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大晦日と正月と初日の出

「そろそろ年明けだな」


「年越し蕎麦も食べ終わっちゃいましたね」


 すでにゆく年くる年を見てる。紅白歌合戦はまたも白組の勝利で終わりました。


「めぐちゃんどうします?」


「日の出まで起きてるって言ってこれだからな」


 こたつの中ですでに寝ていた。良い子なので基本的には9時、10時ぐらいには寝るのだ。まあ、早い早い。そんなやつが起きてられるわけないんだよなあ。


「今年も終わりですか」


「なんか色々あったな」


「そうですね」


「気づいたら香夜ちゃんがうちに住んでたし」


「先輩は節操なしになってましたね」


「なってねえよ。君の目は曇っている」


 ゴーン。ゴーン。


 どこかの寺の鐘がなったようだ。この音が遅れて聞こえてくる現象をドップラー効果という。どうでもいい知識。


「とりあえずあけましておめでとうございます」


「おめでとうございます」


 そう言って、顔を上げて目を合わせるとなんとなく二人で笑っていた。


「俺、まだ起きてるけど初日の出まで寝てるか?」


「私もまだ起きてます」


「じゃあ、恵だけベッドに置いてくるか。恵、起きろ」


 ペチペチと頬を叩いてみたが、ちょっと姿勢を変えただけで起きる気配はなかった。

 仕方ないので、無理やりこたつから引っ張り出しておんぶすることにした。


「手慣れてますね」


「抵抗はしてこないしな。去年の冬はこんなことが毎日のようにあったからな」


「ここで勉強してたんですか?」


「自分の部屋で勉強するようなやつじゃないからな。俺が見てやってた」


「おかげさまで合格は出来たようでよかったですね」


「まったくだ。じゃあ、行ってくる」


「途中で転ばないでくださいね」


「ギャグ漫画じゃあるまいし……」


 たぶん漫画ならこけて入れ替わり現象が起きる。俺が妹で妹が俺で、とかいうタイトルで出せるな。

 実際に入れ替わり現象ってあるのだろうか。あったらあったで本来ならばめちゃくちゃ色んな弊害が出そうなものだが。

 都合よく意識だけ入れ替わることなんてないんだよなあ。


「よっと。重くなったなお前も」


 ここまで運んでも一向に起きる気配のない妹に布団だけ被せてやった。

 寝息を立ててるのを確認して、俺は部屋から出た。

 ……あいつの部屋、綺麗になってたな。片付けることを覚えたのか。新年だから掃除したのか。真偽の方は定かではないが片付いてることをとやかく言うのは野暮だろう。


「お待たせ」


 ものの5分程度しか空けてなかったが、香夜ちゃんもこたつの机で顔を伏せていた。


「香夜ちゃん。ここで寝ると風邪引くぞ」


「あ……ん……先輩。寝てましたか?」


「眠たいならちゃんと布団で寝ないと」


「そうします。あの……私もおんぶしてください」


「いいよ。おいで」


 香夜ちゃんもこうやってなんとなく甘えてくることが多くなった。みんなの前だと隠し隠しだけど。まあ、それは自分では隠そうとしてるけど隠しきれてないんだけどな。それがまた可愛いところなのである。

