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花菱家より

「失礼しました」


アリサちゃんが職員室から出てくるのを、俺は壁にもたれかかりながら待っていた。さすがに部活の後輩が呼ばれたので先輩として待ってると言えば、そこまで邪険にして追い払う教師もいない。根本的に部活の時間であるから大半の教師が各部の顧問として見回ってるわけだから教師の数自体が今はいないわけだけど。

そうして待つこと十数分して、アリサちゃんは1人の子供を連れて出てきた。


「アリサちゃん……その年で隠し子か」


「アホなこと言ってないでください。どう考えても私が生んだとしても年齢が合わないでしょう」


「じゃあ……前に言ってたお兄さんの子供?」


「とも違います。従兄弟ですね。父方の方の兄弟の子です。名前は神前作かんざきさく。年はいくつだったっけ?」


「8歳だぞ。アリサ姉ちゃん」


「三年生?」


「そうだぞ。ちゃんと俺は姉ちゃんの年も誕生日も覚えてるのに姉ちゃんは俺のことは忘れてるんだな」


「いや、あんたぐらいの子がぽこぽこいるから顔と名前が一致しても誰がいくつで何年生かまで覚えてられないのよ」


「ん?神前っていったか?苗字は」


「そうだぞ。兄ちゃんはアリサ姉ちゃんの彼氏なのか?」


「残念だけど、この人はお姉ちゃんとそういう関係じゃないの」


「そうなのか。アリサ姉ちゃん頭良くておっぱい大きいぞ。それに美人だぞ。まあ、パンツは縞々だけど」


アリサちゃんのスカートをめくりあげて、公開していた。いつぞや見た青と白のストライプではなく、ピンクと白のだけど。

そして、作という少年はゲンコツを食らっていた。

周りにいた人間が俺だけでよかったな。


「いってえな姉ちゃん!」


「女の子のスカートをめくっておいてこれだけで許されるんだから逆に感謝しなさい」


「なんでこの兄ちゃんには何もしないんだよ」


「全面的にさっくんが悪いから。悪いことしてない人を叱ることはしちゃいけないことよ?」


「だったら姉ちゃんはもっと大人っぽいの履くべきだぞ」


「まだ言うかこのクソガキ。今日は勝手に学校まで来おって」


「いーだだだだだ!仕方ないじゃん!父さんに頼まれたんだよ!」


「頼まれた?」


「あー、また後で話すんで、先に先輩は部室に戻っててください。先にこの子の迎え呼んでるんで送ってきます」


「ん、ああ……」


アリサちゃんそこまで怒ってなかったけど、前から思いっきり見ちゃったんだが。

……しばらくお世話になりそうです。可愛い子のパンツはそれだけ価値があります。

起こったことの一部はカットしてまた伝えることにしよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「で、あんた1人でノコノコ帰ってきたわけ?」


「後で戻るって言ってんだから、俺が行って余計に話をこじらせてもだろう」


「まあ、それもそうね」


「それにしても、その男の子は何しに来たんでしょう?」


「それも踏まえて説明してくれるはずさ」


およそ車も校門前に来るだろうが、俺たちのいる家庭科室では奥まった位置にあり、校門のところを視認することはできない。

こうしてアリサちゃんが戻ってくるのを待つばかりだ。


「すいません、遅くなりました」


「おかえり、アリサちゃん」


「で、なんだったの?」


「学校内に小学生が迷い込んでて、聞いてみたら私を探してるとのことだったので呼び出したとのことです。その子は私の従兄弟だったんで、まあ家の方に連絡して引き渡したんでもう大丈夫です」


「従兄弟?それにしてもなんで兄弟がなんか用があって来たならともかく従兄弟がアリサちゃんに会いに来るのよ」


「そういや、父さん方の兄弟の息子っても言ってたけど、それならなんで苗字が違うんだ?婿養子だったのか?」


「会社経営の問題ですよね。おじさんのほうが結婚した相手もそこそこ有名な企業でこちらと合併という形を最初はとろうとしたけど、毛色というかそもそも企業形態が私の家のところと被ることはないんで向こうの顔も立てようという話だったみたいです」


