見えない壁(2)
無論、公立校ならば特待生枠に入らなくとも私立より安く済むし、私立だとその枠に入らないと公立と変わらない程度で行けない。
私ならば、どこにでも行ける。
……でも、あいつが行くのはそこだけなのだ。
男子を追って行くとなれば絶対に反対されるので、それだけは隠すことにした。
私が勧められていたのは三つ上のお姉ちゃんと同じところ。
「それだけは絶対に嫌」
そこが家から最も近い高校なのだけど、お姉ちゃんがOGとか嫌な予感しかしない。まだ大学の進学が決まってないので、私としてはできる限り距離を置いておきたいのだ。お姉ちゃんは許したくないだろうけど。妹離れして欲しいものである。
お姉ちゃんと同じ高校が嫌で一番そこが近いという理由で押し通した。あんたが行きたいところでいいと親も折れてくれた。どこに行こうがそこでトップレベルの成績を残しておけば、そこで積み重ねればどこにだって行ける。
あんな生き方をしてる奴がどうなっていくのか、少し行く末を見てみたくなったのだ。
だから、あいつを追って行く。好きだとかそんな感情ではない。
だって、あまりよく知らないのに一目惚れもしたくない。
先生からも公立でも、私立でももっと上を狙えるとは言われたけど、私が選んだ道だ。誰に文句を言われる筋合いもない。私立に受かれば、公立の試験を無駄に受ける必要もない。
……少しは楽になるかな。あまり縛られてたくもないし。でも、決まった後でも何もすることがなくても、学校へ行かないといけない。それだけは面倒かも。
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「美沙輝~私のこと忘れないでね」
「別に年中向こうにいるわけでもないでしょ?こっちに帰ってきたらまた連絡してよ」
「頑張れるかな……」
「あんた次第でしょ。頑張れるか、やる気をなくすかは。でも、好きなんでしょ?ソフト」
彼女が入ってた部活はソフトボールだ。恋愛以外でこの子が話すことは部活のソフトボールなのだ。力はそこまでないけど、抜群のミート力と堅実な守備でうちではリードオフマンをしていた。力はそこまでないとは言ったけど、さすがに文化部の私よりはあるけど。
でも、やっぱり打ち込めることがあるっていいな。
「私も、何か始めようかな」
「じゃあソフトやろうよ!大会勝ち上がったらうちと当たるかもだし!」
「運動部はパス」
「うええ」
「苦手なのよ。スポーツ」
「別に足が遅いわけでもボールの扱いが下手なわけでもないじゃん」
「高校から始めて追いつけるかなんて私には無理よ。もっと別のことするわ」
「う~でも、帰ってきたらキャッチボールぐらい付き合ってよね!」
「はいはい」
「じゃあ私も頑張るのだ!美沙輝も元気でね!」
私の友人は県外でスポーツ特待生の枠をもらってそこでソフトボールをやるのだそうだ。彼女が中学で頑張った結果だろう。それは認めることだし応援もしてあげようと思う。
何も言ってなかったけど、もう今日は卒業式。公立校の受験はこれからだからまだ終わってない人もいるけど、一旦の区切りだ。私はもう私立の方受かってそこで決まったから何をするでもない。
……ちょっと高校のこと調べようかな。部活もやりたいし、これから三年間何かに打ち込むのも悪くはない。まあ、運動部は御免だけど。
まだ打ち上げムードでもないので、私は一人で家に帰った後、高校のホームページを開いた。新入生に向けてなのか部活の紹介ページが一番最初に出ていたのでありがたい。
でも、スクロールしていきながら見ていったけどこれといってピンとくるものがなかった。
うーん。文化部じゃ限界があるかなぁ。同じ文化部でも吹奏楽とかかなり厳しいとか聞きかじったことがあるけど。うちの中学の吹奏楽部がそうであったかどうかは定かではない。
そうだ。やりたい部活がないなら自分で作ればいいじゃない。
規定とか分からないけど、作れないことはないわよね。よし、入学するまでに考えておこう。
