表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/165

見えない壁

 私があいつと初めて出会ったのは小学生の時だった。ただ、初めて会った時から何を考えるのかよくわからないやつで、同じクラスになったのも5年生だったし、男女で別れて遊んでいたから、そこまで印象には残っていなかった。

 ただ、大体の子は公立の中学へとみんな一緒に上がる。だけど、それだけ。別に関わりを持つことなんてないんだろうと思った。

 でも、中学というところはまた別の形で情報が行き交う。それはもう女子となれば、近所のおばさんの井戸端会議なんかよりも下手すれば光速よりも早く情報伝達される。

 大概どうでもいい情報ばかりなんだけど、気になるものはあった。

 テストの順位だ。

 私は比較的成績が良く、毎回一桁に入ってるレベルだった。だけど、その光速で行き交う情報の中には、毎回学年トップのやつがいるとのことだ。

 名前は、佐原育也。

 前に同じクラスだったこともあって覚えていた。そんなに頭が良かったんだ。まあ、それでも関わることはないだろう。

 でも、どんなやつかは少し気になる。友達の情報はアテになるのかならないか定かじゃないから、自分の目で見ようとそいつがいるというクラスに一目見てみようと訪れた。

 小学校の時の容姿は知ってるからそこまで探すことは難しくないはずだ。この頃は2年の中間が終わったあたりだっただろうか。周りと比べると随分大人びて見えた。ただ、誰にも興味がないような感じがした。一人で壁際の机に座って本を読んでる。別に読んでる本も何でもいいのかもしれない。どこか壁を作るためにそうしてるようにも見えた。

 でも、小学校の記憶よりずっと顔が端正になってるようにも見えた。髪型のせいだろうか。あの頃よりずっと伸びてる。すごく切ってやりたい。余計なお世話か。

 でも、スカしたやつだと私は思った。だから、本当にその時はあれがそうか、とだけで立ち去った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ただまあ、そんな態度だからか、結局近隣の小学校の寄せ集めでしかないこの中学校だとガラの悪いのが一定数存在する。そいつは、結構絡まれることが多かったようだ。だけど、成績優秀な模範生徒(この頃は)であったので、先生が味方をしてくれることも多かった。それでも、あいつが態度を変えればいいだけの話だと思うんだけどね。

 そんなあいつにも妹がいるらしいということを聞いた。始めは彼女ではないのかと噂されていたが、まあ、苗字もその辺にある苗字ではないので妹という結論になったらしい。いや、そんなこと聞けば分かることでしょうに。憶測立ててないでさ……。

 見てくれはそれなりにカッコいいし噂する女子は絶えないから情報だけは無駄に勝手に入ってきた。私が欲しい情報じゃないんだけど……。

 ある日、そいつが生徒指導に呼ばれたらしい。停学にはならなかったようだけど、だいたいその頃からそいつは不自然になった。呼ばれた理由は一人の上級生がそいつに殴られたとかで怪我をしたからだとか。真相は私も知らないけど、停学にならなかったのだから、正当性があったものなんだろう。果たして、そいつが小突かれた程度で激昂して相手を殴り倒すだろうか。そうせざるを得ない理由は……。

 私が考えたところで無駄なことか。とりあえず、そいつが不自然になったということだけ聞いて三年へと進級した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 三年で中学では初めて同じクラスになった。でも、こっちが一方的に知ってるだけなのはなんか不本意だから、特に挨拶なんてしなかった。

 二年生の時がどんな感じだったのかなんて他クラスの私には知りようがないけど、このクラスではイジられキャラで、その場を盛り上げようとして、よく笑ってた。

 ……なんだかよく分からないけど、若干イライラしていた。なんとなく痛々しく見えたから。私が穿って見すぎなんだろうか。もっと、表面的に見ればいいんだろうか。もしかしたら、2年の途中までが殻を被ってたあいつで、今の姿が本当のあいつの姿なんじゃないだろうか。

 私がそんなこと考えたところであいつの本質が見えるわけでもあるまい。

 きっと、中学の頃は眼中にもなかっただろう。向こうが気にしなければ、特に何もない。事実、私のことなんて気にもしてなかったはずだ。ただ、小学校が一緒なだけで、特に話したこともなく、そんな人はこの学校にいくらでもいたから。

