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20話:そうです。私がこの子のお兄ちゃんです

 私は駅前の噴水近くにあるベンチに腰をかけていた。

 別に見つかりやすようにとか思ったわけじゃない。でも、見つけてもらうなら分かりやすい方がいい。そんな矛盾した理由だ。

 見つかりたくないのなら、路地裏にでも入って、もっと遠くへ、先輩が来ないうちに家に帰ってしまえばいい。

 なんで、帰らなかったんだろう。

 先輩がどうしようもない変態だからこうして逃げてきたというのに、見つけてもらいたいって思ってるなんて。

 きっと誘った手前このまま逃げて帰るのも申し訳ないと心のどこかで思ってるのだろう。うん、そうに決まってる。

 ……でも、先輩が分かるのかな。私がいる場所なんて。

 私は空を仰いだ。太陽の光が眩しい。目が開けてられないぐらいだ。もう少し薄着でもよかったかな。

 今日は長袖の水色のフード付きパーカーにめぐちゃんから借りた白のスカートだ。

 見た目だとそんなに暑く感じないけど、着てる側は割と暑かったりする。

 ……先輩、帰っちゃったかな。

 そうだよね。待ってるぐらいなら、私から戻って謝ろう。

 私は立ち上がろうとしたが、照っていた日が急に陰った。

 雲でもかかったのかな?そう思って視線をあげた。

 そこには三人ぐらいの男の人がいた。


「ねえ、君一人?」


 ああ、ナンパか。

 しかし、私を狙ってくるとは。


「お前、こんなんガキじゃねえか。まだ小学生だろ」


 なんかイラっときた。先輩が小さいくて可愛いと言ってくれるのは嬉しいけど、こういう言われ方は腹が立つ。


「すいませんけど待ち合わせしてるので」


「そうなの?見てたけど20分ぐらいずっと座ってたじゃん。特に時間も気にせず」


 変態か。もしくは暇人か。ああ、こんなことならさっさと立ち去っていればよかった。こんな時に都合よく私を助けてくれるヒーローなんていない。


「しかし、お前もたいがいロリコンだな。こんなぺったんこな子がいいだなんて」


 聞いていて、怒りが湧いてくるのと同時に私は悔しくなってきた。

 そっか……周りから見れば、私はちびっ子で小学生ぐらいにしか見えなくて、胸もぺったんこで……正直、女の子に見られることはないのだろう。

 そっか。私のことを女の子として見てくれてたのは先輩だけだったんだ。それで、私浮かれてたのか。


「あ、あれ?泣いちゃった?」


「お前何泣かせてんだよ」


「ねえ、君。俺たちが泣き止ましてあげるから一緒に行かない?」


 私は涙を拭わなかった。ここで拭って頷いたら取り返しがつかないことになる。


「強情な子だなあ。ほら、行く……」


 私の手が取られそうになった瞬間、その手を掴もうとした男の体が宙に舞った。

 そして、そのまま噴水の中へとダイブしていった。

 そして、それをしたのは私の足元で倒れてる人だろう。およそ、ドロップキックでもかましたのはいいけど、うまく着地できなかったんだろうか。

 しかし、その人は何事もなかったかのように立ち上がった。


「な、なんだお前は!」


「え?なんだかんだと聞かれたら」


「それやってたら長い口上になるのでやめてください」


「そう……」


 やりたかったのだろうか。少ししょんぼり肩を落とした。相変わらずリアクションのレパートリーが多い人だ。


「おいてめえら。てめえらのせいで俺が買ってきたタコ焼き全部台無しになっちまったじゃねえか。どうしてくれる」


 いや、その人たちのせいでなく、ドロップキックして倒れたあなたが悪いのではないのでしょうか。八つ当たりとはこのことである。


「ああっ⁉︎そんなの俺たちに関係ないだろ!」


「俺たちはそこの子に話しかけてただけだっつの!」


「泣いてるのに?ああ、可哀想に。きっと心無いこと言われたんだね」


 とりあえずこくこくと赤ペコのように首を振っておいた。

 私はずっと頼りっぱなしだ。だから……


「おい、てめえ……いきなり蹴飛ばしておいて何もありませんとかねえよな……」


 噴水にダイブしていった人が水を頭から滴らせながらこちらへ向かってきた。というか、正直……


「カッパさんよ。まず、その頭の皿乾かないうちに家に帰るかそのままそこの噴水の中にいたほうがいいんじゃね?」


 あ、言っちゃった。


「頭に乗んなこの野郎‼︎」


 あ、あそこです!喧嘩が始まってて止めてください!


