0か100の選択肢
学年末テストは流していく。そんなところに尺を割いてなんていられない。ぶっちゃけ俺に関しては何も問題ないからだ。このクラスで総合的に一位を取れるということは、ほとんどの科目が上位レベルだということだ。上位レベルの基準が美沙輝であると俺の中で勝手に決めてるので美沙輝に勝てばいい。それだけの話。
まあ、クラスの大半は美沙輝に勝てませんがね。
まあ、恵の方は一家言あるかもしれないが、結果論としては来年進学クラスに上がる程度には問題ないということだ。結局一年間ずっと進学クラスの方のテスト受けてたわけだしな。他に上がる人がいるのかは知らない。下のクラスで好成績を残していた方が、内申はよくなるし、就職するにあたってある程度学習できる能力はあるという証明にもなる。
それでも、上のクラスに入るということは、下のクラスで物足りず、上で進学を目指そうと頑張った結果なのだ。まったく、こいつに関しては香夜ちゃん様々だけど。
学年末テストに関して問題ないと言ったのはこちらがメインとはならないからだ。
誰か問題のある奴がいたかって?
相も変わらず、山岸くんは進級できるかすら危うい点数とかそんな噂が流れてたけど、赤点は全て回避したらしいのでやっぱり噂は噂でしかなかった。でも、俺たちが卒業したら残るのはあの二人なんだが、部としての存続が早速危ぶまれるという話になるのはいかがなものか。
テスト期間ということもあってうちの部も休部だったし、香夜ちゃんは……まあ、見れるレベルにはなってるとは思うけど、アリサちゃんの方はどうなんだろう。本人に直接聞くのもなんだからちーちゃんに聞いた方が早そう。
ようやく、料理の話に戻ってこれたというか持ってこれたわけだが、うちの学年末は1月に行われる。そこを過ぎれば何が待ってるかというと……卒業式?いや、それはもう少し後。
今年はかなり期待のできるイベントだ。
そう、バレンタイン。男子では勝者と敗者が圧倒的に出るこの行事。そして、あの方が恨みを持ってやまない行事。
こんなこと行事にしたくはないわな。
とりあえずは学校に赴こう。
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「はよ~……って、美沙輝。朝からすごいな」
「まったくよ。どこに隠せというのかしら」
クラス中から貰ってるんじゃないかっていうレベルで机の上にわんさかとおそらくチョコのプレゼントの山。確かにこれは虫歯になりそう。
「せめて帰りに渡してほしいわ」
そういう問題なんだろうか。
「断ればいいのに」
「基本的にはみんな善意なのよ?それを断るなんて私には出来ないわ」
「にしてもバレンタインね……」
「あんたは今年は多そうね」
「お前には負けるわ」
「うん……上級生はともかく、なんでか後輩からも結構貰ってて」
なんで知ってるんだろうか。しかも美沙輝も女子だぞ。男子人気も女子人気も高いとこういうことになるのか。
「で、あんたは貰ったの?」
「香夜ちゃんはまだ冷蔵庫で冷やしてるって言われた。恵は作れないとかほざかれた」
「あんた自身は誰かに渡すの?」
「まあ、ホワイトデーで返すのも面倒だしな。作れるんだから作って渡してやる。ほれ、お前の分」
「後にしてくれないかしら……」
「中身チョコなんだよな」
「そうね」
「暖房効かすし、溶けるんじゃないか?」
「……ちょっと付き合って」
「絶対ただの荷物持ちだよな。まあ、いいけど」
美沙輝の大量の贈り物を、あらかじめ用意していたっぽい袋に詰め込んで俺たちは家庭科室へと向かった。しかし、冷蔵庫に入るかどうかはまた謎である。
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「よし、入った」
「ある意味料理研究部の特権ではあるな」
「こんなことで使いたくはなかったわ」
「そう言うなって。じゃ、戻るか。あんまり時間もないことだし」
「あ、ちょっと待って」
先に出て行こうとする俺を美沙輝は呼び止めた。
「はい。これ、あんたに」
「……まさか、貰えるとは思わんかったな」
「別に義理よ。私にはもう本命チョコなんてないんだから」
「去年は本命だったのか?」
「さてね?あとは、放課後にでも渡しましょうか。去年と違って渡す子が多いことだし」
事前に持っていた袋はそれもあったのだろうか。まあ、こちらは教室と違って暖房がつけられることはないし、冬だから気温も上がることもない。要冷蔵とは言うが、ここ自体が立派な冷蔵庫。溶ける心配は無用だろう。
「天王洲先輩、今日来るかしら?」
「あの人、卒業するまで毎日来るらしいぞ。ただもう自由登校だからいつ来るかはバラバラみたいだけど」
「言って私たちもたいして勉強やってないけどね」
「だよなあ。大半自習になってるし。遅れてる数学ぐらいか。やってんのは」
「しかも課題もあるし」