「交流はあるんだな」


「家族仲が悪いわけではないですから。ただ、お父様は2人兄弟ですけど、お母様の方が兄弟が多くて、従兄弟が多いんですよ。だから、全員が全員覚えられてるわけじゃなくて……というか、お母様の方の従兄弟が集まるときに数が多すぎて判別が付いてないだけですけど」


兄弟が多ければいいってもんでもなさそうだな。確かに集まるときが大変そう。


「で、そのさっきの作君だったか?なんでアリサちゃんに会いに来たんだ?」


「おそらくお父様がおじさんに頼んで、それがさっくんに回ってきたのかもです」


「何のために?」


「手が早い人は行動も前倒しで行ってるってことです」


話が見えてこない。


「うちの習わしで、誕生日に毎度お見合いをするんですよ。お父様も自分が好きになった人でいいと言ってますけど、体裁もあるのでそれを取りやめるわけにもいかないということです」


「はあ。それが、どうしてそのさっくんが来ることにつながるんだ?」


「私と仲がよくて下の子からのお願い事なら断りにくいと考えたんでしょうね。上だと反発ばかりしてきたから。私の誕生日、いつか知ってますか?」


「すまんな。俺は知らん。香夜ちゃんの時ですら、直前にアホの子に教えられるとかいうアホのアホによるアホな行動のせいで誕生日プレゼントを危うく渡し損ねるほどだ」す


「要するに自分から聞こうとかいう意思はないんですか」


「聞いたが最後、相手も期待するだろう。俺もできる限りやるが、話題の流れならともかく、会話の切り口で誕生日とか普通聞くもんじゃないな」


「じゃあ、ちょうどいい機会なんで私の誕生日当てゲームをしましょう」


「ほう」


「香夜ちゃんは知ってるので美沙輝先輩と佐原先輩が対象になります。香夜ちゃんは口を噤んでててね」


「甘いものがあれば」


「なんでそこで食べものを要求するのかしら……ほら、チョコあるからこれ食べてなさい」


「カリカリ」


美沙輝から板チョコを貰って適当に食べ始めた。絶対問題出してる間に食べ終わってそうだけどな。


「じゃあ、絞りやすくするためにですね。私の今の年齢は15歳って言っておきます」


「それすらも怪しいな」


「なんでよ?」


「飛び級の可能性があるだろう?」


「そんなしたり顔で言われても日本は義務教育で小学校6年、中学校3年って決まってるんだからそこから覆るわけないでしょ」


「そうとも限りませんよ。カリカリ。もしかしたら15歳という自称すらも嘘で本当は先輩たち、いや、天王洲先輩と同い年の可能性すらありますよ。カリカリ」


「チョコをカリカリしながら嘘八百教えるなー!なんでヒント出していきなり疑われるんですか⁉︎」


「場をかき乱したかっただけです」


この娘は。カリカリとチョコを齧りながら観戦をしているが、余計な茶番が入ってしまった。

えっと、アリサちゃんの現在11月の頭の時点で15歳だから、日本の学年設定から行けば11〜3月の間。

早い段階で手を回そうとしているということは誕生日に何かがある日だ。

別にアリサちゃんがそれを拒んでいるようにも見えないが、アリサちゃんが虚勢を張ってるだけなんだろうか。

もう少し情報を引き出していくか。


「答え、11月28日」


「正解です」


「お前は空気を読めー!」


「早押しで先に正解するものなのにそこに時間をかける必要性がないわ」


しかもアリサちゃんも平然と正解って言ったな。くそ、出来レースだったのか?


「まあ、それよりも文化祭当日だな」


「はい、そうなんです……。ですから、根回しなんです。私を文化祭に参加させないようにするために。向こうもスケジュールがあるからドタキャンされると花菱の名に泥を塗ることにもなりますから」


自分としては文化祭に参加したいが、自由にさせてもらっている身でもあるので、あまり迷惑もかけられないということか。

タイミングが悪かったな。今年のその日は文化祭2日目のいわゆる一般参加もある本番というところだ。無論こちらとしても、人数は絶賛足りていないので、アリサちゃんが欠けると大打撃である。

