妹が笑っていられるように
「さて、妹よ」
「なんだい?お兄ちゃんよ」
「出てきたはいいが、俺はあくまでも暇なので出てきたのだ。よって予定など全く立ててない。行く先も全く決まってない」
「さすがお兄ちゃんだよ。こういう時は役立たずだね」
まさかの妹に役立たず呼ばわりされる日が来ようとは思わなんだ。外に出ずとも家の中で俺はゲームやってても良かったんだがな。しかし、妹の情操教育的に良くないからな。まあ、俺のものを漁ってる時点で情操教育もクソッタレもあったもんではないのだが。
「恵は何かやりたいことあるか?」
「お昼寝」
「以外で。寝ることしか頭にねえのかお前は」
「安眠枕を探したいです」
「まあ……それぐらいなら……店の中で寝るなよ?」
「なんかいるみたいだね〜。そのまま寝て閉店まで起きなかった人が」
同じようにはならないでもらいたい。
「一つ思ったが恵。お前は地図読めるか?」
「東西南北ならわかる」
「ほう。じゃあ北はどっちだ」
「北極星が出てる方」
朝だよ。むしろ昼に近えんだよ。星なんか出てるか。
「え?ちゃんとあるよ?まあ、お兄ちゃんじゃ見えないかもね〜」
「じゃあ、その方向指してみろよ」
「あっち。そりゃ、指で指してるだけだから本当に正確な位置じゃないけど」
時間と日が出てるところから計算して、恵の指差している方向を見てみた。
確かに北側だ。マジでこいつ見えてんのか?マサイ族以上だろ。こいつの能力の大半が視力に行ってんじゃねえのかってレベルだわ。
これ以上疑ったところでどうしようもないから適当に腕を下すことを促して買い物へと行くことにした。
こいつ目には、どんな世界が映ってんだろうか。
目的地に着くまでは割とそれが一番の興味が湧くところだった。
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「やっぱり大きいね〜」
「自転車じゃないと来れんな」
「私の体力でもたどり着ける自転車って素晴らしい乗り物だよ」
「着いた時には息絶え絶えだったけどな」
5分ぐらい駐輪場から動けなかった。警備員の人に危うく救急車呼ばれるところだったわ。怖い怖い。主に俺の立場が。どんだけ体力ないんだよ。お前は競輪でもやってきたのか、それともトライアスロンでもやってきたのかってぐらいの疲れっぷりだからな。酸素ボンベでも携帯させた方がいいのかもしれない。
別にこいつ自身体力が致命的にないだけで病弱とかそういうわけじゃないんだけど。なんでここまで体力ないんだ?
「視力に力を回しすぎて、他のところに血が巡ってない説が私の中にはあるんだよお兄ちゃん」
その結果が昼でも北極星が見えるほどの超視力か。どこかで役に立つといいな、それ。天体観測には持て来いかもしれない。
……待てよ?
「恵。例えばだぞ?俺の身長を見ただけで測ることできるか?」
「無理」
「即答かよ!お前、ファッションデザイナーとか目指してるならそういうの持ってたらすげえ便利だと思ったのにな」
「だって、見えたって具体的な距離がわかるわけじゃないんだもん。そこにある、ってのが分かるだけで」
「まあ、そっか……そうだな」
「お兄ちゃんなら、見えた大きさから計算できそうだけど。お兄ちゃんにこんな能力がなくてよかったよ」
「どういう意味だ」
「香夜ちゃんが汚される。というか、お兄ちゃんが性犯罪者になる未来しか見えない」
「お前は実の兄をなんだと思ってるんだ」
「頼れるお兄ちゃん♪」
さっきまでの発言をしておいてどのツラ下げて言ってんだこいつ。
中身のあるのかないのかよくわからない会話を続けながら俺たちはたどり着いたショッピングモールを歩いている。
なかなか来る機会がないので、見もの見るものになんとなく目が行ってしまう。
「えーと、ここかな?」
「まあ、枕なら家具とかに分類されんのか?寝具専門店なんかもこんだけデカけりゃどこかにはあるだろ」
「はあ〜もふもふ〜まるで香夜ちゃんのような温もり〜」
こいつはどんな寝具を求めてんだ。というか、いつも香夜ちゃんとどうやって寝てたんだ。
ここ最近のことではなく、泊まりに来てた時のことだが。香夜ちゃんがベッドで恵の寝相が悪すぎるから下で敷き布団とか聞いてたけど。
「別に抱き枕にするだけが抱きしめる方法じゃないんだよお兄ちゃん。女の子同士なんだから抱きしめ合うのも合法なんだよ〜」
