挑戦する勇気
文化祭はテスト後ということもあって、冬休みに入るまでは正直二年生という立場では消化試合みたいなもんだ。
やることがない。一年の時も何してたか記憶にない。一応、テニス部やってたっけ。それか、恵の受験のために辞めることを言ってた時期だったっけ。
本当に辞める理由は先方には伝えなかった気がするけど。
美沙輝とちゃんと話したのはそれぐらいが初めてだったかな。同じ中学の出身であることは知ってたし、ましてや小学校でも同じクラスになったこともあったぐらいだ。話したことがなくても、顔ぐらいの認識はしていた。
だから頼み込んだんだが。
向こうは向こうで部員数が足りないからという理由からあっさり引き受けてくれたけど、なんか一番貧乏くじを引かせてるような気もしなくもないな。
今日も今日とて、そんな貧乏くじを引いてしまったがばかりに、またも付き合わせてるんだが。
「で?香夜ちゃんがケーキ作りたいって?」
「そう」
「どんなケーキ作るかにもよるわよ。というか、それぐらいならあんたが付き合ってあげればいいでしょ。しかも当人がいないってどういうことよ」
「とりあえずは家にある材料で試作品をやっている。クリスマスに合わせて作りたいらしいから、もう何回か試作するだろうしな。だから、お前を見込んで、材料の買い出しだ」
「ケーキの材料なんてそれこそネットで見て、それを買えばいいじゃない……食べられるものなら文句言わないでしょ」
「あの子はあの子でお前を目指してるようだからな。材料の買い出しはついでで本命としては教えてあげて」
「見返りはあるんでしょうね」
「こういうことに見返り求めちゃダメだぞ。善意で行うもんだ。ただ、恵がクリスマスパーティーやりたがってるから一緒にやろうぜ」
「まあ、いいけど……別に予定があるわけじゃないし」
「そういえばさ、美沙輝は受験に向けての勉強とかしてるのか?」
「こういうのって、時期が離れてると身が入らないのよ。3年になって努力して入れるぐらいがちょうどいいと思うの。今は充電期間よ」
「やってないって言えよ。まどろっこしいな」
「あんたもやってないんでしょ?」
「やらなくても東大理IIIは受かると思う」
「東大に謝れお前は。なんで日本最高峰のところにのうのうと入ろうとしてんのよ。腹立つわ」
「ただなあ」
「なによ?」
「大学に行くんなら、県外とかも視野に入れたいし、そうすると恵を置いていくことになるからなあ。まあ、親父を召喚すればいいんだけど」
「あんたのお父さんは魔物かモンスターの類なのかしら」
「近いものはあると思う」
いても邪魔だし。鬱陶しいし。さながらスライムだろ。エンカウントするだけで時間のロス。
「いいんじゃない?外に出ても。今なら香夜ちゃんも一緒にいるんでしょ?むしろあんたがいない方が羽を伸ばせるんじゃない?」
「俺の存在意義を疑わせるような発言は控えていただきたい」
香夜ちゃんが今うちに居候になっているということは周りの人間なら知ってることである。保護者である父親は容認しているのだが、問題はそこではないような気もするんだが。
周りの奴らがそこまで気に留めてないということもそれはそれで問題があるというか。本人が気にしてないのなら、それでいいんだけど、というよりは俺が気にしすぎなのか?
「で、香夜ちゃんはどんなの作りたいって?」
「まだビジョンが曖昧なんじゃねえかな。まずはケーキそのものを作ってから考えるんじゃね?」
「じゃああんたが好きなのでいいわよ。とりあえずケーキ屋に行きましょ」
「なんか照れるな」
「なにに照れる必要性があるのかさっぱりなんだけど」
「彼女に誕生日のケーキを買ってあげるみたいじゃない。もしくは逆か」
「近からずも遠からずでしょ。彼女のために買っていくんだから」
「正直さ」
「なによ」
「香夜ちゃんとよりお前との方が付き合ってるカップルっぽいことをしてると思うんだ」
「おやおや、キスもまだな素人くんかな君は」
「いや、もうしたが」
「……付き合ってないのよね?」
「付き合ってないな」
「んん?私が間違ってるのか?」
「まあ、間違ってはないだろうが、早くケーキ選ぼうぜ。お前も好きなの選べよ。俺がおごってやるわ」
「私的にケーキをおごってくれる男子はポイント高いわね」
「美沙輝の好感度が上がった」
「正直マイナスすれすれのところだし、上がり幅なんて大したことないんだけど」
「酷いな……」
「あ、これ美味しそう。これ買って」
「……美沙輝さん」