「やべ、忘れてた。美沙輝見せて」
「やなこった。自分でやりなさいよ。素直に忘れました今からやりますって言いなさい」
「ケチ」
「仕方ない、チョコも没収ね」
「すみませんでした。ちゃんとやります」
「大体見せてもらわなくてもあんたならすぐできるでしょ」
「できるかどうかではないぞ。やるかやらないかだ」
「授業をなめきってる証拠ね。先生に嫌われるわけだ」
「少しは好感度を戻すために貢献してくれませんか?」
「じゃあね〜ついでに数学1限目よ」
見捨てられた。
「マジかよ……まあいいや。内職してる」
「その分のノートぐらいは見せてあげるわ」
「だったら最初から宿題見せてくれれば早いじゃねえか」
「それじゃつまらないもの。ま、あんたは私からチョコを貰えるだけで恵まれてるのよ。今日はそれだけで乗り切りなさい」
「ったく……」
まだ貰える当てはあるが、確かに価値で言えば、美沙輝のものが一番高いかもしれない。……いや、あいつのことだし律儀に返してそう。希少価値下がるじゃねえか。いや、美沙輝が自ら渡してくれるという点で希少価値が高いのか。
義理チョコ、友チョコというが元より貰らえない人種にとっては貰えたという事実だけで嬉しいものだ。例えチロルチョコでもな。なので、恵さんよ、チロルチョコでもいいからお兄ちゃんにバレンタインって渡してくれない?そうすればお兄ちゃんも少しは救われると思うんだ。
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「毎度思うがこのクラスって人格歪んでると思う」
「一番歪んでる奴に言われてたら世話ないわね」
お前もそんな認識かよ。俺の味方はどこに?
どこからか知らんが美沙輝からチョコを貰ったという噂が流れて、俺には呪いの手紙がわんさか届いた。このクラスというかこの学校が歪んでる。俺だけ別空間に迷い込んだのかしら。そうであると信じたい。現実はもっと優しい世界のはずだ。
「残念ながらあれもこれもすべて現実なのよね。悲しいかもしれないけど」
「お前は俺の味方じゃなかったのか?」
「ある程度は味方してあげるわよ。本格的に味方いなさそうだし」
「てか、作った原因だろ‼︎」
「……なんかあんたがまたトップだって聞いて腹立たしくて」
腹いせに俺を的にしないでください。そのうちお命頂戴いたしますってくる気がします。
「佐原先輩!その命も今日までです!」
噂をしたらなんとやら。金髪碧眼少女が名指しで俺を呼んできた。
「美沙輝先輩からチョコを貰ってるという情報を仕入れたのです!出すといいです!出さないと黒服が来ます!」
本当に命なさそう。どんだけ美沙輝のチョコの価値高えんだよ。多分、アリサちゃんの中でだろうけど。
「私が用意してないわけないでしょ。家庭科室に来て。そこにあるから」
「ここにはないのですか?」
「溶けるだろう」
「私より先に佐原先輩が貰ったという事実が気に入らないです」
「アリサちゃんはクラス違うんだし、学年も違うから遠いでしょ。放課後ぐらいしか時間がなかったのよ。ゴメンね」
「佐原先輩、まだ食べてないですよね?」
「家に帰ってからゆっくり食う予定だけど」
「なら美沙輝先輩のチョコを最初に食べるのは私なのです!」
「そんなにがっつかなくても落ち着いて食べてくれればいいからね?」
「そうです、そうです。私からもバレンタインです」
「私に?」
「あんまり美味しくないかもですけど……」
「ううん。ありがと、アリサちゃん」
「美沙輝に渡す奴らなんか逆に狂気染みてるところもあるからな」
「まあ……言わないであげて」
「佐原先輩もありますよ〜」
「お?本当か?」
「チロルチョコです」
「アリサちゃんがそれを渡すのかよ⁉︎」
「ジョークですよ。佐原先輩にもたくさんお世話になってますし、ちゃんと私が作ったチョコです。あと、恵ちゃんの分もあるんですけど会えますか?」
「生徒会室……いや、今日は天文部か?その前にアリサちゃん。香夜ちゃんはどうした?」
「あ、先に来ちゃいました」
衝動だけで動いたのか。この弾丸娘め。そうすると香夜ちゃんはどこに向かったのだろうか。先に家庭科室へと行ってるといいけど。
「先輩。香夜ちゃんから連絡入ってました。先に行ってるそうです」
「香夜ちゃんが心配するでしょうが。香夜ちゃんにも渡すんだろ?」
「香夜ちゃんには先に渡しました。同じクラスですし。まあ、渡した時に意外な顔されましたけど」
まさか自作で持ってくるとは思ってもみなかっただろうな。
「でも、こういうイベントってなんだかワクワクしますね!」
「貰える目処が立ってるんならな。貰もしない奴はいつもと変わらない平日だよ」
「先輩は香夜ちゃんから貰ったんですか?」
「まだうちの冷蔵庫らしい」
「ふふん。私は貰いました」
その辺で買ったやつじゃないといいな。そういや、恵にも渡してなかったよな。本当に完成してなかったのか?
