モフモフシンドローム
暇だったので、今度は二組のトランプを使ってタワーを作ることにした。1組じゃ迫力足りないね。1組ジョーカー二枚含めて54枚だからな。トランプを立てるために一枚また使うからタワーを作るとなると高さが足りない。
それでもさっきまでは全部使い切ることすら難しかったのだけど。バランス取れなくて崩れ去っていくから。せっかく完成したと思ったら唐突に扉を開けるから崩れ去ったから。
「出来上がるまで覗いてはダメですよ」
的な鶴の恩返しじゃねえけど、入るのならノックをしてくれ。ホニョホニョしてたらあかんでしょ?ホニョホニョってなんだって言われそうだけど。
そして、手元に残ってるトランプも数枚と見てわかる数字になった時高揚感が出てきた。
うし、もう少しで完成するぜ。今度は写真撮るか。
うきうきと手を伸ばしたが、ノックの音に反射的に手が動いてしまい、トランプタワーに当たってしまった。絶妙なバランスを保っていたそれはバラバラと音を立てて崩れた。
絶望する俺とは裏腹に扉の外から声が聞こえた。
「先輩?入りますよ」
きぃ、とできる限り音を立てないように配慮しながら香夜ちゃんが入ってきた。ただ、香夜ちゃんといえど、絶望感に浸ってしまった俺は反応できない。
「……一人神経衰弱ですか?そんな大量にカード使って」
「揃いも揃って俺が一人で神経衰弱をするような奴に見えるか」
「……あ、トランプタワー作ってたんですか」
無残に散った中でも一部だけ残っていたので、それで察したようだ。どちらにせよ、暇そうだなこの先輩とか思ってそうだけど。
「あの……もしかして私のせいで崩れちゃったんですか?」
あまり香夜ちゃんのせいとは言いにくいが原因としてはそうなのだが、俺が勝手に手を当てて崩したので一概に香夜ちゃんのせいだけとは言い切れない。
「いや、また作り直すよ」
「手伝いましょうか?」
「……いや、これは一人でやったほうが効率いいからな。香夜ちゃんはそこで応援だけしててく……れ……」
「どうかしました?」
目を奪われるとはこのことだろう。入ってきてからは顔も全く見てなかった。
その目に飛び込んだ彼女の姿は確かに先ほど言っていた抱きつきたくなるのも頷ける可愛さだ。
ただ、それは花菱さんが着ていたものではなかった。
「あ、この服ですか?まだ余りがあったので、着てみたんです。……どう、ですかね?可愛く見えますか?」
「すっっごく可愛い。モフモフしたい」
「だから犯罪です。……でも、言わなければそれは犯罪にはならないです」
「え?」
「……いいですよ。きっと、美沙輝さんもそのために私を使いに出したんでしょうし。私が許可するならばいいってことなんでしょう」
「………………」
「起きてますかー?」
「………………」
「えい」
「痛い!」
思いっきりビンタされた。普通に痛い。何があった。
「ボーッとし過ぎです。拍子抜けします」
「人間、予想外のことがあると思考停止するんだ」
「私がこんなこと言うとは思いませんでした?」
「まあ……ぶっちゃけ……。でも、そういうのは勢いでやるものだから、こう改まってやろうってなるとなんか難しいというか恥ずいというか」
「先輩に恥じらいとかあったんですか?」
「え?」
「え?」
俺は相当危ない人間だと認識されていたようだ。分別ぐらいついてます。本当はいつだってやりたいけど理性でなんとかしてます。人間ってすごいね。
「じゃあ、しないならそのままめぐちゃんの部屋に来てください」
「いや、あのさ……」
「なんですか?」
「ちょっとモフモフは出来ないけど俺があぐらかくからその上に座ってくれない?」
「だから私は子供じゃ……分かりましたよ。そんな顔しないでください」
「やった。よし、これでトランプタワー作ろう」
「どれだけトランプタワー作りたいんですか。もはや趣味の域ですか」
