18話:憐れなもう一人
さて、もう一人紹介しておかなくてはならないやつがいる。
正直いてもいなくても支障はないのだが、いきなり部員が一人増えてても問題なので、さりげなく会話に混ぜるとかそういうわけにもいかないのだ。
「というわけで自己紹介しろ、貧民」
「誰が貧乳じゃ!」
「誰もんなことは言っとらん。お前に話してんじゃない、恵」
「くっそ。大富豪で勝ったからって調子に乗りやがって。しかもお前はまだ富豪じゃねえか」
「大富豪様にだぞ?自己紹介は」
「なんで自己紹介前に大富豪やってんだよ」
「恵がやりたいって言い出したから」
言い出しっぺはルールがよくわからないままに大貧民と成り下がったが。
しかも、貧民が貧乳って聞こえてるようじゃ、あいつは大貧乳である。知らんけど。
「えっと、新入部員?こんな部にか」
「部ですらないけどな」
「何処かの誰かの素行が悪いのも相まってね」
美沙輝さんは未だ許してない様子。部への昇格はまた先延ばしのようだ。その前に部員集まってないけど。
「そ、それは兄貴のせいだって」
「あんたの見た目にも問題がある。なにカッコつけてワックスで髪立たせて茶髪にしてんのよ。絶望的に似合ってないわよ」
「お前だけだそんな評価下すのは」
「まあ、粋がってるってのには同意すんな。高校生が見栄はってんじゃねえよって」
「お前ら、相当俺に対しての評価低いな?」
むしろ高くなるような行動を起こしたのだろうか。茶髪でワックスで立たせても成績が良かったり、風紀を真面目に守ってれば何も言う必要はないのだが、以前に言った通りこいつはただのやさぐれ兄ちゃんである。
「あと目つきが悪い」
「背が高いから無駄に見下してるように見える」
「口も悪い」
「威圧感出そうとしてガニ股で歩いてるのも最高にカッコ悪い」
「ボロクソだな⁉︎泣くぞ⁉︎」
「迷惑にならないところでひっそり泣いてちょうだい。それぐらいがお似合いよ」
「うう……佐原が入るまで二人で切り盛りしてきたってのになんて仕打ちだ……」
どうもなにも、自分の素行を省みてはいかがでしょうか。
「停学中はおふくろに代わって、妹の弁当もちゃんと作ってたんだぜ?」
「どうせ勉強しないんだし、それぐらいの親孝行と妹の世話ぐらい焼きなさいよ。+αでトントンよ」
「あの〜自己紹介はどうなったんでしょう?」
「ちびっ子に名乗る名はねえな」
「そうですか。貧民風情が大富豪に向かってそんな態度でいいですか。とっとと、最強カードを渡すがよろしいです」
「大貧民にたかれよ!なんで貧民からたかるんだよ!」
「向こうは先輩が教えながらやるので」
香夜ちゃんからも大分横柄に出られている。あの子、言葉責めとか得意そうだな。ただ、見くびっていたようだが、あいつ妹がいる分小さい女の子相手だと態度が甘くなるんだよな。その妹はただいま幼稚園児です。
「仕方ねえ。俺の名前は山岸努だ。2年D組。一応設立者なんだ。この同好会の」
「設立者?なら、なんで美沙輝さんが部長なんですか?」
「設立するのは2人からって言われてな……それも5人からなら部として2人からなら同好会って。中学の知り合い全然いなくてよ。同じように探してた宮咲がいたからな」
「その時は髪は立ってたけどまだ黒髪だったからねえ……」
「なんで遠い目をしやがる」
「貧乏くじを引かされたと思って」
「お前はそういう役割の星に生まれたのだ」
「ああ、しばらくあんたの世話は焼けないわよ。この子の面倒見るから」
「へ?この子って、佐原の妹?」
「そ」
「新入部員か?」
「全然?天文部の子よ。まあ、育也に頼まれたからね。花嫁修行」
「はっはっはーお前に貰い手があるとは思え……ぐべらっ」
およそ、人間が通常発するような言語ではない言葉を発して、床に突っ伏した。
美沙輝さんは手……ではなく足が早かった。
蹴りでみぞおち一発KOです。
「揃いも揃ってこの部の男の人はバカなんですかね?」
「いや特殊なだけよ」
香夜ちゃん。俺もその頭数に入れないでもらいたい。頭の出来は違うよ。なんとなくスネ夫と出来杉君ぐらい違うと思うよ。
「それで山岸さん。自己紹介は終わりですか?終わりでしたらあなたの手にあるジョーカーを早くよこしてください」
「そ、それを取られたら俺の戦術は……!」
