片思いは一方通行
恋だの愛だの、好いたの惚れただの。
恋愛感情なんて両思いになるまでの過程はどちらかの片思いである。果たして、それが実るのかどうかも謎だし、確率論からいけばかなり低い可能性かもしれない。
どこかの誰かは好きでもない人から好意を向けられても迷惑だと言った。
はたまた別の人は好意を自分に向けられて嬉しくないはずがないと言った。
どちらも真理かもしれない。でも、真理だとしてもそれが届くかどうかはまた別の話だ。
その片思いの相手にはまた別の片思いの相手がいるかもしれない。もしかしたら、その恋する相手と両思いかもしれない。
そうしたら、残された片思いの子は諦めるしかないんだろうか。どこかで割り切らなきゃいけないんだろうか。
新しい恋を見つけなよ、と無責任に言うのは失礼だと思うけど、どうしようもない、ということだけは言える。
でも、それでも諦めきれなくて、ダメだと分かってても、足掻きたくて、自分なりに努力して。
『無駄な努力だよ』
……そうどこかで思って、努力することを止めた。だから、せめて仲良くしたいとだけ、好き、って気持ちは言わないで。
仮面を被ってたのは誰なんだろう。
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正直な話は一目惚れだったんじゃないかと思う。
入学式で同じクラスになって、その子を初めて見た。
私だってかなり目立つ容姿だった。そりゃ、生まれはロシアですもの。日本人にはない金髪に碧い瞳。中学からの知り合いなんていなかったけど、日本語は普通に会話できたから、質問されてもなんの問題もなかった。さすがにもう10年も日本にいる。むしろロシア語のほうが忘れてしまってるぐらいだ。私は過去の私を知らないみんなに囲まれた。
私の家のことを知っていて近づいてくる人たちじゃなかった。早い段階で私はクラスのみんなと仲良くなった。
そうだ、あの子は……。
その子の席を見たけど、私よりも小さく、背中まで伸びた艶やかな黒髪の女の子の姿はすでになかった。
また明日。そうだよ。同じクラスなんだから話す機会はいくらでもあるよね。
話しかけてくれてる子よりもその子にずっと興味があったけど、しばらくはその子と話すことはなかった。授業間の休み時間はいつも本を読んでてなんだか話しかけにくいし、放課後は挨拶が終わるといつも足早にどこかに行ってしまう。
そういえば、入学してすぐの頃、一人の上級生の男の人がその子を訪ねに来ていた。
その子もなんかかなり邪険に扱ってたから別にいじめられてるわけでもないようだけど、その段階ではどういう関係かわからなかった。
実はあの子が裏からこの学校を牛耳っているとか……。
その先輩自体はうちの教室に来ることはそれ以降はあまりなかったけど、その子とその先輩が一緒にいるのは度々見かけた。
噂では付き合ってるんじゃないかと。
でも、4月の段階で付き合うとかよほどアタックしたのか、もしくは中学時代からも付き合いがあったのか。それにしては、最初の邪険な態度が腑に落ちないし、乱暴そうな上級生ならそれで怒りそうだけど、そういったこともなく、普通に仲が良さそう……。
やっぱりそう見えれば付き合ってるのかな。もう少し動向を見てみよう。
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「もう中間も終わっちゃったよ!」
五月中頃。みんな部活を始めて、周りとの仲も固まって来ている頃、私はまだあの子とうまく話せずにいた。
それとなくあの先輩とのことを聞いてみたけど、彼女はつっけんどんで取り付く島もない。どうにもあまり人と関わりたくないみたいだ。なら、なんであの人とは一緒にいるんだろう。あの人に弱みを握られてるとか?
……そんな感じはしないかな。逆にあの子がその先輩の弱みを握ってるとか……。いや、その先輩も別にそんな風に付き合ってるようでもない。
そんなこんなで、私はどこにも入部しないまま中間まで過ぎ去ってしまった。いくつか誘われたけど、すべて断っていた。やってもよかったかもしれない。でも、私はやりたくない理由があったから。今は取り繕うことで精一杯だから。
「……いかがですかー」
「?」
なんだか遠く声が聞こえる。廊下?にしてはちょっと遠い。なら、外?
