事があります」
「なんですか?さっきも何か言いかけてましたよね?」
タオルを細い腕で絞りながら聞き返す。
「いや……もう、さっきのはいいや。体拭き終わったら膝枕……してくれないかなって」
「……めぐちゃんが来るまでですよ。めぐちゃん、きっとこうしてほしいからわざと私だけ行かせたんでしょうし」
「なんだかんだ香夜ちゃん俺に甘いよな」
「それは……先輩のことが好きだからですよ」
「……………」
「……………」
沈黙が流れる。
「何か言ってくださいよ」
「いや、俺はどうも不意打ちというものに弱いらしい。なんか、照れるな」
「そっちはいつも好き好き言ってるから軽いんですよ」
「気持ちは言わなきゃ伝わらん」
「もっとこう、ムードというものを大切にしてください。先輩のこと変態ナンパ野郎に格下げしますよ」
「すでに心の中で思ってそうですね」
「因果応報です」
「それもそうだな」
自分のしたことは全部自分に返ってくる。
いいことも。わるいことも。
風邪引いたのはなんか悪いことでもしたのかね?
でも、こうやって香夜ちゃんが看病してくれてるのだから、いいことも同時にしてきたのかもしれない。
結局、何がいいことで、何がわるいことかなんて終わってから気付くんだけど。
だから、俺はいつでも後悔ばかりしてる。
「先輩、上脱いでください」
「さすがに家の中とはいえ、後輩の女の子に上半身裸姿でいるのもなんだか気がひけるな」
「何を今更なことを気にしてるんですか下ハーフパンツで上タンクトップなんですから大して変わりはしないでしょう」
「ですね」
風邪引いた原因の一端はこの服装にもあるかもしれない。
俺はタンクトップを脱いで、香夜ちゃんに背中を向けた。
濡らしたタオルで丁寧に上から下へと手際よく拭いていく。
「さすがに髪を洗うまではできないですね……どうします?」
「やっぱ臭うよな。この時期だし」
「私は別に構いませんけど」
「さすがに、好きな女の子の前ぐらい身だしなみとしてちゃんとしたいが……」
座っていたもののやはりベッドに倒れこんだ。
「病人が無理しなくていいですよ。あとで蒸らしたタオル持ってきますから」
「あ〜」
「どうしました?水分取ります?」
「いや、膝枕……」
「仕方ないですね。もう少し壁によってください。私ももたれかかるものがないままするのも辛いですので」
香夜ちゃんは俺のベッドに乗り壁の方でもたれるように正座で座った。
「香夜ちゃんガード固い」
「人の下着をそう簡単に見れると思わないでください。というか、そんなことばっかり考えてるから熱が引かないんじゃないですか」
「否定はしない。だけど、香夜ちゃんがこうやって看病してくれるならしばらくはこのままでもいいかな」
「調子いいんですから……そうですね、先輩が眠れるように子守唄歌います」
「香夜ちゃん歌うのあんまり好きじゃなかったんじゃ」
「あれ以来カラオケは行った記憶はないです。その時ですら歌ってませんけど。音痴ではない……と思います。多分」
不確定要素かつ不安要素ばかり残してるけど大丈夫か?
確かにかわいい声をしてるとは思うけど、それが歌声に反映されるかは謎である。
香夜ちゃんの子守唄は鼻歌でリズムだけを取るような、でもどこかで聞いたことのあるような優しいメロディーで……。
やっぱり、歌というのも性格に反映されるような気がするな。
俺は香夜ちゃんの鼻歌を聞きながらまどろみに落ちていった。
香夜ちゃんの小さな柔らかい手が俺の頭を撫でているのが感じられた。