「チラッと気になって調べたんだ。そしたら、俺の知ってるトランプタワーじゃなかった。もはや芸術の域だったな」
「今から作るのは普通のですよね?」
「ああ、残念ながら俺は発想力に乏しい。普通にやるから準備を手伝ってくれ」
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部屋の中央に設置してある机にトランプを置き、さらにあぐらをかいた俺の足の上に香夜ちゃんを乗せた。
すげえ至福。なんか、ちょこんって座ってる感じがすごく伝わってくる。
「先輩、意外に大きいですね」
「香夜ちゃんが小さいだけじゃ……」
俺もそんなにデカイわけじゃない。平均的だと思う。香夜ちゃんは150もないので、相対的に俺が大きく感じるのではないだろうか。
「でも、小さくてもいいことはたくさんあります」
「例えば?」
「服は小さい方が可愛いのがたくさんあることに気づきました」
子供服じゃないといいんだけど。
「なんか余計なこと考えてません?」
「滅相もございません」
「やっぱり考えてるじゃないですか。先輩、私がこうやって聞くと敬語で誤魔化そうとするんですから。まあ……別にいいです。」
俺、そんな癖があったの?反射的だから全く意識してなかった。香夜ちゃんに嘘ついてたらこれでバレるということか。でも、人間、嘘を見過ごすということも必要だよ。だから、香夜ちゃんは人間が出来てると言えます。
「よーし、作るぞ」
「あの……私は何をすれば……」
「この位置からならば合法的にモフモフできる」
「それ前から来るか後ろから来るかの違いしかないじゃないですか」
「どっちからの方がよかった?」
「いや、結局私が疲れるだけなのであまり変わんないんですけど……」
「しかし、この体勢中々にトランプタワー作りにくい。土台は作っておくから上の方作ってくれ」
「いや、私やったことないんですけど。崩しても文句言わないでくださいよ」
「文句は言わないけど全力でモフモフする」
「態度で示さないでください」
「してもよかったんじゃないのか?」
「なんか言葉の揚げ足を取られてるようで癪です。この体勢で私もいる以上それ以上のことは言えないですけど」
「でも、この体勢お兄ちゃんチョット緊張」
「誰がお兄ちゃんですか」
「言っておくが、この家にいるのは俺と香夜ちゃん以外全員妹なんだぞ」
「……だからなんですか?」
「香夜ちゃんもとりあえず妹にしとくかという精神」
「いや、無理やり仕立てあげないでください。私が先輩の妹だったら先輩、私と付き合えませんよ?」
「そりゃ困るな」
「まあ、だから今から付き合うとはなりませんが」
「思わせぶりが酷いです」
「いいから手を動かしてください。全然進んでないですよ」
「え~。もう少し香夜ちゃんこうやって乗っけてたい」
「そのうち……いやもういるかもですが、扉の向こうには大量に人がいると思われますよ」
「そんなもんで怯む俺ではない」
「先輩からの愛が重たいと訴えましょうか」
「でも実際問題、害をなしたわけではないからホシはあげられないだろ」
「私が害されたといえばそうなります。幼気な少女と先輩ではどちらの話が信用に足るでしょうか」
「君は俺にどうしてほしいの」
「ああ言った手前、私が引きにくいので一度モフモフするなりしてみてください。そこから考えます」
「ええ~俺がやったら取り返しがつかなくなるよ」
「私の想像してるモフモフと先輩の想像してるモフモフに相違があるように思われるんですけど」
「たぶん、言うほど相違はないと思うぜ?きっと俺の方がマイルドだと思う」
「誰を基準としてのマイルドなんですか……」
誰でしょうか。そもそも女の子に合法的に抱きついていいというのは子供だからこそ許される話であって、体だけでもここまで成長したやつがやってたら訴えられるぞ。女子同士ならいざ知らず。