「なに?」
「なぜわざわざカットケーキの中でも一番高いものを選ぶんでしょうか」
「男が細かいこと言わない。フルーツが多く乗ってるからじゃないかしらね」
「俺は無難なものが一番好きだぜ……すいません、ショートケーキ1つとそこのフルーツタルト1つお願いします」
「二人には買っていかないの?」
「……あとシフォンケーキ一つとモンブラン一つ」
なんか出費が増えたような。まあ、料理研究部たるもの舌を肥やさなければいけない気もしなくはないけど。
そういや、家庭料理ばっかでお菓子の類はクッキー程度しか作ってこなかったような。
「はい、こちらになります。おかえりはどれぐらいかかりますか?」
「……このままうちに行くか」
「そうね」
「30分くらいです」
「では保冷剤入れておきますね。ありがとうございました」
12月に入って冬本番と言ったところか日に日に寒さが増してる気がする。そして、店員の目は生暖かった気がする。俺と美沙輝は彼氏彼女ではありません。どいつもこいつも、誰も彼も、付き合ってるやつはいないのだけど。
「そういやアリサちゃんは今なにやってるんだ?最近部活でしか会わないけど」
「あの子?料理の勉強してるわ」
「どこで?お前の家か?」
「ううん。あの子いるでしょ。ちーちゃん。あの子がアリサちゃんと家がそこそこ近いらしくて、家が定食屋やってるらしいからそこでバイトまがいみたいなことしてるみたいよ」
「まがい?」
「給料は発生しないみたいね。あくまでもちーちゃんの家に遊びに来てるっていう体で。働いた分を自由に料理を作っていいっていう感じみたい」
「へぇ。というか、あの二人仲良かったんだな」
「文化祭の時にあんたが二人で宣伝行かせてたでしょ?その時に仲良くなったみたいよ。まあ、あと料理の練習させてもらう代わりにちーちゃんの勉強を見ることになってるみたいだけど」
アリサちゃんは香夜ちゃんに対抗心でも燃やしているのだろうか。でも、あの家では自分が料理をすることは叶わなそうだし、誰かの家でそういう機会に触れるほうが、彼女のスキルアップにはいいだろう。
元が出来るとは言ってない。
現状は全てがなぜか明後日の方向に行ってしまう出来なので、部活がある日だけってやってると確かに限界がある。毎日やることで体に覚えこませるほうがいい。
「まあ、もっとも毎日部活が出来たらいい話なのかもな」
「材料費がバカにならないわよ」
「利益出たんだろ?」
「毎日使ってたとしたら雀の涙もいいところの額よ。あんたがよく分かってるでしょ」
「まあな……」
学生で振り込み式でご飯を作ってる身としては、極力外食はしないようにしてるし、安く済んで美味しいものを作ろうと心がけている。しかし、恵がそれを知ることはない。本来、子供が大人の稼ぎなんて気にすることはないんだけどな。使える額が限られてると言われるとまた別の話なのである。
「ねえ、育也。一つ、不安なんだけど」
「なんだ?」
「香夜ちゃん、一人で作れるの?」
「俺が出てくるときやたら自信満々に『一人でやりますので先輩は手出ししないでください』って。まあ、失敗したことも加味しての材料の調達をしているのだ」
「信用度が低いわねぇ」
「あの子、お菓子作りだけ下手っぴなんだもの」
「下手っぴとかいう可愛い表現で済めばいいけどね」
「まあ、アリサちゃんみたいに材料ひっくり返したり、落としたり、爆発させたりはしないから」
「アリサちゃんはあれはあれで才能よね」
「まあ、こう話してる間にも着いたな。ただいまー……ん?」
なんか玄関にうずくまってるやつがいた。
よく分からんけど、とりあえず踏んづけておくか。
「痛い!なんとなく踏んづけたでしょお兄ちゃん!」
「理由がよく分からんかったらとりあえず踏んでくださいって意思表示かと」
「違うよ!一応謝ってるんだよ!」
「何に?」
「お兄ちゃんに」
「なんで」
「それを今から説明します……」
「香夜ちゃんは?」
「シャワー」
もうなんとなく読めた。
結果論は俺がいない間に失敗したということだ。
それよりこいつは携帯を持ってるのだから、それで連絡すりゃいいものを。どっちにせよやること変わらんのだから。
「美沙輝。たぶん、散らかってると思うけど上がってくれ」
「人によって散らかってるの程度って変わってくるわよね」
「お前は綺麗だよな。こいつと違って」
年がら年中部屋が汚い妹を指す。俺がある程度片しても次々と散らかっていくのだ。どうにかなりませんかね?
