5話:いつだって妹は兄を見て育つ(2)
「なあ、香夜ちゃんはおごると言った。だが、恵よ。お前、一切金持ってきてないって計画性なさすぎだろ」
「妹の面倒を見るのはお兄ちゃんの仕事だよ」
「限度ってもんを考えて欲しい」
「お兄ちゃん、私に考える頭を持てと?」
「この会話はものすごく不毛だ」
この妹は自分がバカであることを自覚している分質が悪い。
改善する気がないのだ。そもそも改善する気があるのならば、こうして俺に依存はしていない。それをどうにもしなかった時点で俺にも責任さあるといえばあるのかもしれないが。
だから、こうして計画を持ち出したわけだが。
「先輩。不毛だと思ってるなら、早く切り出しましょう」
「いや、昨日も言ったし、最近ほぼ毎日言ってる。だがこいつの口癖は」
「明日から本気出す」
「それ、行けたら行くよ~ぐらいに信ぴょう性のない発言ですね」
どこからそんな言葉覚えたのか、こいつはさらに怠惰になる。
「何から変えていくべきかまったくわからん。俺に救いの手をください」
「……先輩は先輩で問題がある気がします」
「俺が?」
「私、兄弟いないんで具体的にはわからないですけど、結局、下の子は上の兄姉を見て育つと思うんです。先輩が気づかないところでめぐちゃんもこうすればいいんだ、みたいな意識がどこに刷り込まれてるんだと思います」
「要するに俺がうまく人を頼って使ってる、ってわけか?」
「めぐちゃんがそれを見てそうすればいいんだ、と思ってしまったのがアレなんですけどね」
「お兄ちゃんが悪い!」
「お前は黙ってろ」
「お兄ちゃん冷たい……」
「なるほど。俺もあまり香夜ちゃんに頼りすぎないでしていかないとダメか」
「あ、あの……」
「ん?」
「い、いえ、なんでもないです。ごちそうさまです」
「ああ。さて、そろそろ出るぞ」
「もう一杯ドリンク行ってくる」
「……はよ行ってこい」
言葉を濁した香夜ちゃんの真意を聞こうかと思ったけど、妹は妹なのでその空気を曖昧なものにしていった。
まあ、別に今日限りということでもない。
先延ばしにしてあやふやなままにしておくのも悪いから、なるべく早く聞けるようにするか。
「香夜ちゃん、次行きたいところあるか?」
「……先輩に任せます」
「そっか。香夜ちゃん、なんか小物とか興味ないか?」
「そうですね……ないといえば、嘘になります。でも、自分の見立てじゃどういうのが可愛いとか自信がなくて。よかったら先輩選んでもらえますか?」
「ああ、それぐらいなら。センスは期待するな」
「だから言ったでしょう?誰かのために考えて実行することが大事なんですよ」
「俺のセンス……ダサいかな」
「いやいや、そこまで言ってないですから。よくも悪くも無難って印象ですけど」
「お待た~」
「はあ、めぐちゃんは可愛くていいな」
「私には大体それっぽいものを着させておけば、可愛くなるらしいよ。お母さんのセンスだけど」
うちの親のセンスがよくてよかったね。妹よ。
「香夜ちゃんも素材はいいのですよ。なんとかするのが彼氏の役目なのですよお兄ちゃん」
「彼氏じゃない」
「あれ?違ったの?香夜ちゃん」
「一方的に迫られて押し切られただけ。これはお互いの素性を知るためだけのもの」
「なんか深い探り合いの匂いがする。私はワトソンだね」
「いいとこ、驚く小学生だろ」
「私だって頭は悪いかもしれないけど考える頭ぐらい持ってるもん!」
「やかましいわニワトリ頭」
「……なんでニワトリ頭?トサカ立ってないよ?」
「ニワトリは三歩歩くと考えていたことを忘れるって言われてるからそういうんだよ」
「へぇ〜よく知ってるね」
ここで感心してしまうあたりがバカの所以なのだろう。
普通は憤慨するところである。
しかし、ひっくり返して揺すれば気絶しそうだな。
「ちょっ、お兄ちゃん!何をしようとしてるの!足を持って!」
「ひっくり返して揺すろうとしてる」
「スカートひっくり返るから!妹のスカートの中が公開されてもいいの⁉︎」
「……止めとくか。妹の服のセンスに合わないお子様パンツを公開したら逆に失礼だ」
「お兄ちゃんが妹に対して失礼すぎるんだよ!誰がお子様パンツを履いてるだ!」
「ならばお子様パンツではないと証明してみせろ」
「言ったな〜」
「いい加減にしてください二人とも。バカなんですか?それともこのまま先輩だけ刑務所にブチ込まれますか?」
香夜ちゃんの目は据わっていた。
おそらく本気だろう。
「家で確認することにしよう」
「家でも見せるか‼︎バカ兄ちゃん!」
「……さっきまで見せてもいいみたいな雰囲気だったよな?」
「だったとしても妹の下着を確認しようとしてる時点で紛れも無い変態ですよ」