でも、可愛いものを愛でたいという根底は変わってはいないのだ。
だから、俺はトランプタワーを作る手を止めて、香夜ちゃんに後ろから抱きついてみた。
「……なんか、抱きついてるはずなのに若干距離ありませんか?」
「色々マズイ気がして」
「やるなら徹底的にやってください。よそよそしいのが気持ち悪いです」
少し体を寄せてみた。さっきから話してはいるが香夜ちゃんは前を見てるし距離が近いためにその表情を覗き込むことも叶わない。
どんな顔をしてるんだろうか。
「香夜ちゃんあったかいな」
「もう直ぐ夏というのにこれも暑いと思うんですが」
「俺はこれで何十年分という運を使い果たしてる気がする」
「もう一回やったら寿命まで運が尽き果てますね」
「俺は今これで幸せなのでそれでいいです」
「……これっきりにしますか?」
「ん?」
「いいですよ。何回こうやっても。私は拒まないですから。先輩が望むのであれば」
「……そいつは魅力的な提案だな」
「ちょっと暑いですけど……私もこうされているのは嫌じゃないですから」
「ただな」
「はい?」
「今は肩から腕をかけてるだけなのだが、どこに腕を回していいのかわからんのだが」
「普通に胸より上に回しますよね」
「…………」
「今、境目が分からないとか思いませんでした?」
「すいません。思いました」
下手に回して触ってたなんて事故があったら本当に申し訳なくなる。いや、触っても気づかないだろって、それは失礼ではなかろうか。
だから思っても言わなかったんです。許してつかーさい。
「……先輩。成長促進に効果のあること何か知りませんか?」
「花菱さんに聞いてくれ」
「む。先輩、花菱さんをそういう目で見てたんですか」
「いや、つい先日たまたま目撃してしまって……って、香夜ちゃん知ってるだろ」
「向こうが許したのかどうかはともかく。クオーターの人と純日本人の私を比べないでください。慎ましやかなんです」
物は言い様とはよく言ったものである。香夜ちゃんのは慎ましやかを通り越してる気がするけど。全く主張する気配が見えない。それがまた可愛いけど。
「先輩」
「ん?」
「私だって脱げばあるかもしれませんよ?」
ペタッ
バキッ‼︎
見事に顔面にグーが飛んできました。ビンタですらないよ。グーだよ。女の子がやる動きではなかったよ。
トランプタワー?ええ、もちろん崩れましたよ。
起き上がって香夜ちゃんを見ると胸を隠していた。
「先輩……そろそろ本格的に訴えられたいんですか」
「事実確認です。妹の成長を確認したかったんです」
「だから先輩の妹じゃないです。それとも先輩は私をそんなにも妹にしたいんですか」
「1日交換してみるか?」
「何をですか」
「妹という立場を」
「なるほど。先輩が私の妹となるわけですか」
「そこかい」
なんて奇抜な発想だ。根本として俺は男である。どうやっても弟だ。
「恵と香夜ちゃんを交換」
「若干カタコトなんですけど。ぜひとも遠慮させていただきます」
「ですよねー」
「めぐちゃんの成長はまだ終わってないのです。完全に自立させるまでは私たちがお兄ちゃんでありお姉ちゃんでいないといけないです」
「随分可愛らしいお姉ちゃんだな」
「そして先輩は立場的に私より下なので弟なのです」
「めちゃくちゃな論理出してきたぞこの子」
確かに下ですけど。俺が上だと確定的に言えるのは恵だけですけど。
「……まあ、お姉ちゃんですので先ほどの愚行はあることしてくれれば許してあげるのです」
「あること……とは?」
「私をもう一度モフモフしてください。それで許してあげます。今度は前からです。そうすれば下手に胸に触ることもないです」
可愛らしいお姉ちゃんからの頼みを今度は拒むことなく、躊躇わず香夜ちゃんを前から抱きしめてみた。
うーん。やっぱり俺はここ何十年か分の運を使い果たしてるのではないだろうか。
それを知るのはすぐ後のことだ。




