遅い後悔と彼女の決意
実は終業式の前に修学旅行があったのだ。なぜ、三年になる直前の3月に行くのか疑問しか浮かばないのだが、事前に決められていることだから仕方ないと割り切るとしよう。
ただ、修学旅行については特に描写しない。別に新しい恋が始まったりしないし、誰かとの関係が進んだりもしないし、特に学業を修めたりもしてないのだ。修学旅行ってなんだろう。ただ今年でよかったとつくづく思う。家に香夜ちゃんがいてくれてるので、恵のことを気にする必要がないのだ。
……あの子らはちゃんとご飯食べてたんでしょうか。それだけは気がかりです。
しかしながら、帰ってきたときは香夜ちゃんは自宅の方に戻ったことを恵から聞いた。お土産も渡そうと思ってたのに、すれ違いになったようで少し寂しいな。
「ほら、お前もお土産だ」
「やったー!」
だけども、お土産をもらってもなんとなく恵の顔は浮かない。
「あんまり嬉しくなかったか?」
「え?ううん。そんなことないよ。嬉しいよ。来年はちゃんと買ってくるね」
「来年はどこになんのかね」
「決まってないの?」
「もしかしたら、という話だ」
「ふああ。ごめん、お兄ちゃん。眠いからもう寝るね。お土産話はまた明日聞くよ」
「お前は明日も学校だろうが」
「なんで二年生休みなの?不公平だよ」
旅疲れというものはあります。
若干不満をプリプリ言いながらも恵は寝床に向かった。さて、俺も荷物を少し片して、風呂に入るか。
この日香夜ちゃんがうちにいなかった理由と、恵がお土産をもらっても少し浮かない顔していた理由は、次のバイトの日に知ることになる。
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「おはようございます」
土曜日、いつも通りバイトのシフトの時間なのでバイト先のファミレスまで来ていた。
「これ、修学旅行の土産っす。みんなで食べてください」
「ありがとね。ああ、佐原くん。シフト出たから確認しておいて」
「すいません」
出勤する前にシフトの確認だ。3月だし、俺も暇だから出られない日があるわけでもない。一応目は通しておく。
「……なんかシフト多くなってないですか?」
「後半のシフトだしねえ。春休み入るだろう?」
「僕の意見はどこへ」
「どこか出かける予定?」
「まあ、ぼちぼちあるでしょうね。てか、こことか人多すぎでしょう。僕がいなくてもなんとかなります」
「いてくれると助かるんだけどねえ。仕事早いし」
そんなシフト表を眺めていてはたと気づいた。
「あの、東雲さんの名前がないんですけどどうしたんですか?まだ提出してないんですか?」
いや、こうしてシフト表を作られているのだ。提出してないなんてことはありえないだろう。
「あー……。彼女辞めることになったんだ。親が転勤するとかで。2月いっぱいまでで辞めさせていただきますって」
親?転勤?
俺はそんな話何も聞いてない。どうなってるんだ。
「だいぶ前から聞いてたんだけどね……君だけには黙っててくれって。心配かけたくなかったんじゃないかな」
心配なんてそんなことどうでもいい。
なんで、何も言ってくれなかったんだ。
「すいません。今日は欠勤でお願いします。明日埋め合わせするんで。すいません」
俺は着替え途中だったが、荷物をひっつかんで事務所から飛び出した。
とにかく聞かないといけない。俺は自転車を自分が出せる全力で漕いだ。
暦上春になったとはいえ、まだ3月上旬。コートが手放せないぐらいの気温だったが、ここまで全力でこいでいると体が火照ってきて、コートも邪魔になってきた。
一度、家に戻ってから行こうかとおもったが、きっと自宅にいるだろう。
今日戻ってくるかと思ったけど、俺が出てくるまで来なかったのだ。
香夜ちゃんの家は……。
20分ほど自転車を漕いで、目的地となるそこへとたどり着いた。二階。おそらく香夜ちゃんの部屋の電気がついてる。
……香夜ちゃんのお父さんとか帰ってきてんのかな。だからうちへ来なかったかもしれない。でも、言及するのであれば今じゃなきゃ機会はないかもしれない。
俺のワガママだ。でも、ずっとワガママ聞いてきたんだ。一度ぐらい俺がワガママ言ったっていいじゃないか。
自転車のスタンドを立てる時間も惜しく、そのまま道路脇に捨てるような形で、香夜ちゃんの家の前へと立った。
息もまだ整ってなかったが、俺はインターホンに指を伸ばした。
『……はい』
「香夜ちゃん……俺だ……育也だ……」
『え……先輩?……今開けますのでちょっと待ってください』
程なくして香夜ちゃんが出てきた。
ただ、久しぶりに見た香夜ちゃんは俺が知ってる香夜ちゃんとはかなり雰囲気が違っていた。
「髪……切ったのか?」
「……変、ですかね?」
「いや、香夜ちゃんならなんでも可愛いよ。でも……」
俺が聞きたいのは……
「……さっき店長から聞いたんだ。バイト、辞めるって。理由が親の転勤だって」
「そうですか……話しちゃいましたか。実はお正月前に決まってたことなんです」
「なんで……言ってくれなかったんだよ」
「……言ってしまったら、先輩は引き留めようとするでしょう?……それじゃ、ダメだって分かってましたから。めぐちゃんにも先輩が修学旅行に行ってる間に話しておきました」
恵の不自然な態度はそれだったのか。恵の口から話すべきかどうか分かりかねていたんだろう。もしくは、香夜ちゃんから口止めされていたか。
「ダメなんです。私があそこにいたら。私も、先輩も、めぐちゃんのためにもなりません。いつか離れるべきだって……それは先輩も分かっていたことでしょう?」
「…………」
「……ポンコツになってたのは私です。でも、みんなからいっぱい色んなこと教えてもらいました。私が今度は1人で成長しなきゃいけない番です」
「……なあ。……いや、ごめん。親の転勤だもんな。ワガママ言えないよな。……修学旅行のお土産、買ってきたんだ。またうちに来てくれよ。渡すからさ」
「はい。必ず」
香夜ちゃんは笑っていた。
いや、本当に笑ってる顔だったのかよく分からない。
だけど、なんとか俺も笑おうと思った。俺が笑ってなきゃ、香夜ちゃんも心配してしまうだろう。不安になってしまうだろう。
だから、笑った。
あまり外に出してるのも寒いだろうし、言いたいことなんていくらでもあったけど、今更どうこうできる問題でもない。
俺は香夜ちゃんの頭を少しだけ撫でた。ちょっとくすぐったそうに香夜ちゃんは肩をすくめていたけど、先輩はしょうがないですね、っていつも通りの反応だった。
その反応がなんだかいたたまれなくて、俺は香夜ちゃんから自転車に乗って逃げ去った。