 でも、そんなことは度外視しても、私はなんとなくあいつに話しかけに行くことは躊躇われていた。なんてことないはずだけど。よろしく、の一言ぐらい言ってもよかったかもしれないけど。どう話しかけても、あいつにはなんらかの壁があるように感じていた。

 今、あいつと話してる男子はそれを感じているのだろうか。感じた上で話してるのか、それとも何も感じてないのか。私の考えすぎなのならば、それで過ぎていくことだ。きっと同じ高校に進学することもなさそうだし。

 あいつだけは頭の出来が違う。

 ……壁を感じてるのはそういうことなんだろうか。頭が良すぎると会話が成立しないとも聞いたことがある。あいつが会話のレベルを下げてるから成立してるように見えてる。だから、不自然さを隠せないんだろうか。

 それこそ、私の考えすぎか。一人の男子に何をこんなに執着してるんだろう。バカらしい。


「美沙輝〜。どったの?」


「ん?なんでもないわ」


「いや〜訳あり顔だよ。恋する乙女の顔だよ」


 どんな顔だ。この頃、比較的仲の良かった子だ。比較的行動を一緒にしてて人懐っこい子だった。人に甘えるのがうまいというのか、私が甘いだけなのかはそれは定かじゃない。そして、自分自身恋愛なんてしてないくせに人の恋には恐ろしく敏感で、詮索したがる。悪気があるわけじゃないし、応援したいだけなのも伝わるけど、あることないこと吹き込んでるのだけはどうにかならないのだろうか。

 女子なんてそんなものだろうけど。って、そういう私も女子だった。

 私の情報源というのも大体この子。耳が早く、口が軽い。摩擦係数が存在してないのかもしれない。あまり迂闊なことは喋れない。この子の口が軽いのは恋愛絡みだけだけど。思い立ったら即行動をその字の通りにする子だし。


「で、気になるお相手はどこの男子かな?」


「いないわよ、そんなの」


「えー!美沙輝は女の子が相手の方がいいの⁉︎」


「どんな曲解よ!男子じゃないなら女子という図式は成り立たん!」


「だって〜。美沙輝、可愛いし頭いいし、料理上手だし、より取り見取りだよ?誰も相手がいないのが不思議だよ」


「いらないわよそんなの……人の心配するより自分の方をどうにかしたら?」


「私は美沙輝がいればいいのだ!」


「いいのだ!じゃないわよもう……私だってあんたとずっと一緒にいられるわけじゃないんだし」


「美沙輝のいけず〜。美沙輝の意中の人は検討ついてるんだかんな」


「あっそう。別に合ってても恋愛絡みだけはないわ」


「じゃあ美沙輝は私のものだよ!」


「せめて学力を私と同じくらいにまですれば同じ高校ぐらいには行けるかもね」


「教えてください!」


「あんたのそういう素直なところは好きだけど、自分でもやらなきゃ身に付かないわよ」


「うう〜できるだけ頑張ってみる〜」


 額を指でぐりぐりしながら、彼女は降参のポーズをしていた。ただ、この子あまり成績は芳しくないので部活終わってから取り組んだところで私が目指すレベルの高校に行けるか謎である。でも、部活ではレギュラーで県大会とかにも出てるぐらいなのでどこかに推薦の話とかもあるかもしれない。部活もあることなので、私は見送ってあげた。

 進路か……。私、どうしたいんだろ。人に合わしていくのは御免である。私が行けるレベルで一番高いところを目指したい。そうしたほうが選択肢が広がる気がする。

 あの子には申し訳ない話だけど。

 そうだ。あいつはどこに進学するんだろうか。何故か知らないが、あいつはテニス部に籍を置いてるが、ほとんど出てないらしい。理由は妹の面倒をみないといけないから、とか。なんだそりゃ。そんなわけで、放課後になっても割と教室に残っていたりする。いたり、いなかったりだけど今日は残っていた。