家庭科室へとたどり着くと、まだ鍵を開けてなかったためにそこに立ち尽くしてる香夜ちゃんの姿が見受けられた。
「ようやく来ましたか」
「文句はこの弾丸娘までに言ってくれ」
「ゴメンね香夜ちゃん」
「まあいいですが」
「別に今日も部活やるわけじゃないけどねえ。これを回収しに来ただけだし」
朝に貰ったものをこれでもかと言うぐらい冷蔵庫に詰め込んでいた。冷蔵庫の中身はチョコしかないのかよ。というか、ただのこれでは美沙輝と私物となってしまっている。使ってないしその辺りはいいんだろうけど。
「そして、時を経過するとともにお前の手持ちにはチョコが増えていくのな」
「男のあんたより貰ってごめんなさいね」
ちっとも申し訳なさそうではないのだが。むしろ誇らしげだ。クソ、この隣にいたイケメンは眼中にないというのか。
「佐原先輩は二股説出されてるぐらいですからね。女子人気なんてあってないようなもんでしょう」
「俺、誰とも付き合ってねえよ⁉︎」
「おそらく香夜ちゃんと美沙輝先輩でしょう。現時点で唯一美沙輝先輩からチョコを渡されてるので。香夜ちゃんは言わずもがな」
美沙輝の方が片思い説は誰か提唱しないの?
「あと山岸にも渡すんだろ?」
「来ればね」
赤点は免れたらしいが、停学中の分のツケが回って今補習させられてるらしい。哀れなり。
「渡しに行ってやるか。その大量の戦利品を見せびらかしながら」
「ま、それでいいかもね。私ぐらいしかあげそうな子もいないことだし」
「君たち二人は?」
言われてから気づいたのか、二人で顔を合わせて、二人とも首を横に振った。思いっきり忘れ去られてんじゃねえか。ちゃんと来ないからこういうことが生まれるんだよ。来年は貰えるようにちゃんと出ましょう。
「明日でもよければ渡しますけど……」
「バレンタインなんだからちゃんと2/14に渡さなきゃそれはバレンタインにチョコを貰ったとは言えねえな」
「はいはい。あいつを哀れむのは後にしましょう」
「……ところであいつって何組?」
「ここまで来ても忘れられてるのかあいつ。B組よ。そもそもいるのかどうかすら怪しいけど」
そもそもあまりどころか、2年に上がってから一度も訪れたことないような気もしてきた。この存在感の希薄さよ。当人かなり目立つタイプの用紙をしてると思うんだけどな。
「すいませーん。山岸君いますかー」
「お前は躊躇いがねえな」
「ためらったら勘違いされるじゃない」
どうやらちゃんと補習を受けていたようだ。補習というよりそれが始まるまでの自習のようだが。
「なんだお前ら。揃いも揃って。しかも宮咲に至ってはなんだその袋は。今夜サンタクロースにでもなる気か」
「シーズン的には二ヶ月遅れね。これはもらいものよ」
「もらいもの?」
「私、今日誕生日なのよ」
「……誕生日でもここまで貰える奴はそうそういないだろうな」
「それはさておき。今日がなんの日か知らないとは言わせないわ」
「いや、先に自分の誕生日名乗っておいて、なんの日もあったかよ」
「はいドーン!」
「ぐはっ!」
倒れた。質量と数の暴力によって。
「バレンタインよ。同じ部のよしみとしてあんたにもあげるわ」
「ああ、チョコか……。なんで殴られたんだ?」
察しないからでしょうか。
「ちなみにこの二人はあんたの存在忘れてて作ってないわ」
「そんな悲しい情報を持ってくんな!」
「あ、あの山岸先輩。私は良かったら明日でもいいなら持ってきますけど」
「ホント?」
「はい。お世話になってる人にはちゃんと渡すのが義理だというので」
「いやあ、持つべきは優しい後輩だなあ」
「私は本気で忘れてたので、材料がすでに足りません。気持ちだけ渡しておきます」
「うん……なんか扱いにも慣れたよ。ありがとよ」
こちらも対応に慣れたようで。丸く?かはどうか怪しいところではあるが収まった。
ただ、就職クラス、それもこの時期に補習なんて受けてるやつなんて見たら男子ばっかで山岸が後に総攻撃を受けてたのは最初から分かってた話。
美沙輝、お前もこうなること見越して渡してたな?