しかし、ただの一介の高校生の文化祭。そこになにか影響力があるのかと言われたら返す言葉ない。よほど、花菱家の世間体の方が大事だ。

でも、このままだときっとアリサちゃんは突っ撥ねるだろうから、だからこその根回しということになる。


「アリサちゃんがどちらを優先したいか。それだけでいいのよ?」


「私は…………私が決めていい立場にいるなんて到底思えないです。今年だけ、我慢すればいいんですよ。来年、再来年、同じ日付になることはそうそうないですから」


アリサちゃんは諦めたように笑う。それは空々しく、本当はそんなことに縛られたくはないと彼女からはそういうオーラが感じられる。

かといって、ただの一介の高校生である俺たちがどんな口添えをしたところで強行されるだけであろう。アリサちゃんがどんなに拒んだところで決定事項は覆らないのかもしれない。

自由を与えられた少女は幾つかの制約を取り付けられてるのかもしれない。

それが花菱家の行事なのだろう。

ある程度の自由を謳歌するためには断る理由などないはずだから。

だけど、今回は根回しという策を取ってきている。これが何を意味するか。


「アリサちゃん」


「はい?」


「……まあ、俺たちが何を言ったところでその催しはなくなったりしないんだろうな」


「そうですね……」


「なら、相手側に納得してもらうしかないな」


「え?」


「お見合いなんだからそれで決定となるわけじゃないだろ。拒否権だってあるはずだ。ただ、門前払いでは申し訳立たないからあくまで行った上で、お断りという形をとりたいだけじゃないのか?」


「有り体に言ってしまえばそういうことになります……ね」


「なら先方に最初からそう言ってしまえばいい。断られると分かってるもんに向こうも参加なんてしたくないだろ」


「……まあ、きっとお見合いというのは建前で、うちと提携したいとか、そういう会社の話をするのがどちらかといえば目的かもしれません。婚約が成立しなくとも、提携を勝ち取れば安泰とも言えますから。そう言った意味では、私のお父様と直接お話をする機会がアポなど取らずともここで出来るという点で向こうにとってはデメリットはないとも言えます」


「あくまで本人の意思など必要としないってことだな」


「そんなものですよ。大人って。貪欲で、利己的で、自分勝手で、汚い。お金が絡めば簡単です。例えば先輩が私にジュースを奢ったとします。先輩は何も言わないと思いますが、結構な人は何かしら、口に出さずとも見返りを求めるものです。100数十円ですらそうなのですから、目の前に宝の山があれば飛びつくのが人間です」


「……それ、花菱家にメリットなくないか?」


「はっきり言ってないですよ?でも、断れば相手側から何をされるかわからないです。大きい方が常に有利とも限らないですよ。相応のリスクをいつでも背負っているのです」


「……そんな話はどうでもいいです」


ぽつり、そんな声が落ちた。

その声の先に目線を向けると立ち上がっていた。


「アリサちゃん言いましたよね。いつかは自立するって。なら、自分で選択してください。しがらみに囚われるか、私たちと過ごすか。その上でアリサちゃんがお見合いを受ける選択をするのなら私からは何も言いません。でも、本当にやりたいことから目を背けてまで選択をするぐらいならやりたくないことなんてやらなければいいです。やりたいことを選択してください。後処理はこの先輩がなんとかするです」


俺に指を指される。

え?俺がなんとかするの?社会的に抹消されかねませんよ?

乗りかかった船というよりは乗りかかられた船だな。大船より泥舟の方が合ってそう。玉砕覚悟じゃないと腹がくくれない。胃はいつでもキリキリしてます。


「さすがに家のことで佐原先輩を巻き込めないよ」


「いーや。アリサちゃん。人は使うときに使わないと。それとも家族で味方してくれそうな人がいるんなら別だが」


「……全員お父様の息がかかった人なので、全面的に私の味方をするということは難しいと思います」


「だからこそ俺だぞ。俺は全面的にアリサちゃんの味方する」


「なんか言ってることが、私がこれから悪者になるみたいですね」


「まあ、言っちまえばそういうことだろうな。元々立てられてた予定をサボタージュするわけだからな。でも、やるなら早いほうがいいな。今日アリサちゃんの家に行くぞ」


「今日ですか⁉︎」


「まずはお父様に話をつける」


「いや、今日いないです。海外主張中で。帰ってくるのも一週間は後かと」


早速出鼻をくじかれてしまった。このやる気はどこへ持っていけばいいのだろうか?