「佐原」


「ん?ああ、宮咲か。何か用か?」


「ちょっと世間話をね」


「はは、お前が俺に?」


「そう笑うこともないでしょ。同じ小学校だったんだし」


「あんま話したことなかったろ」


「それはともかく。今日は妹さんのお迎えはいいの?」


「まあ、適当に迎えに行くさ。友達と喋ってたいだろうし。俺が行って待ちぼうけ食らうのも嫌だし」


「向こうが待ちぼうけ食らってる可能性は考えないのか」


「多少は我慢というのも覚えたほうがいいような気がしてな。まあ、こんな話したいんじゃないだろ」


「たまには交友を深めてもいいんじゃないの?」


「俺と深めたい奴なんかそうそういないだろ」


「あら。意外に自分を客観的に見れてるのね」


「お前はそう思ってたのか」


「まあ、なんとなく無理してるような気はしてたから」


「無理ね……ま、なるようになるさ。で、なんの話だ?」


「ちょっとね。あんたの進路教えてほしいって思って」


「進路?高校か?」


「うん」


「女子ってのは耳が早いから知ってるだろ」


「噂はアテにならないものよ。ちゃんと本人から聞かないと」


 佐原は周りをキョロキョロと気にしだした。あんまり聞かれたくない話なんだろうか。


「あまり人はいねえな。お前だけには本当のこと言っておく」


「そう言って他の人にも同じようなこと言ってるんじゃないの?」


「お前は他言するようなやつじゃないだろ」


「まあ……聞かれたくないとか、話したくないなら私だって無理には聞かないけど」


「いつか知られることだしな。教師側にも公立のトップ校に行けって言われてて、今のところはそこに行くとは言ってるけど、ここからは少し遠いが、うちからなら近所の私立高校あるだろ?そこに行く予定なんだ」


「……またなんで?」


「特待生制度があるからな。奨学金とかで公立とあまり変わらないぐらいで行けるようだ。妹にいくらかかるか分からんから俺ぐらいはせめてもな……」


「公立でもあるでしょ」


「確率の話だ。そっちのほうが取れる確率が高い」


「ふーん」


「宮咲はどうすんだ?」


「……あんまり考えてなくてさ。いつもトップだって聞いてたし、そういうやつはどこに行くのかなって。聞きたかっただけ」


「宮咲だって成績いいだろ」


「どこで拾ってくるのよそんな情報」


「まあ、最近は会話をするってことを覚えたからな。色んな奴の情報を拾ってる。箸にも棒にもかからないならともかく成績がいい奴なら自然と入ってくるだろ」


「そんなものかしらね……」


「そういや、お前部活は?」


「文科系だから運動部のように毎日活動してるわけじゃないのよ。でも、特待生って言ったってあんた部活のほう幽霊部員状態じゃない。それでもらえるの?」


「まあ、最悪、入試のみでの結果だけでも奨学金はもらえるみたいだし、何も部活だけですべて見るわけじゃないだろ」


「一評価としては指標となるでしょうけどね」


「……さすがに二年生までの結果じゃ使えんか」


「どんな感じなの?」


「地区大会優勝。県大会一回戦負け」


「……また微妙なラインね」


「俺がいなくなると妹が一人でな。親に世話頼まれてて、親も家を空けがちだからあんま大会だなんだで空けてられねえんだよ」


「……中学生よね?」


「俺も妹も中学生だな」


「そんなにお世話しなくちゃいけない?」


「この話は長くなるからなぁ。一つだけ言っておくと、あいつ一人だと迷子になるから俺が連れて帰ってんだ。とりあえずはそんだけ。じゃあ妹迎えに行かないとだからな。じゃな」


 そいつは妹のために部活する時間を削って、一緒に帰って行った。

 兄妹仲が良いとかそういう話ではなく、単に妹が迷子になるからって。……確か一個下よね?まだ学校への道筋が覚えてないというのは有り得るのか?たどり着けるけど盛大に時間がかかるとか、すぐに別な道に行こうとして結果どこにいるのかわからなくなっちゃう、とかそんな感じなのかな。


「それにしても私立校ね……」


 あそこならこの学校から行く人も幾らかはいるだろうけど、そんなに多い人数ではない。普通ならば公立校にできる限り行こうとするからだ。

 ……あいつ見てたらなんか変わるかな。親と相談してみよう。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