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高校に進学した。あいつと同じクラスだった。いくつかコースがあって、進んだ先の進学クラスは二クラスだから実質1/2なんだけど。ちなみにクラス替えはないらしい。
あいつは同じクラスに知り合いは私ぐらいしかいなかったようで、とりあえず外面はあのキャラのまま行くようだった。
なんでもいいけど。私は私がしたいことをするだけだ。
入学式に配られた生徒手帳をパラパラとめくって、部活の項目を探していく。
部を設立するにあたっての必要事項の確認だ。
「部活……一人だと同好会までしか出来ないのか……担当の先生も一人必要……」
部活となるには最低でも五人の部員と正式な顧問が一人いないといけないようだ。
しかし、面識も何もないこの学校の先生に一年生の私が頼んで引き受けてくれるのだろうか。
一先ず行くだけ行ってみることにしよう。
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私が行くとすでに何やら揉めてる?様子の先生と一人の男子生徒がいた。
気にせずに素通りしようかと思ったけど、会話の内容が聞こえてきたので、そっちの方へと足を向けた。
「あの……どうしたんですか?」
「先生が取り合ってくれない」
「目的言ってくれないと何を取り合ってもらえてないのかさっぱりなんだけど」
「新しく部活を作りたいんだが、容認してくれないんだ」
「だから必要な手続きをしてから来いって言ってるだけだ。今すぐここで受理はできないって言ってる」
「必要な手続きをすればいいんですか?」
「そうだな。それが通るかどうかは職員会議で他の先生方からも聞いて、あとは生徒会に空き部室があるかどうか確認してもらって始めて部として設立できる」
「……ちゃんと要項読んだの?」
「ようこう?なんだそれ」
ダメだこいつ。私の本能がそう告げていた。
「で、何を作りたいの?」
「料理研究部だ。スキルを磨いて日々の食事に彩りを加えていく!」
家でやればいいんじゃなかろうかと思ったけど、料理か……。それもいいかもしれない。
「はあ……先生。私がその手続きやります。必要なものがあれば貰えますか?」
「あ、ああ。少し待っててくれ」
「なんだ?お前も料理するのか?」
「このままだと永遠に終わらなさそうな気がしただけよ。私も料理には腕に覚えがあるし、いいわ。私も一緒にやる」
「ホントか⁉︎いや〜まさか女子が入るとは思わなかったな〜」
「むしろ料理する男子の方が物珍しいわよ。で、あんた名前は?」
「俺?俺は山岸努。1年D組。よろしくな」
「私は宮咲美沙輝。1年A組よ」
「よろしく!」
この頃は入学したてだったのもありまだ比較的まともだったと思う。こいつも。ただ、私が進学クラスだということを知ったのは中間テストが終わった後だと言うのは、いかにこの学校仕組みを理解していないかの証明でもあり、先行きは不安だった。
そして、二人で同好会を設立したはいいけど、山岸は家の都合で週に三回の活動だったのが、二回、一回と減っていった。
最初はお互い料理を作りあって、意見しあって、それなりに楽しかった。でも、一人で作ることも多くて、食べてもらおうにも食べてくれる人はいなくて。……でも、活動してなきゃ潰れてしまう。だから寂しくても虚しくても一人でいても、私は活動し続けた。
もう1年も三学期を残すのみとなった時、ある一人から相談を受けた。
「なあ、宮咲。お前、料理研究部やってんだよな?」
「……同好会よ。部じゃないわ。あまり、大したこともできてないけど」
「俺、そこに入りたいんだ!入れてもらえないか⁉︎」
なんで今更。
私はそれだけだった。でも、人手がないのは確かだ。ほとんど私一人の活動となっていたし、人数が多いことに越したことはない。来年の一年生が入れば部に昇格できるかもしれないし。
「……いいけど。なんでこんな時期に?」
