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30話:現実逃避

 静まり返った部屋。自分一人しかいない空間。溢れかえる誘惑の数々。

 このまま妥協してしまってもいいかもしれない。かといって、俺自身何もしなくても何でも出来るわけではない。地頭はいいのかもしれんが、それも日頃の反復の結果である。

 普段、ただただ遊び歩いているわけでもないのだ。

 だが、無論勉強が楽しいものであるわけではなく、出来るから出来るようにしなければならない。それだけの話だ。

 教養があって困ることはない。

 今日も今日とて恵はノルマをこなしたので、親父から貰った望遠鏡をいじくって星を見てるようだ。

 だが恵よ。もう少しどの方向に向ければどの星が見えるぐらいは覚えておけ。闇雲見たところで何の星かなんて判別付かんだろう。拡大しまくって土星でも見えるのなら話は別だが。


「やる気でねえな……」


 香夜ちゃんも今日はバイトだということで午前中だけ恵の勉強を見て帰って行った。そう何度もお邪魔しても香夜ちゃんに申し訳ないし自重しろという話である。

 いっそのこと香夜ちゃんと一緒にバイトでもしたほうが得策なんだろうか。

 すでに課題は終わっており、なんとなく目に付いた数学の問題を解いていたが、やる気はすでになくなっていた。

 これなら恵でもいじって遊んでいたほうがよほど有意義である。

 18禁ゲームは中途半端な時間帯だとやる気が出ないので、自重。まあ、誰かがいる前でやる気はさらさらないが。

 考えていても無駄なことなので、廊下の反対側の突き当たりにある恵の部屋をノックした。

 はぁ~いと間の抜けた声を聞いて、俺は恵の部屋に入る。


「汚ねえな恵。片付けろよ」


 足の踏み場がないというほどではないが、色々と散乱していてお世辞にも片付いているとは言えない状況だった。


「見えた星座をスケッチしてたの」


「ふーん。で、これがなんの星座か分かるのか?」


「それは後で調べます」


「絶対忘れてるだろ」


「手元のやつ見てもイマイチ分からないんだよ〜」


「ちょっと見てもいいか?」


「うん」


 恵からずいぶんとあちこちが折られた星座早見表なる本を受け取る。

 フセンやらなんやら貼ってるってことは自分なりに勉強しようとは思ってるんだな。

 ただ、借りて恵が見てる方向を鑑みても一致しそうなものはない。


「てか、これは何で見てスケッチしたんだ」


「それは肉眼で見たやつ」


「たぶん、この辺りじゃ空気悪くて星座を結べるようなほどには見えないんじゃないか?」


「え〜春の大三角は見えたよ?」


「そりゃ、明るくて分かりやすいやつはすぐ見えるだろうな」


「じゃあこのスケッチは無意味……⁉︎」


「いや、無意味じゃないだろうけど……そもそもそれもどれぐらいの倍率で見えるもんか知らんな俺」


「土星ぐらいなら綺麗に見えるって」


「方角は?この方向で見えんのか?」


「お兄ちゃん。地球は自転しているのです」


「そうだな。よく知ってるな恵」


「えへへ。ですから、見る時によって方向は変わるのですよ。でも、さすがに距離はすごく離れてるから1日、2日だとあまり変化はないんだって。今なら私の部屋の方角からでも見れるって先輩が言ってた」