みぞおち食らったのにまだ息あるのか。タフなやつだな。見た目やさぐれ兄ちゃんなだけはあるか。
「問答無用です。その代わり、持ってる人が先行になれるカード。ハートの3をあげましょう」
「俺の手札で先行になったところで勝ち目ねえよ⁉︎」
「まあ、そうすれば私の順番は最後ですので、勝ち目はあるかもしれないですよ」
「優しいのか?この子は」
いいえ鬼畜です。この子は君をはめようとしてるだけです。
そんなことは口にはせず、特に料理を作りもせず、俺たちはまた大富豪を始めるのであった。
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「やったー大富豪ー」
「よかったな恵」
「ふふふ。運は私に向いているのです」
まあ、香夜ちゃんが確実に次の山岸にカードを出させないように配分していたからね。どれだけ手札弱かったんだろうか。
香夜ちゃん自身もさすが大富豪といったところか2番上がりだ。ただ、さっき大貧民だった恵が大富豪になったために都落ちで香夜ちゃんが大貧民となった。
まあ、罰ゲームがあるわけでもないが。
「なんか……勝てせてあげられたのはいいんですが、めぐちゃんに負けたと感じるとそれはそれで悲しいです」
別のところでダメージを受けていた。いや、君は実質一位だから。たぶん、そのまま大富豪だから。
俺たち先輩グルーブは最大でも富豪にしかなれないと思うよ。
大富豪は元よりカード回りがいい人が勝つのだが、まあ弱いカードでも役目があるのでそこの使い方がうまいというか。あの子カードの引きが異常に強い。
ちなみに回してるのは美沙輝なのでよほど偏ることはないんだが、回した美沙輝自身が絶句するほどだ。
「なんか……ゴメン」
「いや、お前が謝ることじゃねえよ。ただこの調子じゃ、今みたいに恵を勝たせようとしてる配分の時しか勝ち目はないな」
「先輩方。作戦を話してるようですがそろそろ部活やりましょう」
「お、新入部員が作ってくれんのか?」
「あなたは名前を覚えてください。山川さん」
「山岸ですけど⁉︎君が先輩のことを敬ってくれない⁉︎」
「私が現在のところ先輩で敬ってるのは美沙輝さんだけです」
あれ?俺は?
「先輩は先輩としての威厳が足りないので」
「え?威厳あるよな?恵」
「美沙輝さんに縛られてた時点でちょっと……お兄ちゃんとしては大好きだけど、先輩という視点で見ると尊敬ができるのかは私にはわからないよ」
「くそっ!妹に先輩とかいう概念を考えさせるんじゃなかった‼︎」
「……なんか私も含んでそうなんですけど。別に私は先輩の妹ではないですし」
「妹みたいなもんだろ?」
「そこで一切の雑念なく言われると反応に困るのですが。私はただの一後輩です」
「嫌われてんの?お前」
「順位的には山中さんより上です」
「山岸って言ってるだろ⁉︎もう意図的に間違ってるだろ‼︎」
「うるさいのと茶髪とそれをワックスで立たせてるのと、私をちびっ子扱いしたので評価は相当低いです」
一番最後のを一番根に持ってるね。分かりやすい子です。俺は言ってないぞ。小さくて可愛いっていつも言ってる。それで分かりにくいけど照れてくれるからそれがまた可愛い。
なんだろう。一家に一人欲しい。色々万能だし。ただ、お菓子作りは苦手なようです。
「ちくしょう……俺のアイデンティティを全てなくす気かよ。これがなかったら俺はモブキャラに成り下がるぞ」
「いっそモブキャラになってフェードアウトしてもらっても一向に構いませんよ?」
「なんで新入部員が一番口が悪いんだ⁉︎お前らちゃんと教育しろよ!」
「だって、俺たちには悪くないし」
「あんただけよ」
「……それ、計算か?」
「素ですが?ちなみに先輩が近くにいるからこんな態度であって、一対一なら逃げる自身があります」
「とんだ狐だよこの子は」
「いやうさぎっぽくないか?」
「猫みたいな感じじゃない?」
「ハムスターみたいな感じの可愛さだよ」
「動物に似てるって意味で使ってねえよ‼︎どこまでバカにされてるんだ俺は‼︎」
「いや、所詮Bクラスに言われても」
「俺たちは特進コースだし」
「うう……絶対お前らより生涯年収稼いでやる‼︎」
俯いて叫ぶ山岸の肩に香夜ちゃんが手を置いた。仲直りするのか?