 野次馬の人が警察を連れてきた。

 しかし、もう少し早く連れてきて欲しかったのもある。


「よし、逃げるぞ!」


「あ、おいてめえ!」


「名乗ってだけはおいてやる。私がこの子のお兄ちゃんです」


 先輩はそれだけ言い残して、警察がたどり着く前に脱出した。

 私の手を引いていく先輩の手は大きく、背中は頼もしかった。


 ーーーーーーーーーーーーー


 少し離れた公園に腰を落ち着けた。

 もっと綺麗に決めるつもりだったのにイメージ通りにはいかないものだ。


「何もなかったか?香夜ちゃん」


「どうして……来てくれたんですか?」


 質問に質問で返された。

 まあ、この返答ならば大丈夫だろう。


「俺は思ったよりしつこいからな。一度逃げられたぐらいなら謝って戻ってもらうさ」


「謝りに……来てくれたんですか?怒ってないですか?」


「いや、むしろ俺のほうが悪かっただろう。しかし、俺の天使にナンパとはふてえ野郎だな」


「……ありがとうございます。たぶん、あのままだったらどこか攫われてたと思います」


「何もなくてよかったよ。俺のほうは大惨事だけど」


 よく考えたらドロップキックかました後にアスファルトの上にこけたので膝やら肘やらすりむいていた。今更になって少し痛み出してきたということだから情けない話だ。

 しかもタコ焼き落としたし。すいません、情報提供してくれた屋台のおじさん。


「もう……先輩。口周りソースだらけですよ。食べながら来ましたね?」


「情報提供してもらった手前買わないわけにはいかなくて。香夜ちゃんと一緒に食べようと思ったんだけどな」


「落としちゃったわけですね」


「まあそうだ」


「……何か食べますか?」


「今度こそタコ焼き食う。この近くなんだ」


「よくそれだけの情報でたどり着けましたね……」


「少し香夜ちゃん思考に近づけたってことかな」


「そういうことにしておいてあげます」


「……怖くなかったか?」


 他愛もない会話で繋ごうかと思ったけど、やっぱりそこは不安であった。

 香夜ちゃんが怖い思いをしたまま帰すわけにもいかない。俺が一緒にいれば起こらなかったことなのだ。香夜ちゃんも俺を頼って誘ってくれたのに、俺のくだらない一言で危なくなる一歩手前までいってしまっていたのだから。

 香夜ちゃんはスカートの裾を掴む手を強くしていた。


「怖かったです……それと同時に悔しくて……それと、先輩が一番私に優しかったんだって気づいて……その先輩が助けに来てくれて嬉しかったです」


「そっか」


「先輩」


「どうした?」


「先輩。さっき言ってましたよね『この子は俺の妹だ』って。私は、先輩にとって妹にしか見えないですか?」


「いや?いつだって俺は香夜ちゃんを一人の女の子として見てるさ。恵とは違うんだから。あそこは下手に彼氏とかにすると余計なことになりかねないからな。兄のほうが収集が付けやすかったからな」


 なんかいやに饒舌になってしまった。なにかに迫られているだろうか。……まさかな。


「そうですか。それが聞けてよかったです。私、先輩のこと好きです」


「え?」


 今なんて言ったんだ?俺のことが好き?俺の耳が都合よくそう変換して聞いたのか?


「先輩のことが好きって言ったんです」


「付き合ってほしいとかそういうこと?」


「いえ。それではきっとどっちつかずになるので、それは望まないです。ただ、先輩が私のことを好きなように、私も先輩のことが好きだってことを知っておいてほしいだけです。それとも、先輩はそういう願望があるんですか?」


「……いや、その通りだな。きっと今のままが一番心地いいんだと思う。その代わり、今と態度と行動が変わらないと思うけどそれでも大丈夫か?」


「その……先輩が私だけ見てくれるっていうなら、写真とか撮っても構わないです。その代わり別の女の人の写真があったらデータ全部消去します」


「その集合写真とか恵は?」


「私が許容する人ならいいです」


「二次元は?」


「……なんか認めるのが面倒になってきました。女の子が勇気振り絞っていいって言ってるのに、先輩はどうしてそうなんですか」


「それが俺という人間で構成されてるものの一部であるからです。すいませんでした」


「謝るぐらいならやらなければいいと思うんですけど……まあ、二次元に負ける気はないですのでいいです。先輩が二次元に入りたいとか言いだすようであればゲームとか薄い本とか全てオークションに売りに出します。もちろん特典も全て」


「慈悲が一つもない!」


「それぐらい守ってください。……お兄ちゃん」


 香夜ちゃんからそう言われてしまっては仕方ない。


「エロ本はどうなる?」


「……薄い本とかであれば。写真集みたいなのはダメです。同様にAVも一緒です」


 なんかこの子にそういうセリフを言わせているととんでもない背徳感がある。それと同時に罪悪感も半端ない。もう言わせないようにしよう。業を背負うのは俺だけで十分だ。


「あの……先輩」


「ん?」


「まだ時間ありますし、お昼寝でもしませんか?木陰なら涼しいですし。……私、膝枕します。今日のお礼です」


「マジで⁉︎」


「あ、なんか目がイヤらしいのでこの提案はなかったことに。帰りましょう。美沙輝さんが可哀想です」


 恵の世話=可哀想という方程式を成り立たせてはならない。

 事実ではあるのだが、いかんせん自分の妹であるのでそこまでは言わない。


「冗談ですよ」


 どれが?ねえ、どれが冗談なの?


「めぐちゃんのお世話が可哀想なんてこともないですし、膝枕してあげます。ですけど……あまり肉付きはよくないんで期待はしないでください」


「なんか裏はない?セクハラされたとか訴えられない?」


「訴えないです。私をなんだと思ってるんですか」


「可愛い後輩」


「そうです。出来る限り先輩が喜びそうなことをして、出来る限り協力をしてあげます」


「そいつは先輩冥利に尽きるな」


「やってあげるのも先輩だけですよ」


「そいつは嬉しいや」


「さ、どうぞ」


 スカートの裾を整えて、香夜ちゃんの細い脚に頭を乗せた。

 まあ、言う通り確かに肉付きはよくないかもしれない。でも、香夜ちゃんの脚だと思うとすごく気持ちよく感じる。

 自分を好きだと言ってくれた子だからかな。

 時折吹く風が適度に涼しく、俺は香夜ちゃんに身を預けてそのまま瞼を閉じた。






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