まだ食べたものをその辺に放り出さない程度にはマシだが。こいつ、一人暮らしさせられねえな。
「何頭抱えてるのよ」
「いや、なんでもない。とりあえずキッチン掃除するわ」
「香夜ちゃんは何をしたのかしらね」
「説明はお前がしてくれるんだよな?恵」
「う……はい。私もやることがなかったから香夜ちゃんを手伝おうと思ったんです。スポンジを作ってる途中だからクリームを作ってて言われて、途中まで出来てるからかき混ぜてほしいって言われたの。置いたままだとやりにくかったから抱えてやろうとしたら、マットで足滑らせてですね……」
「よし、分かった。もうそれ以上言わんでいい。で、片付けたのか?」
「まだ散乱してます」
「はあ……まあ、先に香夜ちゃんにシャワー浴びるように言ったのはまだ反省してる様子が見えるようだが、問題は……」
「香夜ちゃんの状態ね」
美沙輝の言う通りに、香夜ちゃんが恵に対して怒ってるのだとしたら、どうしようということである。まあ、謝り倒しただろうけど。さすがにそこまで恵は責任転嫁するようなやつではない。それよりも、こいつは基本的に悪いことしたと思ったらすぐに謝れるからな。香夜ちゃんも恵に甘いし、そもそも恵に任せたらこうなることも視野に入ってたかもしれない。
「香夜ちゃんについては出てからでも……」
「もう出ました」
「あら、香夜ちゃん」
「とりあえず、私も謝っておきます。すいません」
「惨状はこれを見てと恵から聞いてるからいいけど」
「そして、まだ3割も完成してません」
「うん。まあ、俺たちも手伝うから。美沙輝も連れてきたし」
「忙しい中すいません」
「いいって。私も暇だったし。で、なんのケーキを作るつもりだったの?」
「普通のイチゴのホールケーキです」
一応、料理本を見てその通りに作ろうとしてたみたいだ。スポンジケーキまでは作れる直前だったようだけど、恵によって計画は破綻したようで。
そのスポンジケーキと思しきものは、色々中途半端になってしまったのか、十分に膨らまず、割れてる箇所もいくらか見られた。これなら、もう一度作り直したほうが懸命だろう。
「材料買ってきたからもう一度作り直そうか」
「やっぱり向いてないんでしょうか……」
「いやいや。今回のは不運が重なっただけだって。俺と一緒に作ろう。恵は座ってろ。美沙輝は食べて評価してくれ」
「あんたは私に太らせようと……」
「んな策略は断じてない。あとお前は痩せてるから」
「太りにくいみたいだし。私」
「誰かに叩かれるぞ」
「誰に?」
「誰とは言わないでおく」
香夜ちゃんは運動してるからなのか、ちっちゃくて細いんだけど、辞めたらどうなるんだろう。それはそれで実験してみたいけど、香夜ちゃんのルーティンでもあるので、香夜ちゃんもやらないと気持ち悪いだろうな。
そこへ来ると……
「恵、お前、太ってないか?」
「うにゅ?……最近測ってないかも。ちょっと行ってくる」
見た目はそこまで変化してないけど、成長期でもあるしな。まあ、ある程度の増加は目を瞑ってもいいが、向こうが気にするかどうかだな。
「……2kg増えてたよ……どうしようお兄ちゃん」
「……お前も香夜ちゃんみたいに走るか」
「朝起きれないし、香夜ちゃんのスピードについていけない」
「……別に背は伸びてないな」
「中2から止まってる」
「え?恵ちゃん中2からそれだけあったの?」
「平均より高いから勧誘とかされてたけどな。いかんせん、運動能力というか体力がなさすぎてどうしようもないから入った部で自ら幽霊部員と化した」
「どんな逸話よ……」
「じゃあ、おっぱいだな」
「あんたはデリカシーというものはないの?」
「別にブラがキツくなったとか感じない」
「やっぱり腹に肉ついてんじゃねえか」
「うぐぅ」
「そして恵ちゃんも兄のセクハラを受け流していくのね」
「親父がセクハラばっかしてたからだぞ。母さんに〆られて以来やらなくなったが」
そもそも母さんがいない間にやってやがったしな。まったく、恵がどれだけ傷ついたのやら。
「あんたが今傷つけてない?」
「耐性がついてるから傷つくことはないぞ」
「それにお兄ちゃん、私のしもべだから」
「いつお前のしもべになった〜?」
「にゃー痛い痛い」
「あの……じゃれついてないで手伝ってくれませんか?いい時間に作れません」
「そうだな。ああ、香夜ちゃん。夜走るってことはしないか?」
「夜ですか?バイトもありますし、それ以降になりますけど」
「無理だな」
「無理だね〜」
「とりあえず、ほのぼのしてないで早く作り始めたら?本当に終わらないわよ。しかも、この惨状って」
「片付けることすら忘れてたな。恵……は手伝わなくていいや。やっぱ大人しく座ってろ。座っててくださいお願いします」
人には適材適所あるよ。だいたい、普段から散らかして、今回も散らかしたやつが、綺麗に掃除できるはずがないのだ。不安要素は徹底的に取り除いていきます。
恵は不満気だったが、美沙輝になだめてるのもらい、俺のケーキ作りの最初はこぼしてしまったクリームの後片付けから始まった。
俺、アイスは作ったことあるけど、ケーキなんて作ったことないんだけど、大丈夫かしら?