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完璧少女

 少し、心の中に隙間ができた。どうしてもそれが埋められなくて、しばらくほうけてしまっていた。

 それでも、学校だけには行っていた。だけど、なんでも空虚に感じてしまって、ついには料理研究部ですら幽霊部員になりかけていた。

 俺たちが三年次、二年生の部員はアリサちゃん1人になってしまった。でも、彼女は強かった。私が引っ張っていきますって。俺はそんなに強くなかった。道化にもなりきれない。自分が思っていたほど強くなかった。弱かった。

 さすがに三ヶ月もそんな状態だったので美沙輝から喝を入れられて、虚脱状態から徐々に回復していった。

 料理研究部のほうも一応部に昇格していた甲斐もあってか、一年生の部員も数名入っていた。あの、アリサちゃんが一年生に教えてるなんて、1年前を見てたらとても考えられないことだ。

 変わっていくんだ。俺が止まっていても、自分の足で歩いてる。自分に足りないものを考えて、努力して、成長する。

 きっと、一番成長したのは恵だろう。

 二年生の前期、あいつは生徒会長となった。いつか言っていた、目標を一つ達成したのだ。俺が腑抜けていたから、あいつは自分のことは自分でやるようになったし、出来るようになった。

 ちょっと昔なら、自分でやろうとせず他の人を頼ろうとしていたのかな。

 まだまだ勉強が出来るようになったとは言い難いし、体力は未だに自転車を30分も漕ぐと息が絶え絶えになってるぐらいだけど。でも、前みたいに見てくれる人がいなくても、ある程度の点数を安定して取れるようになっていた。クラスでも上位とのことだ。せめてもの幸いはアリサちゃんが同じクラスにいることだと思う。


「佐原先輩!佐原先輩!」


「んあ?」


「寝てないでくださいよ~。私料理作ったんで評価してください!」


「ダメ出ししかしないかもしれないけどいい?」


「その方がいいです。美沙輝先輩、甘すぎますから」


 まあ、なんかやたら熱心な子が入って、その子も最初の頃は包丁の握り方すら危うかったらしいが、美沙輝さんが優しく指導したので、三ヶ月である程度1人で料理が作れるようになったらしい。その三ヶ月、俺はここにすら来てなかったんだけどな。

 俺が来るようになってからというもの、この子は俺の方を頼ってくる。料理の腕は変わらず美沙輝や山岸の方は上なんだが、この子の言うとおり、美沙輝は後輩に甘いし、山岸は相変わらずあんまり来てないらしい。週のうちのランダムで来るので、山岸ルーレットなんて賭け事も発生するぐらいだ。当たった人が山岸の料理を食べられるとかそんなん。腕だけは確かだからな。