「……生きてればいいことあるかもしれません」
「重いな⁉︎俺の将来性が見えないってか⁉︎」
「せっかく料理研究同好会に入ってるんですからコックとか目指してはどうでしょう?」
「大体なろうとかいう奴はもっといいところで修行積んでるさ……こんな部費も出ないような弱小じゃ、調理器具をそろえることもままならないぜ」
「甘いです。そんな調理器具に頼ってるようでは出来るものもできません」
「何が言いたいんだ?」
「例えば、バラエティーなんかで一流の卓球選手がラケット以外のものでも普通にボールを打ち返しますよね?」
「ああ、見たことあるな」
「つまり、極めれば包丁でなくても食材を切ることが可能です」
「めちゃくちゃなこと言うな⁉︎」
「いつだって食材がそこにあって包丁が手元にあるとは限りません。そういうことです」
「すげえ限られた状況であると思うんですけど」
「では実際にやってみましょう」
え?できんの?ものの例えじゃなったの?
うちの部は同好会なので部費が出ないため食材なんかは自分で調達だ。持ち寄れば自分たちでもなんとかなるというのがうちの部長の話だ。タイムセールとかを有効活用しててまるで主婦のようです。
そこで買ったか家から持ってきたのかはともかく、香夜ちゃんは人参を一本取り出した。
そして、まな板の上に置く。確かに包丁はない。後ろに回ってみたが隠してることもなさそうだ。
あ、香夜ちゃんの膝裏綺麗だな。
「どこを見てるのかしら?あんたは」
「い、いや、手品のタネでもあんのかなって……な」
これ以上は見るのはやめておこう。いつまでも眺めていたいけど。
「ふぅ…………てやっ!」
切れた。手刀で。
「って出来るか⁉︎」
「最初はまな板に手をぶつけてもいいんでやってみることが大切です」
「人参にぶつかって痛いだけだろ⁉︎」
「文句多いですね。豆腐からでどうでしょう?」
「まずやらねえから!普通に包丁使いますから!」
「だからいつもそこにあるとは限らないですよ。そこにある包丁も刃こぼれしていて使えないかもしれない。さらに砥石で研ごうにもその砥石がないかもしれません。さて、そんな時に食材を切りたい。でも、包丁は使えない。どうするんです?」
「料理をやめればいいんじゃねえかな……」
ごもっとも。
「まったく……料理人の気概を感じられないですよ」
「俺は君から後輩としての気概を感じられないんだが」
「感じさせる気はありませんから」
「……お二人よ」
「どのお二人?」
「佐原と宮咲だよ!」
「ああ……で、なに?」
「もう一人……男子でも女子でもいいからもう少し先輩を尊敬してくれる後輩連れてきてくれない?俺、この子がいたら心折れるぞ」
「一度折ってもらったほうが楽になれるんじゃない?」
「お前は1年からの付き合いなのに少しは庇ってあげようとかそういう気はさらさらないのか⁉︎」
「さらさらない。どんだけ私が迷惑被ってきたと思うのよ」
「すいませんでした。宮咲様」
「まったく……それに後輩に知り合いがいるわけじゃないし頼めないわよ」
「それに仮入部期間終わったしな。今から入り直そうとすると転部届けが必要だし手続き面倒なんだよな」
「俺に救いの手は⁉︎」
「あ〜俺からの手料理を施そう」
「お前の料理味付け濃いんだよ‼︎俺は薄味がいいつってんだろ‼︎」
「なんだよ。結局味が薄いとか言って調味料足すぐらいなら最初から濃いほうがいいだろ。世界一メシが不味いって言われるイギリスの原因がその味の薄さだ。元がそんな美味くないから味付けでごまかすぐらいしか方法がねえのにそれをしようとしねえんだな」
「己……俺のメシが不味いってか」
「いや、お前は美味いよ。美沙輝と張れるぐらい。ただ、俺の料理は恵好みに調整してるもんだからなあ。大衆受けはせんだろうな」
「ええい!なら俺が作る!材料あるか‼︎」
「ないわよ。作るなら自分で持ってくるか、事前に連絡しておくのがルールでしょ」
「うう……」
結局今日は山岸は何も作れず、大富豪で散々負け倒して帰っていった。
見た目でするもんではないが、山岸は料理がうまい。小慣れてるというか、動きに大した無駄がない。
それが生かされる日が来るのかどうかはまた別の話である。