「とりあえず、座ればいいと思います」


「そうだね」


香夜ちゃんに促されて椅子に腰掛けた。うむ、なんかやる気を削がれて少し恥ずかしくなってきた。今更何を恥ずべきことがあるのだろうという話でもあるが。


「話し合い……ですか」


「さっきも美沙輝が言ってたが、アリサちゃんがやりたい方でいいんだ。俺たちと文化祭をやりたいならそう言ってくれれば協力するし、お見合いをしなきゃいけないって思ってるなら止めるようなことはしない。それがアリサちゃんの選択なんだからな。1日いなくたって、アリサちゃんがいなくなるわけでもあるまいし」


「私は……そうですね。ずっと縛られて、やっと自由になれたんです。だから、みんなと行事をやりたいです。文化祭に参加したいです」


「うん、分かった」


くしゃくしゃと少し雑だがアリサちゃんの髪を撫で回した。


「何するんですか〜」


「お兄ちゃんがなんとかしてやろう」


「せめて先輩として何かしてやろうにしてください。変に誤解されかねません」


以前、五体のうちの一体を侵食しようとしてた子はどこの誰だったんだろうか。


「育也だけで大丈夫なの?」


「こんなもん逆にぞろぞろ行った方が迷惑だろ」


「根本的に花菱のお屋敷に入れるかって話なんだけど……」


「一度行ってるから大丈夫……な、はず……」


「そこまで自信なさげに言われても」


そもそもあの時はアリサちゃん寝こけてて、香夜ちゃんと恵がいなければ通してもらえなかったろうけど。

でも、単身で乗り込もうものなら、命が一つや二つあったところで足りないかも。


「香夜ちゃん」


「ん?私にできることがありまして?」


「少し卑屈っぽく聞こえるけど……私が佐原先輩を今日は通すから恵ちゃんを預かってもらえないかな?」


そういう話は俺を通してするものだろう。それ以前にまず本人がここにいないし。


「でも、先輩を通すと言っても今日で終わるものなんですか?」


「佐原先輩が誠意を見せて終わるまでやってもらいましょう。勿論、私もやります」


「なんか俺がやったら勘違いされね?」


「言葉の理不尽な暴力に耐えて、対応できるのは佐原先輩だけだと思います」


俺にそんなMっ気はない。俺の心はいつだってズタズタでボッキボキに折れまくっている。

不屈の心なんてものはないんだよ。しかし、可愛い後輩が文化祭に参加したいと言ってるのだ。美沙輝は打たれ弱いので俺が行かなきゃ誰がやるってことだ。


「えっと、それはアリサちゃんの家にお泊まりしろって話か?」


「終わらなかった場合はその可能性も」


「仮に終わったところでアリサちゃんの家からうちは遠いんだが」


「下手を踏めばその辺の山道とかに放り出される可能性も捨て切れませんね」


「俺ばっかりデメリットあることない?」


「メリットしかない勝負なんてそうそうありません。いくつのかリスクを負った上で挑んでください」


「ファイトです先輩。めぐちゃんは私が引き受けます」


「香夜ちゃんは今日バイト?」


「いえ、今日はないです」


「なら、私が作りに行ってあげるわ。心配だもの」


「あーなら、私もそっち行きますー」


「張本人!アリサちゃんがいなかったら俺は路頭に迷うだろうが!」


「ジョークですよ。ただ、佐原先輩はまず話し合いの段階にまで持ってけるかというところにもなりますが……それは案内してからにします」


また薄っすらと不安が残るようなことを言われたが、今日のところは恵に香夜ちゃんのところに厄介になるように言っておいた。

よくよく考えたら香夜ちゃんと一緒に暮らしてるのに、香夜ちゃんの家の方に厄介になるとかいう言い方も何かおかしいような気もするが、もういっそのこと美沙輝には全部話しておいた方が楽なんじゃないだろうか。

まあ、話すかどうかは香夜ちゃんが選択することだろうけど。どちらに案内するかは香夜ちゃんの判断に委ねることにしよう。

そして俺はアリサちゃんに連れられ、花菱家に乗り込むことになった。

あ、せめて着替えぐらい持ってけばよかった。

まあ、瑣末なことか。

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