 ん?アリサちゃん?……は、まだちーちゃんのところで武者修行をしてるとかなんとか。ようやくバイトに採用してもらったとも聞いた。


「どうですか?」


「もうちょい塩気が欲しい」


「塩分は控えめにしたほうがいいですよー」


「控えすぎじゃねえか?砂糖、塩使わなくても、醤油をもう少し使ってもいいかもな」


「佐原先輩は塩分多目が好き……っと」


「なんのメモだ」


「佐原先輩って彼女とかいないんですか?」


「……いないよ。生まれてこのかたずっと」


「噂じゃ美沙輝先輩と付き合ってたとか」


「そんなこと言ってるとあいつお玉投げてくるぞ」


 噂だとしても、こんなこと言ってると普通に包丁飛んできそうだしな。

 今日は面談のためにまだ来てない。最終進路を決定する時期に入ってきているのだ。

 他の一年生はアリサちゃんに教えてもらいながら、何か作っている。あれって、俺にも回ってくんのかな。


「佐原先輩って、大学とか決めてるんですか?」


「ん?ああ、県内の国立大」


「え、そんなに頭いいんですか」


「言っておくが、美沙輝より俺のほうが成績いいんだぞ」


「あー、美沙輝先輩が怒るのも無理なさそうですー」


 なんでや。俺がトップじゃあかんのか。


「それで、彼女の話に戻るんですけど、作らないんですか?」


「なんだ?雅ちゃんが立候補するのか?」


「え?あー佐原先輩がいいならそれでもいいかもですけど。佐原先輩優しいし、カッコいいって一年の間でも結構人気ですよ」


「その人気を同級生から得たいなあ」


「嫌われてるんですか?」


「呪いの手紙がわんさか届くわ、俺をターゲットとした集団いじめか時折発生する」


「何をしたらそうなるんですかね……」


 紹介をしてなかったが、さっきから話してるこの後輩は、桜宮雅さくらのみやみやびちゃん。俺にも慕ってくれる後輩ができたよ。


「まあ、2年の間はいろいろあってな……ある一時は二股疑惑さえかけられていた」


「えー。佐原先輩そんな節操なしだったんですか」


「さっきの会話をなかったことにしないでくれ。付き合ったことないって言っただろ」


「じゃあなんでそんな話が出てくるんですか」


「……俺さ、好きな子がいたんだ」


「付き合わなかったんですか?」


「ちょっと話が長くなるけどな。その子、妹の親友で勉強の面倒見てくれてたんだ。すっげえ可愛い子でさ、まあ、なんかの間違いだったのか、俺のこと好きだって言ってくれたんだ」


「……その人は?今、どこにいるんですか?」


「分からねえ。助けを求めないように誰にも話さずに転校しちまったんだ。そういや、どっかに写真飾ってなかったかな」


 確か準備室の方に。一応、ここが俺たちの部室扱いとなっている。多少私物が置いていても許されているのだ。


「……終業式の日に撮ったんだ。本当はもっと髪が長かったんだけどな。腰まで伸びてて、綺麗な髪だったよ」


「あ、この人ですか?髪は肩ぐらいですね。でも、なんで佐原先輩、この人と離れて撮ってるんですか?」


「もうその時には離れることが分かってたからな。俺が辛かったんだよ。美沙輝に無理やり入らされたんだ。俺、6月ぐらいまで部に来なかっただろ?」


「まあ、来た後もなんだかボケーっとしてましたけど。それで美沙輝先輩より成績がいいなんて到底思えないですからね」


「……とりあえず、この子もこの部の部員だったんだよ。君らが入らなかったらアリサちゃんが来年1人でやるところだった」


「アリサ先輩も綺麗な人ですよね」


「今でこそ人に教えられるぐらいになったけど、どうだったかな……文化祭ぐらいまではダークマターとか生み出すレベルで下手だった」


「そうなんですか?」


「やっぱり慣れだよな。友達のところでほぼ毎日練習したみたいだぜ。今でもたまに行ってるみたいだし」


「私も家でやってみようかな……」


「ま、よかったら俺が教えてやるよ」


「味の評価は佐原先輩のほうがいいですが、技術的な話なら美沙輝先輩に聞きます」


 正直な後輩である。あんまり俺が先輩らしさを見せないからか、少しなめられてるような気もします。いいんだけどさ。かしこまられるよりもフレンドリーに行こう。


「……でも、本当に可愛らしい人ですね。なんで付き合わなかったんですか?」


「うちの妹、生徒会長なんだがさすがに知ってるよな」


「はい。時々ここにも来ますし」


「今でこそ生徒会長にまでなったわけだが、元々、あいつ進学クラスでもなければ、下の就職クラスでも入学時はほぼ最下位レベルの学力だったんだ」


「ええ⁉︎」


「というか、1人じゃ何も出来ない子だった。それがすべての始まりだ。だから、俺がなんとかしようとあいつの育成計画を立ててたところ、恵がその子を連れてきたんだ。結構、協力的にやってくれてさ、付き合いが長くなってきて、さっきも言ったけど、お互い好きだったんだ。でも、あいつのことを途中で投げ出すことは出来なかったから、あいつの手を離すことが出来た時、付き合おうって、そう約束したんだ」