 なんで天王洲先輩はうちの中まで入ったことないのに恵の部屋の窓の位置まで把握してるんですか?美沙輝が教えたのか?真実は謎である。


「今見えてるか?」


「うん。綺麗に見る見方教えてもらったから。お兄ちゃんも見ていいよ」


「お、じゃあ見せてもらおう」


 恵が望遠鏡の前からどいて、入れ替わりに望遠鏡を覗き込む。

 確かに恵が言った通り土星だと分かる輪っかまで確認できる。

 望遠鏡でここまで見えるもんだな。


「すごいな」


「でしょ!すごく綺麗!」


 ぴょんぴょん跳ねて嬉しそうにしている。

 しかし、俺も恵から教わるとは思わなかったな。

 思わず飛び回る恵の頭を撫でていた。


「どうしたの?お兄ちゃん」


「成長したなって思ってな」


「どの辺り⁉︎」


「いや、やっぱりあんまり成長してないな」


「ええ〜。お兄ちゃん厳しいです」


「俺は激甘だぞ。生クリームぐらい」


「胸焼けしそうな甘さだね。しつこいぐらい」


「香夜ちゃんとか美沙輝のほうが厳しいだろ」


「二人とも優しいよ」


 なんで誰も彼も恵に甘くなるんでしょう。すいませんという声が離れてても聞こえてきそうだ。

 でも、ちゃんとこなしてるし間違えた問題もちゃんとやり直してるところを見ると教え方としては間違ってはいないのだろうがやはりこれから先が不安なことには変わりない。


「なあ恵。お前、誰かから冷たくされたことあるか?」


「世間の目はいつだって私に冷たいんだよ……」


「要するに先生とかだな」


「小学校の時はまだよかったんだよ……中学上がってからは『またこの子か……』みたいな感じなんだよ。本当にすいませんでした」


 一体うちの妹は何をしたんだ。特に連絡は来てなかったぞ。


「テストの点数が酷すぎてよく不登校にならないね、とかそんなんだよ」


「お前は自分の頭の悪さを自覚してなかったのか」


「だからこそ現実逃避をしてたんだよ」


「ほう?」


「みんなが私と同レベルになれば解決するんじゃないかとか」


 全員のび太君理論か。世界滅ぶわ。


「助けてよお兄ちゃ〜ん」


「お前が中学の時にそうやって頼んでくれてたらまだ違ったのかもな……」


「昔を省みても何も生まないんだよ!未来を生きなきゃ!」


「お前は今を何とかしろ!」


「いはいよおにいひゃん」


 頬をつまんでいるのでろくにろれつが回っていない。あまり反省が見られないが、離すことにする。


「むー」


「どうした?」


「お兄ちゃん、最近私に冷たい?」


「何度も言ってるが俺ほど妹に甘い兄はいないと言っても過言じゃないぞ」


「うーん。まあ、確かに仲いいねって。お兄ちゃんよく迎えに来てたから」


「母さんがお前を一人で帰らせるなって。俺のことはどうでもいいんですかね?お母さん」


「友達と帰るっていう選択肢は考えなかったのかな?お母さん」


「三年の時はどうしてたんだ」


「部活なくて早く帰ってたから近くの友達と一緒に帰ってた」


「部活?お前、なんかやってた?」


「幽霊部員だったのですよ。中学は籍だけでも置いておかなければならなかったですから。戦力外もいいところです」


「香夜ちゃんは有望な陸上部員だったのにな。この差はなんだ?」


「お兄ちゃんは私と香夜ちゃんを比較しすぎなんだよ!」


「お前は香夜ちゃんみたいになりたいっつってただろうが!」


「う〜ん。どこかで香夜ちゃんに憧れを抱いていた……ということ?」


「まあ、そうなんだろ」


「お兄ちゃんはさ……私に香夜ちゃんみたいになってほしい?」


「まったく」


「ええ〜。どうなって欲しいのさ」


「お前が自分で言ってただろ。テストではトップ、部活では引っ張りだこ、言われたことはすでに終わってて、ゆくゆくは生徒会長だったか?」


「自分で言っててなんだけど、結構無理難題だね」


「今更気づいたか」


「しかも運動まったくやってないよね。料理はしてるけど」


「そもそも体分身でもさせなきゃ無理があるだろうな」


「近頃、そんなアニメがあったような」


「あってもお前は無理だからな?」


「せめて双子なら……!」


「双子でもないし」


「ですよね〜……ふああ」


「もう寝るか?」


「もうちょっと話したい」


「明日学校なんだから早く寝ろって」


「お兄ちゃん一緒に寝よ?そうすればお兄ちゃんがわざわざ起こしにくる必要ないよ」


「……ったく、今日だけだぞ」


「やったー……」


 声が尻すぼみになっていった。もううつらうつらしている。一旦戻って支度してる間に目は閉じてるだろうな。

 先にベッドに横にさせてから散らばった床を片付ける。こう見てると勉強してて散らばったのだろう。

 すぐに寝息も聞こえてきた。

 まあ、一緒に寝てやるといってやった手前だ。このまま引き返して自分の部屋で堂々と寝るのも可哀想な話である。

 しかし、年頃の妹が普通兄と寝たがるものだろうか。いや、妹が普通でないという考えでいけばそれは自然なものなのかもしれない。


「ただ、狭いな」


 シングルベッドなので二人寝れるかと言われたらキツイだろう。

 俺が敷布団でも持ってこればいい話なのだが用意するのも面倒である。

 仕方ないので落とされること前提で隣で寝ることした。

 布団を少し借りて入り込むと恵が身を寄せるようにして、服の裾を掴んできた。

 後ろを振り向いてみるが、その瞳は閉じたままだった。


「おやすみ。恵」


 頭を撫でてやると、その顔は少し嬉しそうに綻んでいるように見えた。





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