 こうやって素直に甘えてくれるのも可愛いけども。


「すー」


 香夜ちゃんも日付が変わるころには寝床に着くから、まあ寝る時間だろう。わざわざ無理して起こしておくこともない。

 ただ、日の出前に起きるとなるとそんなに睡眠時間は取れないけども。


「ふああ」


 俺も眠いな。目覚ましが鳴れば起きれるし、この時期の日の出なんてだいたい6時前ぐらいだ。5時ぐらいに起きれば、十分に見れるだろう。


「着いたぞ。香夜ちゃん」


「ん……もう少しこうしてたいです……」


 背中の服を少し掴まれる。こうされてしまうと無理に引き剥がすことが出来ない。


「今日は俺が隣で寝てやるから。先に布団に入って待ってて」


「ん……何もしませんよね」


「なんでそこで疑るかなあ」


「……ちょっと待ってます。早くしないと寝ちゃうので早くしてください」


 なぜか上から命令です。まあ、基本的に俺の立場なんて下も下だからね。

 きっと、香夜ちゃんは誰かに甘えたかったのだろう。誰か、頼れる人を欲しがったんだろう。

 親は頼れなかったから。

 ……頼るべき人が頼れないというのはどんな心境なのだろう。俺には計り知ることはできない。

 彼女がそれで心を閉ざしてきたのかもしれない。

 それを開く糧となれるのなら、俺はいくらでも彼女が人に甘えるということを、受け入れてやろう。

 彼女は本当は甘えても、辛く当たっても、逃げない人が欲しかったんだから。


「恵にはちょっと悪いかな」


 枕と布団を持って、香夜ちゃんの部屋へと向かった。さすがに冬用の布団だと持ち運ぶだけで不便である。夏場同じことしようものなら暑苦しくて仕方ないんだけど。


「よいしょっと。香夜ちゃん、となり失礼」


「……なんで布団持ってきてるですか」


「いや、布団ないと寒いし」


「私と一緒の布団に入ってくれればいいです。そうすれば先輩も寒くないです」


「狭いでしょ」


「いやなんですか?」


「香夜ちゃんが問題ないんならいいんだけど……」


 俺の方に多大な問題がある気がする。下の方。気にしないようにしよう。むしろ向こうが気にしないでくれるとありがたい。


「どうぞです」


「じゃあ失礼……」


 ごそごそと香夜ちゃんの隣に入った。


「……なんでこっち向いてるの」


「いやですか?」


「そっちがいやじゃないならいいけど」


 何度このやりとりを繰り返さなければいけないんだろうか。


「じゃあちょっと位置ずらします」


 香夜ちゃんが下の方にずれた。俺の胸元のあたりに頭を当ててる形になってる。まあ、どのような体制になろうが香夜ちゃんがいいならそれでいいんだけど。


「なあ、香夜ちゃん聞きたいことあるんだけど」


「なんですか?私が答えられるのであればいいですけど」


「……お父さんと話してなんか変わったことあった」


「……何もないですよ。私とお父さんの関係はそれ以上でもそれ以下でもないです。ただ、先輩とめぐちゃんの話だけちょっと多めにしました」


「そっか。……なんかあんまりいい顔されなさそうだけど」


「娘から男の人の名前が出るのは心境としては複雑なんでしょうか?」


「何するかわかったもんじゃないしなぁ」


「今から何かするですか?」


「しねえよ……」


 どこか香夜ちゃんが甘える頻度がなんとなく増えてたような気もしてたから聞いてみただけだ。香夜ちゃん自身の心境の変化があったのかどうかはわからない。

 でも、話し合ってよかったこともあるだろう。


「……友達出来たよって言ったら少し嬉しそうでした」


「そっか」


「先輩は友達の枠組みなんでしょうか……?私、ここに住んでて、それがわからなくなってきました」


「お兄ちゃんって呼んでくれていいぞ」


「彼女と家族では決定的な差があるのです」


「差?」


「先輩とは赤の他人でなければ結婚が出来ないのです。彼女にもなれません。妹とそれが許されるのは創作の世界だけです。日本においてそれは許されてないです。だから、私は先輩の妹になんてなりません」


「……そうだな」


「めぐちゃんは若干考えてそうですが」


「いやあ、あいつもそこまで子供じゃないだろ。さ、そろそろ寝よう。あまり長いこと睡眠時間も取れないし」


「そうですね。おやすみなさい。……あの、私に興奮して襲ったりしないでくださいね?」


「今はこうしてるだけでも十分幸せだよ」


「先輩は安いですね」


「あのねえ……」


「でも、そんな先輩だから私はこうして一緒にいるんだと思います。おやすみなさいです」


「おやすみ」


 深入りはしなかったけど、いつか香夜ちゃんもうちを出るだろう。そんな話だってしたかもしれない。その話は保留にして、また別の機会にしたのかもしれない。

 おやすみ、といって俺は目覚ましのアラームをセットしたが、少し下に感じる小さな温もりがいつまであるのか不安を募らせていた。


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