「いや、俺は香夜ちゃんの方が見たい!」
「さあ、めぐちゃん。ここからは女子だけで行こう。変態な先輩が近くにいたら私たちまで変態にされちゃうよ」
「すいませんでした。欲望垂れ流しすぎました」
「……一番の問題はこの店にしばらく来れないということですね」
一部期待してる目もあったように見えたが、大半が軽蔑の目だった。
その目は俺に向けられている。
幸いなことは大半というものの人数的にはあまりいなかったことか。
それでも、レジの店員さんは笑顔でした。
お店の人ってすごいですね。
でもきっと、後で裏の方で「すごい変態がいましたよ〜」とか話してるんだろう。俺は知ってるぞ。
「ほら、先輩早く行きますよ」
あそこまでやらかしても、あまり顔色を変えずに待ってくれてるあたりは優しい子ですね香夜ちゃん。
使い勝手のいい財布になってないことを祈ってます。
食べたと言っても、自分の分はケチったので量が少なかったために物足りない感はある。
「先輩。アイス食べません?」
「あ……いや、俺そろそろ金が……」
「アイスぐらいなら私がおごりますよ。めぐちゃんの分は無いよ」
期待してる目を向けていた恵には先に釘を刺していた。
顔にも出やすいのか、あいつは。
そして、気遣われてるあたり、俺も表情に出ていたのか。
「食い盛りの男子高校生が、あんな量で満足するはず無いでしょう。先輩、別に少食ってわけでもないのに」
「何から何まですいません。よく見てるな」
「別に……近くで見ててそれぐらいわからないほど鈍感なつもりもないです」
「私は〜?」
「俺のやつ食わせてやるから。それで我慢しろ。味は選ばしてやるから」
「やった!」
恵は一足先にアイスのウインドウに顔を張り付けて見ていた。小学生かあいつ。
「本当に甘いですね。先輩」
「さすがにあいつだけ何もやらんってのは可哀想だろ」
「確かに我慢させるところでもないですね。その……先輩」
「ん?」
「……いえ。なんでもないです。めぐちゃんがああしてるとお店の人に迷惑なので早く行きましょう」
一から十まで面倒のかかる妹だった。
店側も客なので邪険にできないところがまた申し訳ない。
なぜか恵の方は普通は一段のはずなのにサービスで二段になっていた。
香夜ちゃんのほうは「すいません……」とお金を支払っていたのだが、恵よ。もう少し香夜ちゃんを見習ってくれ。呑気にアイス舐めてないで。
「はい、お兄ちゃん」
「1段目食べてから渡してくれ。どうやって食うんだよ」
「普通は一段なのにお兄ちゃんはどうやって食べる気だったのかな?」
「お前が一口二口食ってからもらう予定だったんだよ」
「この方が二種類のフレバーが楽しめて断然お得だよ!」
「でも、お前が一段食うの待ってたら溶けてそうだな」
「そうだね」
「香夜ちゃん。香夜ちゃんの一口くれるか?」
「わ、私のですか?」
急に振られたせいなのか少しワタワタしてる様子だったが、まだ一口も手につけてないアイスを差し出してくれた。
あまり食べ過ぎても香夜ちゃんの食べる分がなくなってしまうので遠慮して一かじりした。
俺が食べたあとをしばらく見ていたが、なんか意を決したかのように食べ始めた。何だったんだ?
「お兄ちゃんも乙女心が分かってないな」
「乙女になりきれてないやつが何を抜かしてやがる」
「乙女になりきれてなくても乙女の心はお兄ちゃんよりは分かるもん!私は女の子なんだよ!」
「じゃあなんだよ。言ってみろ」
「それはですね〜、香夜ちゃんが……」
「めぐちゃん。ちょっと来て。先輩。お手洗い行ってくるので少し待っててください」
「お、おう」
恵は香夜ちゃんに拉致されていった。
何か言われて不都合なことでもあったのか。
もしくは恵はバカなので言う必要ないことをストレートに言うことがあるからそれを危惧して先に言わないように連れて行ったのか。
はたまた、本当にトイレに行きたかっただけなのか。
……一番最後はないな。
恵のやつが何かを言おうとして香夜ちゃんが連れて行ったんだから。
「やっぱり、俺が食ったあとなんて食いたくなかったのかな……」
勝手に自己嫌悪に陥って、しばらく待ってると少しぐったりした様子で恵が出てきた。
一緒に出てきた香夜ちゃんはあまり代わり映えはないようだけど。
「何話してたんだ?」
「乙女の会話に首突っ込まないでください。無粋ですよ」
「そうか。悪い」
どっちが悪いのか分からないけど、少し機嫌を損ねてしまったようだ。
あまりこのままでいられても、どちらも居心地がいいものでもないので、ご機嫌取りでもしようかね。
俺は恵の介抱をしながら、少し先を歩く香夜ちゃんを追って、ショッピングモールで探索を始めた。