「ちょっと妹のことで問題が発生してな……テニス部を辞めることになった」
「はあ?」
「もう退部しちまったんだ。でも、流石に妹に部活辞めてまでやってるってバレたら申し訳ないし、どこかに籍置いときたいんだよ」
「……転部ってなんか規約なかったっけ?」
「同好会だったら細かい規約はないみたいだ。頼むよ」
「……とりあえず、私は許可するわ。転部届けだか入部届けだかは分からないけど、私のところに持ってきて。一応、私が部長だから。顧問も私に一任してるみたいだし」
「サンキュ!恩にきるぜ!」
そいつは走って教室を出て行った。おそらく職員室に手続きの紙をもらいに行ったのだろう。まあ、私の認めを通して、また先生に誰がどこに所属してるかを確認するためにその紙を渡しに行かないといけないんだけど……せっかく入ってくれるんだし、それぐらいは私がやってあげるか。
そして、ものの数分で戻ってきた。少し息が上がってるようだけど、どれだけ走ってきたのだろう。廊下は走るなとそれだけ言っておけばいいんだろうか。
「……じゃあ、頼むぜ」
「一応確認するから待って」
『転部理由:妹の学力不振のため』
意味がわからん。なんで妹の学力の問題で、こいつが転部するのか。はたして、私が容認したところでこれが転部届けとして認められるのか甚だ疑問だけど、手が足りてないことは確かだし、サインだけしておこう。
そんなわけで、料理研究同好会に一人新入部員が増えた。これが喜ばしいことであるかはこの段階でよくわからなかったけど、のちの功績を考えるのならばよい采配だっただろう。
ただ、この一年こいつを見てて思ったことは、人付き合いが悪いわけではない。だけど、どうしても前から見てるこちら側としては痛々しくてしょうがなかった。
なんだろう、この感覚。でも、せっかく一緒の部になったんだし、こいつのこと、もっとよく知るチャンスかもしれない。
「ねえ、佐原」
「ん?今日は活動どうすんだ?」
「あんまり考えてないわね……また日程表でも作るわ」
「そっか。あいつがそろそろ受験だからラストスパートかけなきゃいけなくてな」
「そうなんだ。……えっと」
「どうした?」
「いや、せっかくだし小学校から一緒で名字呼びもなんかよそよそしいじゃない?だから、名前で呼び合ってもいいんじゃないかな、って」
「あー……いや……まあ、お前がいいならそれでもいいけどよ」
「なんか不服そうね」
「俺さ、人との距離の取り方がイマイチ分かんなくてさ、確かにお前とは小学校から面識あるし、同じクラスだったから本当は気安く呼んでもいいのかな、とか考えてたんだ」
「そう」
「まあ、俺みたいなやつじゃお前が迷惑するだろなって思ってさ、変に馴れ馴れしくするのはやめといたんだ」
「まあ、話しかける口実はできたじゃない。いいわよ。私のことは美沙輝って呼んで。あんたのことも育也って呼ぶから」
「……俺、自分の名前親以外から呼ばれたことなかったなあ。その親も最近あまり帰ってこねえから、名前なんて呼ばれたの久しぶりだ」
「……妹さんはなんて呼んでるの」
「お兄ちゃん。2人兄妹だから分らんくなることもないしな」
「……ま、いいか。じゃあ、妹さんに頑張ってって伝えといて」
「おう。ありがとな美沙輝。じゃな」
「じゃあね」
お互いを名前で呼ぶことで、少し距離が近づいたような気がした。
少しだけ、あいつに名前を呼んでもらってドキドキしていた。
……壁を作っていたのはどっちなんだろう。私が話しかけれてあげてたら、解決してたことなのかもしれない。意地張って、結局こんな時期になって初めて話すなんて。
でも、なんであいつを私は見てようとしていたんだろう。
……きっと、なんかほっておけなかったんだ。どこか危ないバランスで成り立ってるようで。それが崩れないように、見ていようと思ったんだ。
うん、そうだ。そうに決まってる。
……そうだよね?
1人で自問自答してたけど、あいつと私の間の壁がなくなったのならば、それはちょっと嬉しいことなのかな、って思っていた。