衣替えと心模様
まあ、なんだ。
この学校の衣替えは5月の下旬から始まる。
いや、待て。実はテスト終了後からは移行期間だったんだ。触れなかったわけではない。
だって、誰も夏服着てこないんだもん。せっかく、女子の制服可愛いのにこれはいかがなものか。
「その先輩の疑問には私がお答えしましょう」
「なんだ香夜ちゃん。どこから出てきた」
「神出鬼没。悪鬼羅刹。百鬼夜行。魑魅魍魎。それが私です」
どこがメインなんですかね。百鬼夜行とか魑魅魍魎はたくさんいるうちの一部ではないのでしょうか。しかも神出鬼没で悪鬼羅刹ってただの通り魔である。こんな可愛い通り魔だったら逆にお持ち帰りするレベルだけど。
今どこにいるんだという話だが、話すことがあるとのことで、屋上へと呼び出された。先に来ていたので、香夜ちゃんの方が後から来た形だ。俺が教室へ出向いても良かったが、花菱さんも寄ってくるので香夜ちゃんにとっては不都合であるのだろう。乙女心は複雑です。男の俺としては大歓迎だけど。
口に出したらプンスカ文句を言われるので言わないことにしておく。
「夏服の完全移行は来週月曜からじゃなかったか?」
「まあ、最近暑いですしね。ただ、透けるのだけは気になるのでサマーセーターを着てますが」
「別に香夜ちゃん透けても困るようなものでは……すいませんでした」
殺気が立っていたので、土下座した。軽いな俺の頭。というか、ただのセクハラ野郎である。いやね?ないじゃない。いや、あるけど、主張しないから。
「でも香夜ちゃんはそれが可愛い‼︎」
「だから先輩。あまり叫ばないでください。誰もいないわけじゃないんですから」
「香夜ちゃんが可愛いことは周知の事実にしたい」
「私は私という存在をあまり知られたくないんですけど」
「まあ、表立って、っていうタイプじゃないからな。俺もあまり知られるよかは内輪だけで知ってるぐらいの方がいいや」
「……私が知られたら引っ張りだこですよ?」
「すげえ自信だな」
「現にあのファミレスは私目当ての客も多いです」
「よし、今すぐバイトの話を始めてくれ。俺の天使に色目使うやつは片っ端から追い出してやる」
「客単価というものがあるので、一概に害があるわけじゃないです。それ以前に先輩のものでもないです」
「香夜ちゃんが汚される!」
「むしろ一番汚してきそうなのが先輩なんですけど」
俺の信用低いね。だから、付き合いましょうってならないんじゃないかと最近思ってきたよ。そんなことない?まずはお前が誠意を見せろと。
見せまくってますけどね。伝わりませんね。恵曰く香夜ちゃんはアプローチのかけ方がとてもうまいそうです。そして、俺はそれにホイホイ釣られてるそうです。香夜ちゃん可愛いからね。仕方ないね。
言い訳がましいが、これが俺で、これが今の関係である。よし、お兄ちゃん妹たちのために頑張って働くぞ。
「やる気を見せてくれてるのはいいですが、一応面接なるものがあります。私から口添えしておくのでよっぽど受かるとは思いますが、付き合ってるわけではないことは念入りに言っておいてください」
「いっそ付き合ってるって言った方が余計なハエが集りつかなくていいんじゃないか?」
「ハエ言わないでください。どうなるにせよ、私は先輩だけ見てますので。バイトも誰とも話せないじゃこれから話になりませんので愛想笑いぐらいうまくできるようにって始めたものですから」
「誰かになんか言い寄られたら俺に言うんだぞ」
「今まではチーフか店長が対処してましたけどね」
「店長か……」
「いい人ですよ?」
「初めて会った時かなり怖かったんだが。なんだ?あのガチムチボディビルダーは」
「趣味らしいです。店長がいるおかげで強盗に入られたことは一度もないそうです」
普通の店は強盗に入られることはまずありません。それ以前に店長がそんなんだから客足が伸びないんじゃなかろうか。もっと可愛さを前面に押し出すべきだよ。香夜ちゃんは渡さんけどな。
「一に誠意、二に誠意、三、四がなくて五も最終的に誠意を見せることがうちの店のモットーらしいです」
「ちょっといいですか?」
「なんでしょうか先輩」
「クレーマー対処できる自信がありません。まず殴る気がします」
「言葉を使わずに暴力に訴えないでください。一つ言っておきますけど、手を出された場合は店に保険がおりるらしいので、手出しは一切しないでください」
「香夜ちゃん口が立つからいいよな」
「私が口が立つのは先輩にだけです。他人ですと、緊張しちゃってオドオドしちゃって、いつも他の人に頼っちゃってます」
「香夜ちゃん、電話受付のクレーマー処理とか向いてそうだよ」
「なんかしっくりきましたが、それはそれで悔しいです」
「と、それで面接か。いつやるんだ?」
「明日やるそうです。まあ、いつでも暇なのですが、とりあえず10時ぐらいにやるそうなので、10分前ぐらいには来ておいてください」
いつでも暇って、店員が言うんじゃない。受かったところでちゃんと給料支払われるのか?今から行く先が不安でしょうがない。
その気分と同調するかのように、さっきまで照っていた日差しが雲によって隠れた。
明るかった屋上にも陰りが出る。それを見てか、他にもいた生徒は中へと引き上げって行った。
「私たちも戻りましょうか。先輩」
「もうそろそろ梅雨か」
「まあ、6月に入ったからといってすぐ梅雨というわけでもないですけどね。先駆けになる可能性はありますね」
少しジメッとした空気が流れる。雨が降る前兆だろうか。
屋上の扉を閉め、窓から外を見ると雨が降り出していた。
「やべ、傘忘れてきた」
「降水確率50%って出てましたよ」
「降らない方にかけた」
「30%で大概降るんですから、降らない方にかけないでください。こういうのは用心して持ってくるものでしょう」
「いやあ、恵と賭けをしてな」
「先輩賭け事好きですよね。いつか破産しますよ」
「金が発生する賭けじゃないからセーフ」
「それでめぐちゃんは傘を持ってきてるけど、先輩は持ってきてないってことですか」
「まあ、賭けっていうのも嘘で単純に恵には傘持ってけよって言ったものの自分は思いっきり忘れてたってことだ」
「はあ……私、置き傘あるので貸してあげます」
「用意がいいな。いいお母さんになれるぞ」
「先輩は反面教師ですよね」
「みなまで言うな」
「私しか言ってません。そもそもこの場には私と先輩しかいません」
「…………」
「なんで黙るんですか」
「いや、唐突に行為に及んだらどうなるんだろうかと」
「たぶん、一生軽蔑して近づかないでしょうね」
「キスぐらいなら」
「人のファーストキスを易々と奪えると思わないでください。私はディフェンスに定評があると評判でした」
君は元陸上部員だろう。どこでディフェンスする要素があるんだ。誰からの評判なんだ。そもそもの問題友達が少ないとか言ってなかったか?
こんなどうでもいいところで疑問をぶつけて香夜ちゃんを拘束していても申し訳ないので、先に教室に返すことにした。
雨音が強くなってきて、今更ながらに傘を忘れてきたことを後悔していた。




