23話:甘い誘惑(3)
偶然出会ったウエイトレスさんは香夜ちゃんでした。
などと、簡単に終わるわけでもなく、俺はスタッフオンリーの休憩室へと連れ込まれた。ねえ、これじゃ無銭飲食で捕まった人みたいですよ。千種は取り残して行きました。金はあちらの方に払ってもらいます。
まあ、別に無銭飲食で連れ込まれたわけではない。香夜ちゃんのバイト上がりまで待つことにしたのだ。
出来ることならその愛らしい姿を写真に収めておきたいところだけど。
はたして、それは許されることなのかと自問自答しているところにノックされた。
「どうぞ」
「失礼します……って、誰だ君は。新しいバイトか?多いな最近。こんな中途半端なファミレスに」
店員がそれをいってしまってはおしまいではないのだろうか。まあ、バイトなのだろう。無責任さが滲み出ている。
「今日バイトに入ってる東雲さんのツレです。その東雲さんにここに突っ込まれました」
「彼氏か何か?」
「近い状態ではありますけど付き合ってはないです」
「なんか難儀なポジションだね。なんか食う?」
「まかないですか?」
「いや、君の自腹」
「なんで自腹切って食べなきゃいけないんですか!」
「まあまあ」
「あなたは?」
「バイトチーフだよ。まあ、上司ってことだね」
「ずいぶんな重役出勤ですね」
「いやいや、休憩から戻ってきたんだ。そんなサボってるみたいな言い方はよしてくれ」
「はあ……。まあ、俺は彼女が終わるまで待ってるだけなんで構ってないでいいですよ。別にバイト志望でもないですし」
「その言い方だとここで働いてること知らなかったようだね?」
「まあ彼氏ではありませんから。別に言おうが言わないでおこうが、それは彼女の自由ですし。それでも、理由ぐらいは聞いておかないと」
「まあ言うつもりはないんだったら帰されてるだろう。連れ込まれたってことは何かしら言いたいことがあるってことだ。さて、僕も行こうかね」
「お勤めご苦労様です」
「……あの子の制服写真欲しい?」
「ぜひ」
「客の写真撮影は禁止してるけど、こちら側は禁止されてない」
「方便だと思いますけど、あえて突っ込まないことにします」
「というか、まあ君は欲望に忠実だね。嫌いじゃないけどね、そういう素直なのは。まあ、行き過ぎないようにするんだよ」
行き過ぎたことで一度逃げられたんですけどね。
でも、それでも俺のことを好きと言ってくれるんだからよっぽど物好きなんだろう。
可愛い子にはちょっかいをかけたがる典型が俺である。
ただ、あの子は男を知らなさすぎるような気もするけど。俺以外に好きな人が出来たのなら、俺が止める権利はないんだけど。
あいつが独り立ちできるまで育て上げたら、その時は俺から告げよう。
上がるのは16時って言ってたか。あと二時間ぐらいあるんだけど。
仕方ない寝るか。やることないし。
あ、恵にはあとで迎えに行くって言っておくか。矢作のやつ、下手に手出してなければいいんだが。
少し埃っぽい一室の机の上を盛大にベッド代わりにさせてもらうことにした。
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机の上から落とされたような痛みと共に目を覚ました。
実際に落とされていたのだが。
しかし、二時間も寝ていた感じはない。
「当然です。店長に言われて来たんです。君との友達が机を占領して寝てるから何とかしてくれないかって。恥ずかしいですからやめてくださいよ、もう」
「香夜ちゃんか。もう少し優しく起こしてくれよ」
「迷惑かけてる人に優しくする必要はないです」
「かと言って俺もやることないんだが」
「もう後30分で上がらせてもらいますから我慢しててください」
「話し相手は?」
「いないですけど、寝てるなら盛大に占領してないで椅子の上に座って寝ててください」
”座って”と釘刺されるあたり、俺のことは信用されてないですね。今の行動を省みても仕方ない話です。
「でも、可愛いなその制服」
「そうですか?普通だと思いますけど」
「香夜ちゃんが着てるから可愛いんだよ」
「そういう歯の浮くセリフは後で聞きますから。大人しくしててください」
「はい……」
香夜ちゃんは手厳しかったです。
「ちゃんと待っててくれたらご褒美あげます」
小さい子供に餌でも与えるかのようにそんな一言を残して。