張本人は俺が目で訴えると、少しそらして舌を出していた。
「じゃ、後は恵ちゃんと会長さんね」
「恵の方は俺からでも渡しておくけど」
「ちゃんと渡さなきゃ意味がないでしょ。人の手から渡されても嬉しさ半減よ。例えば、香夜ちゃんが作ってくれたやつを恵ちゃんから渡されたらどう思う?」
「確かに直接渡してくれた方が嬉しいな」
「そういうこと。あまり野暮なことは言わないことね」
「……なあ。バレンタインってさ、好きな奴にチョコを渡すイベントだよな」
「一応、企業戦略的にはそうなってるわね」
「お前が一番台無しなこと言ってると思うんだが」
「事実そうじゃない」
「仮に義理だって渡したやつが本命かもしれなかったらどうするんだよ」
「少なくとも私は渡す人には全部均等に作ったわ」
「なんだ?この夢のないリアリスト」
「誕生日と被って、チョコばかり渡されるからひねくれたんでしょう」
質問を投げかけるやつを間違えたか。
「香夜ちゃんならチョコを渡す相手は少なくとも自分が好意的に思ってる相手だよな?」
「そうですね。そもそも交友関係がなければ渡すという機会も私にはないと思います。片思いなんて向こう側が迷惑かもしれませんし」
「確かに渡しに行って断られたりしたら辛いもんな」
「乙女心の分からない佐原先輩には香夜ちゃんは渡しませんよ!」
「香夜ちゃんからなら俺は普通にもらうから」
「なんだったら貰わないんですか」
「さっきの投げやりなチロルチョコ」
「私の全力の愛ですよ!」
「そんな安っぽい全力の愛はこちらも全力でスルーしていく」
「佐原先輩酷いですー!」
「せめて心がこもったものください。というかさっき貰ったしな」
「さすがにですね。最初はチロルチョコでもいいかなとか思ったんですが、お母様にそれは失礼だろうと怒られまして」
最初は渡すつもりだったとかいう事実に俺は驚きを隠せません。アリサちゃん。俺のこと嫌いだったの?悲しくなるよ。ありがとうアリサちゃんのお母様。
「ともかくです。女の子にとってはちょっとした一大イベントなのです。ここで告白して付き合うというケースもなくはないのです」
「なんか俺はお前とは付き合えないって直接は言われてないけど、そんな感じのニュアンスを突き刺す勢いで渡されたんだけど」
「それは仕方ないですね。甘いのは香夜ちゃんがやってくれますので、それまで我慢してください。さあ、着きましたよ」
アリサちゃん。そこまで意気揚々と来たのならその勢いで開けてくれませんかね。君がそこで仁王立ちしてても向こうからは開かないし、こちらも開けることができないんだけど。
しかし、香夜ちゃんがやってくれるとも言われたけど、香夜ちゃんがベタにそんなことやってくれるのだろうか。
それと、恵はあいつ作れないのと、元々そこまでお金持ってないのもあってチョコは持ってきてないぞ。天王洲先輩は知らないけど。あの人のことだからちゃっかり用意してそう。
確かに美沙輝のはありがた迷惑な話かもしれないけど、普通なら貰えれば嬉しいし、貰ってもらえた側も嬉しい平和なイベントのはずだ。そこに貰わないという選択肢を入れていいのだろうか。
ただ、あいつに関してはちゃんとお返しをするように言っておかないとな。
3倍返しなどというホワイトデーのことなんかさておいて……それを見越して先にバレンタインデーにチョコ作っただろお前とか言われそうだけど。もう、俺から渡す分は恵と一緒にしておいてあげて。あいつは俺が言わないとやらなさそうだし、結局俺が作ってることになりそうだし。
そんなあいつでも、いつか誰かに本命を渡す日が来るのかな。ちゃんとら守ってくれるやつがいいな。
ただ、アリサちゃんから受け取って、それから抱きついて頬ずりしてる様子を見てると、そんなことはまだまだ先っぽいなと感じる自分がいた。