「……でも、その前に転校しちゃったんですか」


「ああ」


「……まだ待ってるんですか?」


「そうだな。いつか会えると思ってる。何年でも待つさ。俺が一番好きになった子だからな」


「……重たいと思われないといいですね」


「辛辣だな、後輩よ」


「でも、それだけ思ってくれる人が私にも欲しいですよ」


「ま、キッカケなんて人それぞれだろ。せっかく料理部に一年で男子も入ったんだし、ちょっとは仲良くしてやれよ」


「いやあ、あれは私の幼馴染なので正直腐れ縁みたいなものですよ」


「腐れ縁すら俺は作れなかったけどな……。雅ちゃんみたいな可愛い子が幼馴染とかあいつ死ねばいいのに」


「佐原先輩。本音しか漏れてないです。でも、そうですね。貰い手がお互いなかったら貰ってあげてもいいかもですね〜」


「すごくやる気なさそうだな」


「そんなもんですよ。お互い知り尽くしてると」


 雅ちゃんは写真立てを元の位置に置いた。いつか、その写真が更新される日が来るのだろうか。

 歴代の部員ってアルバム作ってもいいかもな。思い出はいくらあっても足りないぐらいだ。風化しないように、色褪せないように。形として残したい。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


 1人感傷に浸っていたら、やかましいのがきた。


「あ、生徒会長」


「あ、こんにちはー。雅ちゃんだっけ?」


「はい。佐原先輩にはお世話になってます」


「こっちもよろしくね。まったく、可愛い後輩にデレデレしちゃって」


「可愛い後輩なんだからデレデレしてもいいだろう」


「いつかのためにその伸びきった鼻の顔写真を撮っておこう」


「いつ使うつもりだ」


「いつか、だよ」


「で、何の用だ?生徒会の仕事か?」


「まあ、それはおいおいなんとかなるから」


 まーた、千石くんの負担が増えそうだ。頭抱えてそう。前に引き続き生徒会長に振り回されるのかあの子は。後輩男子ながらも、あの子だけは同情してやりたい。


「今日は天文部の方で」


「なんかやるのか?」


「部長がね、ちーちゃんになったわけですよ」


「ほう」


「ちーちゃんから今日は流星群が見れるみたいだから、天体観測するよ、って。お兄ちゃんもどう?」


「こんなクソ寒いのによくやるな」


 現在11月にも入ろうかというこの時期。日に日に寒さが突き刺すようになってきていた。お前らそろそろ引退だろとか、言われるかもしれないけど文化祭が一応退き際なのである。だが、文化祭終わっても来てやる。……早い奴なんかはすでに進学先も決めてんだよな。


「寒いからこそ空気が澄んで綺麗に見えるんだよ!せっかく天王洲先輩が天体望遠鏡残していってくれたのに、あまり有効活用出来てないんだよ」


 お前が扱い方を覚えればいいだけなのでは?ただ、大概の調整は矢作がしてるみたいだし。あいつは本当に便利屋だな。あいつが報われることを祈ろう。


「そうだ。雅ちゃんも一緒にどう?天体観測」


「え?でも、私部外者ですし……」


「お兄ちゃんも部外者みたいなものだから大丈夫、大丈夫。ちゃんとお家の人に連絡して許可をもらえればうちはいつでもウェルカムだよ!」


 まあ、こんな感じで恵は恵でフリーダムにやってる。フリーダム過ぎて、千石くんが可哀想になるぐらい。

 でも、生徒会長がこんな感じなので、学校もなんとなく活気付いてるし、これはこれでいい方向へと進んでるのかもしれない。前任のおかげでこいつに対して凄まじい不安を抱いていたが、俺が思ってたよりもずっと成長してて、頼もしくなったのかもしれない。

 まだまだこいつが描いている完璧少女へは遠いかもしれないけど、近づいてはいるのかもしれない。


「あとですね、お兄ちゃん」


「今度はなんだ」


「怒らないでね?ちょっと今日の宿題難しくて天体観測に間に合いそうにないから手伝ってください」


 まだまだ手のかかりそうな妹だった。

 香夜ちゃんはどうしてるかな。あの子は脆く、強い子だ。……誰か君のことを分かってくれる子に出会えてるといいな。

 いつか成長した君に、今度は不貞腐れた態度じゃなくて、胸を張って会えるようにしておかないと、示しがつかないな。


「で、お兄ちゃんは参加する?」


「参加する?じゃなくて強制だろ。お前はほっとくとすぐ迷子になるからな」


「てへへ。すいません」


 今はこんなかもしれないけど、恵だって成長してるんだ。そんな成長した姿を見せれるように。

 だから、また、いつか出会えますように。

 空に流れた一筋の光に、俺は願った。



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