布団をもふもふしながら言わんでもらいたい。羽毛布団なんだろうか。時期が時期だし気持ちいいかもしれないな。もう一段階布団厚くしてやるか。
これは買わんけど。
「うちの布団より気持ちいいよ〜お兄ちゃん〜」
「天日干しした布団に敵う布団などない。天日干ししたその場にあるものが一番の上物なのだ」
「これを天日干ししたらそれが一番の上物だよ〜」
「ええい!目の前にあるから欲しくなるんだ!他のも見ろ!ていうかお前は枕探しに来たんだろ!」
「ああ、そうだそうだ。枕、枕……」
ようやくのそのそと抜け出してきた。すいません店員さん。買わないのに堪能してしまって。
にしても枕ね。あんまり気にしたことないな。あろうがなかろうが普通に寝れるし。下が柔らかければそれでいいです。
「んむ〜」
「恵、ここで悩まんでも他にも店あんだから、色々見てみればいいだろ」
「それもそっか」
「買うとは言ってないけどな」
「ケチ」
「家の財産管理をしてるとな?お金にうるさくなるんだ。そりゃ、出来ることならお前には自由に色々買わせてやりたい。だが……」
「嗜好品ならともかく生活用品なんだよ。渋る必要性がわからないよ」
「あるもんを新しく買い直すってのもな……使えなくなってからでもいいだろ」
「なんでテレビは使えるのにどんどん新しくなってくんだろうね?」
「解像度とか容量の問題だろ。うちのはそんなに新しくないが」
「わたしもお兄ちゃんも録画とかあまりしないしね」
「そういや香夜ちゃんはなんか好きな番組とかあんのかな?」
「あまり聞いたことないね」
「今朝もニュースしか見てねえしな」
「面白みがないよ……」
「社会情勢はきっちり追っておかないとな」
「お兄ちゃん新聞とかなんて四コマ漫画ぐらいしか見てないのによく社会情勢とかいうね」
「文字ばっかり追ってんのも目が疲れんだよ」
「……私が疲れ過ぎるのはよく見えすぎてるから、なのかな?」
「どういうことだ?」
「お兄ちゃんが今言ったことだよ。目が良すぎて多分普通の人が見てるより倍以上見ることに力を使ってると思うの」
「はあ。言いたいことはわかったが、それをどうすればいいんだ」
「普段は逆に抑えるってことは出来ないかな?」
「じゃあ、コンタクトにでもするか?」
「目に物を入れるとか正気の沙汰じゃないよ……!」
コンタクトレンズ業界に謝れやこいつ。もしくはコンタクトレンズを使ってる人たちに謝れや。確か、うちの周りでは美沙輝がそうだったと思う。
でも、恵の言うことも分からないでもない。普通目に物入れないからな。怖いわな。初めて入れる人はかなり時間がかかるらしい。聞いた話。
「うーん。じゃあ、眼鏡にするか。ちょっと色々検査するかもしれんけど。枕なんかよりそっちのほうが優先させた方がいいな」
「どうして?」
「お前の体力消費が抑えられるならこんなに素晴らしいことはない。お前の活動時間が伸びる、および俺の負担が減ることは間違いなしだ」
「なんかお兄ちゃん、段々自分のことを中心として考えてない?」
「お前だって余計なところで体力消費しなければ必要な時にちゃんと動けるんだぞ」
「将来は置物生徒会長と呼ばれてもいいよ」
「お前は結果のみで満足すんなや。ちゃんと生徒会長になってからやることあんだろうが。天王洲先輩も働いてるだろ」
「結構投げてるよ。一年の人でよく動く人がいて、お兄ちゃんみたいに何かにつけてぐちぐち言うけど結局やっちゃうみたいな人なの。だから生徒会長に体良く使われてる」
俺がいつ体良く人に使われた?あ、いつもですね。女の子の言うことには大抵ほいほい従ってるからね。ツライです。たまには俺が命令できる機会があってもバチは当たらないと思うんだ。
「とりあえず眼鏡屋に行くか。こんだけ広いならどこぞかにあるだろ……」
「ちょっとは頭良さそうに見えるかな?」
メガネをかけてるやつが総じて頭がいいなんてことはありません。
そして、全員が全員目が悪いからかけてるわけでもございません。往々にして、目が悪くなるやつは悪くなるという宿命に置かれてるし、ならないやつはいつまで経っても、何をしてても悪くならないのだ。
恵もこのまま放置していればきっと目も悪くならずそのままでいられるのだろう。体力の異常消費というデメリットを抱えたままであるが。