私は教室のベランダから下を覗き込んだ。
あの先輩だ。
今日は別の女の人と歩いている。部活でもやってるのだろうか。でも、体操着でもユニフォームでもなく制服で歩き回ってる。
なんの部活だろう。
ただ、目に入ったのはあれはおそらく唐揚げかな?訪問販売?値段とか特に書いてないけど。お金は……ある。情報料と思えばそんなに高くないだろう。ああして売り歩いてるならば、味も自信あってのことだろうし。
私は、財布を持って階段を駆け下りた。自慢ではないが足には自信がある。それもあって、色々と運動部に勧誘されたのだ。こんな所で活かすとは思っても見なかったけど。
ただ、たどり着いた時また一人女生徒が増えていた。なんだろう、この人。女の子を周りに増やせる特殊能力でも持ってるんだろうか。
それはいいや。とりあえず、話のきっかけを作らなきゃ。
「もうないの?」
相手は先輩だろうけど、臆してはいけない。ちょっと、生意気かもだけど。
「お前はあんだけ食べてまだ食う気か」
「今の私じゃないよ?」
「あん?」
先輩が私の方へ振り返る。今呆れてる最中だったからか、若干眉間にシワが寄ってるぽかったけど、背はそこそこに高く、女の子ウケしそうな整った顔立ちをしていた。
あんまりちゃんと見たことはなかったけど、思ったよりカッコイイ人である。
「金髪美少女⁉︎」
前言撤回。
「いや……別にそんなおだてるほどでは……」
でも、一応謙遜しておく。相手は先輩だ。
「可愛い〜うちの部に入らない?」
今度はもう一人の先輩?かな。が寄ってきた。こちらの人も美人さんである。
とりあえず目的言わないと。
「あの……唐揚げ買いに来たんですけど……」
「ごめんね。たった今すべて売り切れちゃって」
「おなかいっぱい」
あそこにあった唐揚げはすべてこの子のお腹の中に吸い込まれていったのか。私が降りてくるまでにそこまで時間なかったと思うけど、ともすれば、わたしが目を切ってすぐに現れて全部食べたのか。……それでも早すぎるだろう。
うーん。交渉材料が早速なくなっちゃった。でも、何をしてるかぐらいなら教えてくれるかな。
「でも、初めて見ました。何部ですか?」
「料理研究……同好会」
「同好会?部ではないと?」
この学校、同好会なんて概念があったんだ。そもそも、そんなにこの学校のことを調べて入ったわけでもないし、同好会となれば知名度も低い。現在帰宅部の私が威張っていうことじゃないけど。
「去年立ち上げて、今年も部員勧誘してたんだけど人が入らなくてね。人数が足りてないのよ」
「ふーん。そうですか……私が入ると部に昇格できるんですか?」
「部長会議っていうのがあってね。ゴールデンウィーク前と10月ぐらいに人数把握のための。だから入ってくれても部に昇格するのは10月になっちゃうわね」
そう説明を受け、その時はあくまでもそういうものなのかと、正直思っただけだった。だから、失礼がない程度に話だけでも聞こうかと誘いに乗った。
ただ、佐原先輩の話を聞かなければ、きっと私は帰宅部のままだったと思う。
確かにもので釣られたような気もしなくはないけど。一応、ちゃんと私の意志で入ったことをここに明言しておきます。
主に話してくれたのが佐原先輩だったから、先に佐原先輩の印象を話しておこうと思う。初対面はなんか残念イケメンという感じだった。なんで、こんな人と香夜ちゃんが一緒にいたのか分からないぐらい。
でも部に入るきっかけは、結局のところは香夜ちゃんじゃなくて佐原先輩だったのかもしれない。
どうして、香夜ちゃんと一緒にいるか聞いた時は包み隠さず教えてくれて、恵ちゃんのことが大好きなのと同時に香夜ちゃんのことも大好きで、香夜ちゃんは自分を認めてくれて、守ってくれた佐原先輩のことが好きになって、だから、二人は両思いなんだって。でも、それだけ好きなら付き合ってるのかと思ったけど、別にそうではないらしい。
私が本当に料理研究部に入ろうとしたのは、佐原家にお邪魔した時、あの人はちょっぴりエッチで残念な人だけど、とても優しくて、誰かのために動いて、犠牲にして、その人のありのままを認めてくれる人だって分かったから。だからあの人は最後まで協力してくれるだろう。それにゴールが見えなくても。
あの人はどこまでもお人好しだから。