まあ、こいつの言ってることなので、視力を矯正したところでこいつの体力に影響があるのかどうかということは試してみないとわからない。
フロアに設置されている地図を見て俺たちは目的地を定めた。
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簡単な視力検査を行った結果、必要ないと無下にされそうだったが、少し押して正確な視力を測ってもらうことにした。
……結果的には測定不能というか、この店で出来る最大値を軽々クリアしてしまったからそれ以上ということにされた。
この店では合う眼鏡が見繕えないから眼科行ってからもう一度来てもらえればオーダーメイドしてくれるとのことです。
二度手間だな。そうしてる間でも、こいつはすぐに体力を使い果たすのだが。
正式な医者に目が良すぎるので矯正してくださいって言ってなんとかしてくれるものだろうか。
それにオーダーメイドとか言ったか?金かかるだろうが。
「あ、お金関しては当店は一律1万円ポッキリです」
1万円か……メガネって意外に高かったりするから良心的な価格なのかもな。
とりあえずまた来ますとその眼鏡屋を後にした。
また眼科の予約取らねえとな……。
なんか色んな形のメガネを色々眺めている妹を引っ張り出した。
「お兄ちゃん。女の子に乱暴は良くないと思うの」
「お前はほっといたらいつまでもやってそうだし、目離した隙に迷子になられても困る」
「お世話かけるのです」
「せめてお前が迷子にならなければいいんだけどな」
「ところでメガネはどうなったの?」
「まあ、ちゃんとした眼科で調べたほうがいいって話だな。目が良すぎで矯正するなんて話は聞いたことないだろうから」
「え〜お医者さん行くの?」
「別に注射するわけじゃないし、今日みたいな検査をするだけだっての」
「保護者いらないの?」
「……母さん、付き合ってくれるかな?」
「言えば来てくれるかもだけど、お母さん休日がほとんどないんだから休めるときに休ませてあげないと可哀想だよ」
その代わりその母親としての仕事を俺がほとんどやってんですけどね。
「仕方ない、なるべくやりたくないが親父に頼むか……娘が意味のわからん理由で眼科に行くけど」
「可能性を否定しちゃダメなんだよお兄ちゃん」
「俺はその可能性を全肯定している。それはともかく、この後どうするか。あまり時間はないけど」
「じゃ、香夜ちゃんにお土産買ってこ。なにが喜ぶかな〜」
「そういや、前に自分の部屋のインテリア変えたいって言ってたな」
「うちの?」
「いや、香夜ちゃんの家の」
「まあ、女の子といえる部屋じゃないのはそうだね……でも、今買うものではない気がします」
「俺もそう思う。あの子は色気より食い気だから。なんか新発売のデザートとかあれば買ってこう」
「コンビニじゃあるまいし……」
「というかちょっと買ってかないとお前の晩飯がないんだ」
「それは由々しき事態なんだよ。早く買おう!」
「あー、ついでに俺、今日作らねえからな。お前、美沙輝から教わってるレシピノートあるだろ。今日はそれで作れ」
「誰もいない食卓ほど悲しいものはないんだよお兄ちゃん……」
「帰ってきたらお前が作ったやつ食ってやるから。ちゃんと感想も言ってやるから」
「香夜ちゃんと帰り一緒?」
「ああ」
「じゃあ、お兄ちゃん達が帰ってくるまで食べるの待ってる」
「別にいいが、お腹空いたら先に食べるんだぞ。明日は学校だしな」
「うげ、忘れてた。もうそろそろ文化祭で動き出すんだよ」
「忙しねえ学校だな」
「ちゃんとお兄ちゃんも楽しめるように企画するからね。頑張るよ!」
「ああ、頑張ってくれ」
もう11月に入る。相変わらず行事前にテストをこの学校ばぶっこんでくるとかいうクソ日程なんだが。生徒会長、なんとかせめて一週間空けるとかしてくれませんかね?
若干ながらにもし恵が二年次に生徒会長になれた時のことを想像して黒い考えがよぎったが、そもそもこいつがなれるかどうか、それはまた全校生徒が決めることだ。
俺が手伝うことがありながらも、こいつはこいつで生徒会を楽しみながらやれているようだ。
常に笑顔を絶やさないように。
その笑顔を絶やさせないようにサポートしていかないとな。
恵の1番の味方は俺なんだから。